蚊頭囉岐王——小説65
以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。
多毗登亂聲
かク聞きゝ男アりき名ヲ牟良左米ノ多毗登と曰フ齡四十六なりき時ハ比登らが古與美ノ貮仟貮什年ナりき故レ登璃伎與が齡スでに拾八ノ年を數へキひとり美夜士摩にソの肉腫を肥大化さし糜れ肌と瀛ミとを纏フ故レ同ジくに斗唎摩沙が齡すデに拾七ノ年なりきヒとり斗宇伎夜宇ノ阿邪儛にアりき所以者何多毗登ひトり阿邪儛に住まヒし故なりき多毗登ひとリ斗美遠迦ノ那岐紗と麻俱和比伎故レ多毗登爾に左丹都羅布登唎麻沙を愛デき所以者何那岐紗登唎麻沙と美登能麻俱和飛シたるが故なりき故レ斗璃麻沙そノ心に娑娑彌氣囉玖
裏切る
ふれゝば?
僕は
のぞむなら
誰をも
ぼくに
自分をさえも
その発情する指に
眼差しの見出す
その発熱する指に
風景をさえも
肌に
僕は裏切る
唇に
なぜ?
盗み見ながら
かくて多毗登
ぼくは
爾に
たゞひたすらに裏切り者だったから
都儛耶氣良玖
言った。
渚は。
彼…
ね?
と。
渚は。
わたしの男だったりする。
笑み乍ら。
邪気も無く。
素直に。
その唇に。
さゝやく。
綺麗じゃない?
——どこで拾ったの?
俺は云った。
彼女をひそかに輕蔑しながら。
いつものように。
クラブ。
渋谷の。
と。
迷い込んでゝ…
それで、と。
呟く渚の聲を聞いた。
莫迦な女。
その躰以外に何の取り得もない。
頭の中に虫を這わせた。
莫迦な女。
富岡渚の聲を聞いた。
彼女の笑った聲を聴いた。
意図してちかづけられた耳元に。
——好きなの?
だれが?
——本気で?
あざ笑う。
渚は。
あざ笑う私の聲をむしろ。
その輕蔑の上にかさねてわたしを輕蔑した。
彼女のその躰以外に興味もない私を。
だからわたしは彼を見た。
桂樹鳥雅という名前。
白い肌の。
それをベッドの上に載せ自分の居場所を確保する。
あくまで他人のベッドの上に。
だれかのベッドの上に。
わたしの起き出たベッドの上で。
封鎖された麻布臺。
その三月。
新手の疫病のせいで封鎖された。
厳重防備都市。
だれもが怯えた。
その体温に。
皮膚の匂いに。
細胞の息吹き。
滅び始めた俺たちのかたち。
その生態系の斷末魔の時。
時に比登らそノ弐仟什九年ノ十二月に未知なル疫病を知ル比登らリチャード・ウェイン氏症候群と名ヅく是レ伝染病なりき比登羅そレ志那の地にはジまると知ルかくて極小ヴィルス已に國境を越えり故レ貮仟二十年ノ二月登宇伎夜宇ハすでに封鎖されタりき故レ那岐紗ひトり登唎麻紗と俱なりて志儛耶ナる部屋の中に籠れりかクて時に阿邪儛に詣ヅ是レ多毗登と麻俱和布が爲なりき登唎麻紗ひトりと俱なり故レ爾に登唎麻紗ひトり裟娑彌氣囉玖
微笑を
閉じない儘
纔かなすこしの
瞼を
微笑をあなたに
閉じない儘に
あなたの立てた
いつも
故意のその聲に
いつもあなたは
故意のその痙攣に
ぼくは笑う
村雨旅人の爲にではなかった
そのいびつな表情に
知っている
不本意に
それはあなたの爲に
姧されるかの
あなた自身の
犠牲者であるかの
すみやかな
あなたのその
あなた自身への埋没の爲
いびつな
かくて那岐紗
あなたが感じるべきだった
爾に
その恍惚への
都儛耶氣良玖
町は死んだ。
人が死んだから。
大量に。
放棄し始めたから。
人が人であることを。
その細胞に。
誰もがそれを疾患と呼んだ。
覺醒しただけだと知りながら。
細胞の群れが。
それ自体が自由に。
あまりにも自由に。
すでに人のカタチなど放棄して。
その奔放な自らイノチのかたちに。
覺醒しただけだと知りながら。
細胞の群れが。
猶も人々は疾患と呼んだ。
その肉躰を。
そのカタチを。
結束の見せたかりそめの形態を自由に溶きほぐして見せる。
微熱の内に。
甘い匂いを放ち始める覺醒ノ時に。
町は死んだ。
もうすでに古びて仕舞ったから。
人の生態が。
その在り方自躰が。
つまりは蛇が殻を脱ぐように。
つまりは蝶が蛹のかたちを捨て去るように。
多毗登かクて那岐紗と麻俱和飛畢りタるに聞くそノ息の音那岐紗ノ鼻の吐きタる爾牟偈牟の寢息を故レ陁毗登知れり那岐紗いマだに爾牟偈牟なりき爾時返り見タる窓の向こうに月の光照りキそノ色白かりき所以者何そレ明けの空の月阿利阿祁能都伎なルが故なりき故レ眠りモせずて壁にモたレて床に寐そべル登唎麻紗を見レば爾に娑娑彌氣囉玖
傷ついた魂
おびえてる?
お前はいつでも昏い眼をした
絶望してるの?
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