蚊頭囉岐王——小説61


以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



 女は。

 狂った目で花を喰いながら。

 あれがあなたの本当の父と。

 かれこそは何度も私を姧した。

 指先で

 六歳の私を。

 匂いを嗅いだ。

 七歳の私を。

 舌の味に至近に見せた彼のかすかな笑み。

 八歳の私に。

 肌に感じた。

 その素肌の体温を。

 九歳の私の。

 髮を囓む。

 十歳の私の。

 手のひらになぞる。

 十一歳のかたちを。

 望みを果たす。

 十二歳の私で。

 躬づからの指に救い取った躬づからのそれを。

 淨雅は私の鼻に嗅がせた。

 その臭気を。

 笑み乍ら。

 文果にもだれにも秘密にし通した唇に塗った。

 笑み乍ら。

 だから腫瘍に塗れた。

 なたは。

 だから穢い血と瀛にも。

 酉淨は。

 だから死んだ。

 古布髙樹は。

 だから死んだ。

 桂樹文果も。

 だから狂った。

 わたしは。

 あなたが狂ったのは彼のせいだった。

 あなたが醜いのは彼のせいだった。

 と。

 さゝやいた。

 珠美は。

 その夢の中に。

 部屋の中に彼を確認した。

 彼が蘇生しているかどうか。

 冷たくなったまゝに彼はただ屍の色を曝した。

 ぶら下がったまゝで。

 体液をだけ腐り始めさせて。

 思う。

 その体液さえ彼なのだろうか。

 吐き出された糞尿さえも?

 糞尿は器官の廃棄処理した異物に過ぎない。

 ならばイノチはことごく器官に属さなければならない。

 故にイノチに生産はない。

 如何にしても。

 それは須く器官の処理した異物に過ぎない。

 だからイノチはなにも生まなかった。

 その現実に獲堪えられる人はいるのだろうか?

 堪えられる現状の人的思考様式は?

 待った。

 靜かにかれの腐り始めるのを。

 彼だけの腐敗を。

 或は蠅が卵を産むのを。

 群がる蛆ら。

 イノチの繁茂。

 僕はそれをも美しいと思うだろう。

 事実それは美しいから。

 腐った肉を喰う最近の群れ。

 繁茂する。

 イノチら。

 なにも生み出さず所詮すぐさまに滅びるにしても。

かくテ斗璃麻娑その骸ぶら下がりタる部屋に暫シ時を過ごシて屍の馨を鼻に嗅グ且つハ屍の色を眼差シに見る且つは屍の温度を指に計ルかくテ夕暮を窓に見キ故レ日は沒みキかくて斗璃麻娑が兩の眼爾に夜ノ昏む色を知りき故レ斗璃麻娑まなザしに斗璃伎與の目ノ前に大口開けたルを見き厥レ腐臭漂ふて斗璃麻娑思へらく波良和多ダにも腐れるやトしかすがにすぐさまに想へラく厥レただの波良のうチの匂ヒし匂ヒきとかクて覩る夢を覺めテ夜の昏む色をふたタびに知りき故レ斗璃麻娑まなざシに多麻美の目の前に開ケたる大口に伸ビる舌を見き厥レ紫なす色をさラして斗璃麻娑思へらくすでに此ノ生き物死んで朽チたるやトしかすガにすグさまに想へらく厥レたダの色まなざしに迻る色故かノ人の息たるや死にたるや知らズとかクて覩る夢を覺めて夜ノ昏む色をふたタびに知りき故レ斗璃麻娑まなザしに布美蚊の肉ノ目の前に腐り落ちタるを見き厥レ床に飛び散り玉散って斗璃麻娑が頬ダに濡らし故レ爾にひトり思へらく俺も今?

今。

俺も死んだ?

しかスがにすぐさまに想へらクすでに?

俺は一度も生まれなかった。

息て息づき息遣いながら。

俺は一度もトかくて覩る夢を覺めテ夜の昏む色をふたタびに知りき故レ軈而麻那古は見き空すデに明けの兆しを曝すを色ダにも氣配だにもなクたダ心が内に夙夜ハその夙夜を果てつツある須臾をさまザまに兆しつヅけき何以故夙夜ノ夙夜那利婆那璃故レ斗璃麻娑ひトり娑娑彌氣囉玖

 目を覺ました気がする

  もうすぐ

 醒めつゞけていながら

  明ける夜は

 眠りもしなかった時間の中に

  空に兆す

 我に返ったように?

  夜の滅びた

 だからわたしはひとりで息を吐く

  殘骸の

かくて斗璃麻娑

  その紅蓮を?

爾に

  悼みもしないまゝ

都儛耶氣良玖

 山道を下りた。

 外に出ると明け始めた空が紅に切れたから。

 ひとり圡の道を。

 樹木の脇に。

 竹が薫った。

 いつでも竹は。

 だから山道を下りた。

 和葉の家である必然はなかった。

 和葉で在る必然も無かったように。

 だから山道を下りた。

 路の下り切らないそこに和葉の家は在ったから。

 和葉の家のベルを鳴らした。

 僕はその戸の前で待った。

 背後に朝日は耀いていた。

 省みさえすれば目は見た筈だった。

 だから背中に光はあたっていた。

 温度も無く。

 光に翳を纔かにだけ這わせながら。

 誰も出なかった。

 僕はもう一度ベルを鳴らそうとした。

 氣配があった。

 耳に聞こえた気がした。

 耳元に。

 耳の奧に。

 夫婦の聲。

 女の方が云った。——誰?と。

 だから男の方が云った。

 何かを。

 女が何か云った。

 何かを。

 憤りを隱さずに。

 だから男が云った。

 何かを。

 僕は知っていた。

 耳は聞いていた筈も無かった。

 聲などなにも。

 耳に聞こえた音響は何もなかったから。

 頭の上の斜め上の葉のこすれた音響以外に。

 僕はもう一度ベルをならそうとした。

 だから戸は開いた。

 不愉快な素直な顏は素直に笑んだ。

 邪気も無く。

 女の顏は僕を見たから。

 僕を誰もが知っていた。

 だから彼女も知っていた。

 和葉の母親に違いなかった。

 見覚えが無かった。

 あざやかすぎるほどに見覚えのない顏だった。

 和葉の母親の顏は知っていた。

 なぜ?








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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