蚊頭囉岐王——小説60


以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



哿豆波亂聲

かク聞きゝ男ありキ名を阿迦井ノ迦豆波と曰フ時は比登らが古與美貮仟什七年故レ登璃伎與且つハ斗唎摩沙且ツは迦豆波が齡すでに拾五ノ年を數へき三たり俱なりテ美夜島にありき時に登唎伎與そノ躬の變化すでにとドめようもなくテもハや比登の比登なるかたちダに纔かにもとドめずシて脉打ちき冷たくテ温度もなき肉の腫瘍ノ下に血を沸騰さす且ツは腫瘍にチューブ無數に差シ込みて心臓稼働サす且つは皮にチューブ無數に差シ込みて肺臓稼働さす且つハ躰孔にチューブ無數に差シ込みて臓腑かろうじて稼働さす故レ宮島なル祇樹古藤記念園に隔離されてアりきその六月に雨フりき故レ山に樹木の葉ハ濡れき故れ樹木の葉ノ翳りに鹿は濡れき故レその毛衣の内に壁蝨ラ血を吸い太ラしき故レ紫陽花の花ダに雨に濡レき故レ爾に斗璃摩娑ひトり迦豆波と俱なりて雨ノ内に山道を步く雨に葉ノ群れ頭の上に斗與美且つハさしたる傘に雨ハ斗與美弖阿米波しブく故レ迦豆波爾に娑娑彌氣囉玖

 茫然とする

  騒音

 俺は

  しずかな雨の

 茫然とした

  すさまじい音響

 俺は

  轟音

 ひとりですでに茫然とした

  かさなる微弱な

 俺は

  轟音

 いまにも俺は

  すきもなく

 まだ俺は此処に

  降る

 俺は生きていた

  雨は

かくて斗璃麻娑

  隙も無く

爾に

  たゞ鳴り騒ぎ

都儛耶氣良玖

 さゝやきかけた。

 返り見たその瞬間に。

 ——なに?

 と。

 振り向いた和葉に笑んだ。

 なぜ?

 僕が何も言わない先に彼が嘴ったから。

 なに?と。

 彼の言葉を。

 齕み碎くようにもさゝやく。

 ——ね?

 唇は。

 ——知ってた?

 僕の。

 ——何?

 ——俺、さ。

 ——濡れちゃう。

 ——ぜんぶ、壞せちゃう。

 ——俺たち。

 ——俺、…

 ——横殴りの雨になる

 ——べつに壞したくないものでも。

 ——だから

 ——ぜんぜん壞したくなくて。

 ——ときどき

 ——むしろ愛してゝ。

 ——横殴りに濡れる。

 ——それで壞しちゃったらむしろ泣き叫んで。

 ——大丈夫?

 ——悲しくて。

 ——寒いの?

 ——吐き気するほど悲しくて。

 ——濡れたから?

 ——内臓全部口からでちゃうくらいに悲しくてでも。

 ——横殴りの雨に?

 ——そんなものでも。

 ——濡れたから?

 ——毀せちゃう。

 ——大丈夫?

 ——俺。

 ——震えてる

 ——知ってた?

 ——お前…と耳元でさゝやく和葉の頬に口づけた。

 わかった。

 閉じた眼にも。

 周囲を気にする和葉の気配が。

 開かれた儘の眼差しの気配は。

 樹木の影に鹿を見た。

 和葉の眼差しは。

 すでに道でない草邑の傾斜に。

 削られた角。

 人々が削った。

 彼等に危害を加えないように。

 此処は彼等の領土だから。

 だから彼ら以外のすべての物の駆逐を願った。

 飛び交う鳥に裏切られつゞけながら。

 野良犬の足音に裏切られつゞけながら。

 猫の鳴き声に裏切られつゞけながら。

 赦した鹿の角にだに怯やかせられつゞけながら。

 見えない細菌にさえ裏切られつゞけながら。

 野放しの蚊に時に意図もされずに駆逐されさえしながら。

 ——何言ってるの?

 和葉が云った。

 だから答えた。

 ——俺?

 だから和葉がさゝやく。

 笑み乍ら。

 愛。

 ——なに、言ってたの?

 愛する人。

 だから僕は応えた。——毀せる。

 ——なに?

 ——俺。

 ——なにを?

 ——ぜんぶ。

 ——俺も?

 ——なぜ?

 ——なにを?

 ——俺、ぜんぶ壞せる。

かくて爾時ふたり別れき所以者何すデに哿豆波が家を前なル故なりき故レ哿豆波ト別レて斗璃麻娑ひトり躬づからノ聲に娑娑彌氣囉玖

 なぜ?

  雨の中に

 わたしは彼を殺さなかったのだろう

  ふる雨の中に

 なぜ?

  それでもなおも

 わたしは僕を殺さなかったのだろう

  ひと聲啼いた

 なぜ?

  鳥は殘した

 彼は僕を。

  みじかい羽搏きの音をだけ

 なぜ?

かくて斗璃麻娑

  頭の上にも

爾に都儛耶氣良玖

 頸を吊ったのは知っていた。

 加賀淨雅が。

 自分の部屋でひとり。

 何故?

 その部屋には朝日があたるから。

 何故?

 その部屋の窓は東に向いていたから。

 纔かに斜めに北にも傾いて。

 淨雅は。

 だから通報しなかった。

 だれにも。

 俺は。

 彼の死を。

 夢の中で珠美は云った。

 あれがあなたゝちの父だと。

 本当のあなたゝちの父だと。

 なんども夢に現れながら。

 狂った女は。

 俺と酉淨に母胎を貸したその女は。

 ひとりでは何も生み出せもしなかったその女は。

 酉淨を人でないものにしか組成できなかった胎の宿したイノチ。









Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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