蚊頭囉岐王——小説57


以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



 白い黑

  埀らされた

 黑い黑

  あなたの髮の

 綺羅めく黑

  夏の汗を

 ゆらぐ黑

  薄く吸った匂い

 煙る黑

  はっきりと

 あざやかな黑

  僕は齅ぐ

 さまざま黑

  その髮の馨を

 その氾濫を

  流れ落ちた

 あなたの肌を

  淚のしずくの

 隱した色を

  その温度を隱す

かくて迦夜香

  髮の匂いを

爾に都儛耶氣良玖

 ぼくはさゝやいた。

 加藤たちをト殺した夜に。

 振り向きざまに。

 鳥雅に。

 ——燒いちゃおうか?

 ——なにを?

 無邪気なままに鳥雅はさゝやく。

 耻じらいもせずに。

 僕だけを見詰めて。

 ——燒いちゃおう…

 ——なにを?

 ——神社。…

 ——嚴島神社?

 ——綺麗だぜ…

 さゝやいた自分の聲を聞き終わらないうちに僕は見ていた。

 燃え上がる神社。

 その夜に耀く焰の色を。

 ぼくは恠しんだ。

 そのすさまじいまでの無樣な卑小を。

 あまりにも小さな。

 ちっぽけな。

 無殘な。

 ——やっちゃえば?

 鳥雅は云った。

 微笑んだまゝ。

 だから僕は彼の頬に口づけた。

 同じように微笑み。

 そして同じ風景をは見ないまゝに。

貮仟拾七年迦豆囉古失せタりき故レ哿豆摩ひトり海邊を步きゝ故レ斗璃摩娑をノみ呼び出シき迦須波もすデに失せたりシが故なり故レ哿豆摩斗璃摩娑と俱なりテ明ケの前の海ノ暗い波且つハ月の光散る綺羅らぎノ海の浪ノ音を聞きゝかくテ波打ち際に斗璃摩娑ノ手の頸を絞メるに任す故レ哿豆摩が肉體苦痛に呻きゝ且ツは加豆摩が肉躰聲もナく斗璃摩娑を赦シきかクて迦豆摩が心傷ミに噎せ且つハ冴えて醒メ故レ爾に迦豆摩死にたりきかクて斗璃摩娑ひトり娑娑彌氣囉玖

 殺してあげる

  ふりそゝぐ

 殺されたいなら

  月のひかりは

 壞してあげる

  ひたすらに

 壞されたいなら

  たゞせつないほど

 あなたは生きられはしなかった

  綺羅らいで

 ほかの誰もと同じように

  ぼくは忘れた

 あなたは生まれるべきではなかった

  その美しさに

 ほかの誰もと同じように

  なにもかも

 失敗作は毀される

  なにをも赦さず

 不当な過ちは消去される

  なにをも救わず

 殺してあげる

  なにをも傷つけさえしなかった

 殺されたいなら

  その海の輝き

 壞してあげる

  絶望的な迄の

 壞されたいなら

  他人のきらめき

かくて迦豆摩ひとり

  無慈悲な綺羅ら

娑娑彌氣囉玖

 誰も殺しはなかった

  夢を見た

 あなたも

  氣の狂った僕は

 誰も殺せはしなかった

  月を喰う

 わたしとおなじように

  夢を見た

 あなたも

  眞昼の沙漠に

 誰もなにも毀せさえしなかった

  たゞひとり

 他人の見た風景の中で

  大口をあけて

 ぼくたちはだれをも

  月を喰う

 傷つけなかった

  月を喰う

 手をふれさえも

  月を喰う

かくて迦豆摩

  月の光を

爾に都儛耶氣良玖

 ——悲しいの?

 後ろから鳥雅がさゝやく。

 僕にそっと。

 不意打ちじみて。

 同情して仕舞ったかにも。

 ——俺?

 呼び出した鳥雅はなにも云わずに傍らにいた。

 だからそれが初めてその時彼の口にした言葉ったことに気付く。

 だから返り見もせずにぼくはそう云ったのだった。

 だからぼくたちは気付かなかった。

 その時も猶も耳は聞いていたことを。

 かたらに。

 足元を濡らす波のざわめきを。

 ——悲しいんでしょ?

 ——まさか。

 ——蘰子があんなことに…

 ——あいつは関係ないよ。

 ——嘘。

 言って鳥雅は唇に笑った息を立てた。

 やゝあって鳥雅はさゝやく。

 ——死にたい?

 ——俺?

 ——蘰子や…

 ——和葉みたく?

 ——違う?

 僕らは沈默する。

 僕らのふたりにその沉黙の存在に気付かれもしないで。

 ——殺せよ。

 そう僕がつぶやいた瞬間に僕ら気付く。

 今まさに沉默が崩壞した事實のあったことに。

 文字通り音を立てて崩壞した沈黙。

 さわぐ波の音。

 ——殺されたいの?

 ——お前にならいゝよ。

 ——なぜ?

 答えかけた僕の唇は雪崩をおこす。

 とじられた唇が不意に自分の唾液の味をあじわった気がした。

 僕は云った。

 ようやく最後に鳥雅を返り見て。

 ——殺されたい理由?お前にならいゝ理由?どっち?

 ——なぜ?

 鳥雅はさゝやく。

 僕は鳥雅を見詰めた。

 ——生きることに飽きたわけじゃない。

 聲。

 ——なんでだろう?

 ぼくの聲。

 ——最初から飽きてた?

 唇にふれる。

 ——まさか…

 僕の聲。

 ——死ぬのも生きるも生まれた奴だけの贅沢でしょ?

 かすかに霑れる。

 ——生まれなかった者たちは…

 体内の湿気に。

 ——殺していゝよ。

 僕は波打ち際に座り込む。

 だから鳥雅は僕の頸を抱く。

 鳥雅の腕に抱かれながら軈てその手首が動脈をふさぐのを感じた。

 そして咽仏を絞る。

 胎内に発熱した温度がわなゝく。

 沸騰するにも似て。

 波は僕たちを濡らした。

 もはやふたりともに気付かれもせずに。

 月は冴えた。

 その光は。

哿豆摩亂聲蚊頭囉岐王舞樂第三

啞ン癡anti王瑠我貮翠梦organism Ⅱ

2021.01.26.黎マ









Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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