蚊頭囉岐王——小説55


以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



 囓む。

 歯。

 舌はどちらをより味わったのか。

 塩水の味か。

 沙のざらつく霑れた触感か。

 どうでもよかった。

 たとえ比登志が密告しようが。

 罰されない年齢の犯罪。

 だから人でさえない人の犯罪。

 あるいはアメーバの親戚。

 だから水母が殺した。

 どうでもよかった。

 たとえ比登志が密告しようが。

 たかが一人のト殺。

 目を覆うべき悪辣。

 たかがひとりの男の無樣な死。

 惡はいつでも卑小に過ぎない。

 破壞はいつでも卑小に過ぎない。

 死などまして。

 殺害などまして。

 だれかが人類を殲滅したとしてさらされるすさまじい卑小さを誰が笑うのだろう?

 殲滅されたぼくの唇を。

貮仟拾六年登唎伎與そノ身に流血に塗れき故れそノ臭気に塗れきこと更にも瀛ミて膿み沸キ膿ミとめどもなクて腫瘍の肉ノ膨張する儘にそノ躬のかたち變化させきすでに人ノかたちをだにとドめず是レ巨大なル肉の塊にすぎズ故レ宮島なる祇樹古藤記念園に隔離されてありテ醫療用寢台の上を零れんバかりにも埋め盡シたりき故レ斗璃摩娑是レを見舞ヒて娑娑彌氣囉玖

 いつも聞く

  とよむ

 おまえの聲を

  風も

 ぼくは夢に

  うみも

 いつも聞く

  血も

 眠った夢に

  血管の中に

 いつも聞く

  細胞の群れ

 醒めた夢にも

  免疫の汁も

 お前の聲を

  その躰内にも

 いつも聞く

  とよみ

かくて斗璃摩娑

  とよんでやまず

爾に

  とよみつゞけて

都儛耶氣良玖

 夢を見た。

 蘰子の亡骸をお前は貪る。

 そんな夢を見た。

 和葉の愛したあの女の屍を。

 獦馬の愛したあの女の屍を。

 細胞分裂した無数の屍。

 プラナリアの蘇生のように。

 無数に繁殖した無数の屍に囲まれて。

 增殖し続ける蘰子の亡骸をお前は喰った。

 音もたてずに。

 すゝり上げながら。

 さえずるように。

 お前は喰った。

 その夢を見た。

同じき年哿豆摩斗璃摩娑と俱なりテ見き哿斗宇ノ家の燃え上がルのを見き是レ哿豆摩ひとり哿斗宇ノ比紗志を殺シ又那都古を殺シ又比那多を殺シたるが故なりき故レ哿斗宇の三人の死にタる後に家に火を放チて後海邊に至りテ斗璃摩娑と俱に返り見レば山ノ端に焰の色阿邪夜迦爾燃え立チき故レ爾に斗璃摩娑と俱なりテ娑娑彌氣囉玖

 闇の中に

  見た。無邪気に笑う

 燃え立つ色を

  あなたを見た

 見た。その色を

  ひたすらな饒舌

 燃え立つ色を

  他人に舌を奪い取られたかにも

 言葉も無くに?

  話しつゞけ

 我を忘れて?

  笑いつゞけ

 むしろ靜かに

  昂揚する

 ただ泣き臥したくなるような

  あなたの傍らに

 切ない悔恨と俱に

  見た。無邪気に笑う

かくて斗璃摩娑

  あなたを見た

爾に都儛耶氣良玖

 獦馬は言った。

 不意に鳴らしたスマホの向こうに。

 今、暇?

 そのメッセージに返しもできないすぐさまに。

 不意に鳴らした夜のスマホの向こうに。

 ——來いよ。

 ——どこへ?

 ——海に。

 と。

 獦馬はさゝやく。

 ——鳥居の近く。…來いよ。

 ——なんで?

 ——俺が会いたがってるから。

 笑う。

 俺は。

 獦馬を誘惑するようにも笑う。

 獦馬の気持ちは知っていた。

 獦馬は俺を愛していた。

 すでに。

 家畜じみた女たちじみて。

 その肉躰に性欲ごと燃えたゝせながら。

 むしろ頬にもふれられもせずに。

 夜の二時過ぎ。

 俺は家を拔け出す。

 すでに眠った淨雅をは起こさずに。

 足音を忍ばすことさえもなく。

 何故なら彼に僕をとめる事など出來なかったから。

 山道を下りた。

 鹿は眠った。

 姿を見せないどこかで。

 気配もなくに。

 猫は走った。

 木の肌をはうように。

 木の葉が搖れた。

 夏の蝶は眠るのだろうか。

 人殺しの徘徊する夜にも。

 すでに島は怯えていた。

 頻繁に起こる盗みと殺し。

 島に安全な場所はなかった。

 平家の殲滅の眠る神の島は。

 鳥の羽音が髙くに聞こえた。

 頭の上に。

 見上げた木の葉の茂りの厖大はその纔かにだけすこし搖れた。

 空の暗い光の翳りのざわめきとして。

 ちいさな動搖。

 盗みと殺しのあとに獦馬はいつも俺を呼んだ。

 鳥居の近くのいつもの海邊に。

 だから誰かゞ盗まれたことを知った。

 あるいはだれかゞ殺されたことを知った。

 海邊にひとり獦馬は立った。

 海を見詰めた。

 その昏い海を。

 ひたすらに暗く果てもない海を。

 それでもなおもあざやかに耀く海を。

 厥れ。

 月の光。

 星の光にも。

 波はきらめく。

 水の面に墜ちた光に。

 散乱の光に。

 綺羅らの光。

 その波立ちに。

 ——どうしたの?

 後ろからさゝやく僕の聲に驚く。







Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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