蚊頭囉岐王——小説53


以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



 あまりにもさゝいで

  肉を

 あまりにもはかない

  骨を

 暴力

  折る

 僕にはわからなかった

  小指の骨

 暴力というもの

  中指の骨も

 ひとりのひとの

  聞く

 強烈な惡しき暴力の

  喉の立てた

 その

  濁音に塗れた

 すさまじいちいささの意味が

  太い声

 例えば僕が機関銃で

  引きずるような

 島中の人を撃ち殺したなら

  昏い呻きを

 だれもかれをも殲滅したら

  散る

 だれかは笑ってくれるだろうか?

  血

 せめてもの

  体液

 その暴力のあまりにわずかなさゝやかを

  散らす

 ちいさゝを

  生き物の穢さ

 さゝいさを

  惨めさ

 はかなさを

  あまりにも無樣な

 僕はなにも判らなかった

  無殘なかたち

 目を追うばかりの慘狀という

  なんという

 その

  赤裸々な

故レ彌與比爾にひトり

 言葉の意味が

娑娑彌氣囉玖

 殺せばよかった

  燒く

 生まれなければよかった子は

  ライターで燒いた

 だれもが知った

  仏壇のライターで

 わたしを咎めた人の総てが

  その幼い眉を

 その虐待を

  わなゝく黑目

 咎めた人のすべてが

  彼を処罰してやる爲に

 いまだすべての責任を

  罪あるその子を

 わたしひとり押し付けながら

  その前世ごと

 殺せばよかった

  その存在ごと

 うまればければよかった子は

  壞す爲に

 腕を斷ち切り

  イノチはしぶとい

 足をきりとり

  壞しても

 頭を落とし

  壞しても

 ガソリンを被せ

  壞しても死なない五歳の子ども

 燒いて仕舞えばよかったものを

  イノチはしぶとい

 殺せばよかった

  吐き気がするほど

 うまればければよかったその子は

  イノチは

かくて哿豆摩

  絶望的なまでに

爾に都儛耶氣良玖

 目を逸らした。

 僕の微笑んだ眼差しにさえも。

 だから僕はひそかに笑んだ。

 悠貴の爲に。

 その上に乘って指を折る時に。

 圡を咬んだ。

 悠貴の口は。

 うつ伏せだったから。

 ふともゝの下に藻掻く。

 ねじられた方の腕は。

 僕の掌の中でもがく。

 つかみ取られた手首は。

 へし折られた小指はあり得ない方向を向く。

 悠貴の肌はその時突然濕気を放つ。

 失禁したに等しい程の汗のせい。

 ——赦してあげれば?

 さゝやく和葉の聲を聞いた。

 あざ笑うに近いその聲を。

 やさしく潜められた聲を。

 鳥雅は何も言わなかった。

 彼の聲の不在を恐れたぼくが見上げた顔を鳥雅は見ていた。

 名前を知らない樹木の翳りの中で。

 僕と悠貴の顏のすぐちかくに立った足を曝して。

 見上げた僕は鳥雅に笑んだ。

 同じように笑んだ彼の顏を。

 悠貴が鼻をすゝった。

 圡の至近に。

 鼻の味わう鼻水と血のそれを思った。

 七月の日差しは降り注ぐ。

 土の上にも。

 その生臭い臭気の上にも。

 かすかに黴びた圡の香りの上にさえも。

貮仟拾肆年爾に哿豆摩ひとトりの女を姧せり季ハ如月の春なりき斗璃摩娑まタ哿須波まタ多陀遠と俱なり女名を伊久美と曰せり齡十五ナりき故レ哿豆摩こゝロに娑娑彌氣囉玖

 かなしいまでに悲劇的な

  綺羅めく。瞳は

 まるで世界中の不幸の総てのふりそゝいだような

  見開かれた瞳は

 それをひとり知って仕舞ったかのような

  横殴りに刺す午後の日差しに

 そんな茫然のうちに

  日曜日の

 不可解な恍惚の内に

  山の傾斜の四阿の中に

 それでもなおも

  斜めに差す日は

 或はだからこそに

  古い誰かが作った六角堂

 すべてをはっきり赦したかのような

  異國風の

 そんな眼差しに日差しがふれた

  古い大陸のいつかの帝国

かくて哿豆摩

  滅びた人たちの

爾に

  滅びたその樣式のうちに

都儛耶氣良玖

 ぼくたちはみんな聲を聞いた。

 その三月の午後に。

 ぼくたちの笑った聲を。

 人もいない山肌の古への廃屋に。

 鳥雅目当ての女の呼び出した時に。

 だれも知っていた。

 藤原郁実の咬んだ思いは。

 大人の戀をする。

 未だに幼い十二歳の少年に。

 行き場所の無い戀をする。

 囲まれた廃屋の影。







Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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