蚊頭囉岐王——小説52


以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



 無慈悲なまでに

  目も

 その刹那に

  嗅ぐ鼻も

 その須臾に

  ふれる指も

 その一瞬に

  その耳も

 かけがえもなくて

  ぼくはただ茫然とした

 たゞひたすらに美しいのだった

  見えたもの

 肌のちかくに舞う蚊の立てた

  ありとあらゆる

 その羽のノイズ

  すべてのものゝ

 それさえもが

  美しさにすでに。だから

かくて迦豆摩

  ぼくはたゞ

爾に

  茫然とした

都儛耶氣良玖

 痛いのだ。

 生きることはいつも。

 母の殴打した皮膚のせいでなくて。

 母の咬みついた腕の傷痕のせいでなくて。

 母の燒いた火傷の膿みのせいでなくて。

 空の青さも。

 雨の白濁も。

 曇る空に墜ちる日差しの白い綺羅めきも。

 なにもかもが。

 痛いのだった。

 傷みに世界は噎せ返る。

 物はなにも痛みを知らずに。

 だから僕はひとりで噎せ返る。

 世界の曝したすさまじい痛みに。

 たぶん僕は狂っていた。

 あまりに孤独につき放たれて、そしてひとりで痛みに傷む僕は。

 僕は狂っていた。

 すでにひとりでに。

貮仟拾年哿豆摩すでにシてそノ知性とぎすまされて綺羅メく刀の刃の耀くに似レば人と人らが目は愛でテ止まず且つは人と人らの口ハ讚えて止まずかクて迦豆摩爾にヒとり娑娑彌氣囉玖

 聞く

  絶望的なまでに

 ぼくは

  すべてを知り盡くした気がした

 あたまのなかに吼える

  なにも未だ知りもせずに

 吠える獸の

  世界は僕に惰性だけを見せた

 その聲を

  だからいつでも

 聞く

  知られつくした

 ぼくは

  世界は僕に

 吼える聲は

  嘲笑を与えた

 たゞひたすらに

かくて哿豆摩

 純粋だった

爾に都儛耶氣良玖

 海を見た。

 誰と?

 幼い子供と。

 二歳下の少年。

 鳥雅と和葉。

 うつくしい少年。

 私と同じように。

 美しいものを僕は愛した。

 輕蔑した。

 母を。

 その女。

 私には似ない醜さの無樣を。

 その濕気た体温を。

 體内の匂いを伝える口臭装置を。

 見た。

 海を。

 幼い子どもと。

 鳥雅と和葉。

 かれらに躰の芽生えを敎えてやりながら。

 戯れに。

 そのふたりのそれに。

 いまだに濕り始めないそれの先端に。

 海を見た。

 二月の海を。

 立つ霧はふれた。

 空から雪崩れたように。

 その海の遠くに。

 そしてふれてすでに白濁に掩う。

 すべてを。

 水平線をも。

 空と海の境界さえ。

 霧は綺羅めく。

 綺羅めいて陽炎。

 陽炎のどこかに波は立った。

 音のみ響かせて。

 音にのみ鳴らしてすでに。

 たゞ光の綺羅に白濁。

 今も。

 その形などさらさなかったまゝ。

 もはや。

貮仟拾弐年哿豆摩ひとリそノ目に阿迦井ノ哿豆囉古を愛でき是レはジめて戀シたる少女なりき哿豆羅古いまだ齡捌歳なりき故レ哿豆摩躬ヅからが心を恠シみき故レ哿豆摩戀フる心を斗璃摩娑にハ秘めたりき故レ哿豆摩戀ふル心を哿須波には秘めたりき故レ哿豆摩戀ふる心を哿頭羅許にハ秘めたれバかクて娑娑彌氣囉玖

 吐き気がする

  走る

 あなたを想う時には

  ことばも無く

 戀は淨らかだと?

  たゞ心は

 まさか

  心そのものを置き去りにして

 吐き気がする

  走る

 燃え上がった内臓が腐り

  感覺は

 腐った苦い味に塗れて

  すべてのものを

 口からすべて出そうなほどに

  置き去りにして

 ただ屈辱じみた

  走る

 吐き気がする

  戀するわたしは

 あなたを想う時

  あなたをさえも置き去りにして

かくて迦夜香

 その

爾に

 切なさだけが燃え上がる時には

都儛耶氣良玖

 自分の雫の匂いを嗅いだ。

 受け入れられる筈もなかった。

 そのおさなすぎる肉躰は。

 だから。

 ぼくは嗅いだ。

 自分の雫の匂いを嗅いだ。

 その美しすぎる幼い躰を。

 むしろその心を。

 その未來のすべて。

 滅びた後の凢てをさえも。

 ぼくの心に思い乍ら。

 自分の雫の匂いを嗅いだ。

貮仟拾參年人々は見き荒ぶル哿豆摩を狂へる鬼ノ憑きたルかにも見き且つハ荒ぶる哿豆摩を凶つ神の憑きタるかにモ見き哿豆摩の同級生又ハ下級生又は上級生又は敎師等人といフ人の悉くに加えタる暴力容赦なくテたダ人と人らの眼哿豆摩を厭ヒき哿豆摩を咒ヒき哿豆摩を怖れキ哿豆摩を忌ミき故レ哿豆摩爾にひトり娑娑彌氣囉玖

 あまりにもちいさな

  壞す








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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