蚊頭囉岐王——小説51


以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



哿豆麻亂聲

かク聞きゝ男ありき名を志哿ノ迦豆麻と曰フ比登ラが古與美ノ貮仟年に阿岐ノ美夜士麻に生まレき志哿ノ多都遠を父とす又志哿ノ彌與比を母とす懷妊したる時彌與比夢にうス赤色の魚鱗さらす龍ノ口の中に入ルを見き耳元に男の聲を聞クその聲云へラくはふたゝびト。

わたしはふたゝび。

ふたゝび生まれる。

腹に。

ふたゝび人の胎の中に。

その穢れの中にと云せり故レ彌與比答へラく何故と。

何故わたしの?

わたしのお胎の中に?

生き物の温度の。

生き物の湿気の。

その臭気の中に。

何故?ト云すを男ノ聲答へらク見たと。

わたしは見た。

見上げた空に。

雲の浪立つその空の綺羅の向こうに。

見た。

わたしは。

軈て明けの空に白い。

白い月がひとり輝くのをと答へり故レ彌與比答ふべきスべを知ラず默シき故レ夢に喉の燃える溫度に噎ビきかクて哿豆摩生まれながラに躬に芳香たダよひき故レ稀なル人と人々噂せりかクて迦豆摩生まレながらに體の半身に赤キ斑らを沁ミわたらせタりき故レ故レ稀なル人と人々噂せり乃爾に彌與比ひトり娑娑彌氣囉玖

 炎に焼かれたかのように

  愛おしむ

 爛れ

  呪われた子供を

 燒け爛れたかのように

  望みもしなかった

 赤らむ半身の肌の色に

  不意打ちの子を

 その薄い肌に

  愛おしむ

 あるいは彼自身の前世の罪を思った

  厭いながら

 わたしの知らない他人の罪を

  憎しみ乍ら

かくて彌與比

  他人の齎す

爾に

  不意打ちの子を

都儛耶氣良玖

 誰に言えたゞろう?

 それが強姦の果ての子供だと。

 十八の夜に。

 広島で。

 誰に言えたゞろう?

 まさか辰雄に?

 夫にさえも隱し通して。

 その腕に抱かせた。

 辰雄に似ないその他人の子を。

 年と共に。

 年ごとに。

 親にも似ずに美しく。

 夢のようにも美しく育つ斑らの子供を。

 何も知らない辰雄にだから抱かせた。

貮仟六年辰雄自ら死にタりき所以者何知らず常の如朝会社に出テ行き不意に会社に行かズ美夜士摩の山の一つノ半ばノ樹木の枝にブら下がりき故レ人々陁都遠ノ錯亂を思ヒ詰り咎め且ツは欷きゝ故レ爾に彌與比ひトり娑娑彌氣囉玖

 雫のしたゝる

  錯乱はなかった

 その六月に

  取り乱すことも

 雨の雫の

  しずかに彼は

 雫のしたゝる

  辰雄は赦した

 その六月の雨の

  だれを?

 霧雨の朝に

  わたしを

 樹木の下の

  かれらを

 土は息物の

  獦馬の父らを

 最後の汚物に

  獦馬のイノチを

 汚れて淀む

  彼は罰した

かくて彌與伊

  自分のイノチを。解き難いその

爾に

  彼固有の矛盾の内に

都儛耶氣良玖

 告白。

 その言葉をつぶやくわたしの殘酷さを知る。

 たゞせつないほどに悲しく。

 悲しみ以外になにも感じさせない純粋な悲しみ。

 たゞその心の綺麗な、そして心のすさまじい凄慘。

 驚かなかった。

 辰雄が死んでも。

 そうするしかなかったのだろうと私は思った。

 彼の卑劣を咎めながら。

 彼の卑屈を咎めながら。

 辰雄の耳にわたしは云った。

 その耳に。

 獦馬の出生の秘密のすべてを。

 なぜ?

 彼がすでに疑っていたから。

 獦馬を虐待する私の意味を。

 容赦なく。

 とめどもなく嬲るわたしの殘忍の意味を。

 なぜ生んだのかと。

 辰雄は聞きさえしなかった。

 たぶん彼は知っていた。

 その理由などわたしさえもが知りはしないのだと。

 泣き叫ぶ獦馬の聲に眉を顰めた。

 彼は。

 顰めた眉にわたしを疑う。

 獦馬の出生の意味を。

 だからわたしは辰雄に云った。

 彼の望んだそのまゝに。

 わたしの肌に刻まれた無數の生傷の意味。

 獦馬の種を付けられるために。

 隱し通した。

 顏に外傷の無かったことをいゝことに。

 辰雄の爲に。

 彼に告げた。

 あなたの爲に、と。

 彼の心の懊悩を止めてあげる爲だけに。

 彼に告げた。

 彼が死んでも驚かなかった。

 そうなるしかなかった気がした。

 だからわたしは殴打した。

 辰雄を殺した幼い命を。

 その殴られても死にはしない少年のふてぶてしさを。

 アイロンで燒いた。

 泣き叫んでも壞れない少年の強靭を。

 だれも望まなかったその強靭を。

 顏をガムテープで縛り付ける。

 その聲を聞かないですむように。

 開いた口蓋をタオルで塞ぐ。

 その息の音を聞かないように。

 後ろ手に縛った。

 顏で床を這うのを見た。

 彼の犯した罪を彼がせめても償ってくれるようにと。

 純粋な祈りだけを心に捧げて。

貮仟捌年哿豆摩すでにシて匂フばかりに美シく輝くを人と人らが目ハ愛でテ止まず且つハ人と人らノ口ハ讃えて止まズかクて迦豆摩爾にひトり娑娑彌氣囉玖

 美しいのだった

  窒息しそうな

 すべて

  息さえできない

 目に映るものゝすべてが

  失神しそうな

 聞く物の

  碎けてしまいそうな

 聞こえるものゝすべてさえもが

  燃えそうな








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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