蚊頭囉岐王——小説49


以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



 失われた

  泣いていゝ?

 言葉など

  意味もなく

 あなたの微笑む顏を見た

  いまこの時に

 そのやさしかった眼差しを見た

  わらっていゝ?

 失われた

  その耳元でさえも

 言葉など

  あなたは見るしかないのだった

 燃え尽きもせずに

  あなた微笑む

 崩れ落ちもせずに

かくて斗璃摩娑

  あなたの女を

爾に都儛耶氣良玖

 あまりにもおさなすぎて。

 まだ。

 生まれてもいないイノチの粒は。

 脈打つ粒。

 分裂する細胞の群れ。

 脉打つ。

 未だに。

 生まれても居ない粒は。

 あまりにおさなすぎて。

 母胎をふくらませるでもなくて。

 感じる?

 息吹きを?

 あるいは母胎は?

 感じたのだろうか?

 それでもすでに?

 通り拔けた。

 笑う。

 開かれたドアにわたしの傍らを通り抜けて。

 返り見た耀は邪気も無く。

 見ていた。

 頬にだけ笑むそのかたちを。

 わたしは何か言いかけたに違いなかった。

 唇は。

 なに?とさゝやき。

 そのまゝに捨て置き。

 笑った息を立てた。

 わたしは。

 誰の爲にでもなく。

 ひとりで。

 ふきかけるようにも。

 なに?と。

 そのひとことだけに目を伏せてしまう耀に。

 彼女への何らの欲望もなかった。

 乃至愛さえ。

 まして戀など。

 纔かの理由もなく差し出した腕は耀を抱こうとするものゝ。

 避けた。

 耀は。

 身を抗うでもなくて。

 ただ一歩だけ後退して。

 腕をかいくゞる耀を見た。

 ——やめて。

 と。

 耀のさゝやくのを見た。

 その時にはすでに彼女は後悔していた。

 自分の身振りと吐いた言葉を。

 乃至驚いてさえいた。

 耳を疑い、だから耀は自分を疑いさえしていた。

 淡い懐疑はたゞ深く、だから彼女は目をさらに伏せた。

 ——さわらないで。

 さゝやく。

 まるで他人に耳打ちされた言葉を唇になぞったかにも。

 だから顯らかにわたしは他人の言葉を聞いた。

 耀とふたりで。

 息の吹きかゝり合うほどの至近に。

 ふれあうこともなく。

 その、耀の喉のはく他人の言葉を。

 つぶやく。

 ——起きちゃう。

 と。

 耀は。

 ——この子起きちゃう

 と。

 見い出されたもの。

 その時に不意に見上げた眼差しに。

 淚?

 潤んだ眼差しがわたしを見詰めた。

 なにか言いかけた。

 耀は。

 だからはわたしは耳を澄ました。

 耀も。

 だから彼女も耳を澄ました。

 ひらかれた唇は知っていた。

 すでに言葉を失ったことを。

 だからひらかれたまゝ停滞した。

 閉じられかけたまゝ停滞した。

 わたしは目を伏せた。

 耀はわたしをだけ見ていたことは知っていた。

 その震える顎に。

 痛みを感じた。

 なぜ?

 わたしは。

 あくまでも耀と俱に痛みをだけ。

かクて爾に比哿琉汗をながシ又同ジき時に身を曲げてバスルームが内に吐きゝ故レ太もモに埀れ且つハ床に飛び散る水流と共にもかたちも色もなにも失フ胃液の匂ヒをたダ眼差しに見きかくてバスルームの外寢臺が上に身ヲ横たえタる什六歳の登唎摩娑が前にすがたをさらシてひとり娑娑彌氣囉玖

 意味は?

  とめどもなく

 悲しみの。

  あふれでる

 身を焼きつくすような

  つきもせず

 骨に咬みつくような

  響き合うまゝ

 意味は?

  ただ響き合い

 悲しみの。

  鳴り止まない

かくて比哿琉

  畢りのない

爾に都儛耶氣良玖

 感じていた。

 纔かにはなれたそこに。

 あなたのそばに。

 決してふれあうこともなく。

 纔かにはなれたそこに。

 あなたの素肌のそばに。

 さらされた自分の肌に。

 感じていた。

 体温を。

 あなたの。

 あるいは時にお腹の中の。

 イノチのかたち。

 その体温さえ。

 知っていた。

 存在しないのはわたしの体温だけだった。

 わたしの見い出した愛しすぎる風景の中で。

 存在しないのはわたしの体温だけだった。

故レ爾に登唎摩娑ひトり横たわる比哿琉に添うテその身を横タえき故レ比迦留ひとり横たわる斗璃摩娑に添うテその身を横たえき時にうつらウつラの眠るとも覺めるともナい眼差シの朧ノうちにかタちと色と香りだに見いだしたればひとり娑娑彌氣囉玖

 あふれていた

  愛してる、と

 不用意にも

  誰を?

 あふれかえっていた

  幸せだよ、と

 あり得ないほどの

  誰が?

 噎せかえるでもなくて

  もう莫迦馬鹿しいくらいに







Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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