蚊頭囉岐王——小説47
以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。
墮せと?
不穩な不快が
俺が云ったら?
嘔吐
あなたは泣き叫ぶだろうか?
喉にも
あるいは激怒を
胸にも
あるいは容赦もなく失望を
胃にも
あるいは笑う?
毛細血管
氣の狂った人のように
眼差しにさえも
わたしのあのひと
あざやかな不快が
母のように
あくまでも異物として
あなたは聲に嗤うだろうか?
だから
花を喰いちらし
異物はわたしを貪り食った
だから
その内側から
わたしはあなたの爲に笑んだ
異物はわたしを噛み千切る
耀はわたしの笑みを見ていた
飛び散る嘔吐の飛沫にさえも
あなたの爲にだけほゝ笑む
感じられない
聞いた
まだイノチなど
耀は
あるいはこの不快こそがイノチだと?
耳に
わたしはイノチの爲に笑った
わたしの聲を
聲もなく
すごい…
まなざしのうちに
…ね?
イノチの爲にさゝげよう
幸せになろうね
わたしのほゝ笑みを
かくて比哿琉
俺たち、その子の爲にも
爾に
幸せになろうね
都儛耶氣良玖
生んでくれと云った覺えはなかった。
いつでも母親の胎を呪った。
育てゝくれと云った覺えはなかった。
いつでも母親のすべてを詰った。
顯らかなこと。
母とは屈辱それ自体だと。
母とは侮辱それ自体だと。
母とは絶望それ自体だと。
気付けばすべては手遅れだった。
生まれてあることを抹消する爲には私は自分で死ななければならなかった。
傷めと?
苦しめと?
自分の肉体を煞す苦痛に。
泣き叫べと?
わなゝかせなさいと?
吐けと?
撒き散らせと?
血を、汚物を?
なにもかもを手遲れにして。
わたしの死を淚しながら痛むに違いなかった。
母は。
イノチの尊さあるいはそれの喪失の尊さに?
なにもかもを手遲れにして。
だからわたしは怯え續ける。
すでにわたしが死なゝければならない事に。
生まれるべきではなかった子。
すでにわたしが滅ぼさなければならなかったことに。
あまりにしぶとく頑強なこれ。
イノチある肉体。
わたしという組成物を。
その強靭な營みのすべてを。
恥辱に塗れる。
哀しい。
あまりにも。
無限に悲しい。
殺せばよかった。
あなたを。
わたしが生まれるその前に。
かクて六月雨降る中にも比哿琉胎ノうちに胎児をはぐクむかくテ六月雨降る中にモ未だ比哿琉店ヲも辭メずに肌をさラし男らの吐く体液に濡レき故レ斗璃摩娑ひトり千駄ヶ谷なる部屋ノうち雨に白濁するまマに烟り雨に濡れてつやヤぐ儘に烟ル神宮の森の綠りなス樹木の葉ゝの群れヲ見き故レ爾に娑娑彌氣囉玖
その影に
白い烟りの舞い上がるように
樹木の影に
白い烟りの停滞するように
葉の影に
霧なす雨の
ときに
つぶら。飛散
葉の落とした雫に濡れた
聞こえていた
無数のちいさな虫たちを
窓のガラスに立つ音の群れ
その杜のうちに息遣う
碎ける雨の
蟲らの吐いた息を思った
ちいさいその
かくて比哿琉
あざやかな全崩壊の瞬間
口にくわえるときにも或は
それら無數。つぶら
爾に都儛耶氣良玖
云った。
わたしは。
さゝやき聲で。
——ね?
と。
言った。
鳥雅は。
さゝやき声で。
——ん?
と。
いつかの晝の。
いつかの朝にも
ベッドの上でも。
その無數の時に。
その素肌にわたしを暖め。
かさねた。
言った。
聲をかさねて。
温まる肌に。
さゝやき声で。
——男の子かな?
——痛い。
——きっと
——なんかね
——女?
——こゝろ、痛い
——どっちがいゝ?
——ね?
——お前に似るね
——なんで?
——べつに…さ。
——なんかね。…嘘っぽい
——俺かな?
——幸せ過ぎて
——かわいくなくてもいゝよ。
——嘘っぽくない?
——じゃない?
——本当なの?
——生まれてくれゝばいゝってわけでもなくて。
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