蚊頭囉岐王——小説44
以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。
比哿琉亂聲
かく聞きゝ女ありき名を破夜世ノ比哿琉と曰フ時は比登らが古與美ノ貮仟什捌年なりき故レ登璃伎與すでに拾六ノ年を數へき故レ斗唎摩沙すでに拾六ノ年を數へき故レ斗璃摩娑かの美夜士摩はすでに捨てさりきひとり斗宇伎夜宇にありき比哿琉齡二十四なれば哿儛伎町なる風俗店に身を寄せたりき故レ斗璃摩娑ひとり比哿琉が千駄ヶ谷なるマンションの部屋に目覺めて朝の日を厭ひて身を起こす開かれたる儘なるカーテンの傍らに立ちき季は春のおわりにしてすでに櫻の樹木綠りなしき故レそれ六階の北向きに見わたしたる神宮の森綠りなしてひろがりき時は朝の七時を過ぎたりき故レ斗璃摩娑爾に娑娑彌氣囉玖
勇気はすでになかった
みなぎる
生きていく勇気など
自分勝手な程にも
思った
樹木たち
せめて雪のようにと
人々がすべて滅びた後も
イノチさえ
むしろそのイノチを貪り
せめて雪のように解ければ
貪るともなく
溶けて消えさえするなら
息づかい綺羅らぐイノチたち
そして誰にも憐れみさえされる暇もなく
樹木は繁り
せめても雪のように
恥ずかしげもなく
かくて斗璃摩娑
せめても
爾に都儛耶氣良玖
ベルがなった。
背後に。
不幸な女?
頭のわずかな上に。
鳴った。
不幸な?
ベルが。
その名。
早瀨耀。
本名かどうかも知らない。
彼女は知らない。
自分が不幸であることさえも。
知らない。
だれにも不幸な女と知られて。
開いた。
踵を返して近づくドアを。
耀の爲に。
彼女の部屋のドアを。
言った。
耀はいつも。
必ず閉めて。
わたしが仕事に出て行ったら。
必ず閉めて。
わたしがここを出て行ったら。
中から鍵を。
あなたが中に居る時にも。
この町は危ないから、と。
耀は云った。
ドアの外には、と。
誰がいるかも知れないから、と。
すでに知っていながら。
それとなく。
彼女のいない部屋の中に私が連れ込んだ女の何人もの殘した馨がたゞようことは。
その肌の殘した女たちの匂い。
ときに拔けた髮の毛さえも。
故意に証拠を殘そうと?
落ちた。
その気も無く気付かないうちに。
それらの髮。
躰の内側の匂いも。
笑った。
耀は。
ドアを開けてもらえたその瞬間に。
だからひとり噎せ返る。
溢れ返った不安と懊惱を一瞬に掻き消して仕舞った彼女自身の笑顏に。
耀は。
——大丈夫だった?
甲髙い、極端にあまえた聲で云った。
——なにも無かった?
耀は。
見た。
その双渺は。
てらいもなくて。
さゝやきつゞける眼差し。
耳元で。
大聲で。
わたしはあなたを愛していると。
喚き散らしたその最弱音のさゝやき聲。
眼差しに。
耀は笑んだ。
その眼差しに。
ほんの須臾彼女は見つめた。
彼女の爲に笑んだ顏を。
そのわたしの顏を。
耀はその時限りもない程幸福だった。
比迦琉二週間に一度過呼吸の發作ヲ起こシき所以者何知らず是レ比迦留そノひとだにも知られず故レ二週間に一度手首ヲ切りき所以者何知らズ恍惚とシたル眼差シに登唎摩娑を見てその眼差シの前に切りき厥レ決して致命傷にはイたらヌ淺き傷痕無數にさらしたる腕になり故レ二日に一度嘔吐せり所以者何知ラず吐き吐いテ吐く儘に双眇に淚あフれさせわなナかすその綺羅らぐを斗璃摩娑見て視やりテ笑ひき邪氣も無クに故レふたり爾に幸福なりき厥れ四月の半バのあたタかなるに迦儛伎町にそノ口とそノ蕃登に咥えこみ吐キ出さし浴びたる營み畢りタる朝比哿琉歸りて爾に左丹都羅フ登唎摩娑にシがみつきて寢臺に俱なりテ倒レき故れ斗璃摩娑が肌の馨りを嗅ぎキその彌甘やギたる芳香を且つは斗璃摩娑が髪ノ馨りを嗅ぎゝその彌甘やぎたる芳香ヲかくテ床の上花瓶に刺さレたる由利ノ花その色ノ白且つはその周圍に霞なす迦須美草の花そノ色の白なナめに触れたる光りに綺羅めクも比哿琉ハ見向きもせズて故レ爾に未だ比登なルふたつ俱なりて娑娑彌氣囉玖
ふれる
沈黙を
くちびるに
あなたがくれた沉默を
あなたは
そのくせさらした
咬みつくように
微笑を
わたしを咀嚼し
壊してしまうわたしを恐れた
だいなしにし
いつでもつねに
手のほどこしようもなく
わたしは怯える
なすゝべもないほどに
わたし自身に
ふれる
壊して仕舞うに違いなかった
くちびるに
息さえも
脱いだ肌にも
吐く息さえも
埀らす髪にも
わたしの肌に
齧みつくように
ふれる息さえ
わたしを咀嚼し
あなたを壊してしまう気がした
貪るようにも
せめて幸福を望んだと?
そしてわずかに
まさか
顯らかに
私は願った
怯えながら
むしろ
慄きながら
いますぐに
かくて斗璃摩娑
わたしが壊れてしまうことこそ
爾に
消え去ってしまうことこそ
都儛耶氣良玖
唇が。
なぞった。
舌が。
乳首のかたちを確認するように。
殘された匂い。
ぼくたちは只屈辱だけを知った。
たぶん僕たちは破壞者だった。
例えば焰の劒を持った美しい神話の破壞者ではなくて。
例えば無數の蛇を從えた美しい幻の破壞者ではなくて。
或は黴に等しい破壞者に過ぎなかった。
僕たちは繁殖する。
自分の哺乳類の繁殖を亡ぼしながら。
僕たちは何をも生み出さなかった。
だから僕たちはあるいは純粋に破壞者だった。
かくテ斗璃摩娑浪の中に足ノ先をつけたりき故レ波陀志ノ足の先宇美能美豆ノ鹽の匂いにフれたりき故レ哿豆波の耳元に娑娑彌氣囉玖
海に?
知っていた
いまさらに海に?
生まれたときから
もうとっくに
海の色を
すでになんども
匂いを
ぼくたちに飽きられた
さまざまにも
海に?
ぼくたちが
ぼくたちが倦み果てた
海の近くに
海に?
育ったせいで
かくて哿豆波
浪のひゞきの
爾に
その音響の近くに
都儛耶氣良玖
見る。
目は。
私の。
いまさらに。
擬態。
いまさらに海を始めて見た少年を擬態して?
擬態。
見る。
愛しい人。
見ていた。
目は。
戯れを。
彼は。
戯れた。
ひとり。
見た。
目は。
その目も。
彼の。
私の。
目も。
戯れを。
見ていた。
擬態。
僕らの擬態は。
海に初めて入った少年を擬態して。
見た。
ふたりの眼は。
僕たちの戯れ。
游ぶ。
僕たちは。
聞いた。
だから。
さゞ波の音の崩壞。
僕たちの足元でだけ滅び合う響き。
かき亂されわなゝき瓦解しさゞ波の音響。
僕たちはいつでもたゞ破壞者としてのみしか生きない。
哿豆波亂聲蚊頭囉岐王舞樂第三
啞ン癡anti王瑠我貮翠梦organism Ⅱ
2021.01.18.黎マ
0コメント