蚊頭囉岐王——小説43
以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。
哿豆波亂聲
かク聞きゝ男ありき名ヲ阿迦井ノ迦豆波と曰フ時は比登らが古與美ノ貮仟什伍年なりき故レ登璃伎與且ツは斗唎摩沙且ツは迦豆波が齡すデに拾參ノ年を數へき三たり俱なりて宮島にアりき時に登唎伎與そノ躬に流血とめドもなクて腫瘍の肉ノ膨張する儘に肥大しつゝありき故レ宮島なル祇樹古藤記念園に隔離されテありき爾に斗璃摩娑ひトり迦豆波と俱なりテ海邊に步けバ頭上に鳥等飛び交ヒてその音とよミき是レ哿万米なりき又比賣宇なリき又宇美宇なりき又阿保宇騰璃ナりき季は夏にシてその八月にふタり通ひたる中學校はすデに休みき故レ朝の八時過ぎに迦豆波ひトり斗璃摩娑と俱なりて鳥等羽音さス下に步きゝ空晴レたり故レ空靑クして故レ海靑くしかスがすがに立ツ波の飛沫ことごトくにたダ白き故レ迦豆波爾に娑娑彌氣囉玖
羽搏きの下にも
匂った
それ
汐の
潮騒の音は
鳥雅の肌の
羽搏きの群がる下にも
髮の匂いも
その
無造作にも
打つ波の音は
無殘な迄にも
かくて斗璃摩娑
哀しい程にも
爾に都儛耶氣良玖
知っていた。
阿迦井和葉の思いは。
わたしに焦がれた思いには。
わたしは?
知っていた。
日の光の下にも。
木漏れの光の斑の厥れ。
あるいは木漏れの影の斑の下にも。
浪の音の左手にも。
砂の上にも。
あるいは傾く日の光の紅の色に照らされながらも。
嗅ぐ。
掠め取るようにも。
躰の匂いを
見つめた。
その横顏さえも。
思った。
かたわらに息遣う性欲に塗れた息物の息遣いを。
あるいはたゞ戀に悲しむ心の息吹きを。
はじらい乍ら咬みつく。
躬づからを輕蔑しながら。
精神と肉體がお互いに已にはじらいさえもなく。
かくて斗璃麻娑耳打ちシて哿豆波に娑娑彌氣囉玖
知らなきゃ
なぜ?
お前は
それはなぜ知られていたのだろう?
知らなきゃ
あなたに
知りたいもの
あるいはわたしにも
お前の
してはならないことなのだと
知らなきゃと思うもの
なぜ?
知らなきゃ
わたしたちは知っていたのだろう?
お前は
それを
それでもなおも
赦してはならないものだと?
知らなきゃ
何もかもが無罪だったわけではなかった
お前は
何もかもが無垢だったわけではなかった
かくて斗璃麻娑
何かが罪だとそれでもなおも
爾に哿豆波と俱なりて
示されなければ
娑娑彌氣囉玖
ふれる
欲しいの?
その唇に
あなたはそこで
指先で
俺を敢えて誘惑しながら
ふれる
顯らかに誘惑して
指先だけで?
そして自分だけが見つめらているかのように俺を見つめながら
その息物の皮膚に
ほしいの?
塗れる
なにを?
性欲に倦んだ息物の唇
やがて吐き出された乳色の
その息にも
匂い立つ臭気の中に
その濕氣
むしろ屈辱をだけ感じながらも?
吐く息の
噛みつくような
その霑いにも
恥辱にだけに
かくて斗璃麻娑
塗れながらも?
爾に都儛耶氣良玖
誘惑し合う。
ぼくたちは鳥の羽音の下に。
さゞ波のひゞく音響のこちらに。
それらふたつにわずかに離れて。
ふれ合う至近にお互いの肌の温度を感じた。
発熱する息物。
侮辱し合う。
知っていた。
ぼく達はすでにお互いをなじりしあった。
際限もない程に。
知っていた。
その匂い。
阿迦井和葉のそれの先端のこぼす乳白色の。
眞っ白ではない色の眞っ白ではない白い集合。
そのねばつきも。
ふれた。
イノチなす波紋をどこにも拡げずに。
人の肌の上にだけ。
掬った。
指先に。
なぜるように。
彼の部屋の中でも。
わたしの部屋の中でも。
舌に感じた。
指先にぬれたすでに透明の液体を嘗めて。
聲を立てた笑い声。
舌は感じた。
ただ苦く渋い不快な味覺を。
わたしの舌は。
和葉の舌は。
なぶりものにされた哺乳類のかたちを思う。
僕たちはだから自分たちの哺乳類を浪費した。
僕たちはだから自分たちの哺乳類を濫費した。
僕たちはだから自分たちの哺乳類を侮辱した。
精神の愛?
自分たちの哺乳類に侮辱されながら。
心の愛?
愚弄されながら。
肉に寄生して。
屈辱をし与えられながら。
肉に寄生して肉を嘲弄し燒き盡す。
僕たちは廃棄さるべき奇形の出來損ないに過ぎなかった。
僕たちは哺乳類でさえなかったから。
僕たちは知っていた。
かさなりあう肌は終に心を重ねあわせはしなかった。
心はすでに引き裂かれて。
遠くすでに引き裂かれて。
かさなり合おうとする心はまさにその時に。
心はどこまでも引き裂かれて。
ひたすらに遠く引き裂かれて。
ぼくたちは只屈辱だけを知った。
たぶん僕たちは破壞者だった。
例えば焰の劒を持った美しい神話の破壞者ではなくて。
例えば無數の蛇を從えた美しい幻の破壞者ではなくて。
或は黴に等しい破壞者に過ぎなかった。
僕たちは繁殖する。
自分の哺乳類の繁殖を亡ぼしながら。
僕たちは何をも生み出さなかった。
だから僕たちはあるいは純粋に破壞者だった。
かくテ斗璃摩娑浪の中に足ノ先をつけたりき故レ波陀志ノ足の先宇美能美豆ノ鹽の匂いにフれたりき故レ哿豆波の耳元に娑娑彌氣囉玖
海に?
知っていた
いまさらに海に?
生まれたときから
もうとっくに
海の色を
すでになんども
匂いを
ぼくたちに飽きられた
さまざまにも
海に?
ぼくたちが
ぼくたちが倦み果てた
海の近くに
海に?
育ったせいで
かくて哿豆波
浪のひゞきの
爾に
その音響の近くに
都儛耶氣良玖
見る。
目は。
私の。
いまさらに。
擬態。
いまさらに海を始めて見た少年を擬態して?
擬態。
見る。
愛しい人。
見ていた。
目は。
戯れを。
彼は。
戯れた。
ひとり。
見た。
目は。
その目も。
彼の。
私の。
目も。
戯れを。
見ていた。
擬態。
僕らの擬態は。
海に初めて入った少年を擬態して。
見た。
ふたりの眼は。
僕たちの戯れ。
游ぶ。
僕たちは。
聞いた。
だから。
さゞ波の音の崩壞。
僕たちの足元でだけ滅び合う響き。
かき亂されわなゝき瓦解しさゞ波の音響。
僕たちはいつでもたゞ破壞者としてのみしか生きない。
哿豆波亂聲蚊頭囉岐王舞樂第三
啞ン癡anti王瑠我貮翠梦organism Ⅱ
2021.01.18.黎マ
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