蚊頭囉岐王——小説37
以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。
その爪の尖りに。
自分の胸を。
網膜を。
齒茎の粘膜。
内臓の中を。
蝶のひだを。
大腸の濕度。
心臓の中の強靭な筋肉を。
肉のことごとくの筋。
神經のすじも。
口蓋がはじけた。
内側から這いあがる肉躰に。
口蓋は。
吹き飛ぶ頭蓋に引き出された喉の内側は外氣にふれた。
噎せ返った。
すでに痛みのすさまじい叛乱。
聲もなく。
吐く息も無く。
噎せ返った。
苦痛にだけに。
あざやかなそれら。
痛みにだけに。
毎秒の失神に毎秒に目覺める。
産毛のすべては焰を発した。
故レ斗璃摩沙は震えル指に虛空を撫でタしぐさを又は震える爪に例えば花弁にやさシくふれるその仕草を又ハ震える手首をへし折っタようにさカむけれバ爾にひトり娑娑彌氣囉玖
蝶の羽根の舞う色を見た
すでにして
失語した
ほろびた夜は
朝やけの中に
すでにして
その光に
なげうつひかりは
なゝめに
燃え立つように
舞うその色を見た
かくて斗璃摩沙爾に
吹きかけるように
都儛耶氣良玖
乳色の液体の飛び散るのを見た。
皮膚の孔。
孔のすべてに。
淚なして眼窩にあふれて。
嘔吐するかに。
口に吹き飛び。
乳色の匂う液体の。
毛孔にあふれて。
受胎?
と。
わたしは苦痛の中に笑う。
無樣な受胎、と。
肉と肉と引き裂かれあい。
或は食い散らし合う。
それら苦痛の鮮烈の散乱。
わたしはひそかにむしろ笑った。
故レ斗璃摩沙床の上かろうジて息てかろうジてイノチを保ち或ハかろうジてカタチなすまマ這い匍うてのタうちひとり娑娑彌氣囉玖
朝の靄は
まばたく
明けの紅蓮に
なんども
陽炎ばかりを
まばたく
霑うままに
かってに
葉のさきに
まばたく
雫、夜の靄の
もはや
ぬらした露の
たにんの?
雫。落つ
それ
かくて斗璃摩沙
まぶたに
爾に
まばたく
都儛耶氣良玖
ゆがむ肉と骨格。
神経と血。
脳と骨髄。
それら。
引きちぎられながら吐き出したイノチを。
あえぐ。
あたらしい鳥雅が。
血の中。
自分の血と。
匂いの中。
自分の匂いの中に。
わたしは見ていた。
床に匍う。
孔を食い破って吐き出された鳥雅のあたらしい肉が。
這う。
わたしの床にのばした足さきに。
立ち上がった。
カーテンを引き開け光を。
朝の。
明けの紅蓮の。
とおくに海の。
綺羅と。
見た。
足元に。
床の上に。
這う鳥雅を。
その異形の肉のカタチを。
腫瘍に塗れた?
ないし、腫瘍そのものにイノチをなした?
肉を食い破る骨。
あるいは骨を砕いた肉の膨張。
その形はやわらかくそして匂いたつ匂いを嗅ぐ。
鼻孔。
のたうつ。
わたしの鼻は。
のたうつように。
床を這う。
子供?
ないしわたしそれ自躰が。
窓の向こうに鳥が飛ぶ。
啼く。
飛ぶ。
鳥が啼く。
だから身を潜めていた。
土の淺い内側に居たそれ。
桃色の蚯蚓は。
濃い褐色にも近いピンクに。
桃色蜥蜴の裸の皮膚は。
その潤いは。
故レ斗璃摩沙たタずみたるうちに登唎摩沙床を這ひ匍ふて匍匐ヒはうに窓越しの朝の日の投げ落チるを斗璃摩沙は見き故レ体液のすヂひく床のきらめキにも眼を奪はれき爾に登唎摩沙肉に比布にわなナきゝかくて斗璃摩沙ひトり娑娑彌氣囉玖
あまやかな匂い
生きてあれ
私の周囲に
光の下にも
かれの放ち
翳りの内にも
わたしの放った
生きてあれと
わたしたちの
ささやく聲のみ
あまやかな匂いに
聞き取るものを
かくて斗璃摩沙追ひ追ふて掩ふ空の雲れる白濁の下朝の庭に
みたされた鼻孔に
都儛耶氣良玖
露の色
目には見えない透明の。
色。
色の無いかたち。
散乱。
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