蚊頭囉岐王——小説33


以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



 ことば?

  さゝやきあって

 なにをもはや

  それでもなおも

 見つめ合いしかも

  ことばを成さない

 なんの解決をみることもなく

  それを愛と?

 あなたの唇の

  なぜあなたを慈しむのか

 しずかな息づかいに感じた

  なぜあなたを愛しむのか

 あなたのイノチを

  慈しみというものかたちも知らないまゝに

 かくしようもなく

  愛しみになどふれたこともなく

 わたしはまさに生きていた

  それを愛と?

 あなたの前に

  まるでいきなりふれた狂気

 目の前に

  ふいに落ちた

 しずかな息に

  意識の白濁

 わたしは感じた

  それを愛と?

 わたしのイノチも

かくて斗璃摩娑

  それをも猶も?

爾に都儛耶氣良玖

 唇は唇にふれた。

 齒は唇に。

 唇はふれた。

 噛み千切る。

 わたしのそれを。

 噛み千切る。

 母の齒の群れ。

 玉散る血などは見なかった。

 おそらくはすでに?

 珠美はわたしを貪り食う。

 すでに。

 花のように?

 玉散る血などは見なかった。

 すでに。

 貪り食う音。

 咀嚼の音ら。

 引きちぎられた痛みなど。

 すでに。

 花のように?

 沙羅の花。

 花汁を散らす。

 花のように?

 すでに。

 玉散る血など。

 すでに眼差しを掩うそれ。

 白濁の。

 髙熱の。

 髙温の。

 冴えた白濁。

 澄んだ白濁。

 感じられない痛みの中に。

 発されなかった叫びの聲のそのとよむ音ら響きの中に。

 失神したに違いなかった。

 わたしはすでに醒めつゞけ乍ら。

 あたまから食い貪られながら。

 狂気の母は。

 狂った母は。

 夢を見ながら?

 その咀嚼。

 夢の中にも?

 その咀嚼。

 夢のようにも?

 咀嚼する齒とすゝりあげる舌。

 喉。

 その音響さえも。

 わたしは見ていた。

 その顏を。

 貪り食ったわたしの顏を。

 母の眼に。

 彼女の。…

 わたしの目はいま顯らかに生きた。

 母の齒に。

 その女の。…

 わたしの齒はいま顯らかに生きた。

 貪り食った。

 血は散り玉散る。

 音響は。

 すする咽の。

 齒の咀嚼。

 音響は。

 聲もなく。

 花咲く下の花散る中に。

 喰った。

 わたしは多摩美を。

 それ。

 母の肉を。

 生きながら。

 喰った。

 わたしの口は。

 その肉躰を。

 皮膚をそぐ。

 肉に齒を立て。

 哀しめば?

かくて爾に多摩美

 悲しめば?

娑娑彌氣囉玖

 だれもたすけはしなかった

  たしかに心はあまく

 わたしとかれをふたりのこして

  あまく苦く

 あきらめに似た

  痛みにちかい

 ほゝえみのうちに

  純粋に味覚をだけを感じた

 わたしのゆびのふれたそこから

  感情と?

 目の前で

  それでもなおも感情と?

 少年はひゞ割れ腐っていった

  しかも

 その腐臭さえ

  名前さえある感情と?

 ゆびのなでた唇のそこから

  舌に殘る

 目の前で

  殘す花の味

 わたしの——

  唇に殘る

 彼はひとりで燃え上がり

  殘した花の

 焰の内に燒き焦げたのさえ

  咀嚼された

 だれもたすけはしなかった

  花の汁の

 わたしとかれをふたりのこして

  饐えた味覺は

 あきらめに似た

  饐えた味覺も

 ほゝえみのうちに

  わたしはまばたく

かくて斗璃摩娑

  そっとひとりで

爾に

  ひとりでまばたき

都儛耶氣良玖

 笑む。

 唇は。

 頬は咀嚼のその肉の緊張。

 笑む。

 多摩美の肉を引きちぎりながら。








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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