蚊頭囉岐王——小説27
以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。
おぼれるような微笑は
あまりにもおゝくの
まるで不意の夢のようにも
嗅ぎ過ぎたと?
ゆらめくようなその聲は
あまりにもおゝくの
聞き取られなかった幻じみてその
多くの人たちの陰慘の匂い
行く末の暗さを
その色をだけ
暗示したかに
乃爾圓位笑ミて胸に手を合わせ斗璃伎與ヲ見て覩畢るにひとり白さク——奇蹟よなト故レ聲聞きテ聞けるがまマに伎與麻娑白さく——生きてるのが?…と、ただ、ぼくがおもうのはと故レ返り見もせずそノ背後の聲を聞けルが儘に圓位白さク——なに?と故レ伎與麻娑答へらク——無理やり生かしてる、そんな気がしてと故レ圓位問へラく——そうな。むりやり…機械使ってな…自分で呼吸もできないん?
——かなり、難しいですね。
——心臓は?
——かなり…負担が強いらしい…その、腫瘍が圧迫していて…とか、いろいろ説明は聞きましたけど
——自然には活きて行けないな
——だから、思うんですよ。
——無理やり生かしてると?
——違います?
——惱ましい?
——正直。
——そうな…と沙門圓位答へテ返り見背後に從ひたル斗璃摩娑を見テ覩をはりたルに白しけらクは——なんなんだろうな…
——なにが?
——命…かくテ沙門圓位ひとり思ハず笑ミたる顏を斗璃摩娑は見き故レ圓位白さク——命とはなんぞやと。それ、問うものは吐いて捨てるほどにもいようけれども、答えられた人はいるんかな?…ね?色も受想行識もそれら悉く是レ空なりと。云えば慥かにそうに違い無く息てあるもの皆常ならずと慥かにそうはそうに違いなくしかれども。どう?それはイノチの営みのことであって、じゃあイノチとはなんであるかと、そう問うならば、…どう?あなた応えられる?
——わたしは…なんですか?
——わからないト沙門圓位白シて笑ムを斗璃摩娑かたわラに見上げテあれば思ハず斗璃摩娑ひとり言散けらク——いゝ匂い…と故レ圓位斗璃摩娑を見やりたルに斗璃摩娑ふたタび白しけらク——いゝ匂い、するト故レ沙門圓位見て見やりつツも斗璃摩娑があたまを撫デやりたルを伎與麻娑たダ笑ミて見たりきかクて沙門圓位ふたタび伎與麻娑と布美迦の前に座しタるのチに俱に娑娑彌氣囉玖
どうしたいん?
なにが、ですか?
あの、腫瘍の方の子…
酉淨?
前も聞いたな…でも、あのころは他に、奧さんも
もちろん。存命でしたね。
あなたは今、どうしようと?
生き續けさせるか、ですか?
ひとりでは…自立して生きていけないんでしょう?
実際は、そうですね。…チューブ一つでも外せば…
どうしたいん?
殺すかと?
それは言葉惡すぎる
違います?
違わない。
いや…実際…
まだ決まらない?
決められないでしょう?…ぼくだって…
惱む?
毎日ね。いつも
でもそれは
悩まない日なんかないですよ。考えない日は
惰性よ。
毎日?
息させてある今の、あなたの決められない懊惱の毎日は。
惰性?
違う?
殺して仕舞えと?
そうは云ってない。
でも
生きさせるにも殺すにも、たぶん、あなたは決斷しないといけない…
どうしろと?
自分で決めるしかない…
住職だったら?
かくて伎與麻娑爾に
わたし?…
都儛耶氣良玖
軋んだ。
板張りの床。
沉默圓位を捨て置き階段を下りた。
床は軋み、わたしは聞いた。
返り見もしない頭の上に。
背後のその聲。
——生かすかな。わたしは
——命の尊嚴って…
圓位の聲を
——生かすな。所詮
——慥かにね…殺していゝイノチなんて…
耳に聞きながら
——この、な…この前例も無き
——でも、煞さないことは尊嚴かと
壁の向こう
——所詮はすべて未曾有のな、命。
——そもそも尊嚴とはなんなんだと。
聞こえていたのは
——この命、な。
——ぼくだって思う。
雨
——いっそ未曾有に生まれたのならせめても
——生きてくれと。
六月の
——せめてその成れの果て
——けれども彼は
靜かに音を空間に撒き
——行きつくはてを見て果ててやろうかと
——彼に意識が
まき散らしながら
——そんな勝手な思いの故に
——僕と同じ意識があったらね
ふれるすべてを
——不届千番…己が我がまゝ
——そうした彼は
濡らす雨の
——その故に
——例えば僕が彼だったら?
その音が
——それでもなおも生かして見るな…ただ
——それでも息ていかなければ?
壁の向こうに
——所詮はそれこそ生躰実験。
——それはもはや尊嚴じゃなくて
耳の近くに
——無慚よな。
——むしろたゞひたすら暴力じゃ…
わたしは聞いた。
——わたしもあんたもあの腫瘍の子も
——俺、自分勝手なんじゃない?って。本人の
ふる雨は
——なんとももはや。
——意思が不在…
すべてものに
——無慚よな。
——どっちにしても…
艷をあたえて月の光りのそゝぐ下に。
降る雨は。
その降る雨は。
かク聞きゝかクて比登らが古與美ノ貮仟拾壱年爾に斗璃麻沙九ツになリき故レ爾に斗璃伎余許許能都になりき迦豆囉岐ノ又ハ迦我ノ又は古布ノ斗璃摩娑いよいよ綺羅らシかけりけれバ育てノ親たる哿賀ノ伎與麻娑その綺羅らシきを愛でゝ飽かず迦豆囉岐ノ又は迦我ノ又は古布ノ斗璃伎與かハらず差し込まれタるチューブが故にイノチを腫瘍の重きが内に息吹ケば育ての親タる哿賀ノ伎與麻娑その痛まシきをし迦那シ美て飽かズ愛でたりてシかすがに布美迦已に失せたレばその幸キ陁麻ノ御子が介護すデに伎與麻裟が手には餘りき故レ登唎伎與かノ祇樹古藤記念園に収容されたりき是レ布美迦が法要畢りタる後のすぐさマなりき故レその娑伎陁麻能美許爾に沙羅樹の花咲ク狂人ノ園に母と俱なりてあリき棟を別にす西の棟に布美迦あリて花喰ヒちらセば東の棟に伎與麻裟瀛ミ爛れを纏ひて憩ヒき故レその年の六月の雨の雫散らス中にも伎與麻娑そノ登唎摩娑を俱なひて祇樹園を詣できかクて爾に斗璃摩娑ひとり娑娑彌氣囉玖
匂いを嗅いだ
極樂鳥花
何度目かにも
その花の
毎週に
母の唇を汚した馨り
日曜日ごとに通ったそのたびごとに
又は白百合
幾度目かにも
時に庭に咲く
その花の
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