蚊頭囉岐王——小説25


以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



 だから息をひそめた

  あなたはひとり

 なぜ?

  いまさらにそこで

 ぼくはひとり

  溺れ死ぬがいゝ

 かれの死に感染するのを恐れて?

  なにをも償うことも出來ずに

かくて斗璃摩娑ひとり

 息をひそめた

娑娑彌氣囉玖

 見ていた

  音も無く

 わたしは

  纔か。…すこしの

 視界のすべてを

  憐れみも

 すでに掩う

  感情のかけらも

 雪。なぜいまさら

  思いの氣配も

 雪などめったに降りもしない場所

  なにもないまゝ

 なぜこんな島に

  それでもなおも

 雨の六月に

  たゞひたすらにも

 いちめんに降る。その

  それでもなおも

 雪はわたしの視界を埋めつくし

  沙羅の花。降り掩い、その白い

 いちめんに降る。その

  沙羅の花。降り覆い、その白い

 雪はたゞ悉くを

かくて俱なりて

 白く染めつゝ

娑娑彌氣囉玖

 おまえはそこで壞れて行く

  イノチは一度も失われなかった

 たゞひとり

  一度さえ

 ことばもなく

  たゞの一度も

 窒息し

  イノチは一度も滅びなかった

 お前はたゞ

  一度さえ

 無意味に壞れ

  たゞの一度も

 俺の目の

  だれのイノチも。滅びなど

 眼差しのなかに

  たゞ夢見られたゞけの

 俺が居たこの

  架空の恩寵だったにすぎない

 空間のなかに

  まさに死など

 息は止まった

  誰かの心の思い描いた

 お前の生きた

  架空にすぎない永遠に

 息が止まった

かくて伎與麻娑爾に

  不在の風景

都儛耶氣良玖

 のけぞった。

 後ろむきに。

 のけぞった。

 仰向けに。

 後頭部から。

 跳ねるように。

 足先を。

 ひとり勝手に床に撥ね墜ちた斗璃摩娑。

 その体躯を見ていた。

 息もなく。

 喉の痙攣。

 自分勝手なあり得ない窒息。

 彼は死んだに違いなかった。

 見た。

 斗璃摩娑の痙攣。

 引き攣けの斗璃摩娑

 斗利麻裟の。

 わななき床に立てる爪の。

 斗璃麻裟の兩足。

 その痙攣。

 失禁した。

 その匂いをさえまき散らし、だから。

 濡れて行く床。

 斗璃摩娑は死んだ。

 陸の上で干上がった魚?

 ひとり顯らかに。

 斗璃摩娑の窒息。

 引き攣る喉はいきなりのけぞる。

 大口の口蓋。

 突き出した舌のそれ。

 その硬直は。

 お前は死んだ。

 勝手に死んだ。

葬送にハ美夜島なル眞言宗寺沙羅樹院の僧侶を呼ビて誦經させタり僧侶名を圓位ト曰す故レ葬式の日の前ノ夕刻爾に沙門圓位哿我ノ伎與麻娑ヲ痛み且つは迦我ノ斗璃麻裟を悲シみ又迦我ノ布彌哿を悼ミて迦頭羅岐ノ家を訪ひて白さク——お顏拜見していゝ?

と是レ戸口に立チて伎與麻裟が引き開ケたる戸の向かうにひロがル屋内のうす暗がりヲ見きかクてそこに浮かブ伎與麻裟がほのかなル微笑ミの顏を見て覩を畢りたルその時にふたり娑娑彌氣囉玖

 顏?

  拝見していゝ?

 顏ですか?

  顏。

 誰の?

  誰?

かクて笑みて笑むまゝにシて茫然の伎與麻娑ヲ沙門圓位は思いやりて笑ミ

  文果さんの…

 文果の…

  どう?

 なにが?

  落ちついた?すこしは…

 わたし?

  心、落ち着かれたかな?

 いや…

  無理は無理。慥かに…

 なんでしょうね。ぼく

  無理は無理それは

 いや、落ち着いてるんですよ。じぶんでも…

  それは承知よ。わたしも

 なんていうか。

  充分ね。もう

 冷酷に想うくらい…だって

  けれどもね

 ほら

  なに?

 あいつは死んだ…ある意味

  行かれたな

 こんなこと、云っちゃいけないんですけど

  綺麗な處にな

 しかも身内が

  飛んで行かれたな

 樂になってね。…ひとりで

  殘酷な

 でもいい。女だから…いや

  最期ちょっとな

 これって今時差別的って?

  ちょっと殘酷、な

 でも…

  ともあれども、よ

 樂になれたなら樂になれば…俺

  ま

 僕はね?けれども

  綺麗な處

 だめでしょ?僕迄…

  蓮の花の上にな

 樂になれないですよ。まだ

  なんで?







Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

0コメント

  • 1000 / 1000