蚊頭囉岐王——小説24


以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



蚊頭囉岐王舞樂亂序ノ尼


かク聞きゝ比登らが古與美ノ貮仟捌年六月かくテ布美香失せたルを伎與眞娑見て目に覩きにモかカはらずにハからずも悲シみだにも浮かばぬ躬づからノその心をシたダ恠シみき爾に躬づからにそノ所以を問ヒて躬ヅからも所以をしらに故レ屍仰向かせレば幾度もの刃につぶレたる右ノ眼窩に目ヲ背けいまだ開きたル左目を哀レみ手づから閉じさしかくて山ノ頂き息ルもノ伎與麻裟ひとりにシて娑娑彌氣囉玖

 わからなかった

  なにが?

 悲しみというものゝ

  ふるえもしない

 そのあるべきかたちが

  こゝろの氣配

 その時には

  こゝろはそっと

 たゞなまあたゝかな思いの氣配が

  どこまでも

 喜びも

  どこへまでにもひろがって

 いとおしささえも纔かにもない

  遠くにまでも

 ひたすらな

  そしてわたしはたゞひとり

 無慈悲なまでのあたゝかみをだけ

  わたしのこゝろをもてあますだけ

 心に流しこみ

  なにが?

 流れ込んでは

  わからなかった

 心を咬んだ

  ただ澄んだこゝろ

 血を埀らし

  その

かくて伎與眞娑

 血の味を齧み

爾に都儛耶氣良玖

 こうなるべきだったと?

 すでに。

 こうするべきだったと?

 彼女は。

 すでにして。

 或はその心から愛しい人は。

 心に想うそれにさえも愛おしく。

 愛しさのたゞ限りない程の。

 そうであるべき。

 あるいはまさに事実そうだった愛しい人の。

 私はふれる。

 迷いもなく。

 屍に指を。

 温度。

 感じられたそれ。

 或はいまだに猶も暖かく或はすでに冷やみかけた。

 厥れは温度。

 殘されたもの。

 死屍の肌に。

 ふれた指先は震えもしない。

 感じていた。

 冷酷だ、と。

 あまりにも、と。

 わたし自身をを。

 いつから?

 と。

 惑う。

 わたしはこれほどまでに?

 と。

 怯えた。

 その冷酷に?

 これほどまでに?

 と。

 わたしはいつかこんなにも?

 と。

 冷淡に。なぜ?

 思った。

 その死を自殺と。

 なぜ?

 わたしはすでに知っていたのか。

 その事実に瞬間、その纔かな須臾に。

 感じた。

 わたしは。

 なぜか目舞いを。

 地も搖れる目眩い。

 だから感じた。

 わたし自身を。

 その搖れの内に。

 ちいさく。

 つまようじの大きさに。

 気付いた。

 その過失に。

 軈て地に胡坐をかいたその儘に。

 家に携帶電話を忘れたのだった。

 だから野ざらしにするのだった。

 屍を。

 だから立ち去るのだった。

 私は。

 野ざらしの屍。

 焦燥にまみれながら。

 ひとりの屍を見捨てたわたしが立ち去る。

 鹿にすれ違う。

 焦燥にまみれながら。

 指を震わせながら來るのだった。

 ふたゝび。

 焦燥にまみれながら。

 わたしは。

 警察を呼んだそのあとに。

 山道を駆けたその息遣いを自分の耳に聞く。

 誰かの吐く息。

 わたしの口に。

 誰かが執拗に吐き続ける息。

 やまない焦燥。

 心に。

 不意に。

 何度目にかにも掻き毟る焦燥。

 思っていた。

 鹿の群れがついばむと?

 思っていた。

 鳥の群れらがついばむと?

 その懊惱。

 心はひとりでにひとり焦がれた。

 その心に。

 わたしは逸らそうとする目をひらこうとするのだ。

 ふるえる指に。

かクて伎與摩娑ひとたビ家に歸りつきタるに戸を開き家に入ツてそこにこコにいヅくにも人の氣配ノなき氣色を感ジて我に返り故レ雙兒だに今失せて消えタるかにも思ひき是レ爾に根拠も無きまゝ確信トなりて故レ伎與摩娑心に焦燥ス故レ伎與摩娑心に驚き慄き故レ伎與摩娑ひトり家屋が内を驅ケて捜シき伎與摩娑臺所が戸を開きたり人だレもあらず伎與摩娑一階風呂場をのぞけり人誰もあラず伎與摩娑居間の内ヲ探れり人誰もあらず階段ヲ上れりそノ驅ける足に床ハ軋めり人誰もあらず躬づからノ寢室開けたルに茲に人誰モあらず故レ思わずに躬づから自身の躬だにすデに失せて消えタる心地せり且ツは惑へり且ツは喉に血の味を感じたり故レ伎與摩娑あざやかに喉に吐キ氣を感じタりき所以者何知らず伎與摩娑かくてふラつく足に雙兒に與ヘたる部屋ノ戸を手ノ縋れバ開きたルそのうちに見イ出したりき斗璃伎與を厥レ寢臺にありき且ツは見イ出したりき斗璃麻裟を厥レ寢臺がかタわらに立ツ後ろ姿なりき故レ安堵シかゝる心安堵し畢りモせずて見たるハ置かれたる醫療装置のチューブに繫がれたる斗璃麻裟ノ肌の白と斑らの赤と瀛みノ色なりき且つハ微動だにせぬ斗璃摩娑なナめにさす光り照りタるなりきそノ須臾にそれ不意に口ヲ斗璃摩娑ハひとり不意に口をひとりあけひろげ背を向タるまゝ故レそノ伎與摩娑を目に見もせで大口ヲ開け斗璃摩娑息を吸ヒ込みそノ音を伎與摩娑が耳はあざヤかに聞きかくてやゝあつて不意に斗璃摩娑返り見タれば広ゲたる口の儘にも息ヲ止めそして伎與摩娑を見詰メきかくて斗璃摩娑いよいヨに更に大口ヲ開けムとしタるに顎は抗イ喉はわなナき骨は傷み伎與摩娑の眼ハ彼が悟り得ずいマ斗璃麻裟が何をシたるかを故レ慄きダにも恠しみだにモせずテ斗璃摩娑ハひとり目を剝きゝかクて斗璃摩娑ハひとりその兩手そノ指に喉を掻き毟らんとシいまだその指血ノ附きたるをあらわぬまゝなれバ伎與摩娑思えらく——息が?トかくて伎與摩娑思へらく——息ができないの?と伎與摩娑思へらク——これほどに大氣がと伎與摩娑思へラく——新鮮な。みずみずしい大氣がこゝにト伎與摩娑思へラく——息が出來るないの?と伎與摩娑思へらク——息が?とカくテ伎與摩娑ひとり娑娑彌氣囉玖

 陸に溺れた

  あびた血に

 魚のように?

  あなたが殺したあの女の血

 大気に溺れた

  あびた血に

 魚のように?

  あなたはいまさら溺れたのだった

 充血していく

  ここに

 その

  地表の上で

 白目の色

  おぼれ死ぬがいゝ








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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