蚊頭囉岐王——小説21


以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



 つぶれた眼

  あえぎえづけた

 死に絶えた眼にいのちがあれば

  感じる?

 仰ぎみればそこ

  掻き毟る。わたしを

 あかるむ空の

  切り裂いた

 そのそらの下

  あなたは感じた?

 ひくい上方

  ほゝえみのうちに

 まなざしのうえに

  わたしは感じた?

 やさしく笑んだあなたを見たのだ

  朝光る刃にさえも

 つぶれたそのめは

  戲れた無邪氣

 わたしのためにだけ

かくテ斗璃摩娑爾に

 ほゝえみあなたを

志毗斗ノ聲と

 血まみれの眼窩

俱なりテ娑娑彌氣囉玖

 弔いの?

  あざやかに

 厥れはしずく

  むしろあざやかに

 舞うこまやかな

  あなただけを見たのだろう

 霧雨の

  ほろびゆき

 色醒めた厥れは

  いつかほろびた

 厥れはしずく。弔いの?

  わたしは。見ただろう

 しずく

  あなたの目は。あざやかな

 こまやかなゆらぎ

  死肉の血の色

 四方に

  うまれたばかりの

 四維にも

かくて斗璃摩娑爾に

  その屍。瑞瑞しい死の

都儛耶氣良玖

 わかやぐ胸に。

 いま。

 胸に髙鳴りを。

 いま。

 この胸に。

 いま。

 感じた。

 わずかの髙鳴り。

 止めやらぬ。

 いま。

 かすかな鼓動さえをも。

 いまも。

 あたえることなく散り滅びゆく。

 その。

 此の肉屍阿波禮。

迦頭羅岐ノ天都遠生まレ安藝の美夜島なれば畸形なす雙兒そノ身に惠まれ狂氣したル女瀬戸内なル伊都久士麻に住み渡り來たりヌ故レ美夜島なる嚴島祇樹古藤記念園に狂女その身を寄せタりき祇樹古藤記念園是レ孤独者ら且つは老人ら且つは苦惱者ラをば圍ひたる沙羅の雙樹の花さく稀なル慈愛の園なりき故レそれ沙羅の眞白の花の周囲は常にシて収容されたる狂氣ノ人らの叫く聲らに騒ぎ立ちたリき故レ此の日も多麻美叫きの聲散る沙羅の花ノ風に憩ひたり雙兒生まレたる歳に住み移りたるなり故レ布美伽美夜島の山のひとつノ頂きが上に失セにき此ノ日波靜かなりてよく晴れたりキ朝にのみ山の頂きのみ靄をシ知リタり爾に登唎摩娑馬乘りしたる屍未だ痙攣止めざレば布美伽死にたるを未だ知らざりき斗璃摩娑血にまみれ肉体既に施しようもなく損壊したるに未だイノチ絶えざると思ひつ時に日ハ登り朝燒けの空に登唎摩娑已に飽き果てつ故レ血に且つは腕と胸に且ツは頸筋にも血の色うつさしさらには血にふれたル手にふれたる頬まで血にまミれたるその儘にひとり山道ヲ下りきかクて山中腹なる迦頭羅岐が家に歸り着きゝそれ山徑下る間にひトり島民たる六十過ぎの男に逢ひき彼の人思わずに茫然と登唎摩娑ヲ見て目に覩るに恠シむまでも心いたらず故レただそこにそノ行くヲ見守り唇言葉をもしらず又登唎摩娑山徑下る間に島に放されタるそれ鹿の雄に逢ひき角削られルことなく伸びて頭蓋の上に華やグ鹿口にその啼き聲を一度上げ故レ斗璃摩娑ハ聞きゝその啼き聲ヲ故レ鹿は目に見キ登唎摩娑ノ紅を散らし黑ずますかたち故レ鹿の鼻は匂ヒを嗅ぎゝその香眼の前の少年の蜜なす馨と一人の女の移しタる肉の香をかクてふたゝびに短ク鹿は鳴きたりき故レ斗璃摩娑そノこコろに娑娑彌氣囉玖

 なゝめにさした朝の日が

  どうした?

 靑む翳りと綺羅の

  さゝやく

 白濁

  その無言にも。唇は

 産毛も

  おまえ…

 その男

  その唇。まるでそれ、おもわず

 彼は静かにひん剝いた眼に

  独り言散た。そんなふうにも

 わたしをひとり

  つぶやいて

 そこに見ていた

  どうしたの?

かくて伎與麻娑

  お前…

歸り着きたる斗璃麻裟が爲に

  それ、どうしたの?

爾に都儛耶氣良玖

 ぼくは見た。

 ひとりでに。

 なぜ?

 ぼくの目はひらいていたから。

 驚きもなく。

 ぼくは見い出した。

 纔かさえの驚きもなく。

 なぜ?

 網膜の凢ては燃え上がるようにも驚愕し。

 見た。

 眼差しは色を紅以外に失ったほどに驚き怖れ。

 何を?

 ぼくは見ていた。

 向こうから不意にひらかれた家の戸を。

 古い木造。

 戸を開けた彼。

 鳥雅の血に塗れた姿を見た。

 知らない。

 その血の意味は。

 そして知ってた。

 ぼくは。

 已に。

 その血は鳥雅のながした血ではなかったことを。

 だから知っていた。

 誰か他人の流した血だったことを。

 匂う。

 彼が浴びた血は。

 なぜ?

 匂わす。

 その他人の匂いを。

 なぜ?

 すでに他人ごとのようにしてその。

 厥れは鳥雅の肌。

 白い腕の肌にも乾かす。

 黑ずみかかるその。

 鳥雅は匂った。

 他人に浴びたその血にひとり。

 逆光の中に。

 鳥雅は匂う。

 わたしの至近に添うようにちかより。

 微笑んだのは彼の唇。

 眼差しは華奢に。

 少女のようにも。

 夢を見せた。

 かたちのない夢。

 躬づからだにも夢をみる。

 そんな気配の眼の潤いに。

 無垢なるまゝに。

 ぼくを見つめた。

 瞳は綺羅ら。

 鳥雅は匂う。

 誰かの血を。

 ひとり匂わす。

 その蜜の馨りの表面に。

かくて俱なりてふたり娑娑彌氣囉玖








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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