蚊頭囉岐王——小説18


以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



亂序ノ異癡

かク聞きゝ爾に少年ありき蚊頭良岐ノ且ツは迦我ノ且つは古布ノ登唎麻娑と名ヅく是レかぐハしく匂ひ立ちナまメいて左丹通良布かたち誇るトも那久邇稀にも綺羅らシければ時に比登ノ古與美ノ弐仟捌年齡ヒ六ツを數へき故れ斗璃麻裟いマだ比斗ノかたちに息たりき如月咲く花すデに彌生のはジめにも散り畢てレば皐月の空ノ下に匂へる色葉をだにモときジくそ雨の香散レる梅雨ノ六月したタる雫は紫陽花の花ヲし濡らシたる朝ノ明け方に哩麻沙ひトり目覺メたりき厥レ夙夜なり故レ闇の昏さノみありき是レ蚊頭良岐ノ家ノ内なりき厥レ安藝の美夜士麻が樹木ノ茂りの内にありき迦豆羅岐ノ天都遠ガ殘シたる家なればなり雙兒が父親なル古布ノ多香伎已に失せたりキ且つハ生ミの母なる古布ノ多麻美既ク狂氣したりき故レ多麻美が母なル迦我ノ布美伽その夫伎與麻沙ト俱なりて迦豆羅岐ノ家に移り棲みタりき天都遠すデに失せたりテ且つは天都遠が母又は父又ハ祖母又は祖父すでに失せたれバなり故レ家は空に殘リき爾に布美迦その伎與麻裟と俱なリて思へらく伊都久志麻に俱に移り棲まムやと何以故そノ島に祇樹古藤記念園ありける故なり何以故に多麻美ひトり狂ひたる故なり何以故そノ雙兒斗利伎與及び斗璃麻裟すでに比斗ノかたち持たズて生まれ墜ちたる故なリき故レ布美迦爾に伎與麻裟ト俱なりて斗利伎與及ビ斗利麻裟を美夜士麻に養育しタりきかくテさ丹つラふ斗利麻裟ひとり二階なる部屋に躬づからがめ覺めの息を吸うかクて幸きみ玉薰ル斗利伎與畸形の腫瘍又そノ埀れる瀛ミに塗れつぶれ染まりかたちゆがみてそノ玉狂ひ異形の息ヲ肺に刺シこまれたるチューブに吐く醫療機材に圍まレたる斗哩伎與が寢臺の傍らに添ヒたる寢臺に寢りたるを未ダ夙夜の明けモせぬ夜にひトり斗利麻裟が目覺めたル所以者何厥れ階下なル物と物らノ立てたルひそやかな音らに目覺めたレばなりかクて斗利麻紗ひとり起キ上がり恠シむともなクに床におりキかくて躬づからの足音ひソめるとモなくに廊下ヲ步きゝかくて斗璃麻裟なにヲも思わなクに階段を降りき昏がりに木造ノ床時に軋みたき故レその音斗璃麻裟が耳に聞かレき斗璃伎與は聞かザりき故レそノ御玉幸きみ玉に狂へるが故なリき爾にうつなる斗哩麻娑身ヲ動かしたる纔かにダにも匂ひ立タすそノ肌に纏ふ甘やぎたる蜜ノ芳香をしかすがに躬づからハ知らず故レ翳りに隱レる蟻をのミ驚かす且ツは彌馨リたちしかレども躬づからは気ヅかず故レ翳りに這ひたる蜥蜴をのミ驚かすかクて居間なる部屋に出たるに雨戸ノすべてを開かレてありき故レ奴婆多麻ノ空に光一点の麻騰伽なる月なナめの淡き輝きに目ヲそばめつツ彼の雙つの麻那古は爾に見たりき何を厥レ祖母なル布美伽ひとりシて庭に立ちて立ち尽クしたルその後ろ姿ヲなりキ斗璃麻裟が目は爾に見たりき何ヲ厥レ茫然の布美迦さラす黑白の髮だにモ月はも綺羅めかスをナりきかクて斗哩麻娑そノ心にひトり娑娑彌氣囉玖

 なゝめに差す

  なにを?

 傾きはじめた

  あなたは、いまそこで

 月のひかり

  なにを?

 まだ白みはじめない色

  いまだ

 ふりかえりもせず

  庭ツ鳥

 にもかゝわらずに

  迦祁の聲さえ聞こえもせず

 わたしは見ていた

  冴えるばかりの

 纔かにだにも見えもしないその正面の

  靜寂の

 歳よりはるかに寠れた女の

  ただ澄み渡るだけ

 茫然の眼を

  あなたはなにを?

 ふたつの眼差し

  そこであなたは

 その恍惚の色を

  なにをあなたは?

 光る月。たゞ

  問いかける気もさえもなく

 音なくも淨み

  あなたの背後に

かくて斗唎麻娑

  ぼくはひとりで

爾に

  あなたの爲に微笑んだものを

都儛耶氣良玖

 わたしは見ていた。

 その目。

 ふたつの。

 加賀文果の目。

 いつかすでにめ覺めきった。

 わたしは。

 だから眠けもなく見ていた。

 しばらくは聲さえかけずに。

 その女。

 文果を。

 匂う髮の毛。

 彼女の。

 殴打した。

 その女。

 振り向きざまに。

 いきなりこのわたしを。

 殴打した。

 のゝしりながら。

 聞く獸の聲。

 その女。

 文果はすでに壞れかけた。

 彼女ひとりで。

 手の施しようもなく。

 なすゝべもなく。

 その女。

 前觸れもなく。

 すこしの兆しもなく。

 その女。

 駆け上がる。

 鼻に血を流すわたしを捨て置いて。

 その階段を。

 音もたてずに。

 背を丸めて。

 昼の猫のように。

 その女。

 殺そうとした。

 斗璃伎與の呼吸チューブを引き抜き。

 斗璃伎與を。

 殺そうと。

 その意思もなく。

 毀そうと。

 意識さえもなく

 だから叫び聲を聽いた。

 わたしの耳も。

 伎與麻娑の聲を。

 文果の耳も。

 炸裂の須臾。

 白濁の閃光。

 その炸裂の須臾。

 我に返った。

 未だ自分のしようとした事に、それが何だったかにも氣づきもせずに。

 文果は。

 それが何だったかをも知り得もせずに。

 わたしも。

 ただ我に返った茫然に殴打した。

 淨雅は。

 殴打した。

 女がいつかわたしを殴打したそれよりも激しく。

 いつの間にか忍び込んでいた男。

 加賀淨雅は。

 男の拳が殴打した。

 いまだ女だったそのいまだ人だった文果の躰を。

 喚き散らして。

 加賀淨雅は。

 男こそはむしろひとり自分だけ我を忘れて。

 埋没したの?

 あなた自身のその衝動に。

 うずもれ切ったの?

 泣き叫びながら。

 だからわたしはすでに笑っていた。

 淨雅と文果を。

 わたしをも含めて。

 泣き聲に。

 あふれる涙に。

 わななく躬に。

 わたしはその時にも顯らかに聞いた。

 笑うわたしの聲を。

 頭の中に。

 嗤うわたしの聲が。

 だから眼差しは見た。

 淚もなく。

 さわぎたつ。

 笑い聲もなく。

 冴えた意識。

 澄んだ心に。

 黑髮の掩いかけた目。

 文果のかすかにひらいたひとつの口。

 その茫然を。

 光綺羅きら。

 虛ろに朧な。

 月綺羅ら。

 その茫然を。

 綺羅ら。







Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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