蚊頭囉岐王——小説17
以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。
温度のある息。
獸の舌の湿度の兆すその息を吹いて。
女たちは云った。
故レ陁麻美爾に娑娑彌氣囉玖
わたしは見ていた
これはぼく、と
うつくしい
鳥雅はつぶやく
まれなほどにもうつくしい
これがぼく、と
少年のかたちに絶望の
鳥雅は
無間の歎きさえすでに盡きたその眼差しを
腫瘍を喰われた綺羅らしい
さらすひとりの
少年の肢体
鳥雅の足元
だれの爲?
大口を
もはや誰の爲でさえなく
腫瘍の下にひろげようと
鳥雅は
つぶれた眼窩に
だからさゝやく
その瞼
これはぼく、と
瞼の下に
白くわかやぐ
白目を剝いた酉淨の畸形
胸はゆらゝぐ
彼は歌った
息遣う
あえぎながら
ぼくのイノチの
彼は歌った
息遣う度に
背骨をさえも
綺羅らいで
引き攣らせながら
この胸はひとり
かくて多麻微ひとり
海がさゞなむ
爾に
ぼくに息づく
都儛耶氣良玖爾
斗伎那久曾
乎宇波
斗伎那士久曾
夜阿波
海に波
由伎波布璃
乎阿波
由伎波布哩氣琉
浪の上にも
比麻那久曾
意禮阿
比麻毛奈久爾曾
降る雪の
由伎波布璃
乎阿波
由伎波布哩氣琉
雪の降る色
曾能由伎能
宇阿波
曾能由伎能宇波
海の遠くの
登伎那伎我碁登
於宇宇
斗伎那伎我碁登爾
その海の上を
曾能由伎能
阿爲波
比麻那伎我碁登爾
白く染めきり
久麻母於癡須
於阿波
久麻母於癡須耶
染め盡しても
於母比都都曾久琉
許能宇美能美地乎
許能宇美能美地乎
海に雪降りかくて陁麻美海に雪降り娑娑彌氣囉玖
耳は聞いた
わなゝいて
畸形の耳も
嗤う女たち
このわたしの
羽衣の
わたしの畸形の
色はこすれた
人間の耳も
なりさわぐ
人の耳さえ
哂い聲とも
耳は聞いた
響き合っては
だからこの耳も聞いた
色鳴りその色響き合い
かくて多麻美
その狂暴の
爾に都儛耶氣良玖
言った。
そのときに女の一人が。
殺してちゃえ、と。
女はさゝやきこの幸きみ玉、と。
女はさゝやき鬱悒しい、と。
女はさゝやきこの幸き御珠に、と。
女はさゝやきあふれかえれ、と。
むごたらしい、と。
女はさゝやきお前の至上の歓喜の内にと。
女はさゝやき殺してちゃえ、と。
女はさゝやきこの穢い子、と。
女はさゝやき穢れた子、と。
女はさゝやきその肉を、と。
女はさゝやきその心さえ、と。
女はさゝやきそのイノチごと、と。
女はさゝやきぶっころしてちゃえ、と。
女はさゝやき噎せ返れ、と。
女はさゝやき今無上の時、と。
女はさゝやきこの時に、と。
女はさゝやきひとり噎せ返れ、と。
女はさゝやきあふれかえるそれ。
幸の御珠の、と。
女はさゝやきその過剩にこそも、と。
女はさゝやき讚えられ、と。
女はさゝやき久遠にもその躬讚えられてあれ、と。
女はさゝやきその魂ごと、と。
女はさゝやき穢い子、と。
女はさゝやきこの穢れた子、と。
女はさゝやきその滅びかけの滅びの滅びゆく須臾に、と。
女はさゝやきとこしえに知れ、と。
女はさゝやきとこしえに歌え、と。
女はさゝやきとこしえに見よ、と。
女はさゝやき幸きみ玉の、と。
女はさゝやきその瘤のむれに
故レ陁麻美爾に娑娑彌氣囉玖
開いた(躬づからの)
あふれだす
大口が(その口蓋を)
色ある液体
それ狂暴の(躬づからに)
あふれだす
野蠻の口が(引き裂きながら)
匂う液体
齒囓みと共に(躬づからに)
ねばついた
狂暴の口は(のけぞりながら)
べとついた
野蠻の口は(躬づからに)
やわらかな
開かれて(剝いた白めに)
嘔吐する口
女たちは(歓喜の色)
見開いた眼に
撒き散らし(赤裸々な)
開いた眼にさえ
埀らす。その吐瀉物を(その歓喜の色)
淚のようにも
その吐瀉物を(躬づからを)
女は吐いた
かくて多麻美
女は吐いた
爾に
笑い騒いで
都儛耶氣良玖
かぶる。
その身に。
だから塗れた。
その畸形の躬は。
酉淨は。
吐き出されたあらたな腫瘍に。
その膿みに。
瀛みの臭気に。
嘔吐されたあらたな腫瘍に。
その膿みに。
瀛みの臭気に。
つゝまれた。
その顏面をも。
背中をさえをも。
太ももをさえも。
爪のさきさえも。
喉をさえも。
肺腑をさえも。
心臓さえも。
くるまれた。
酉淨は。
背骨にさえにも咬みつかれて。
だから笑った。
女は。
女たちは笑った。
群れなしてその羽衣。
のたうちまわり女たちは嗤った。
その羽衣。
まさに色散りかうまゝはためきあえば。
その色。
羽衣の色。
さわさわと。
女たちの周囲にだけに。
そこらにだけに。
そこらじゅうにまき散らされた。
ざわざわと。
笑う女たちは野蠻に嗤う。
ゆらら。
赤裸々に。
見ていた。
腫瘍だらけの。
わたしの眼はそれ。
腫瘍に喰われた。
見ていた。
その肉のかたまり。
猶も。
腫瘍と瀛みの酉淨は。
見ていた。
猶も。
立てた。
酉淨が。
今も。
その喉に。
もはや。
その喉にだけ、それ。
決してひとの喉の上げ得たものではなかった異物の聲を。
それ。
異形の叫びを。
猶も。
畸形のかたちの叫びの聲を。
小亂聲蚊頭囉岐王舞樂第一
啞ン癡anti王瑠我貮翠梦organism Ⅱ
2021.01.04-06.黎マ
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