蚊頭囉岐王——小説14


以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



 一面の

  穢れとしてこそ

 白濁の空は

  海の中に

 鬱悒しく

  初めに目覺めた

 たゞひたすらに

  遠い昔に

 波はさゞめき

  望まれもしない

かくて多麻美爾に

  ただ汚物として

都儛耶氣良玖

 言葉を忘れた。

 その鳥雅は。

 呻きの聲を。

 その騒音を。

 微弱の音響。

 忘れた酉淨がひとりで見い出す。

 その海の中に。

 空とぶ羽衣の淡い翳り。

 靑む陽炎。

 ほのかな紫。

 はためくうす黃のさまざまなきらめき。

 せめても。

 暗示されるとどめたせめてもの紅の兆し。

 色のいろいろのその気配。

 ゆらゝがす。

 くらゝがす。

 その女たちは海の岸邊に。

 その浪の上に。

 ゆらゝぐ浪にわずかの飛沫。

 ふらゝぐ波のしずかなしぶき。

 飛ぶ。

 その上に飛ぶ。

 その上を舞う。

 聲と共に。

 その聲とともに

 綺羅らかな笑いの吐息の。

 その聲とともに。

 それ羽衣を纏う三人の女。

 見下ろした砂。

 白い沙たち。

 それら無数の粒立ちの白の上に。

 畸形の鳥雅は嘔吐した。

 頽れた。

 仰向けにもがく。

 埀れた糞尿。

 こぼれ出したその躰液に。

 分泌液に。

 生き物の汁。

 穢れた味と色と臭気に。

 海は匂い立つ。

 それ躬づからの汐の臭気に。

 海は匂い立つ。

 イノチの臭気に。

故レ多麻美邇に娑娑彌氣囉玖

 はためく

  聞いていた

 羽衣

  畸形の耳も

 空の上

  とおくに

 いちばん低い

  遠くにも聞こえて

 空のひくみに

  耳元に鳴った

 游ぶ女たち

  潮騒の音

 そのゆびさきにも

  盡きもせず

 その衣

  とどまりもしない

 肌の色さえ

  その音の響きを

 色は玉散る

かくて多麻美

 色が玉散る

爾に都儛耶氣良玖

 笑った。

 羽衣の女。

 ひとりの女がほのかに。

 笑った。

 だから笑った。

 羽衣の女。

 もうひとりの女が。

 かすかに。

 笑った。

 ついに。

 羽衣の女。

 殘りのひとりの女があざやかに笑えばゆらゝぐ。

 大気は。

 その笑い聲。

 かさなる音響。

 もはや音樂のように。

 調べのように。

 かたちもない音響。

 ゆゝらいでゆらぎ。

 ひゞく。

 ふらゝいでにふらゝと。

 女は笑った。

 ひとりで。

 となりの女は笑った。

 ひとりで。

 むかいに女は笑った。

 だからゆららぐ羽衣。

 玉散る色彩。

 失禁した鳥雅の上に。

 玉散る芳香。

 あまやかな。

 汚物まみれの鳥雅の上に。

 自分の埀れた穢れの上に。

 もがく穢れた畸形のイノチの上に。

 女の歯ぎしりした音がひゞいた。

 きゝきゝきゝき、と。

 だからひゞいた。

 もうひとりの女の歯ぎしりした音が。

 いゝいゝいゝい、と。

 だからすでにひゞいていたのだ。

 最後の女の歯ぎしりした音は。

 ぢゝぢゝぢゝぢ、と。

 ゆららいで。

 だからそのときにふたゝび嘔吐の鳥雅を笑う。

 だからそのときにふたゝび失禁の鳥雅を笑う。

 云った。

 ——誰?

 さゝやくように。

 ——お前は?

 一人の女は。

 ——だれ?

 そのさゝやき聲に。

 ——お前は?

 ひとりの女は。

 ——だれ?

 さゝやいて。だから

 ——穢いお前は?

 女はひとりで野蠻に笑った。

 羽衣の女。

 狂暴に笑んだ玉散る色彩。

 その唇に。

かくて羽衣ノ迦美ら俱なりテ爾に娑娑彌氣囉玖波

 穢レた子 穢ヒ子 今も

 故 穢れタ子 その子

 その穢イ足は 穢ゐ子 穢れタ子

 おどレもシなヒ 故 穢い子

 その足わ 穢ヒ足ハ 故

 なにオしテも おドれもせずに 穢レた子

 舞ゐ上がレもせず どオしても その子

 その腕は なにオしても 穢い足は

 穢い子 おどれモせずに 穢れた子






Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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