蚊頭囉岐王——小説13


以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



  すべて

 再発の可能性もなにもない

  すべてはたぶん

 その

  死人たちが見た

 あざやかすぎる

  瞬時の風景

 ひとつの解決

  その遠い記憶

かくて布美迦

 いまゝさに

爾に都儛耶氣良玖

 聲を聞いた。

 うめく聲たち。

 呻いたわけでもない。

 苦しんだ譯でもない。

 知性などないから。

 ひとかけらさえも。

 イノチの尊厳と?

 うめく聲たち。

 イノチとは?

 何に名づけられた名詞なのか。

 畸形にうめく子どもたち。

 酉淨という名。

 鳥雅という名。

 たゞうめく子どもたち。

 肉腫にふさがれた唇の脇に。

 冷たい肉腫。

 もれる息に。

 うめく聲たち。

 生まれたときから。

 呻き続けた。

 言語。

 あるいはそれが顯らかな言語だった。

 彼らに固有の。

 だから語りあう。

 醒めたこころに。

 彼らの言語で。

 雙兒たち。

 いま。

 だから彼らの言葉をかたり合いつづけた。

故レ多麻美は見き見開いタその目ノ網膜に見き且つハ多麻美は聞きゝあけ開いたその耳ノ孔に聞きゝ且ツは多麻美は味ハひきその口開いたルその舌そノ表面に味はひき且つは感じき且ツは知りたりき多麻美そノ肌に齒に歯頚に内臓に髮ノ毛又は躰毛にだにモあざやかに知りタりき何ヲ故レ多麻美爾に娑娑彌氣囉玖

 匂う

  あきらかに

 鼻に

  わたしはすでに

 花の

  まばたきさえわすれて

 匂う

  はっきりと

 香の

  聲をだけ

 匂う

  聞いていた

 鼻は

  ひとりで

 匂う

  覗き込むように

 花を

  ふれあうように

 匂う

  味見するように

 それ。花ノ汁

  聞いていた

 匂い

  さゝやきあった

 それ。花の花弁

  彼らの聲を

 匂う

  雙兒の聲を

 それ。雄蕊

  酉淨の

 雌蕊の

  鳥雅の

 匂い

  さゝやきあう

 それ。花粉の又は

  無防備な聲

かくて多麻美

 ひそめた蜜の

爾に都儛耶氣良玖

 鳥雅は見た。

 その時。

 酉淨は。

 見た。

 ひとりで。

 夢を。

 鳥雅はそのとき。

 酉淨はひとり。

 夢を見ていた。

 彼の夢を。

 畸形の躯体を立ち上がらせて。

 鳥雅はひとりで立ち上がって。

 あざやかな。

 そのあまりにもあざやかな。

 そして顯らかな夢。

 よどみもしない。

 不穏ないびつさも。

 酉淨はひとり夢の中に。

 鳥雅は這った。

 ひとりでよろめき。

 その二本の足。

 また三本の足。

 だから酉淨はひとりで。

 四本の足。

 腫瘍をこすった。

 花散る床に。

 脉打たせた。

 あるいはその五本目の足を。

 這うように步く。

 步くように這い鳥雅は見た。

 軈て。

 酉淨はひとり這い辿り着けば——どこに?

 その目は。

 どこに?

 見ていた。

 すでに。

 果てもなかった。

 水平線さえ見せない。

 だから果てもなかった。

 その遠くに盡きた消滅さえも見せない。

 だから目舞う無限の海に。

 その海を。

 あり得ない顯らかな海。

 さざめくさゞ浪。

 だから見ていた。

 その海を。

 鳥雅はひとり。

 たどりついて。

 酉淨はそして言葉さえ。

 喉にうめくその言葉さえ忘れた。

 鳥雅は見た。

 酉淨はひとり海を見て

故レ多麻美爾に娑娑彌氣囉玖

 白濁の

  匂いたつ

 一面の空は

  潮の匂いが

 眞っ白に

  あざやかなそれは

 海の遠い向こうに誰の

  イノチの惡臭

 何ものの爲にでさえもない

  たしかにわたしは

 眞白の雪を

  惡臭の

 降らしていたのだ

  惡しき細胞








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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