蚊頭囉岐王——小説10


以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



 なぜ?

 聲もなく。

 なぜ?

 知っている。

 男は死んだ。

 知っていた。

 彼はすでに。

 問いはしない。

 なぜと、その死を。

 問いはしない。

 救われもせず。

 ただ失せただけ。

 例えば雪の。

 その降りた花弁の上二さえも。

 音もなく。

 溶け消える雪。

 それに同じく。

 振り返れば。

 すでに春の。

 その晴れた日に。

 降る雪はなく。

 問いはしない。

 あなたの死をは。

 責めはしない。

 あなたの死をは。

 赦しはしない。

 あなたの死をは。

 夢の内に。

 雪はふるかも。

 見さえすれば。

 降る雪の。

 その夢をさえ。

 見さえすれば。

故レ多麻美爾に娑娑彌氣囉玖

 雪はふり ひらい目にも

 おともなく 雪はふり

 とぎれることなく ひらいた眼にも

 雪はただ おともなく

 ふらふらゆらぎ とぎれもせずに

 雪はいま 今はただ

 ゆらゆらゆらめき ふらふらと

 何を云う? 雪は今

 心は猶も ゆらゆらと

 何を今 ひらいた眼にも

 雪はふり とぎれることなく

 ひらいた目にも とぎれさえせず

 おともなく 何を云う?

 とぎれることなく 雪は今

 今はただ 何を云う?

 ふらふらゆらぎ 心は猶も

 雪はいま ひらいた眼にも

 ゆらゆらゆらめき 音もなく

かクに聞きゝ比登と比登らミなことごとクに斗璃麻沙及ビ斗璃伎夜ノ早き死壞を確信しタりき故れ斗璃麻沙及び斗璃伎夜が肉ト肉體躬づかラが死なンとス時を息き故レ斗璃麻沙及ビ斗璃伎夜爾に三歳になるに病院ヲ移らムとスそノ時に多麻美腕に斗璃麻沙を懷きテ娑娑彌氣囉玖

 迷う

  笑みなさい

 思わず

  ほゝえみなさい

 このまま生かしておくべきなのかと

  せめて

 命とは

  この一瞬に

 その尊厳とは

  はじめての

 問う心

  外気にふれた

 その言葉にもならない思いの群れの

  六月の

 かさなる無数の

  奇蹟的な

 轟音の中に

  雨のない

 前例のないイノチを思った

  雲ったその日

 だれもかれも

  匂えさえすれば

 いまだかつて

  鼻はかぐ。その

 だれも見なかった

  紫陽花の花

 風景の中にそして

  その馨りにさえも

 ひとりで孤立した

かくて多麻美爾に都儛耶氣良玖

 在った。

 なぜ?

 恍惚が。

 不可解な迄の。

 稀に生まれた。

 選ばれて在る。

 その限りもない固有のイノチを。

 今いきてあるその屈辱じみたそれ。

 たゞ恍惚が。

 笑う。

 まりにも不愉快な恍惚。

 赤裸々で。

 絶望的なまでに。

 自分勝手な。

 汚らしい。

 わたしの恍惚。

 思う。

 わたしは素直に愛しただろうか?

 一度でも。

 この子たち。

 腕にだく。

 異形のイノチを。

 一度でも?

 その宿命を。

 一瞬でも?

 むさぶる異形。

 思う。

 愛しむべき。

 この。

 だれにも素直に愛されなかった。

 この命。

 無殘の子供たち。

 彼等を一度は?

 或は思う。

 愛されるべきイノチなどあったのだろうか?

 一度でも。

 愛し得るイノチなどあったのだろうか?

 一瞬でも。

 愛されたイノチなどあったのだろうか?

 せめても

故レ布美迦腕に斗璃伎夜を懷けば娑娑彌氣囉玖

 匂い立て

  すでにもう

 せめても雨の

  わたしの心は欷かなかった

 ふり已んだばかり

  すでにもう

 その雨の

  異形の子たち

 すでに失せた

  死にかけのイノチを心は赦し

 匂いの名殘り

  わたしをさえも

 名殘りくらいは

  すでに心は

 せめても匂え

かくて布美迦

 すべて綺麗に

爾に

 忘れられる前に

都儛耶氣良玖爾

 生きてあれと。

 思った。

 それでもなおも。

 生まれたものたち。







Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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