蚊頭囉岐王——小説07
以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。
かク聞きゝ多迦竒友らに云ヒけらく——俺、「ね?」…おれがね。「わかる?」しっかりしないと。…生まれた子に障害「嘘ばっかり」障害が在ったから…しかも「自分に対しても」双子じゃない?だから…俺、「大丈夫かな?俺」死ねないからね。俺、「壊れてるかな?」老いぼれて行けない。…あのこたち「…違うか。」何歳まで生きてられるからわからないけど。「でもさ」…けど。「自分でわかる」あのこたち「折れたら」俺が「心、いつか」何歳になる迄「心折れたら」生きてるのか、たぶん「俺、何するかわからない」神様だって、…ね?「俺の言うこと」だれも。「全部うそ」…誰も「なんで?」判らないには違いないんだけど。死ねないよ。「ぜんぶ」俺。「うそ」耄碌できない。「なんで?」譬え90歳…「だってさ」百歳?…その上の「自分がはっきり確信してる叓、想い、はっきり言ってても…たとえばあいつに対しても」百十歳とか?「嘘」けど俺、「いっつもそう思う」あの子たちの爲に「嘘だよ」生きるからね?「お前嘘謂ってるよって」あくまでも「なんで?」生きなきゃいけないから「なんでそう思うの?俺、…」だからと云へルその時にモ返り見タ窓の向こうに空ノ青を見ふいに多香枳思ヒけらクは俺は今と
俺は今生きてるト
かくてヒとり娑娑彌氣囉玖
微笑んだ。
むしろ私は。
その時には。
いまゝでにもなくはっきりと。
わたしの頬はほゝ笑みを知った。
心に惑いはもはや無かった。
自分でも驚くほどに。
心はしずかに脉打った。
いまゝでゞはじめて。
そのイノチを。
これまでではじめてこのイノチを得ている気がした。
顯らかに。
わたしは。
靑い空。
明らかな光の下にも。
顯らかに。
わたしは。
雲った空。
鈍い白い光に。
顯らかに。
ふる雨の音の。
さらさらと。
それ。
ざわざわと。
充満する。
周囲を圍むそのひびきの中でさえも。
ぞわぞわと。
かク聞きゝ斗璃麻沙及ビ斗璃伎夜俱なりて胎生ノ生を現ジたるは比登らが古與美貮仟ノ弐年なリき月は三月三日或云如月そノ雪の降る日なりき故レ斗宇伎夜宇ノ美夜許雪にうヅまりき且つは雪の白の色に染まりき是レ此ノ頃の由伎ノ色白かりけるが故なりキかクて三月その十二日に多香枳失せにき所以者何病院に多麻美又双子見舞ヒたる後そノ病院屋上より飛び降りタるが故なりキ遺書等なシ故レ布美迦ひトり娑娑彌氣囉玖
窓のむこうに翳を見た
違うだろ?
ベッドの上にわたしを見つめ
在った。そんな表情が
躬をよじってわたしの手から
その眼には。違うだろ?
のばす指にそっととろうとする
開いた口に
林檎を
そんな表情
珠美の背後
そうに呟いたのだろう
逆光に
違うだろ?
昼下がり。晴れる
開いた口は。男が落ちる
空。逆光に
光の中に
見た
窓の向こうに
落ちて行く人の影を
光の中に
まるで目の前に
驚愕を晒して。ただひとり
へたくそに
自分勝手に唖然と
あまりに出鱈目に
かれはひとりで落ちていく
杜撰な嘘をつきあった
驚愕をさらして
そのこどもの戯れ事じみて
わたしをみながら
開けた口
珠美は笑んだ
開けた双眇
言葉もなくて
その影を見て
かくて布美迦
珠美は笑んだ
爾に都儛耶氣良玖
すでに叫んでいた。
わたしは頭の中で——なにを?
聲は。
叫び聲は。
何を?——死んだ!
と。
髙樹が死んだ。
古布髙樹がいまゝさに。
死んだ。
いま此の時に
彼は死んだ。
と。
沈黙したまゝ。
立ち上がりもせずに。
わたしは自分の絶叫をだけ聞いた。
イノチ。
すさまじい動物的なまでの。
イノチ。
赤裸々な獸。
野生の。
かれら小さな——あるいは巨大な…野放しのかれら。
獸たち。
ぎらぎらと。
ただすさまじい狡猾さが。
くらくらと。
ただなすすべもないその暴力が。
わたしは默る。
叫んだ聲を何重にも聞きつづけながら。
林檎を剝いた。
次のリンゴを。
——もういゝよ。
さゝやいた。
微笑んだままの珠美は。
——たべられないよ。
置く。わたしの指先は
林檎を剝いて。
——お母さん、食べる?
お皿一杯に。
キラキラの。
瑞々しくて。
すこしの痛み。
たぶん噛み千切れば。
歯茎に。
甘やかな。
甘い茶色の熟れ。
肌の傷痕。
ざわめきが足の下から伝う気がした。
すでにざわめき騒いでいたから。
事実として。
外の廊下は。
病室の中さえ。
病室の隅さえ。
天井の裏さえ。
スラグの下さえ。
指にふれる空気さえも。
どこもかしこも。
人々は騒ぐ。——どうしたの?
珠美がさゝやく聲を聞いた。
——どうしたの?
わたしは林檎を剝き続けた。
珠美を決して見ない儘に。
伏せた眼差し。
わたしは見ていた。
狂気した珠美の見開いた目を。
落ちた男よりより凄惨な目。
その凝視。
わたしは見ていた。
狂気した珠美のあけひろげた口。
その口蓋を。
唾液の糸を。
落ちた男より無慚な。
聲もない。
それ。
珠美のいつかの絶叫の音を。
沉默の中に。——ね?
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