蚊頭囉岐王——小説06

以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。

　臨月の胎を撫でた。

　笑った。

　他人の胎をなぜるように。

　その手のひらは。

　左の。

　いまだに夢を。

　他人の夢を見ていたように。

　不細工さ。

　わたしは笑った。

　珠美の不細工さ。

　目を覆いたくなる。

　邪気も無いその無樣さを。

　臨月の胎を。

　膨張した不器用な步み。

　まともにかゞめもしない畸形の膨れあがった生き物。

　起き上がれもしなかった。

　一と息には。

　ころびそうにしか起き上がれない不格好な異形。

　わたしは笑った。

　泣きそうになる幸せと共に。

　彼女の無樣をすこしでも。

　纔かでも。

　この身に感じようとした。

　せめて夢にでも。

　その重さのかけらでも。

　わたしは笑う。

　所詮は他人の無樣を愛しむ。

　泣きそうになる幸せと共に。

　思い出す。

　それらの記憶を。

　目の前の。

　まぎれもない。

　失敗の異形。

　組成の過失。

　生育の不順。

　生成の不具合。

　息てあることそれ自体さえ悲劇だと。

　取り返しのつかない損失なのだと。

　大聲でさけんでいた。

　そのカタチは。

　だれの目の網膜にも。

　大聲でわめいた。

　彼等の異形。

　その顯らかな畸形。

多麻美雙兒に對面シたる日夕方六時に多香枳見舞ヒて相ひ語りて云ヒけらく——見た？と故レ答へけラくは——見たよトかくて陁麻美かスかに笑みて躬ヅからを返り見たルが多香枳たダ愛シく且つは多香伎切なク且ツは多香伎いジらしくたダ悲シくて思ハずに淚だにモこぼれンとスるをこラえレば爾に云ヒけらく——どう？と故レ

——ね？

——なに？

——ね？

——なんだよ。

——だいじょうぶかな？

——なにが？

——わたしたち？

——お前、大丈夫？

——育てられるかな？

——なに？

——あのこたち…ト多麻美答ヘるが愛シければ爾に多香伎そノ口にさゝやきて云ひケらく——大丈夫だよ

——ね？

——なに？

——どう思う？

——なに？…育児？

——じゃなくて、

——じゃ、なに？

——かわいい？

——あのこ？

——あのこたち。

——かわいいのかな？と多麻美答へルが愛シくて爾に多香伎さサやきて云ヒけらく——たぶん、ね

とさゝやケらく

——いろんなやつが…

とさゝやけらク

——いろんな…いろんなこといって

とさゝやけらく

——いろんなこと、して…

とさゝやけラく

——いろんなかんがえかたあって…

とさゝやケらく

——たぶん、そのぜんぶがどっかで、どっか、ただしくて…

とさゝやケらク

——でもさ

——なに？

——でも…

——なに…ね？

——ん？

——いって

——それでも、

——なに？

——それでもやっぱりかわいいとおもう

かくて多麻美默止シて見つメき

——俺はね…

そノ多香伎を見詰め

——やっぱり。

とさゝやけル多迦伎を見ツめかクて多麻美爾に多香伎と俱なりテ娑娑彌氣囉玖

　嘘を

　　血がながれだすほど

　あなたはあきらかな

　　絶望的なまでに

　嘘を

　　血があふれだすほど

　まちがいもなく嘘に過ぎない

　　あまりに完璧な

　嘘を

　　ぼくたちの

　あなたは

　　真実

　まごころのままに

　　知ってる？

　だれの爲に

　　ぼくらはこうして幸せになる

　何の爲に

　　あしたぼくたちは

　わたしたちは

　　幸せになる

かくて多麻美

　　絶望的なまでの

爾に

　　ぼくらの真実

都儛耶氣良玖

　逆光の中に。

　背後に窓。

　その逆光の中に。

　あなたの背後に光。

　あわい。

　だからあなたは逆光の中に。

　ささやくふたりの私たちの聲に。

　忘れなかった。

　見殺しにされた双子たちは息をしていた。

　忘れなかった。

　捨て置かれた双子は息をしていた。

　ただ彼等の必然として。

　かれらは彼等の息を吐いた。

　あわい光の中に。

　その逆光の中に。

　かすかに笑んだ。

　はっきりと。

　それはあなたの。

　だからあなたのほほ笑む眼差しは見た。

　私を。

　おそらくは。

　わたしの頬のそのほほ笑みを。

　だれも嘘などつきはしなかった。

　どこにも嘘はありえなかった。

　だれも嘘などささやかなかった。