蚊頭囉岐王——小説03


以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



 あれ、私の孫よ…と。わたしは叫んだ。

 極度にひそめたつぶやき聲で。

 醫師の目の前。

 ひそひそ叫ぶマスク越しのその聲に。

 ——私の孫ですよ。畸形なの?出來損ないなの?まだ生きてるの?生きていけるの?死ぬの?死んだ方がいいの?これからどうなの?どうなるの?

 聲のむれ。

 わたしは聞いた。

 自分の周囲に群がる聲を。

 それ。

 自分の喉の吐いたさゝやき。

 無数のさゝやき。

 それら。

 散乱。

 ——まだ、判らない。

 醫師は云った。

 ——殘念ながら、普通とは違う。それは事実。特殊なので…

 ——見た。わたし。ちょっと見た。

 ——そう、ただ、現狀

 ——さっき…

 ——生命活動は持続している、と、

 ——看護師さん、あわてゝ抱いて走って行ったね?

 ——今のところ

 ——あれ、殺しに行ったの?

 ——ひょっとしたら助かるかもしれない。ただ

 ——あれ、処分しにいったの?

 ——いつまで生きていられるか

 ——あれ、ト殺したの?

 ——まさか。

 ——ね?…なに?

 ——大丈夫、だれも

 ——何が起きたの?

 ——だれも殺さない。

 ——何が起きてるの?

 ——だれも惡いようにしない。

 ——わたし、なにを見てるの?

 ——だれも、いまだってみんな

 ——誰が悪いの?

 ——誰も惡くない。

 極度に冷酷な眼を。

 耳元に叫んだ醫師の。

 雙つの眼を見てそのままに。

 その目の前に。

 倒れ膝をつく女。

 ぶざま荒い息遣いを吐きつづけた。

 それはあきらかにわたしだった。

 汗をにじませた濕った肉躰。

 その穢ならしさ。

 匂う。

 あきらかにそれはわたしだった。

 やゝあって數時間後に兩眼は見た。

 特別な保育器の中に安置されたそれ。

 うす桃色の。

 白い。

 まばらに散る赤斑。

 細菌にでも喰われた似て。

 森の奧の人に知られないめずらしい花の稀なる花弁の模樣にも似て。

 蝶の羽根の鱗粉のみだれ?

 見た。

 看護師のふたりに俱われて。

 私の兩眼は。

 生まれたばかりの雙つの肉躰。

 チューブと管の流し込む液体。

 淡い色の透明な色彩。

 藥の馨を纏う。

 肉の塊り。

 わたしは見ていた。

 聲も無く。

 慄き。

 それ。

 せきらゝに。——その、目の捉えたそれ。一瞬に。

 怒り。

 だから怒り。

 聲も無く瞋り。

 それ。

 せきらゝに。——その、目の捉えたそれ。一瞬に。

 聲も無く。

 笑い。

 それ。

 せきらゝに。——その、目の捉えたそれ。一瞬に。

 聲も無く。

 切なる悲しみ。…齧まれるに似て。

 それ。

 せきらゝに。——その、目の捉えたそれ。一瞬に。

 同じくにすでにわたしは今やその鳥肌立った肌の下に。

 終に。

 わたしは許した。

 もはや。

 すべての醜惡。

 ことごく赦した。

 すべての異形。

 それでもせめて人なみに生きよと。

 わたしは祈った。

 その死は安かれと。

 祈る。

 心に。

 だから矛盾を。

 莫迦でもわかる赤裸々な矛盾。

 祈りを。

 誰でもわかる矛盾した祈りを。

かクに聞きゝ多摩媺をふタりに對面させルそノ前に布美迦病室に見舞ヒ耳元にさゝやけらく——だいじょうぶだよと、故レ答へけラく——だいじょうぶって?ト故レさゝやけらく——だいじょうぶと故レ答へけらク——なにが?と故レさゝやけらく——なにもかもと故レ答へケらく——なに?と故レさゝやけらく——ぜんぶ、だいじょうぶト故レ布媺哿見たりキ至近に陁麻媺ノ兩の眼の布美香を見詰メ言葉も無クにしかすがにあきらかに微笑みてあルを布美香は見き故レ布媺哿たダ陁麻美が爲にのみ笑みきかクて陁麻媺ひトり娑娑彌氣囉玖

 すでに

  なにを怯えているの?

 心はすでに

  あなたの眼は

 知っていながら

  慈愛に盈ちようと

 それ知らないという赤裸々な事実が

  やさしさにだけ充ちようとした

 ゆがんだまゝに咬みついた

  いつくしみだけに盈ちなければならないと

 心がやわらかな

  ひとり確信したあなたの目は

 苦しみの褪めない

  無防備に怯え

 味を咬むので

かくて陁麻媺爾に

 だからわたしはひとりでに

都儛耶氣良玖

 連れていかれた。

 母に。

 わたしは。

 桂樹文果に。

 振り返った。

 わたしに背を向けた彼女は。

 何度も彼女は振り返った。

 確認した?

 わたしが彼女に連行されるのを。

 確実に。

 思うが儘に。

 容赦もなくに。

 確認する?

 いわば私の連行が成功している事実を。

 振り返る何度もの眼差し。

 きれいな擬態のほゝ笑み。

 わたしをだけを欷くに似て。

 その空間の中に。

 わたしだけをいつくしむに似て。

 その空間の中に。

 何をも見ない。

 厥れ。

 怯えた目は。

 わたしをも。

 何をも見ない。

 厥れ。

 私の何をも。








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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