蚊頭囉岐王——小説01
蚊頭囉岐王、訓はカヅラギ王。
萬葉集の縵兒歌と所謂瘤取り委爺さんの話を典拠とする。
以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。
小亂聲
蚊頭囉岐王舞樂第一
…シュレーディンガーの猫の片眼に
或る眼差しの
或るその須臾乎
乎乎乎乎。登乎乎乎乎。意意意意意意。許乎乎乎乎乎乎。呂乎乎乎乎乎乎。許乎乎乎乎乎乎。騰淤淤淤淤淤淤斗風のむた有雅ノ沙羅は目を見ひらくとよむ風のすでにしてその音つらなしつゞけて遠くに燃える廃墟の色返り見さえすればいつか崩れ斜めに辛うじて殘った壁面鳥が止っていたのは知りつゝも鳥の目まばたく故に沙羅は見られていたすでにして鳥の眼に沙羅はも此處にこゝろにだけその鳥に目を奪われて鳥はも厥れくれなゐの冠を埀らす額に首筋に嘴に迄も裂けた襤褸頭巾じみてないしあざやかな天鵞絨じみて乃至にぎりつぶした例えばブーゲンビリアの花の殘骸だににも似てぶら提げゆらされ思う沙羅はその鳥の目それともなくに沙羅に怯えていたに違いないと白地に極彩色の黃と紅長い羽を疊み尾のさらに長い靑い色を投げ埀らすものを正面を見るちいさな黑目沙羅にふれないまゝひとりでにまばたいたのを知らずに沙羅はも
人のほゞ滅びた廃墟に見上げれば空は一面の曇った白濁ひろがる黑ずみに靑みを潜めて鬱悒しい色ただ單純にだけさらだすにも沙羅は氣附くいま更にその鳥の名前を知らないことに同じきにこの少女が姉の不在を想い附いたのをも鳥は棄て置く有雅阿憂迦がなにも告げずにただ小便に立つようにして沙羅の傍らをはなれてから數えればおそらくは半時間ほどのしかすがにとよむ風のむた沙羅の周圍を掩う死人らの色のない翳り厥れら自らの畸形の躯体に散らされる焰孔という孔に燃え立つ炎夥しくに纏う死人ら或はねじ曲がった腕を三股にも分けて泳がせる觸手じみた血管らしき管を無數にも或は喉に開けた燃える肛門に引きずり出された内臓さかしまに聲なくも蠢かせて脉打たすその肉を或は焰に陽炎引き裂かれた口蓋そこに長い舌まるで繁茂する葦の莖のようにして足立つものを厥れら翳り陽炎のひとつ開く沙羅の右の頬の至近に口を厥れ焰の匂い嗅ごうとする沙羅は薰れ匂いもなければ觸感もない儘に返り見もせず沙羅の思へらく鳥は羽搏くと飛び立ったのか或はもうひとつ鳥は舞い降りたのか敢えて知ろうともしなければその羽搏きを聞いた沙羅に迦猊呂比ノ斯毗登迦多羅久かク聞きゝムかシ比登と云ふ地に有り夫レ圡に這ひ天都ノ舩に空ノ低きを飛備軈而躬ヅから立てたる塔ノ影ゝに躬を曲げき乃爾儚なミ口に鼻に躬づカらの血ヲ吐くそレ比登之末ノ世の始めノころ惡疾はビこりミな疾ミ痛ミきがゆゑ也キかクて終わりの比のはジめつかた古布ノ斗璃麻沙及び古布ノ斗璃伎與と云ふ男あり雙兒に生まレたりきそノ生まれタる時母即チ此ノ雙兒に胎を貸シたる女名を陁麻媺と云ふノ沙沙夜祁良玖
あげる悲鳴
ひき千切れるに似た
その聲は誰のものか知っていた
痛み。燃え上がるような
わたしだけは。いくらも数え盡くされないほどの
痛み。内側から
厖大な時間のなかに
大きすぎた獸の無数の歯に噛みつかれたかにも?
あえぎつゞけた。息。それら
痛み。背骨が軋むその
あられもない性交の聲じみて
痛み。骨盤が引き攣るその
それら
傷み。知る。いまだふれていない喜びがもはや
あられもない虐待の聲じみて
すぐそこに大きな口を開けて
それら
飲みこもうと待った
わななくだけのノイズ。聲と息の
わたしだけを
ただの騒音。わたしの喉に
歓喜は
喉の奧を
わたしをその喉に流しこもうとする
みづから咬みつき囓みちぎろうとながら
むしろひたすらな絶望
わたしは目を剝く
出口のない
わたしは叫んぶ
逃げ場のない
だから叫んだ
むしろひたすらな絶望
かくて
ひろがった口に
古布ノ陁麻美爾に
その喉に
都儛耶氣良玖
聞いた。
不意に。
聞いた。
不意に響いた息を飲んだ音を。
ひらいた足の纔かな先に。
誰の?
聞いた。
わたしは。
看護師の。
誰の?
その馴れた助産婦の喉の立てた不用意な音。
息を飲んだ。
たゞ一度だけ。
失神したに違いない。
わたしは。
なにもなかったから。
もはや。
わたしに。
その一瞬だけ。
苦痛は。
もはやなかったから。
その一瞬だけ聲は。
聞こえなかった。
苦悶するわたしの聲ももはや。
聞こえなかった。
絶望するわたしの聲も。
聞こえなかった。
飲み込まれた息の音。
その記憶。
それ以外には何も。
意外だった。
喜びは開いた股の向こうに口を開けたままになぜそこに敢えてとどまったのか。
そこで。
口を開いたそのまゝに?
なぜ。
泣き聲は?
ことごとくの生まれた落ちたことごとくの喉の立てるべきことごとくの厥れ。
泣き叫ぶ聲は?
動く。
躰内に停滯したままのもうひとつのイノチのかたちが。
だから叫んだ。
ふたゝび。
わたしの口は。
だから叫んだ。
もう一度。
同じように。
すでに自分の意思さえ何もなくて。
まるで他人のように。
彼女の明らかな意思を持った肉躰が力む。
わたしの筋肉に。
だから力んだ。
わたしの腿は。
下腹部は。
全身も。
なおもそれでもわたしの喉にだけその血の味を迸らせて。
筋肉に傷み。
なおもそれでもわたしの喉にだけその血の味を迸らせて。
感じた。
わたしは。
力みながら。
ぬるぬると。
感じていた。
ぬらぬらと。
体中が汗の油になったように。
光。
すでにわたしは失神しそうな肉躰のだれかの眼差しのなかに。
光。
綺羅めく一點のそれ。
白濁の光。
軈て。
おなじ聲を股の向こうに聞いた。
違う助産婦の。
だからその喉は息を飲む。
ふたゝび。
違う女の喉に同じ音響。
とてもみじかい一瞬の。
厥れ。
咬み碎くようなひゞき。
わたしは知った。
苦痛の時はすでに終わったのだと。
だから知っていた。
絶望の時はすでに終わったのだと。
驚く。
その停滞に。
ひらいた股の引き攣る向こうに喜びはなおも口を開いて。
だれも飲み込まないまゝ。
その停滯。
すべて他人事じみて。
わたしがひとり捨て置かれた停滯。
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