妙法蓮華經觀世音菩薩普門品第二十五
底本、「國譯大藏經、經部第一卷」(但し改行施し難読以外の傍訓省略又、一部改変)
奥書云、
大正六年六月廿三日印刷、同廿六日發行。昭和十年二月二十四日四刷發行。
發行者、國民文庫刊行會
卷の第八
觀世音菩薩普門品第二十五
爾の時に無盡意菩薩、即ち座より起つて偏へに右の肩を袒らはにし、合掌し佛に向かひたてまつりて、是の言を作さく、
「世尊、觀世音菩薩は何の因緣を以てか觀世音と名づくる。」
佛、無盡意菩薩に告げたまはく、
「善男子、若し無量百千萬億の衆生有つて諸の苦惱を受けんに、是の觀世音菩薩を聞いて一心に名を稱せば、觀世音菩薩、即時に其の音聲を觀じて皆、解脫することを得せしめん。
若し是の觀世音菩薩の名を持つこと有らん者は、設ひ大火に入るとも火も燒くこと能はじ。
是の菩薩の威神力に由るが故に。
若し大水に漂はされんに、其の名號を稱せば即ち淺き處を得ん。
若し百千萬億の衆生有つて金銀、瑠璃、硨磲、碼碯、珊瑚、琥珀、眞珠等の寶を求むるを爲つて大海に入らんに、假使ひ黑風、其の船舫を吹いて、羅刹鬼の國に飄堕せん。
其の中に若し乃至、一人有つて觀世音菩薩の名を稱せば、是の諸人等、皆、羅刹の難を解脫することを得ん。
是の因緣を持て觀世音と名づく。
若し復、人有つて當に害せらるべきに臨んで觀世音菩薩の名を稱せば、彼の執れる所の刀杖、尋いで段段に壞れて解脫することを得ん。
若し三千大千國土に中に滿てる夜叉、羅刹、來つて人を惱まさんと欲せんに、其の觀世音菩薩の名を稱するを聞かば、是の諸の惡鬼、尚、惡眼を以て之れを視ること能はじ。
況や復、害を加へんをや。
設ひ復、人有つて若しは罪有り、若しは罪無きに、杻〔らう〕械〔っかい〕、伽鎖、其の身を檢繫せんに、觀世音菩薩の名を稱せば皆、悉く斷壞して即ち解脫することを得ん。
若し三千大千國土に中に滿てる怨賊あらんに、一りの商主有つて諸の商人を將ゐ、重寶を齋持して險路を經過せんに、其の中に一人、是の唱言を作さん、
「諸の善男子、恐怖することを得ること勿れ。
汝等、應當に一心に觀世音菩薩の名號を稱すべし。
是の菩薩は能く無畏を以て衆生に施したまふ。
汝等、若し名を稱せば、此の怨賊に於て當に解脫することを得べし。」
衆の商人、聞いて俱に聲を發して「南無觀世音菩薩」と言はん。
其の名を稱するが故に即ち解脫することを得ん。
無盡意、觀世音菩薩摩訶薩は威神の力、巍〔ぎ〕巍たること是の如し。
若し衆生有つて婬欲多からんに、常に念じて觀世音菩薩を恭敬せば、便ち欲を離るることを得ん。
若し瞋恚多からんに、常に念じて觀世音菩薩を恭敬せば、便ち瞋を離るることを得ん。
若し愚癡多からんに、常に念じて觀世音菩薩を恭敬せば、便ち癡を離るることを得ん。
無盡意、觀世音菩薩は是の如き等の大威神力有つて、饒益する所、多し。
是の故に衆生、常に心に念ずべし。
若し女人有て設ひ男を求めんと欲して觀世音菩薩を禮拜し供養せば、便ち福德、智慧の男を生まん。
設ひ女を求めんと欲せば、便ち端正有相の女の宿(昔)、德本を植ゑて衆人に愛敬せらるるを生まん。
無盡意、觀世音菩薩は是の如き力有り。
若し衆生有つて觀世音菩薩を恭敬禮拜せば、福唐、捐〔損〕ならじ。
是の故に衆生、皆、觀世音菩薩の名號を受持すべし。
無盡意、若し人有て六十二億恒河沙の菩薩の名字を受持し、復、形を盡くすまで飮食、衣服、臥具、醫藥を供養せん。
汝が意に於て云何。
是の善男子、善女人の功德、多しや不や。」
無盡意の言さく、
「甚だ多し、世尊。」
佛の言たまはく、
「若し復、人有つて觀世音菩薩の名號を受持し、乃至一時も禮拜し供養せん。
是の二人の福、正等にして異ること無けん。
百萬億千劫に於ても窮はめ盡くす可からず。
無盡意、觀世音菩薩の名號を受持せば是の如き無量無邊の福德の利を得ん。」
無盡意菩薩、佛に白して言さく、
「世尊、觀世音菩薩は云何にしてか此の娑婆世界に遊び、云何にしてか衆生の爲に法を說く。
方便の力、其の事、云何。」
佛、無盡意菩薩に告げたまはく、
「善男子、若し國土の衆生有つて佛身を以て得度すべき者には、觀世音菩薩、即ち佛身を現じて爲に法を說き、辟支佛の身を以て得度すべき者には、即ち辟支佛の身を現じて爲に法を說き、聲聞の身を以て得度すべき者には、即ち聲聞の身を現じて爲に法を說き、梵王の身を以て得度すべき者には、即ち梵王の身を現じて爲に法を說き、帝釋の身を以て得度すべき者には、即ち帝釋の身を現じて爲に法を說き、自在天の身を以て得度すべき者には、即ち自在天の身を現じて爲に法を說き、大自在天の身を以て得度すべき者には、即ち大自在天の身を現じて爲に法を說き、天大將軍の身を以て得度すべき者には、即ち天大將軍の身を現じて爲に法を說き、毘沙門の身を以て得度すべき者には、即ち毘沙門の身を現じて爲に法を說き、小王の身を以て得度すべき者には、即ち小王の身を現じて爲に法を說き、長者の身を以て得度すべき者には、即ち長者の身を現じて爲に法を說き、居士の身を以て得度すべき者には、即ち居士の身を現じて爲に法を說き、宰官の身を以て得度すべき者には、即ち宰官の身を現じて爲に法を說き、婆羅門の身を以て得度すべき者には、即ち婆羅門の身を現じて爲に法を說き、比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷の身をもって得度すべき者には、即ち比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷の身を現じて爲に法を說き、長者、居士、宰官、婆羅門の婦女の身を持て得度すべき者には、即ち婦女の身を現じて爲に法を說き、童男、童女の身を以て得度すべき者には、即ち童男、童女の身を現じて爲に法を說き、天、龍、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦樓羅、緊那羅、摩睺羅伽、人、非人等の身を以て得度すべき者には、即ち皆、之れを現じて爲に法を說き、執金剛神の身を以て得度すべき者には、即ち執金剛神を現じて爲に法を說く。
無盡意、是の觀世音菩薩は是の如き功德を成就して、種種の形を以て諸の國土に遊んで衆生を度脫す。
是の故に汝等、應當に一心に觀世音菩薩を供養すべし。
是の觀世音菩薩摩訶薩は、怖畏急難の中に於て能く無畏を施す。
是の故に此の娑婆世界に皆、之れを號して施無畏者と爲す。」
無盡意菩薩、佛に白して言さく、
「世尊、我、今、當に觀世音菩薩を供養すべし。
即ち頸の衆寶珠の瓔珞の價直百千兩金なるを解いて、以て之れを與へ、是の言を作さく、
「仁者、是の法施の珍寶の瓔珞を受けたまへ。」
時に觀世音菩薩、肯〔あへ〕て之れを受けず。」
無盡意、復、觀世音菩薩に白して言さく、
「仁者、我等を愍れむが故に此の瓔珞を受けたまへ。」
爾の時に佛、觀世音菩薩に告げたまはく、
「當に此の無盡意菩薩、及び四衆、天、龍、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦樓羅、緊那羅、摩睺羅伽、人、非人等を愍れむが故に是の瓔珞を受くべし。」
即時に觀世音菩薩、諸の四衆、及び天、龍、人、非人等を愍れんで其の瓔珞を受け、分かつて二分と作して、一分は釋迦牟尼佛に奉り、一分は多寶佛塔に奉る。
「無盡意、觀世音菩薩は是の如き自在神力有つて娑婆世界に遊ぶ。」
爾の時に無盡意菩薩、偈を以て問うて曰さく、
『世尊は妙相、具〔そな〕はりたまへり、
我、今、重ねて彼れを問ひたてまつる。
佛子、何の因緣あつてか、
名づけて觀世音と爲〔す〕る。」
妙相を具足したまへる尊、偈を以て無盡意に答へたまはく、
『汝、觀音の行を聽け。
善く諸の方所に應じて、
弘誓の深きこと、海の如し。
劫を歷〔ふ〕とも思議せじ。
・
多千億の佛に侍〔つか〕へて、
大淸淨の願を發こせり。
我、汝が爲に略して說かん。
名を聞き、及び身を見、
・
心に念じて空しく過ぎざれば、
能く諸有の苦を滅す。
假使ひ、害の意を興〔おこ〕して、
大いなる火坑に推し落されんに、
・
彼の觀音の力を念ぜば、
火坑、變じて池と成らん。
或は巨海に漂流して、
龍、魚、諸鬼の難あらんに、
・
彼の觀音の力を念ぜば、
波浪も沒すること能はじ。
或は須彌の峰に在つて、
人に推し墮されんに、
・
彼の觀音の力を念ぜば、
日の如くにして虛空に住せん。
或は惡人に逐はれて、
金剛山より墮落せんに、
・
彼の觀音の力を念ぜば、
一毛をも損すること能はじ。
或は怨賊の繞〔かこ〕んで、
各、刀を執つて害を加ふるに値はんに、
・
彼の觀音の力を念ぜば、
咸く即ち慈心を起こさん。
或は王難の苦に遭うて、
刑せらるるに臨み、壽、終らんと欲せんに、
・
彼の觀音の力を念ぜば、
刀、尋いで段段に壞れなん。
或は伽鎖に囚禁せられ、
手足に杻械を被むらんに、
・
彼の觀音の力を念ぜば、
釋然として解脫することを得ん。
咒詛、諸の毒藥に、
身を害せんと欲せられん者、
・
彼の觀音の力を念ぜば、
還つて本人に著きなん。
或は惡羅刹、
毒龍、諸鬼等に遇はんに、
・
彼の觀音の力を念ぜば、
時に悉く敢て害せじ。
若しは惡獸圍遶して、
利き牙爪の怖る可からんに、
・
彼の觀音の力を念ぜば、
疾く無邊の方に走りなん。
蚖蛇、及び蝮蠍、
氣毒煙火の燃ゆるが如くならんに、
・
彼の觀音の力を念ぜば、
聲に尋いで自ら囘〔かへ〕り去らん。
雲雷鼓掣電し、
雹を降らし大雨を澍〔そそ〕がんに、
・
彼の觀音の力を念ぜば、
時に應じて消散することを得ん。
衆生困厄を被むつて、
無量の苦、身を逼めんに、
・
觀音妙智の力、
能く世間の苦を救はん。
神通力を具足し、
廣く智の方便を修して、
・
十方の諸の國土に、
刹として身を現ぜざること無し。
種種の諸の惡趣、
地獄、鬼、畜生、
・
生、老、病、死の苦、
以て漸く悉く滅せしむ。
眞觀、淸淨觀、
廣大智慧觀、
・
悲觀、及び慈觀あり、
常に願して常に瞻仰すべし。
無垢淸淨の光、
慧日、諸の闇を破し、
・
能く災風火を伏して、
普く明らかに世間を照らす。
悲體の戒、雷震のごとく、
慈意の妙、大雲のごとく、
・
甘露の法雨を澍ぎ、
煩惱の焰を滅除す。
諍訟して官處を経、
軍陣の中に怖畏せんに、
・
彼の觀音の力を念ぜば、
諸の怨、悉く退散せん。
妙音觀世音、
梵音海潮音、
・
勝彼世閒音あり、
是の故に須からく常に念ずべし。
念念に疑ひを生ずること勿れ、
觀世音淨聖は、
・
苦惱、死厄に於て、
能く爲に依怙と作れり。
一切の功德を具して、
慈眼を以て衆生を視る。
・
福聚の海、無量なり。
是の故に應に頂禮すべし。』
〇
爾の時に持地菩薩、即ち座より起つて、前んで佛に白して言さく、
「世尊、若し衆生有つて是の觀世音菩薩の自在の業、普門示現、神通力を聞かん者は、當に知るべし、是の人の功德は少なからじ。」
佛、是の普門品を說きたまふ時、衆中の八萬四千の衆生、皆、無等等の阿耨多羅三藐三菩提の心を發こしき。
0コメント