妙法蓮華經如來壽量品第十六
底本、「國譯大藏經、經部第一卷」(但し改行施し難読以外の傍訓省略又、一部改変)
奥書云、
大正六年六月廿三日印刷、同廿六日發行。昭和十年二月二十四日四刷發行。
發行者、國民文庫刊行會
卷の第六
如來壽量品第十六
爾の時に佛、諸の菩薩、及び一切の大衆に告げたまはく、
「諸の善男子、汝等、當に如來の誠諦の語を信解すべし。」
復、大衆に告げたまはく、
「汝等、當に如來の誠諦の語を信解すべし。」
又復、諸の大衆に告げたまはく、
「汝等、當に如来の誠諦の語を信解すべし。」
是の時に菩薩大衆、彌勒を首〔はじめ〕として、合掌して佛に白して言さく、
「世尊、惟、願はくは之れを說きたまへ。
我等、當に佛の語を信受したてまつるべし。」
是の如く三たび白し已つて、復、言さく、
「惟、願はくは之れを說きたまへ。
我等、當に佛の語を信受したてまつるべし。」
〇
爾の時に世尊、諸の菩薩の三たび請じて止まざることを知ろしめして、之れに告げて言はく、
「汝等、諦らかに聽け、如來の祕密神通の力を。
一切世間の天、人、及び阿修羅は、皆、今の釋迦牟尼佛、釋氏の宮を出でて伽耶城を去ること遠からず、道場に坐して阿耨多羅三藐三菩提を得たりと謂へり。
然るに善男子、我、實に成佛してより已來、無量無邊百千萬億那由他劫なり。
譬へば五百千萬億那由他阿僧祇の三千大千世界を、假使ひ、人有つて抹して微塵と爲して、東方五百千萬億那由他阿僧祇の國を過ぎて乃ち一塵を下し、是の如く東に行いて是の微塵を盡くさんが如し。
諸の善男子、意に於て云何。
是の諸の世界は思惟し校計して其の數を知ることを得可しや不や。」
〇
彌勒菩薩等、俱に佛に白して言さく、
「世尊、是の諸の世界は無量無邊にして、算數の知る所に非ず。
亦、心力の及ぶ所に非ず。
一切の聲聞、辟支佛、無漏智を以ても思惟して其の限數を知ること能はず。
我等、阿惟越致地に住すれども、是の事の中に於ては亦、達せざる所なり。
世尊、是の如き諸の世界無量無邊なり。」
〇
爾の時に佛、大菩薩衆に告げたまはく、
「諸の善男子、今、當に分明に汝等に宣語すべし。
是の諸の世界の、若しは微塵を著〔お〕き、及び著かざる者を盡く以て塵と爲して、一塵を一劫とせん。
我、成佛してより已來、復、此れに過ぎたること百千萬億那由他阿僧祇劫なり。
是れより已來、我、常に此の娑婆世界に在つて說法敎化す。
亦、餘處の百千萬億那由他阿僧祇の國に於ても衆生を導利す。
諸の善男子、是の中閒に於て我、然燈佛等と說き、又復、其れ涅槃に入ると言ひき。
是の如きは皆、方便を以て分別せしなり。
諸の善男子、若し衆生有つて我が所に來至するには、我、佛眼を以て其の信等の諸根の利鈍を觀じて、度す應〔べ〕き所に隨つて、處處に自ら名字の不同、年紀の大小を說き、亦復、現じて、當に涅槃に入るべしと言ひ、又、種種の方便を以て微妙の法を說いて能く衆生をして歡喜の心を發こさしめき。
處の善男子、如來は諸の衆生の小法を樂へる德薄垢重の者を見て、是の人の爲に、我、少くして出家し阿耨多羅三藐三菩提を得たりと說く。
然るに我、實に成佛してより已來、久遠なること斯の如し。
但、方便を以て衆生を敎化して、佛道に入らしめんとして是の如き說を作す。
諸の善男子、如來の演ぶる所の經典は、皆、衆生を度脫せんが爲なり。
或は己身を說き、或は他身を說き、或は己身を示し、或は他身を示し、或は己事を示し、或は他事を示す。
諸の言說する所は皆、實にして虛しからず。
所以は何。
如來は如實に三界の相を知見するに、生死の若しは退、若しは出、有ること無し。
亦、在世、及び滅度の者なし。
實に非ず、虛に非ず。
如に非ず、異に非ず。
三界の三界を見るが如くならず。
斯の如きの事、如來、明らかに見て錯謬、有ること無し。
諸の衆生の、種種の性、種種の欲、種種の行、種種の憶想分別有るを以ての故に、諸の善根を生ぜしめんと欲して若干の因緣、譬喩、言辭を以て種種に法を說く。
所作の佛事、未だ曾て暫くも廢せず。
是の如く我、成佛してより已來、甚だ大いに久遠に、壽命無量阿僧祇劫、常住にして滅せず。
諸の善男子、我、本菩薩の道を行じて成ぜし所の壽命、今猶、未だ盡きず、復、上の數に倍せり。
然るに今、實の滅度に非ざれども、而も便ち唱へて、當に滅度を取るべしと言ふ。
如來、是の方便を以て衆生を敎化す。
所以は何。
若し佛、久しく世に住せば、薄德の人は善根を種ゑず、貧窮下賤にして五欲に貪著し、憶想妄見の網の中に入りなん。
若し如來、常に在つて滅せずと見ば、便ち、憍恣を起して厭怠を懷き、難遭の想ひ、恭敬の心を生ずること能はず。
是の故に如來、方便を以て說く、比丘、當に知るべし、諸佛の出世には値遇す可きこと難し、と。
所以は何。
諸の薄德の人は、無量百千萬億劫を過ぎて、或は佛を見ること有り、或は見ざる者あり。
此の事を以ての故に、我、是の言を作す、諸の比丘、如來は見ることを得可きこと難し、と。
斯の衆生等、是の如き語を聞いては、必ず當に難遭の想ひを生じ、心に戀慕を懷き、佛を渇仰して便ち善根を種うべし。
是の故に如來、實に滅せずと雖も而も、滅度すと言ふ。
又、善男子、諸佛如來は法、皆、是の如し。
衆生を度せんが爲なれば皆、實にして虛〔むなし〕からず。譬へば良醫の智慧聰達にして、明らかに方樂に練じ善く衆病を治す。
其の人、諸の子息多し、若しは十、二十、乃至百數なり。
事の緣有るを以て遠く餘國に至りぬ。
諸の子、後に他の毒藥を飮む。
藥、發し悶亂して地に宛轉す。
是の時に其の父、還り來つて家に歸りぬ。
諸の子、毒を飮んで、或は本心を失へる、或は失はざる者あり。
遙かに其の父を見て、皆、大いに歡喜し、拜跪して問訊すらく、
「善く安穩に歸りたまへり。
我等、愚癡にして誤つて毒藥を服せり。
願はくは救療せられて更に壽命を賜へ」と。
父、子等の苦惱すること是の如くなるを見て、諸の經方に依つて好き藥草の色、香、美味、皆、悉く具足せるを求めて、擣〔たう〕篩〔し〕和合して子に與えて服せしむ。
而も是の言を作さく、
「此の大良藥は色、香、美味、皆、悉く具足せり。
汝等、服す可し。
速かに苦惱を除いて復、諸の患ひ無けん」と。
其の諸の子の中に心を失はざる者は、此の良藥の色、香、俱に好きを見て便ち之れを服するに、病、悉く除こり愈えぬ。
餘の心を失へる者は、其の父の來れるを見て、亦、歡喜し問訊して病を治せんことを求〔も〕索〔と〕むと雖も、然も其の藥を與ふるに、而も肯〔あへ〕て服せず。
所以は何。
毒氣、深く入つて本心を失へるが故に、此の好き色、香ある藥に於て美〔よ〕からずと謂へり。
父、是の念を作さく、
「此の子、愍れむ可し。
毒に中られて心、皆、顚倒せり。
我を見て喜んで救療を求索むと雖も、是の如き好き藥を而も肯て服せず。
我、今、當に方便を設けて、此の藥を服せしむべし。」
即ち是の言を作さく、
「汝等、當に知るべし、我、今、衰老して死の時、已に至りぬ。
是の好き良藥を今、留めて此に在〔お〕く。
汝、取つて服す可し。
差〔い〕えじと憂ふること勿れ」と。
是の敎へを作し已つて復、他國に至つて、使ひを遣はして還つて告ぐ、
「汝が父、已に死しぬ」と。
是の時に諸の子、父、背喪せりと聞いて心、大いに憂惱して、是の念を作さく、
「若し父、在らましかば我等を慈愍して能く救護せられまし。
今者、我を捨てて遠く他國に喪したまひぬ。
自ら惟〔おもんみ〕れば、孤露にして復、恃怙なし。」
常に悲感を懷いて心、遂に醒悟し、乃ち此の藥の色、香、味美なるを知つて、即ち取つて之れを服するに、毒の病、皆、愈ゆ。
其の父、子、悉く已に差ゆることを得つと聞いて、尋いで便ち來り歸つて咸く之れを見えしめんが如し。
諸の善男子、意に於て云何。
頗(若)し人の能く此の良醫の虛妄の罪を說くこと有らんや不や。」
「不なる、世尊。」
〇
佛の言たまはく、
「我も亦、是の如し。
成佛してより已來、無量無邊百千萬億那由他阿僧祇劫なり。
衆生の爲の故に方便力を以て當に滅度すべしと言ふ。
亦、能く法の如く我が虛妄の過を說く者、有ること無けん。」
〇
爾の時に世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を說いて言たまはく、
『我、佛を得てより來、
經たる所の諸の劫數、
無量百千萬、
億載阿僧祇なり。
・
常に法を說いて、
無數億の衆生を敎化して、
佛道に入らしむ。
爾〔し〕かしより來、無量劫なり。
・
衆生を度せんが爲の故に、
方便して涅槃を現ず。
而も實には滅度せず、
常に此に住して法を說く。
・
我、常に此に住すれども、
諸の神通力を以て、
顚倒の衆生をして、
近しと雖も而も見ざらしむ。
・
衆、我が滅度を見て、
廣く舍利を供養し、
咸く皆、戀慕を懷いて、
渇仰の心を生ず。
・
衆生、既に信伏し、
質直にして意、柔輭に、
一心に佛を見たてまつらんと欲して、
自ら身命を惜しまず。
・
時に我、及び衆僧、
俱に靈鷲山に出づ。
我、時に衆生に語る、
常に此に在つて滅せず。
・
方便力を以ての故に、
滅不滅有りと現ず。
餘國に衆生の、
恭敬し信樂する者有れば、
・
我、復、彼の中に於て、
爲に無上の法を說く。
汝等、此れを聞かずして、
但、我、滅度すと謂へり。
・
我、諸の衆生を見れば、
苦海に沒在せり。
故に爲に身を現ぜずして、
其れをして渇仰を生ぜしむ。
・
その心、戀慕するに因つて、
乃ち出でて爲に法を說く。
神通力、是の如し。
阿僧祇劫に於て、
・
常に靈鷲山、
及び餘の諸の住處に在り。
衆生、劫、盡きて、
大火に燒かるると見る時も、
・
我が此の土は安穩にして、
天人常に充滿せり。
園林、諸の堂閣、
種種の寶をもつて莊嚴し、
・
寶樹、華果、多くして、
衆生の遊樂する所なり。
諸天、天鼓を擊つて、
常に諸の伎樂を作し、
・
曼陀羅華を雨らして、
佛、及び大衆に散ず。
我が淨土は毀れざるに、
而も衆は燒け盡きて、
・
憂怖、諸の苦惱、
是の如き悉く充滿せりと見る。
是の諸の罪の衆生は、
惡業の因緣を以て、
・
阿僧祇劫を過ぐれども、
三寶の名を聞かず。
諸の有らゆる功德を修し、
柔和質直なる者は、
・
則ち皆、我が身、
此に在つて法を說くと見る。
或る時は此の衆の爲に、
佛壽無量なりと說く。
・
久しくあつて乃し佛を見たてまつる者には、
爲に佛には値ひ難しと說く。
我が智力、是の如し、
慧光、照らすこと無量に、
・
壽命無數劫、
久しく業を修して得る所なり。
汝等、智有らん者、
此れに於て疑ひを生ずること勿れ。
・
當に斷じて永く盡きしむべし。
佛語は實にして虛しからず。
醫の善き方便をもつて、
狂子を治せんが爲の故に、
・
實には在れども而も死すと言ふに、
能く虛妄を說くもの無きが如く、
我も亦、爲れ、世の父、
諸の苦患を救ふ者なり。
・
凡夫の顚倒せるを爲つて、
實には在れども而も滅すと言ふ。
常に我を見るを以ての故に、
而も憍恣の心を生じ、
・
放逸にして五欲に著し、
惡道の中に墮ちなん。
我、常に衆生の、
道を行じ道を行ぜざるを知って、
・
度すべき所に隨つて、
爲に種種の法を說く。
每に自ら是の念を作さく、
「何を以てか衆生をして、
・
無上道に入り、
速かに佛身を成就することを得せしめん」と。』
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