妙法蓮華經從地涌出品第十五
底本、「國譯大藏經、經部第一卷」(但し改行施し難読以外の傍訓省略又、一部改変)
奥書云、
大正六年六月廿三日印刷、同廿六日發行。昭和十年二月二十四日四刷發行。
發行者、國民文庫刊行會
從地涌出品第十五
爾の時に他方の國土の諸の來れる菩薩摩訶薩の、八恒河沙の數に過ぎたる、大衆の中に於て起立し、合掌し禮を作して、佛に白して言さく、
「世尊、若し我等、佛の滅後に於て此の娑婆世界に在つて、勤加精進して是の經典を護持し、讀誦し、書寫し、供養せんことを聽〔ゆ〕るしたまはば、當に此の土に於て廣く之れを說きたてまつるべし。」
〇
爾の時に佛、諸の菩薩摩訶薩に告げたまはく、
「止みね、善男子、
汝等が此の經を護持せんことを須〔もち〕ひじ。
所以は何。
我が娑婆世界に自から六萬恒河沙等の菩薩摩訶薩有り。
一一の菩薩に各、六萬恒河沙の眷屬有り。
是の諸人等、能く我が滅後に於て、護持し讀誦し廣く此の經を說かん。」
〇
佛、是れを說きたまふ時、娑婆世界の三千大千の國土、地、皆、振裂して、其の中より無量千萬億の菩薩摩訶薩有つて同時に涌出せり。
此の諸の菩薩は身、皆、金色にして、三十二相、無量の光明あり。
先より盡く此の娑婆世界の下、此の界の虛空の中に在つて住せり。
是の諸の菩薩、釋迦牟尼佛の所說の音聲を聞いて、下より發來せり。
一一の菩薩、皆、是れ大衆唱導の首なり。
各、六萬恒河沙等の眷屬を將ゐたり。
況や五萬、四萬、三萬、二萬、一萬恒河沙等の眷屬を將ゐたる者をや。
況や復、乃至、一恒河沙、半恒河沙、四分の一、乃至千萬億那由佗分の一なるをや。
況や復、千萬億那由佗の眷屬なるをや。
況や復、億萬の眷屬なるをや。
況や復、千萬、百萬、乃至、一萬なるをや。
況や復、一千、一百、乃至、一十なるをや。
況や復、五、四、三、二、一の弟子を將ゐたる者をや。
況や復、單己にして遠離の行を樂へるをや。
是の如き等〔たぐ〕比〔ひ〕、無量無邊にして、算數譬喩も知ること能はざる所なり。
〇
是の諸の菩薩、地より出で已つて、各、虛空の七寶の妙塔の多寶如來、釋迦牟尼佛の所に詣で、到り已つて二世尊に向かひたてまつりて、頭面に足を禮し、乃至、諸の寶樹の下の師子の座の上の佛の所にても、亦、皆、禮を作して、右に繞ること三匝して、合掌恭敬し、諸の菩薩の種種の讚法を以て、以て讚嘆したてまつり、一面に住在し欣樂して、二世尊を瞻仰したてまつる。
是の諸の菩薩摩訶薩、地より涌出して、諸の菩薩の種種の讚法を以て佛を讚めたてまつる、是の如くする時の間、五十小劫を經たり。
是の時に釋迦牟尼佛、默然として坐したまへり。
及び諸の四衆も亦、皆、默然たること五十小劫、佛の神力の故に、諸の大衆をして半日の如しと謂はしむ。
爾の時に四衆、亦、佛の神力を以ての故に、諸の菩薩の無量百千萬億の國土の虛空に徧滿せるを見る。
〇
是の菩薩衆の中に四導師あり。
一をば上行と名づけ、二をば無邊行と名づけ、三をば淨行と名づけ、四をば安立行と名づく。
是の四菩薩、其の衆中に於て最も爲れ、上首唱導の師なり。
大衆の前に在つて各、共に合掌し、釋迦牟尼佛を觀たてまつりて、問訊して言さく、
「世尊、少病少惱にして、安樂に行じたまふや不や。
應に度すべき所の者、敎へを受くること易しや不や。
世尊をして疲勞を生〔な〕さしめずや。」
〇
爾の時に四大菩薩、而も偈を說いて言さく、
『世尊は安樂にして、
少病少惱にましますや。
衆生を敎化したまふに、
疲倦無きことを得たまへりや。
・
又、諸の衆生、
化を受くること易しや不や、
世尊をして、
疲労を生さしめずや。』
〇
爾の時に世尊、諸の菩薩大衆の中に於て是の言を作したまはく、
「是の如し、是の如し。
諸の善男子、如來は安樂にして少病少惱なり。
諸の衆生等は化度す可きこと易し。
疲勞有ること無し。
所以は何。
是の諸の衆生は、世世より已來、常に我が化を受けたり。
亦、過去の諸佛に於て、供養尊重して諸の善根を種ゑたり。
此の諸の衆生は始め我が身を見、我が所說を聞き、即ち皆、信受して如來の慧に入りにき。
先より修習して小乘を學せる者をば除く。
是の如きの人も、我、今、亦、是の經を聞いて佛慧に入ることを得せしむ。」
〇
爾の時に諸の大菩薩、而も偈を說いて言さく、
『善哉、善哉。
大雄世尊、
諸の衆生等、
化度したまふ可きこと易し。
・
能く諸佛の、
甚深の智慧を問ひたてまつり、
聞き已つて信解せること、
我等、隨喜す。』
〇
時に世尊、上首の諸の大菩薩を讚嘆したまはく、
「善哉、善哉。
善男子、汝等、能く如來に於て隨喜の心を發こせり。」
〇
爾の時に彌勒菩薩、及び八千恒河沙の諸の菩薩衆、皆、是の念を作さく、
「我等、昔より已來、是の如き大菩薩摩訶薩衆の、地より涌出して世尊の前に住して、合掌し供養して如來を問訊したてまつるを見ず、聞かず。」
時に彌勒菩薩摩訶薩、八千恒河沙の諸の菩薩等の心の所念を知り、幷びに自ら所疑を決せんと欲して、合掌し佛に向かひたてまつりて、偈を以て問うて曰さく、
『無量千萬億の、
大衆の諸の菩薩は、
昔より未だ曾て見ざる所なり。
願はくは兩足尊、說きたまへ。
・
是れ何づれの所よりか來れる、
何の因緣を以てか集まれる。
巨身にして大神通あり、
智慧思議し叵(難)し。
・
其の志念、堅固にして、
大忍辱力有り。
衆生の見んと樂う所なり。
爲れ何づれの所よりか來れる。
・
一一の諸の菩薩、
所將の諸の眷屬、
其の數、量り有ること無く、
恒河沙等の如し。
・
或いは大菩薩の、
六萬恒沙を將ゐたる有り。
是の如き諸の大衆、
一心に佛道を求む。
・
是の諸の大師等、
六萬恒河沙あり。
俱に來つて佛を供養し、
及び是の經を護持す。
・
五萬恒沙を將ゐたる、
其の數、是れよりも過ぎたり。
四萬、及び三萬、
二萬より一萬に至る。
・
一千一百等、
乃至一恒沙、
半、及び三四分、
億萬分の一、
・
千萬那由佗、
萬億の諸の弟子、
乃し半億に至る、
其の數、復、上よりも過ぎたり。
・
百萬より一萬に至り、
一千及び一百、
五十と一十と、
乃至三、二、一、
・
單己にして眷屬無く、
獨處を樂ふ者、
俱に佛所に來至せる、
其の數、轉た上よりも過ぎたり。
・
是の如き諸の大衆、
若し人壽を行いて數ふること、
恒沙劫を過ぐとも、
猶、盡くして知ること能はじ。
・
是の諸の大威德、
精進の菩薩衆は、
誰か其れが爲に法を說いて、
敎化して成就せる。
・
誰に從つて初めて發心し、
何づれの佛法をか稱揚し、
誰づれの經をか受持し行じ、
何づれの佛道をか修習せる。
・
是の如き諸の菩薩、
神通大智力あり、
四方の地、振裂して、
皆、中より涌出せり。
・
世尊、我、昔より來、
未だ曾て是の事を見ず。
願はくは其の所從の、
國土の名號を說きたまへ。
・
我、常に諸國に遊べども、
未だ曾て是の事を見ず。
我、此の衆の中に於て、
乃し一人をも識らず。
・
忽然に地より出でたり。
願はくは其の因緣を說きたまへ。
今、此の大會の、
無量千百億なる、
・
是の諸の菩薩等、
皆、此の事を知らんと欲す。
是の諸の菩薩衆の、
本末の因緣あるべし。
・
無量德の世尊、
惟、願はくは衆の疑ひを決したまへ。』
〇
爾の時に釋迦牟尼佛の分身の諸佛、無量千萬億の他方の國土より來りたまへる者、八方の諸の寶樹の下の師子の座の上に在しまして、結跏趺坐したまへる、其の佛の侍者、各各に是の菩薩大衆の三千大千世界の四方に於て、地より涌出して虛空に住せるを見て、各、其の佛に白して言さく、
「世尊、此の諸の無量無邊阿僧祇の菩薩大衆は何づれの所よりか來れる。」
〇
爾の時に諸佛、各、侍者に告げたまはく、
「諸の善男子、且く須臾を待て。
菩薩摩訶薩有り、名を彌勒と曰ふ。
釋迦牟尼佛の授記したまふ所なり。
次で後に作佛すべし。
已に斯の事を問ひたてまつる。
佛、今、之れに答へたまはん。
汝等、自ら當に是れに因りて聞くことを得べし」
〇
爾の時に釋迦牟尼佛、彌勒菩薩に告げたまはく、
「善哉、善哉。
阿逸多(彌勒)、乃し能く佛に是の如き大事を問へり。
汝等、當に共に一心に精進の鎧を被〔き〕、堅固の意を發こすべし。
如來、今、諸佛の智慧、諸佛の自在神通の力、諸佛の師子奮迅の力、諸佛の威猛大勢の力を顯發し宣示せんと欲す。」
〇
爾の時に世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を說いて言たまはく、
『當に精進にして一心なるべし。
我、此の事を說かんと欲す。
疑悔有ること得ること勿れ。
佛智は思議し叵し。
・
汝、今、信力を出して、
忍善の中に住せよ。
昔より未だ聞かざる所の法、
今、皆、當に聞くことを得べし。
・
我、今、汝を安慰す。
疑懼を懷くことを得ること勿れ。
佛は不實の語無し。
智慧、量る可からず。
・
得る所の第一の法は、
甚深にして分別し叵し。
是の如きを今、當に說くべし。
汝等、一心に聽け。』
〇
爾の時に世尊、此の偈を說き已つて、彌勒菩薩に告げたまはく、
「我、今、此の大衆に於て、汝等に宣告す。
阿逸多、是の諸の大菩薩摩訶薩の無量無數阿僧祇にして、地より涌出する、汝等が昔より未だ見ざる所の者は、我、是の娑婆世界に於て阿耨多羅三藐三菩提を得已つて、是の諸の菩薩を敎化示導し、其の心を調伏して道の意を發こさしめたり。
此の諸の菩薩は皆、是の娑婆世界の下、此の界の虛空の中に於て住せり。
諸の經典に於て讀誦通利し、思惟分別し、正憶念せり。
阿逸多、是の諸の善男子等は衆に在つて多く所說有ることを樂はず。
常に靜かなる處を樂ひ、勤行精進して未だ曾て休息せず。
亦、人、天に依止して住せず。
常に深智を樂つて障礙有ること無し。
亦、常に諸佛の法を樂ひ、一心に精進して無上慧を求む。」
〇
爾の時に世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を說いて言たまはく、
『阿逸、汝、當に知るべし、
是の諸の大菩薩は、
無數劫より來、
佛の智慧を修習せり。
・
悉く是れ我が所化として、
大道心を發こさしめき。
此れ等は是れ我が子なり。
是の世界に依止せり。
・
常に頭陀の事を行じて、
靜かなる處を志樂し、
大衆の憒〔け〕鬧〔ねう〕を捨てて、
所說、多きを樂はず。
・
是の如き諸子等は、
我が道法を學習して、
晝夜に常に精進す、
佛道を求むるを爲つての故に。
・
娑婆世界の、
下方の空中に在つて住す。
志念力、堅固にして、
常に智慧を勤求し、
・
種種の妙法を說いて、
其の心、畏るる所無し。
我、伽耶城、
菩提樹下に於て坐して、
・
最正覺を成ずることを得て、
無上の法輪を轉じ、
而して乃し之れを敎化して、
初めて道心を發こさしむ。
・
今、皆、不退に住せり。
悉く當に成佛することを得べし。
我、今、實語を說く。
汝等、一心に信ぜよ。
・
我、久遠より來〔このかた〕、
是れ等の衆を敎化せり。』
〇
爾の時に彌勒菩薩摩訶薩、及び無數の諸の菩薩等、心に疑惑を生じ、未曾有なりと怪んで是の念を作さく、
「云何んぞ世尊、少時の間に於て是の如き無量無邊阿僧祇の諸の大菩薩を敎化して、阿耨多羅三藐三菩提に住せしめたまへる。」即ち、佛に白して言さく、
「世尊、如來、太子爲〔た〕りし時、釋の宮を出でて、伽耶城を去ること遠からず、道場に坐して阿耨多羅三藐三菩提を成ずることを得たまへり。
是れより已來、始めて四十餘年を過ぎたり。
世尊、云何んぞ此の少時に於て大いに佛事を作したまへる。
佛の勢力を以てや、佛の功德を以てや、是の如き無量の大菩薩衆を敎化して當に阿耨多羅三藐三菩提を成ぜしめたまふ。
世尊、此の大菩薩衆は、假使ひ、人有つて千萬億劫に於て數ふとも盡くすこと能はず、其の邊りを得じ。
斯れ等は久遠より已來、無量無邊の諸佛の所に於て、諸の善根を植ゑ、菩薩の道を成就し、常に梵行を修せり。
世尊、此の如きの事は世の信じ難き所なり。
譬へば人有つて色、美しく髮、黑くして年二十五なる、百歳の人を指して、是れ我が子なりと言ひ、其の百歳の人、亦、年少を指して、是れ我が父なり、我等を生育せりと言はん、是の事、信じ難きが如し。
佛も亦、是の如し。
道を得たひてより已來、其れ實に未だ久しからず。
而るに此の大衆の諸の菩薩等は已に無量千萬億劫に於て、佛道の爲の故に勤行精進し、善く無量百千萬億の三昧に入、出、住し、大髮通を得、久しく梵行を修し、善能く次第に諸の善法を習ひ、問答に巧みに人中の寶として、一切世閒に甚だ爲れ希有なり。
今日世尊、方〔まさ〕に佛道を得たまひし時、初めて發心せしめ敎化示導して阿耨多羅三藐三菩提に向かはしめたりと云たまふ。
世尊、佛を得たまひて未だ久しからざるに、乃し能く此の大功德の事を作したまへり。
我等は復、佛の隨宜の所說、佛の所出の言、未だ曾て虛妄ならずと信じ、佛の所知は皆、悉く通達すと雖も、然も諸の新發意の菩薩は佛の滅後に於て若し是の語を聞かば、或は信受せずして法を破する罪業の因緣を起さん。
唯然、世尊、願はくは爲に解說して我等が疑ひを除きたまへ。
及び未來世の諸の善男子、此の事を聞き已りなば亦、疑ひを生ぜじ。」
〇
爾の時に彌勒菩薩、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を說いて言さく、
『佛、昔、釋種より、
出家して伽耶に近く、
菩提樹に坐したまへり、
而しより來、尚、未だ久しからず。
・
此の諸の佛子等は、
其の數、量る可からず。
久しく已に佛道を行じて、
髮通智力に住せり。
・
善く菩薩の道を學して、
世閒の法に染まらざること、
蓮華の水に在るが如し。
地より而も涌出し、
・
皆、恭敬の心を起して、
世尊の前に住せり。
是の事、思議し難し、
云何んぞ信ず可き。
・
佛の道を得たまへることは甚だ近く、
成就したまへる所は甚だ多し。
願はくは爲に衆の疑ひを除き、
實の如く分別し說きたまへ。
・
譬へば少〔わか〕く壯んなる人、
年始めて二十五なる、
人に百歳の子の、
髮、白くして面、皺めるを示して、
・
是れ等、我が所生なりといい、
子も亦、是れ父なりと說かん、
父は少くして子は老いたる、
世、擧〔こぞ〕つて信ぜざる所ならんが如し。
・
世尊も亦、是の如し。
道を得たまひてより來、甚だ近し。
是の諸の菩薩等は、
志、固くして怯弱無し。
・
無量劫より來、
而も菩薩の道を行ぜり。
難問答に巧みにして、
其の心、畏るる所無く、
・
忍辱の心、決定し、
端正にして威德有り。
十方の佛の讚めたまふ所なり。
善能く分別し說く。
・
人衆に在ることを樂はず、
常に好んで禪定に在り。
佛道を求むるを以ての故に、
下の空中に於て住せり。
・
我等は佛に從つて聞きたてまつれば、
此の事に於て疑ひ無し。
願はくは、未來の爲に、
演說して開解せしめたまへ。
・
若し此の經に於て、
疑ひを生じて信ぜざる者有らば、
即ち當に惡道に墮つべし。
願はくは今、爲に解說したまへ。
・
是の無量の菩薩をば、
云何にしてか少時に於て、
敎化し發心せしめて、
不退の地に住せしめたまへる。』
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