妙法蓮華經提婆達多品第十二
底本、「國譯大藏經、經部第一卷」(但し改行施し難読以外の傍訓省略又、一部改変)
奥書云、
大正六年六月廿三日印刷、同廿六日發行。昭和十年二月二十四日四刷發行。
發行者、國民文庫刊行會
提婆達多品第十二
爾の時に佛、諸の菩薩、及び天、人、四衆に告げたまはく、
「吾、過去無量劫の中に於て法華経を求めしに、懈倦有ること無し。
多劫の中に於て常に國王と作て、願を發こして無上菩提を求めしに、心に退轉せず。
六波羅蜜を滿足せんと欲するが爲に布施を勤行せしに、心に象馬、七珍、國城、妻子、奴婢、僕從、頭目、髓腦、身肉、手足を恡(悋)惜すること無く軀命をも惜しまざりき。
時に世の人民、壽命無量なり。
法の爲の故に國位を涓捨して、政を太子に委せ、鼓を擊ちて四方に宣令して法を求めき。
「誰か能く我が爲に大乘を說かん者なる。
吾、當に身を終はるまで供給し走使すべし。」
時に仙人有り、來つて王に白して言さく、
「我、大乘を有てり、妙法蓮華經と名づけたてまつる。
若し我に違はずんば、當に爲に宣說すべし。」
王、仙の言を聞いて歡喜踊躍し、即ち仙人に隨つて所須を供給し、果を採り、水を汲み、薪を拾ひ、食を設け、乃至、身を以て牀座と爲して、身心、倦きこと無かりき。
時に奉事すること千歳を經て、法の爲の故に精勤し給侍して、乏しき所無からしめき。」
〇
爾の時に世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を說いて言たまはく、
『我、過去の劫を念ふに、
大法を求むるを爲〔も〕つての故に、
世の國王と作ると雖も、
五欲の樂を貧らざりき。
・
鐘を椎〔つい〕いて四方に告ぐ、
「誰か大法を有たん者なる。
若し我が爲に解脫せば、
身、當に奴僕と爲るべし。」
・
時に阿私仙有り。
來つて大王に白さく、
「我、微妙の法を有てり。
世間に希有なる所なり。
・
若し能く修行せば、
吾、當に汝が爲に說くべし。」
時に王、
仙の言を聞いて、
・
心に大喜悅を生じ、
即ち仙人に隨つて、
所須を供給し、
薪、及び果〔このみ〕蓏〔くさのみ〕を採つて、
・
時に隨つて恭敬して與へき。
情に妙法を存ずるが故に、
身心、懈倦無かりき。
普く諸の衆生の爲に、
・
大法を勤求して、
亦、己が身、
及〔お〕以〔よ〕び五欲の樂の爲にせず。
故に大國の王と爲つて、
・
勤求して此の法を獲て、
遂に成佛を得ることを致せり。
今、故に汝が爲に說く。』
〇
佛、諸の比丘に告げたまはく、
「爾の時の王とは即ち我が身、是れなり。
時の仙人とは今の提婆達多、是れなり。
提婆達多の善知識に由るが故に、我をして六波羅蜜、慈悲喜捨、三十二相、八十種好、紫磨金色、十力、四無所畏、四攝法、十八不共、神通道力を具足せしむ。
等正覺を成じて廣く衆生を度すること、皆、提婆達多が善知識に因るが故なり。
諸の四衆に告ぐ、
提婆達多は、却〔さ〕つて後、無量劫を過ぎて當に成佛することを得べし。
號をば天王如來、應供、正徧知、明行足、善逝、世閒解、無上士、調御丈夫、天人師、佛、世尊と曰はん。
世界をば天道と名づけん。
時に天王佛、世に住すること二十中劫、廣く衆生の爲に妙法を說かん。
恒河沙の衆生、阿羅漢果を得、無量の衆生、緣覺の心を發こし、恒河沙の衆生、無上道の心を發こし、無生忍を得、不退轉に至らん。
時に天王佛、般涅槃の後、正法、世に住すること二十中劫、全身の舍利に七寶の塔を起て、高さ六十由旬、縱廣四十由旬ならん。
諸天、人民、悉く雜華、抹香、燒香、塗香、衣服、瓔珞、幢幡、寶蓋、伎樂、歌頌を以て、七寶の妙塔を禮拜し供養せん。
無量の衆生、阿羅漢果を得、無數の衆生、辟支佛を悟り、不可思議の衆生、菩提心を發こして不退轉に至らん。」
佛、諸の比丘に告げたまはく、
「未來世の中に如し善男子、善女人有つて、妙法華經の提婆達多品を聞いて、淨心に信敬して疑惑を生ぜざらん者は、地獄、餓鬼、畜生に墮ちずして十方の佛前に生ぜん。
所生の處には常に此の經を聞かん。
若し人、天の中に生ぜば、勝妙の樂を受け、若し佛前に在らば蓮華より化生せん。」
〇
時に下方の多寶世尊の所從の菩薩、名を智積と曰ふ。
多寶佛に白さく、
「當に本土に還りたまふべし。」
〇
釋迦牟尼佛、智積に告げて曰たまはく、
「善男子、且〔しばら〕く須臾を待て。
此に菩薩あり、文殊師利と名づく。
與に相ひ見る可し。
妙法を論說して本土に還る可し。」
〇
爾の時に文殊師利、千葉の蓮華の大きさ車輪の如くなるに坐し、俱に來れる菩薩も亦、寶蓮華に坐して、大海の娑竭羅龍宮より、自然に涌出して、虛空の中に住し、靈鷲山に詣でて蓮華より下りて、佛前に至り、頭面に二世尊の足を敬禮したてまつる。
修敬すること已〔を〕畢〔は〕つて、智積の所に往いて共に相ひ慰問して、却つて一面に坐しぬ。
〇
智積菩薩、文殊師利に問はく、
「仁、龍宮に往いて化する所の衆生、其の數、幾〔いく〕何〔ばく〕ぞ。」
〇
文殊師利の言はく、
「其の數、無量にして稱計す可からず。
口の宣ぶる所に非ず、心の測る所に非ず。
且く須臾を待て、自ら當に證有るべし。」
〇
所言、未だ竟はらざるに、無數の菩薩、寶蓮華に坐して海より涌出し、靈鷲山に詣でて虛空に住在せり。
是の諸の菩薩は皆、是れ文殊師利の化度せる所なり。
菩薩の行を具して皆、共に六波羅蜜を論說す。
本、聲聞なりし人は虛空の中に在つて聲聞の行を說く。
今、皆、大乘の空の義を修行す。
〇
文殊師利、智積に謂〔い〕つて曰はく、
「海に於て敎化すること、其の事、是の如し。」
〇
爾の時に智積菩薩、偈を以て讚めて曰はく、
『大智德、勇健にして、
無量の衆を化度せり。
今、此の諸の大會、
及び我、皆、已に見つ。
・
實相の義を演暢し、
一乘の法を開闡して、
廣く諸の群生を導いて、
速かに菩提を成ぜしむ。』
〇
文殊師利の言はく、
「我、海中に於て、唯、常に妙法華經を宣說す。」
〇
智積菩薩、文殊師利に問うて言はく、
「此の經は甚深微妙にして諸經の中の寶、世に希有なる所なり。
若し衆生の勤加精進し此の經を修行して、速かに佛を得るもの、有りや不や。」
〇
文殊師利の言はく、
「有り。
娑竭羅龍王の女〔むすめ〕、年、始めて八歳なり。
智慧利根にして、善く衆生の諸根の行業を知り、陀羅尼を得、諸佛の所說の甚深の祕藏、悉く能く受持し、深く禪定に入つて諸法を了達し、刹那の頃〔あいだ〕に於て菩提心を發こし、不退轉を得たり。
辯才無礙にして、衆生を慈念すること、猶、赤子の如し。
功德具足して、心に念ひ口に演ぶること、微妙廣大なり。
慈悲仁讓、志意和雅にして能く菩提に至れり。」
〇
智積菩薩の言はく、
「我、釋迦如來を見たてまつるに、無量劫に於て難行苦行したまひ、功を積み德を累ねて、菩薩の道を求むること、未だ曾て止息したまはず。
三千大千世界を觀るに、乃至、芥子の如き許りも是れ、菩薩にして身命を捨てたまふ所に非ざること有ること無し。
衆生の爲の故なり。
然る後に乃し菩提の道を成ずることを得たまへり。
信ぜじ、此の女の須臾の頃に於て便ち正覺を成ずることを。」
〇
言論、未だ訖らざるに、時に龍王の女、忽ちに前に現じて、頭面に禮敬したてまつり、却つて一面に住して、偈を以て讚めて曰さく、
『深く罪福の相を達して、
徧く十方を照らしたまふ、
微妙の淨き法身、
相を具せること三十二、
・
八十種好を以て、
用つて法身を莊嚴したまへり。
天、人の戴仰する所、
龍神も咸く恭敬す。
・
一切衆生の類ひ、
宗奉せざる者無し。
又、聞いて菩提を成ずること、
唯、佛のみ當に證知したまふべし。
・
我、大乘の敎を闡〔ひら〕いて、
苦の衆生を度脫せん。』
〇
爾の時に舍利弗、龍女に語つて言はく、
「汝、久しからずして無上道を得たりと謂へる、是の事、信じ難し。
所以は何。
女身は垢穢にして是れ法器に非ず。
云何んぞ能く無上菩提を得ん。
佛道は懸〔はる〕曠〔か〕なり。
無量劫を經て勤苦して行を積み、具さに諸度を修し、然る後、乃し成ず。
又、女人の身には猶、五障有り、
一には梵天王と作ることを得ず、
二には帝釋、
三には魔王、
四には轉輪聖王、
五には佛身なり。
云何んぞ女身、速かに成佛することを得ん。」
〇
爾の時に龍女、一の寶珠有り、價直三千大千世界なり。
持〔も〕以〔つ〕て佛に上〔たてま〕つる。
佛、即ち之れを受けたまふ。
〇
龍女、智積菩薩、尊者舍利弗に謂〔い〕つて言はく、
「我、寶珠を獻つる。
世尊の納受、是の事、疾しや不や。」
答えて言はく、
「はなはだ疾し。」
〇
女の言はく、
「汝が神力を以て、我が成佛を觀よ、復、此れよりも速かならん。」
〇
當時の衆會、皆、龍女の忽然の閒に變じて男子と成つて、菩薩の行を具して即ち南方、無垢世界に往いて、寶蓮華に坐して等正覺を成じ、三十二相、八十種好あつて、普く十方の一切衆生の爲に妙法を演說するを見る。
〇
爾の時に娑婆世界の菩薩、聲聞、天、龍、八部、人、非人と、皆、遙かに彼の龍女の成佛して、普く時の會の人、天の爲に法を說くを見て、心、大いに歡喜して悉く遙かに敬禮す。
無量の衆生、法を聞いて解悟し、不退轉を得、無量の衆生、道の記を受くることを得たり。
無垢世界、六反、震動す。
娑婆世界の三千の衆生、不退の地に住し、三千の衆生、菩提心を發こして授記を得たり。
智積菩薩、及び舍利弗、一切の衆會、默然として信受す。
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