妙法蓮華經見寶塔品第十一
底本、「國譯大藏經、經部第一卷」(但し改行施し難読以外の傍訓省略又、一部改変)
奥書云、
大正六年六月廿三日印刷、同廿六日發行。昭和十年二月二十四日四刷發行。
發行者、國民文庫刊行會
見寶塔品第十一
爾の時に佛前に七寶の塔有り。
高さ五百由旬、縱廣二百五十由旬なり。
地從〔よ〕り涌出して空中に住在す。
種種の寶物をもつて之れを莊校せり。
五千の欄楯あつて龕室千萬なり。
無数の幢幡、以て厳飾と爲し、寶の瓔珞を垂れ、寶鈴萬億にして其の上に懸けたり。
四面に皆、多摩羅跋栴檀の香を出して世界に充徧せり。
其の諸の幡蓋は、金、銀、瑠璃、硨磲、碼碯、眞珠、玫瑰の七寶を以て合成し、高く四天王宮に至る。
三十三天は天の曼陀羅華を雨らして寶塔に供養し、餘の諸の天、龍、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦樓羅、緊那羅、摩睺羅伽、人、非人等の千萬億の衆は、一切の華、香、瓔珞、幡蓋、伎樂を以て寶塔に供養し、恭敬し、尊重し、讚嘆したてまつる。
〇
爾の時に寶塔の中より大音聲を出して、歎〔ほ〕めて言たまはく、
「善哉、善哉、
釋迦牟尼世尊、能く平等大慧、敎菩薩法、佛所護念の妙法華經を以て大衆の爲に說きたまふ。
是の如し、是の如し。
釋迦牟尼世尊の所說の如きは皆、是れ眞實なり。」
〇
爾の時に四衆、大寶塔の空中に住在せるを見、又、塔の中より出だしたまふ所の音聲を聞いて、皆、法喜を得、未曾有なりと怪しみ、座より起つて恭敬合掌し、却ちて一面に住す。
〇
爾の時に菩薩摩訶薩有り、大樂說と名づく。
一切世閒の天、人、阿修羅等の心の所疑を知つて、佛に白して言さく、
「世尊、何の因緣を以てか、此の寶塔有つて地より涌出し、又、其の中より是の音聲を發したまふや。」
〇
爾の時に佛、大樂說菩薩に告げたまはく、
「此の寶塔の中には如來の全身在します。
乃〔ない〕往〔わう〕過去に、東方の無量千萬億阿僧祇の世界に國あり、寶淨と名づく。
彼の中に佛有〔い〕ます、號をば多寶と曰ふ。
其の佛、菩薩の道を行ぜし時、大誓願を作したまはく、
「若し我、成佛して滅度しなんの後、
十方の國土に於て法華經を說くの處有らば、
我が塔廟、是の經を聽かんが爲の故に、
其の前に涌現して、爲に證明と作つて、
讚めて善哉と言はん。」
彼の佛、成道し已つて、滅度の時に臨んで天、人、大衆の中に於て、諸の比丘に告げたまはく、
「我が滅度の後、
我が全身を供養せんと欲せん者は、
一の大塔を起つべし」と。
其の佛、神通願力を以て、十方世界の在在處處に、若し法華經を說くこと有れば、彼の寶塔、皆、其前に涌出して全身、塔の中に在しまして讚めて善哉善哉と言たまふ。
大樂說、今、多寶如來の塔は法華經を說くを聞きたまわんが故に、地より涌出して讚めて善哉善哉と言ふ。」
〇
是の時に大樂說菩薩、如來の神力を以ての故に、佛に白して言さく、
「世尊、我等、願はくは此の佛身を見たてまつらんと欲す。」
〇
佛、大樂說菩薩摩訶薩に告げたまはく、
「是の多寶佛は深重の願、有〔い〕ます。
「若し我が寶塔、法華經を聽かんが爲の故に諸佛の前に出でん時、
其れ、我が身を以て四衆に示さんと欲することあらば、
彼の佛の分身の諸佛、十方世界に在して說法したまふを、
盡く一處に還し集めて、然る後に我が身、乃し出現せんのみ。」
大樂說、我が分身の諸佛、十方世界に在しまして說法する者を、今、應に集むべし。」
〇
大樂說、佛に白して言さく、
「世尊、我等、亦、願はくは世尊の分身の諸佛を見たてまつり、禮拜し供養せんと欲す。」
〇
爾の時に佛、白毫の一光を放ちたまふに、即ち東方、五百萬億那由佗恒河沙等の國土の諸佛を見たてまつる。
彼の諸の國土は皆、頗黎を以て地と爲し、寶樹、寶衣を以て莊嚴と爲し、無數千萬億の菩薩、其の中に充滿せり。
徧く寶幔を張り、寶網上に羅〔か〕けたり。
彼の國の諸佛、大いなる妙音を以て諸法を說きたまふ。
及び無量千萬億の菩薩の、諸國に徧滿して、衆の爲に法を說くを見る。
南、西、北方、四維、上下、白毫相の光りの所照の處、亦復、是の如し。
〇
爾の時に十方の諸佛、各、諸の菩薩に告げて言たまはく、
「善男子、我、今、應に娑婆世界の釋迦牟尼佛の所に往き、幷びに多寶如來の寶塔を供養すべし。」
〇
時に娑婆世界、即ち變じて淸淨なり。
瑠璃を地と爲して寶樹莊嚴し、黃金を繩と爲して以て八道を界ひ、諸の聚落、村營、城邑、大海、江河、山川、林薮無く、大寶の香を燒き、曼陀羅華、徧く其の地に布き、寶の網幔を以て其の上に羅け覆ひ、諸の寶鈴を懸けたり。
唯、此の會の衆を留めて、諸の天、人を移して他土に置く。
是の時に諸佛、各、一りの大菩薩を將ゐて以て侍者とゐし、娑婆世界に至つて各、寶樹の下に到りたまふ。
一一の寶樹、高さ五百由旬、枝、葉、華、果、次第に莊嚴せり。
諸の寶樹下に皆、師子の座有り、高さ五由旬。
亦、大寶を以て之れを校飾せり。
爾の時に諸佛、各、此の座に於て結跏趺坐したまふ。
是の如く展轉して三千大千世界に徧滿せり。
而も釋迦牟尼佛の一方の所分の身に於て、猶〔な〕故〔ほ〕、未だ盡きず。
〇
時に釋迦牟尼佛、所分身の諸佛を容受せんと欲するが故に、八方に各、更に二百萬億那由佗の國を變じて、皆、淸淨ならしめたまふ。
地獄、餓鬼、畜生、及び阿修羅、有ること無し。
又、諸の天、人を移して他土に置く。
所化の國、亦瑠璃を以て地と爲し、寶樹、莊嚴せり。
樹の高さ五百由旬、枝、葉、華、果、次第に嚴飾せり。
樹下に皆、寶の師子の座有り、高さ五由旬。
種種の諸寶以て莊校と爲す。
亦、大海、江河、及び目眞隣陀山、摩訶目眞隣陀山、鐵圍山、大鐵圍山、須彌山等の諸の山王無く、通じて一佛國土と爲つて寶地、平正なり。
寶をもつて交露せる幔、徧く其の上に覆ひ、諸の幡蓋を懸け、大寶の香を燒き、諸天の寶華、徧く其の地に布けり。
〇
釋迦牟尼佛、諸佛の當に來り坐したまふべきが爲の故に、復、八方に於て各、二百萬億那由佗の國を變じて、皆、淸淨ならしめたまふ。
地獄、餓鬼、畜生、及び阿修羅、有ること無し。
又、諸の天、人を移して他土に置く。
所化の國、亦、瑠璃を以て地と爲し寶樹莊嚴せり。
樹の高さ五百由旬、枝、葉、華、果、次第に莊嚴せり。
樹下に皆、寶の師子の座有り、高さ五由旬。
亦、大寶を以て之れを校飾せり。
亦、大海、江河、及び目眞隣陀山、摩訶目眞隣陀山、鐵圍山、大鐵圍山、須彌山等の諸の山王無く、通じて一佛國土と爲つて寶地、平正なり。
寶をもつて交露せる幔、徧く其の上に覆ひ、諸の幡蓋を懸け、大寶の香を燒き、諸天の寶華、徧く其の地に布けり。
爾の時に東方の釋迦牟尼佛の所分の身の百千萬億那由佗恒河沙等の國土の中の諸佛、各各に說法したまへる、此に來集したまふ。
是の如く次第に十方の諸佛、皆、悉く來集して、八方に坐したまふ。
爾の時に一一の方の四百萬億那由佗の國土に、諸佛如來、其の中に徧滿したまへり。
〇
是の時に諸佛、各、寶樹下に在して師子の座に坐して、皆、侍者を遣はして釋迦牟尼佛を問訊したまふ。
各、寶華を齎らして掬くに滿てて、之れに告げて言たまはく、
「善男子、汝、耆闍崛山の釋迦牟尼佛の所に往詣して、我が辭の如くに曰せ、
「少病少惱して、氣力安樂にましますや。
及び菩薩、聲聞衆、悉く安穩なりや不や」と。
此の寶華を以て佛に散じ供養したてまつりて、是の言を作せ、
「彼の某甲の佛、此の寶塔を開かんと與欲す」と。」
諸佛、使ひを遣はしたまふに亦復、是の如し。
〇
爾の時に釈迦牟尼佛、所分身の諸佛の悉く已に來集して、各各に師子の座に坐したまふを見そなはし、皆、諸佛の同じく寶塔を開かんと與欲したまふを聞こしめして、即ち座より起つて虛空の中に住したまふ。
一切の四衆、起立し合掌し、一心に佛を觀たてまつる。
是に釋迦牟尼佛、右の指を以て七寶塔の戶を開きたまふ。
大音聲を出だすこと、關〔けん〕鑰〔やく〕を却〔さ〕けて、大城の門を開くが如し。
〇
即時に一切の衆會、皆、多寶如來の寶塔の中に於て師子の座に坐し、全身、散ぜざること禪定に入るが如くなるを見たてまつり、又、其の
「善哉、善哉、
釋迦牟尼佛、快く是の法華經を說きたまふ。
我、是の經を聽かんが爲の故に而も此に來至せり」と言たまふを聞きたてまつる。
〇
爾の時に四衆等、過去の無量千萬億劫に滅度したまへる佛の、是の如き言を說きたまふを見て、未曾有なりと嘆じ、天の寶華聚を以て多寶佛、及び釋迦牟尼佛の上に散じたてまつる。
〇
爾の時に多寶佛、寶塔の中に於て、半座を分ち、釋迦牟尼佛に與へて、是の言を作したまはく、
「釋迦牟尼佛、此の座に就きたまふ可し。」
即時に釋迦牟尼佛、其の塔の中に入り、其の半座に坐して結跏趺坐したまふ。
〇
爾の時に大衆、二如來の七寶の塔の中の師子の座の上に在して、結跏趺坐したまふを見たてまつりて、各、是の念を作さく、
「佛は高遠に坐したまへり。
惟、願はくは如來、神通力を以て我が等〔とも〕輩〔がら〕をして、俱に虛空に處〔を〕ら令〔し〕めたまへ。」
即時に釋迦牟尼佛、神通力を以て諸の大衆を接して皆、虛空に在〔お〕きたまふ。
〇
大音聲を以て普く四衆に告げたまはく、
「誰か能く此の娑婆國土に於て、廣く妙法華經を說かん。
今、正しく是れ時なり。
如來、久しからずして當に涅槃に入るべし。
佛、此の妙法華經を以て付囑して在ること有らしめんと欲す。」
〇
爾の時に世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を說いて言たまはく、
『聖主世尊、
久しく滅度したまふと雖も、
寶塔の中に在しまして、
尚、法の爲に來りたまへり。
・
諸人、云何んぞ、
勤めて法に爲〔むか〕はざらんや。
此の佛、滅度したまひて、
無央數劫なり。
・
處處に法を聽きたまふことは、
遇ひ難きを以ての故なり。
彼の佛の本願は、
我、滅度の後、
・
在在所往に、
常に法を聽かんが爲にせんとなり。
又、我が分身の、
無量の諸佛、
・
恒沙等の如き、
來つて法を聽きかんと欲し、
及び滅度の、
多寶如來を見たてまつらんと、
・
各、妙土、
及び弟子衆、
天、人、龍神、
諸の供養の事を捨てて、
・
法をして久しく住せしめんが故に、
此に來至したまへり。
諸佛を坐せしめんが爲に、
神通力を以て、
・
無量の衆を移して、
國をして淸淨ならしむ。
諸佛、各各、
寶樹の下に詣りたまふ。
・
淸淨の池の、
蓮華、莊嚴せるが如し。
・
其の寶樹の下に、
諸の師子の座にあり、
佛、其の上に坐したまひて、
光明、嚴飾したまふ。
・
夜の闇の中に、
大いなる炬火を然〔とも〕せるが如し。
身より妙香を出だして、
十方の國に徧じたまふ。
・
衆生、薰ひを蒙むりて、
喜び、自ら勝〔た〕へず。
譬へば大風の、
小樹の枝を吹くが如し。
・
是の方便を以て、
法をして久しく住せしむ。
諸の大衆に告ぐ、
我が滅度の後、
・
誰か能く斯の經を、
護持し讀み說かん。
今、佛前に於て、
自ら誓言を說け。
・
其れ、多寶佛、
久しく滅度したまふと雖も、
大誓願を以て、
而も師子吼したまふ。
・
多寶如來、
及〔お〕與〔よ〕び我が身、
集むる所の化佛、
當に此の意を知るべし。
・
諸の佛子等、
誰か能く法を護らん。
當に大願を發こして、
久しく住することを得せしむべし。
・
其れ、能く此の經法を、
護ること有らん者は、
則ち爲れ、
我、及び多寶を供養するなり。
・
此の多寶佛、
寶塔に處して、
常に十方に遊びたまふは、
此の經の爲の故なり。
・
亦復、
諸の來りたまへる化佛の、
諸の世界を、
莊嚴し光飾したまふ者を供養するなり。
・
若し此の經を說かば、
則ち爲れ、我、
多寶如來、
及び諸の化佛を見たてまつるなり。
・
諸の善男子、
各、諦らかに思惟せよ。
此れは爲れ、難事なり、
宜しく大願を發こすべし。
・
諸餘の經典、
數、恒沙の如し。
此れ等を說くと雖も、
未だ難しと爲すに足らず。
・
若し須彌を接つて、
佗(他)方の、
無數の佛土に擲〔な〕げ置かんも、
亦、未だ難しと爲さず。
・
若し足の指を以て、
大千界を動かして、
遠く佗國に擲げんも、
亦、未だ難しと爲さず。
・
若し有頂に立つて、
衆の爲に、
無量の餘經を演說せんも、
亦、未だ難しと爲さず。
・
若し佛の滅後、
惡世の中に於て、
能く此の經を說かんは、
是れ則ち難しと爲す。
・
假使ひ、人有つて、
手に虛空を把〔と〕つて、
而も以て遊行すとも、
亦、未だ難しと爲さず。
・
我が滅後に於て、
若しは自らも書き持ち、
若しは人をしても書かしめんは、
是れ則ち難しと爲す。
・
若し大地を以て、
足の甲の上に置いて、
梵天に昇らんも、
亦、未だ難しと爲さず。
・
佛の滅度の後、
惡世の中に於て、
暫くも此の經を讀まんは、
是れ則ち難しと爲す。
・
假使ひ、劫燒に、
乾ける草を擔ひ負うて、
中に入つて燒けざらんも、
亦、未だ難しと爲さず。
・
我が滅度の後に、
若し此の經を持つて、
一人の爲にも說かんは、
是れ則ち難しと爲す。
・
若し八萬四千の、
法藏、
十二部經を持つて、
人の爲に演說して、
・
諸の聽かん者をして、
六神通を得せしめん、
能く是の如くすと雖も、
亦、未だ難しと爲さず。
・
我が滅後に於て、
此の經を聽受して、
其の義趣を問はんは、
是れ則ち難しと爲す。
・
若し人、法を說いて、
千萬億、
無量無數、
恒沙の衆生をして、
・
阿羅漢を得、
六神通を具せしめん、
是の益有りと雖も、
亦、未だ難しと爲さず。
・
我が滅後に於て、
若し能く、
斯の如き經典を奉持せんは、
是れ則ち難しと爲す。
・
我、佛道の爲に、
無量の土に於て、
始より今に至るまで、
廣く諸經を說く。
・
而も其の中に於て、
此の經、第一なり。
若し能く持つこと有るは、
則ち佛身を持つなり。
・
諸の善男子、
我が滅後に於て、
誰か能く此の經を
受持し讀誦せん。
・
今、佛前に於て、
自ら誓言を說け。
此の經は持つこと難し。
若し暫くも持つ者は、
・
我、則ち歡喜す。
諸佛も亦、然なり。
是の如きの人は、
諸佛の歎めたまふ所なり。
・
是れ則ち勇猛なり、
是れ則ち精進なり、
是れを戒を持ち、
頭陀を行ずる者と名づく。
・
則ち爲れ、疾く、
無上の佛道を得るなり。
能く來世に於て、
此の經を讀み持たんは、
・
是れ眞の佛子、
淳善の地に住するなり。
佛の滅度の後に、
能く其の義を解せんは、
・
是れ諸の天、人、
世閒の眼なり。
恐畏の世に於て、
能く須臾も說かんは、
・
一切の天、人、
皆、應に供養すべし。』
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