妙法蓮華經化城喩品第七


底本、「國譯大藏經、經部第一卷」(但し改行施し難読以外の傍訓省略又、一部改変)

奥書云、

大正六年六月廿三日印刷、同廿六日發行。昭和十年二月二十四日四刷發行。

發行者、國民文庫刊行會



  化城喩品第七

佛、諸の比丘に告げたまはく、

「乃往過去無量無邊不可思議阿僧祇劫、爾の時に佛、有〔い〕ましき、大通智勝如來、應供、正徧知、明行足、善逝、世閒解、無上士、調御丈夫、天人師、佛、世尊と名づけたてまつる。

 其の國をば好成と名づけ、劫をば大相と名づけき。

 諸の比丘、彼の佛の滅度したまうてより已〔この〕來〔かた〕、甚だ大いに久遠なり。

 譬へば三千大千世界の有らゆるの地種を、假使ひ、人有つて、磨りて以て墨と爲し、東方千の國土を過ぎて、乃ち一點を下さん。

 大きさ微塵の如し。

 又、千の國土を過ぎて、復、一點を下さん。

 是の如く展轉して地種の墨を盡くさんが如き、汝等が意に於て云何、是の諸の國土をば、若しは算師、若しは算師の弟子、能く邊際を得て、其の數を知らんや不や。」

「不なり、世尊。」

「諸の比丘、是の人の經る所の國土の、若しは點ぜると點ぜざるとを、盡く抹して塵と爲して、一塵を一劫とせんに、彼の佛の滅度したまうてより已來、復、是の數に過ぎたること、無量無邊百千万億阿僧祇劫なり。

 我、如來の知見力を以ての故に、彼の久遠を觀ること猶、今日の如し。」

爾の時に世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を說いて言たまはく、

『我、過去世の、

 無量無邊劫を念ふに、

 佛兩足尊、有〔い〕ましき、

 大通智勝と名づけたてまつる。

 如〔も〕し人の力を以て、

 三千大千の土を磨して、

 此の諸の地種を盡くして、

 皆、悉く以て墨と爲して、

 千の國土を過ぎて、

 乃ち一の塵點を下し、

 是の如く展轉し點じて、

 此の諸の塵の墨を盡くさん。

 是の如き諸の國土の、

 點ぜると點ぜざる等を、

 復、盡く抹して塵と爲し、

 一塵を一劫と爲さん。

 此の諸の微塵の數よりも、

 其の劫は復、是れに過ぎん。

 彼の佛の滅度したまうてより來、

 世の如く無量劫なり。

 如來の無礙智、

 彼の佛の滅度、

 及び聲聞、菩薩を知ること、

 今の滅度を見るが如し。

 諸の比丘、當に知るべし、

 佛智は淨くして微妙に、

 無漏無所礙にして、

 無量劫を通達す。』

佛、諸の比丘に告げたまはく、

「大通智勝佛は壽ひ五百四十萬億那由他劫なり。

 其の佛、本道場に坐して、魔軍を破し已つて、阿耨多羅三藐三菩提を得たまふに垂〔なんなん〕とするに、而も諸佛の法、現在前せず。

 是の如く一小劫、乃至十小劫、結跏趺坐して身心動じたまはず。

 而も諸佛の法、猶、在前せず。

 爾の時に、忉利の諸天、先より彼の佛の爲に菩提樹の下に於て師子の座を敷けり。

 高さ一由旬なり。

 佛、此の座に於て當に阿耨多羅三藐三菩提を得たまふべしと。

 適〔はじ〕めて此の座に坐したまふ時、諸の梵天王、衆の天華を雨らすこと、面〔おもて〕ごとに百由旬なり。

 香ばしき風、時に來りて、萎める華を吹き去つて、更に新しき者を雨らす。

 是の如く絕えず十小劫を滿てて佛を供養したてまつる。

 乃至、滅度まで常に此の華を雨らしき。

 四王の諸天、佛を供養したてまつらんが爲に常に天鼓を擊つ。

 其の餘の諸天、天の伎樂を作すこと十小劫を滿〔まん〕ず。

 滅度に至るまで亦復、是の如し。

 諸の比丘、大通智勝佛十小劫を過ぎて諸佛の法、乃し現在前して、阿耨多羅三藐三菩提を成じたまひき。

 其の佛、未だ出家したまはざりし時に十六の子、有り。

 其の第一をば名を智積と曰ふ。

 諸子、各、種種の珍異玩好の具在り。

 父、阿耨多羅三藐三菩提を成ずることを得たまへりと聞いて、皆、所珍を捨てて佛所に往詣す。

 諸母、涕泣して隨つて之れを送る。

 其の祖、轉輪聖王、一百の大臣、及び餘の百千萬億の人民と與に、皆、共に圍遶して隨つて道場に至る。

 咸く大通智勝如來に親近して、供養、恭敬、尊重、讚嘆したてまつらんと欲し、到り已つて頭面に足を禮し、佛を繞りたてまつること已つて一心に合掌し、世尊を瞻仰して偈をもって頌して曰さく、

『大威德世尊、

 衆生を度せんが爲の故に、

 無量億歳に於て、

 而も乃し成佛することを得たまへり。

 諸願、已に具足したまふ、

 善哉、吉無上なり、

 世尊は甚だ希有なり、

 一たび坐したまうて十小劫、

 身體、及び手足、

 靜然として安んじて動じたまはず。

 其の心、常に憺泊にして、

 未だ曾て散亂有らず。

 究竟して永く寂滅し、

 無漏の法に安住したまへり。

 今〔い〕者〔ま〕、世尊の、

 安穩に佛道を成じたまふを見てたてまつりて、

 我等、善利を得、

 稱慶して大いに歡喜す。

 衆生は常に苦惱し、

 盲冥にして導師無し。

 苦盡の道を識らず、

 解脫を求むることを知らず、

 長夜に惡趣を增し、

 諸の天衆を減損す。

 冥きより冥きに入りて、

 永く佛の名を聞かず。

 今、佛、最上の、

 安穩無漏の法を得たまへり。

 我等、及び天、人、

 爲〔さだ〕めて最大利を得ん。

 是の故に咸く稽首して、

 無上尊に歸命したてまつる。』

 爾の時に、十六王子、偈をもつて佛を讚めたてまつることを已つて、世尊に法輪を轉じたまへと勸請し、咸く是の言を作さく、

 「世尊、法を說きたまはば、安穩ならしむる所、多からん。

  諸天、人民を憐愍し饒益したまへ。」

 重ねて偈を說いて言さく、

『世雄は等倫無し、

 百福をもつて自ら莊嚴し、

 無上の智慧を得たまへり、

 願はくは世間の爲に說いて、

 我等、及び

 諸の衆生類を度脫し、

 爲に分別し顯示して、

 是の智慧を得せしめたまへ。

 若し我等、佛を得ば、

 衆生、亦復、然かならん。

 世尊は衆生の、

 深心の所念を知り、

 亦、所行の道を知り、

 又、智慧力を知ろしめせり。

 欲樂、及び修福、

 宿命所行の業、

 世尊、悉く知ろしめし已れり、

 當に無上輪を転轉じたまふべし。』

 佛、諸の比丘に告げたまはく、

 「大通智勝佛、阿耨多羅三藐三菩提を得たまひし時、

  十方、各、五百萬億の諸佛の世界、六種に震動し、

  其の國の中間幽冥の處、日月の威光も照らすこと能はざる所、

  而も皆、大いに明かなり。

  其の中の衆生、各、相ひ見ることを得て、咸く是の言を作さく、

  「此の中、云何んぞ忽ちに衆生を生ぜるや。」

  又、其の國界の諸天の宮殿、乃至、梵宮まで六種に震動し、大光あまねく照らして、

  世界に徧滿し、諸天の光に勝れり。

  爾の時に東方五百萬億の諸の國土の中の梵天の宮殿、

  光明照曜して、常の明に倍せり。

  諸の梵天王、各、是の念を作さく、

  「今者、宮殿の光明、昔より未だ有らざる所なり。

   何の因緣を以てか、而も此の相を現ずる。」

  是の時に諸の梵天王、即ち各、相ひ詣つて、共に此の事を議る。

  時に彼の衆の中に一りの大梵天王、有り、

  救一切と名づく。

  諸の梵衆の爲に偈を說いて言はく、

『我等が諸の宮殿、

 光明、昔より未だ有らず。

 此れは是れ何の因緣ぞ、

 宜しく各、共に之れを求むべし。

 爲れ、大德の天、生ぜるや、

 佛の世閒に出でたまへるや、

 而も此の大光明は、

 徧く十方を照らせり。』

 爾の時に、五百萬億の國土の諸の梵天王、宮殿と與に俱に、各、衣祴を以て諸の天華を盛つて、共に西方に詣〔いた〕つて是の相を推尋するに、大通智勝如來の道場、菩提樹の下に處し師子座に坐したまうて、諸の天、龍王、乾闥婆、緊那羅、摩睺羅伽、人、非人等の恭敬し圍遶したてまつるを見、及び十六王子の佛に轉法輪を請じたてまつるを見る。

 即時に諸の梵天王、頭面に佛を禮し繞ること百千匝して、即ち天華を以て佛の上に散じたてまつる。

 其の所散の華、須彌山の如し。

 幷びに以て佛の菩提樹に供養す。

 其の菩提樹、高さ十由旬なり。

 華を供養すること已つて、各、宮殿を以て彼の佛に奉上して、是の言を作さく、

 「惟、我等を哀愍し饒益せられて、所獻の宮殿、願はくは納處を垂れたまへ。」

 時に處の梵天王、即ち佛前に於て一心に聲を同じうして、偈をもって頌して曰さく、

『世尊は甚だ希有なり、

 値遇したてまつること得べきこと難し。

 無量の功德を具して、

 能く一切を救護し、

 天、人の大師として、

 世閒を哀愍し、

 十方の處の衆生、

 普く皆、饒益を蒙る。

 我等、從來せる所は、

 五百萬億の國なり、

 深禪定の樂を捨てたることは、

 佛を供養したてまつらんが爲の故なり。

 我等、先世の福あつて、

 宮殿、甚だ嚴飾せり、

 今、以て世尊に奉る、

 惟、願はくは哀れんで納受したまへ。』

 爾の時に諸の梵天王、偈を以て佛を讚めたてまつること已つて、各、是の言を作さく、

 「惟、願はくは世尊、法輪を轉じて衆生を度脫し、

  涅槃の道を開きたまへ。」

 時に諸の梵天王、一心に聲を同じうして、偈を說いて言さく、

『世雄兩足尊、

 惟、願はくは法を演說し、

 大慈悲の力を以て、

 苦惱の衆生を度したまへ。』

 爾の時に大通智勝如來、默然として之れを許したまふ。

 又、諸の比丘、東南方の五百萬億の國土の諸の大梵王、各、自ら宮殿の光明の照曜して、昔より未だ有らざる所なるを見て、歡喜踊躍して希有の心を生じ、即ち各、相ひ詣つて共に此の事を議る。

 時に彼の衆の中に一りの大梵天王有り、名づけて大悲と曰ふ。

 諸の梵衆の爲に偈を說いて言はく、

『是の事、何の因緣あつて、

 此の如き相を現ずるや。

 我等が諸の宮殿、

 光明、昔より未だ有らず。

 爲れ、大德の天の生ぜるや、

 爲れ、佛の世閒に出でたまへるや。

 未だ曾て此の相を見ず、

 當に共に一心に求むべし。

 千萬億の土を過ぐとも、

 光を尋ねて共に之れを推〔た〕づねん。

 多くは是れ佛の世に出でて、

 苦の衆生を度脫したまふならん。』

 爾の時に五百萬億の諸の梵天王、宮殿と與に俱に、各、衣祴を以て諸の天華を盛りて、共に西北方に詣つて是の相を推尋するに、大通智勝如來の道場、菩提樹の下に處し、師子の座に坐して、諸の天、龍王、乾闥婆、緊那羅、摩睺羅伽、人、非人等の恭敬し圍遶したてまつるを見、及び十六王子の佛に轉法輪を請ずるを見る。

 時に諸の梵天王、頭面に佛を禮し繞ること百千匝して、即ち天華を以て仏の上に散じたてまつる。

 所散の華、須彌山の如し。

 幷びに以て佛の菩提樹を供養す。

 華を供養することを已つて、各、宮殿を以て彼の佛に奉上して、是の言を作さく、

 「惟、我等を哀愍し饒益せられて、獻つる所の宮殿、願はくは納受を垂れたまへ。」

 爾の時に諸の梵天王、即ち佛前に於て一心に聲を同じうして、偈をもって頌して曰さく、

『聖主天中天、

 迦陵頻伽の聲ましまして、

 衆生を哀愍したまふ者、

 我等、今、敬禮したてまつる。

 世尊は甚だ希有にして、

 久遠に乃し一たび現じたまふ。

 一百八十劫、

 空しく過ぎて佛、有〔い〕ますこと無し。

 三惡道、充滿し、

 諸天衆、減少せり。

 今、佛、世に出でて、

 衆生の爲に眼と作り、

 世閒の歸趣する所として、

 一切を救護し、

 衆生の父と爲つて、

 哀愍し饒益したまふ者なり。

 我等、宿福の慶びありて、

 今、世尊に値ひたてまつることを得たり。』

 爾の時に諸の梵天王、偈を以て佛を讚めたてまつること已つて、各、是の言を作さく、

 「惟、願はくは世尊、一切を哀愍して法輪を轉じ衆生を度脫したまへ。」

 時に諸の梵天王、一心に聲を同じうして、偈を說いて言さく、

『大聖法輪を轉じて、

 諸法の相を顯示し、

 苦惱の衆生を度して、

 大歡喜を得せしめたまへ。

 衆生、此の法を聞かば、

 道を得、若しは天に生じ、

 諸の惡道、減少し、

 忍善の者、增益せん。』

 爾の時に大通智勝如來、默然として之れを許したまふ。

 又、諸の比丘、南方五百萬億の國土の諸の大梵王、各、自ら宮殿の光明の照曜して、昔より未だ有らざる所なるを見て、歡喜踊躍し希有の心を生じて、即ち各、相ひ詣つて共に是の事を議る。

 「何の因緣を以て、我等が宮殿、此の光曜、有る。」

 而も彼の衆の中に一りの大梵天王あり、名を妙法と曰ふ。

 諸の梵衆の爲に偈を說いて言はく、

『我等が諸の宮殿、

 光明、甚だ威曜せり。

 此れ因緣無きに非ず、

 是の相、宜しく之れを求むべし。

 百千劫を過ぐれども、

 未だ曾て此の相を見ず。

 爲れ、大德の天の生ぜるにや、

 爲れ、佛の世閒に出でたまへるにや。』

 爾の時に五百萬億の諸の梵天王、宮殿と與に俱に、各、衣祴を以て諸の天華を盛つて、共に北方に詣つて是の相を推尋するに、大通智勝如來の道場、菩提樹の下に處し、師子座に坐したまひ、諸の天、龍王、乾闥婆、緊那羅、摩睺羅伽、人、非人等の恭敬囲遶したてまつるを見、及び十六王子の佛に轉法輪を請じたてまつるを見る。

 時に諸の梵天王、頭面に佛を禮し繞ること百千匝して、即ち天華を以て佛の上に散じたてまつる。

 散ずる所の華、須彌山の如し。

 幷びに以て佛の菩提樹に供養す。

 華を供養すること已つて、各、宮殿を以て彼の佛に奉上して、是の言を作さく、

 「惟、我等を哀愍し饒益せられて、獻つる所の宮殿、願はくは納受を垂れたまへ。」

 爾の時に諸の梵天王、即ち佛前に於て一心に聲を同じうして、偈をもって頌して曰さく、

『世尊は甚だ見たてまつること難し、

 諸の煩惱を破したまへる者なり、

 百三十劫を過ぎて、

 今、乃ち一たび見たてまつることを得。

 諸の饑渇の衆生に、

 法雨を以て充滿したまふ、

 昔より未だ曾て覩ざる所の、

 無量の智慧ましませる者、

 優曇波羅の如くなるに、

 今日、乃ち値遇したてまつる。

 我等が諸の宮殿、

 光を蒙るが故に嚴飾せり、

 世尊、大慈悲を以て、

 惟、願はくは納受を垂れたまへ。』

 爾の時に諸の梵天王、偈をもつて佛を讚めたてまつること已つて、各、是の言を作さく、

 「惟、願はくは世尊、法輪を轉じて、

  一切世間の諸の天、魔、梵、沙門、婆羅門をして皆、安穩なることを獲て、

  度脫することを得せしめたまえ。」

 時に諸の梵天王、一心に聲を同じうして、偈を以て頌して曰さく、

『惟、願はくは天人尊、

 無上の法輪を轉じ、

 大法の鼓を擊ち、

 大法の螺を吹き、

 普く大法の雨を雨らして、

 無量の衆生を度したまへ。

 我等、咸く歸請したてまつる、

 當に深遠の音を演べたまふべし。』

 爾の時に大通智勝如來、默然として之れを許したまふ。

 西南方、乃至下方も亦復、是の如し。

 爾の時に上方五百萬億の國土の諸の大梵王、皆、悉く自ら止る所の宮殿の光明、威曜ありて、昔より未だ有らざる所なるを覩て、歡喜踊躍し希有の心を生じて、即ち各、相ひ詣つて、共に此の事を議る。

 「何の因緣を以てか、我等が宮殿、斯の光明有る。」

 時に彼の衆の中に一りの大梵天王有り、名を尸棄と曰ふ。

 諸の梵衆の爲に偈を說いて言はく、

『今、何の因緣を以てか、

 我等が諸の宮殿、

 威德の光明、曜き、

 嚴飾せること未曾有なる。

 是の如きの妙相は、

 昔より未だ聞き見ざる所なり。

 爲れ、大德の天の生ぜるにや、

 佛の世間に出でたまへるにや。』

 爾の時に五百萬億の諸の梵天王、宮殿と與に俱に、各、衣祴を以て、諸の天華を盛つて、共に下方に詣つて是の相を推尋するに、大通智勝如來の道場、菩提樹の下に處し、師子の座に坐したまひ、諸の天、龍王、乾闥婆、緊那羅、摩睺羅伽、人、非人等の恭敬圍遶したてまつるを見、及び十六王子の佛に轉法輪を請じたてまつるを見る。

 時に諸の梵天王、頭面に佛を禮し繞ること百千匝して、即ち天華を以て佛の上に散じたてまつる。

 散ずる所の華、須彌山の如し。

 幷びに以て佛の菩提樹に供養す。

 華を供養すること已つて、各、宮殿を以て彼の佛に奉上して、是の言を作さく、

 「惟、我等を哀愍し饒益せられて、獻つる所の宮殿、願はくは納處を垂れたまへ。」

 時に處の梵天王、即ち佛前に於て一心に聲を同じうして、偈を以て頌して曰さく、

『善哉、諸佛、

 救世の聖尊を見たてまつる。

 能く三界の獄從〔よ〕り、

 勉めて諸の衆生を出だしたまふ。

 普智天人尊、

 羣萌類を哀愍して、

 能く甘露の門を開いて、

 廣く一切を度したまふ。

 昔の無量劫に於て、

 空しく過ぎて佛、有〔い〕ますこと無し。

 世尊、未だ出でたまはざる時は、

 十方、常に闇瞑にして、

 三惡道、增長し、

 阿修羅、亦、盛んなり。

 諸の天衆、轉〔うた〕た減じて、

 死して多く惡道に墮つ。

 佛に從つて法を聞かず、

 常に不善の事を行じ、

 色力、及び智慧、

 斯れ等、皆、減少す。

 罪業の因緣の故に、

 樂、及び樂の想ひを失ふ。

 邪見の法に住して、

 善の儀則を識らず。

 佛の所化を蒙らずして、

 常に惡道に墮つ。

 佛は爲れ、世閒の眼となり、

 久遠に時に乃し出でたまふ。

 諸の衆生を哀愍し、

 故らに世閒に現じて、

 超出して正覺を成じたまへり。

 我等、甚だ欣慶す。

 及び餘の一切の衆も、

 喜んで、未曾有なりと歎ず。

 我等が諸の宮殿、

 光を蒙るが故に嚴飾せり。

 今、以て世尊に奉る、

 惟、哀れみを垂れて納受したまへ。

 願はくは此の功德を以て、

 普く一切に及ぼして、

 我等と衆生と、

 皆、共に佛道を成ぜん。』

 爾の時に五百萬億の諸の梵天王、偈をもつて佛を讚めたてまつること已つて、各、佛に白して言さく、

 「惟、願はくは世尊、法輪を轉じたまへ。

  安穩ならしむる所、多く、度脫する所、多からん。」

 時に諸の梵天王、而も偈を說いて言さく、

『世尊、法輪を轉じ、

 甘露の法鼓を擊つて、

 苦惱の衆生を度し、

 涅槃の道を開示したまへ。

 惟、願はくは我が請を受けて、

 大微妙の音を以て、

 哀愍して、

 無量劫に習ひたまへる法を敷演したまへ。』

 爾の時に大通智勝如來、十方の諸の梵天王、及び十六王子の請を受けて、即時に三たび十二行の法輪を轉じたまふ。

 若しは沙門、婆羅門、若しは天、魔、梵、及び餘の世閒の轉ずること能はざる所なり。

 謂はゆる、

 「是れ苦、

  是れ苦の集、

  是れ苦の滅、

  是れ苦の滅する道なり。」

 及び廣く十二因緣の法を說きたまふ。

 「無明は行に緣たり、

  行は識に緣たり、

  識は名色に緣たり、

  名色は六入に緣たり、

  六入は觸に緣たり、

  觸は受に緣たり、

  受は愛に緣たり、

  愛は取に緣たり、

  取は有に緣たり、

  有は生に緣たり、

  生は老死の憂悲苦惱に緣たり。

  無明、滅すれば則ち行、滅す、

  行、滅すれば則ち識、滅す、

  識、滅すれば則ち名色、滅す、

  名色、滅すれば則ち六入、滅す、

  六入、滅すれば則ち觸、滅す、

  燭、滅すれば則ち受、滅す、

  受、滅すれば則ち愛、滅す、

  愛、滅すれば則ち取、滅す、

  取、滅すれば則ち有、滅す、

  有、滅すれば則ち生、滅す、

  生、滅すれば則ち老死の憂悲苦惱、滅す。」

 佛、天、人、大衆の中に於て、是の法を說きたまひし時、六百萬億那由佗の人、一切の法を受けざるを以ての故に、而も諸漏に於て心、解脫を得、皆、深妙の禪定、三明、六通を得、八解脫を具しぬ。

第二、第三、第四の說法の時も、千萬億恒河沙那由他等の衆生、亦、一切の法を受けざるを以ての故に、而も諸漏に於て心、解脫を得。

是れより已〔の〕後〔ち〕、諸の聲聞衆、無量無邊にして稱數す可からず。

 爾の時に十六王子、皆、童子を以て出家して沙彌と爲りぬ。

 諸根通利にして智慧明了なり。

 已に曾て百千萬億の諸佛を供養し、淨く梵行を修して、阿耨多羅三藐三菩提を求む。

 俱に佛に白して言さく、

 「世尊、是の諸の無量千萬億の大德の聲聞は、皆、已に成就しぬ。

  世尊、亦、當に我等が爲に阿耨多羅三藐三菩提の法を說きたまふべし。

  我等、聞き已つて皆、共に修學せん。

  世尊、我等は如來の知見を志願す。

  深心の所念は佛、自ら證知したまはん。」

 爾の時に轉輪聖王の將ゐたる所の衆の中の八萬億の人、十六王子の出家を見て亦、出家を求む。

 王、即ち聽〔ゆ〕許〔る〕しき。

 爾の時に彼の佛、沙彌の請を受けて、二萬劫を過ぎ已つて、乃ち四衆の中に於て是の大乘經の妙法蓮華、敎菩薩法、佛所護念と名づくるを說きたまふ。

 是の經を說きたまふことを已つて、十六の沙彌、阿耨多羅三藐三菩提の爲の故に、皆共に受持し、諷誦通利しき。

 是の經を說きたまひし時、十六の菩薩沙彌、皆、悉く信受す、聲聞衆の中にも亦、信解する者有り。

 其の餘の衆生の千萬億種なるは皆、疑惑を生じき。

 佛、是の經を說きたまふこと、八千劫に於て、未だ曾て休廢したまはず。

 此の經を說き已つて、即ち靜室に入つて禪定に住したまふこと、八万四千劫なり。

 是の時に十六の菩薩沙彌、佛の室に入りて寂然として禪定したまふを知つて、各、法座に升(昇)つて亦、八萬四千劫に於て、四部の衆の爲に廣く妙法華經を說き分別す。

 一一に皆、六百萬億那由佗恒河沙等の衆生を度し、示敎利喜して阿耨多羅三藐三菩提の心を發こさしむ。

 大通智勝佛八萬四千劫を過ぎ已つて、三昧より起つて法座に往詣し、安詳として坐して、普く大衆に告げたまわく、

 「是の十六の菩薩沙彌は甚だ爲れ、希有なり。

  諸根通利にして智慧明了なり。

  已に曾て無量千萬億數の諸佛を供養し、

  諸佛の所に於て常に梵行を修し、

  佛智を受持し、衆生に開示して其の中に入らしむ。

  汝等、皆、當に數數親近して之れを供養すべし。

  所以は何。

  若し聲聞、辟支佛、及び諸の菩薩、

  能く是の十六の菩薩の所說の經法を信じ、

  受持して毀らざらん者は、

  是の人、皆、當に阿耨多羅三藐三菩提の如來の慧を得べし。」」

佛、諸の比丘に告げたまはく、

「是の十六の菩薩は常に樂つて是の妙法蓮華經を說く。

 一一の菩薩の所化の六百萬億那由佗恒河沙等の衆生は、世世に生まるる所は菩薩と與に俱にして、其れに從つて法を聞いて、悉く皆、信解せり。

 此の因緣を以て四萬億の諸佛世尊に値ひたてまつることを得て、今に盡きず。

 諸の比丘、我、今、汝に語る、彼の佛の弟子の、十六の沙彌は今、皆、阿耨多羅三藐三菩提を得て、十方の國土に於て、現在に法を說きたまふ。

 無量百千萬億の菩薩、聲聞有つて以て眷屬と爲せり。

 其の二りの沙彌は東方にして作佛す。

 一をば阿〔あ〕閦〔ゆく〕と名づく、歡喜國に在します。

 二をば須彌頂と名づく。

 東南方に二佛あり、一をば師子音と名づけ、二をば師子相と名づく。

 南方に二佛あり、一をば虛空住と名づけ、二をば常滅と名づく。

 西南方に二佛あり、一をば帝相と名づけ、二をば梵相と名づく。

 西方に二佛あり、一をば阿彌陀と名づけ、二をば度一切世間苦惱と名づく。

 西北方に二佛あり、一をば多摩羅跋栴檀香神通と名づけ、二をば須彌相と名づく。

 北方に二佛あり、一をば雲自在と名づけ、二をば雲自在王と名づく。

 東北方の佛をば壞一切世間怖畏と名づく。

 第十六は我、釋迦牟尼佛なり。

 娑婆國土に於て阿耨多羅三藐三菩提を成ぜり。

 諸の比丘、我等、沙彌爲〔た〕りし時、各各に無量百千萬億恒河沙等の衆生を敎化せり。

 我に從つて法を聞きしは阿耨多羅三藐三菩提の爲なり。

 此の諸の衆生、今に聲聞地に住せる者あり。

 我、常に阿耨多羅三藐三菩提に敎化す。

 是の諸人等、應に是の法を以て漸く佛道に入るべし。

 所以は何。

 如來の智慧は信じ難く解し難ければなり。

 爾の時の所化の無量恒河沙等の衆生は、汝等、諸の比丘、及び我が滅度の後の未來世の中の、聲聞の弟子、是れなり。

 我が滅度の後、復、弟子有つて是の經を聞かず、菩薩の所行を知らず、覺らず、自ら所得の功德に於て、滅度の想ひを生じて當に涅槃に入るべし。

 我、餘國に於て作佛して更に異名有らん。

 是の人、滅度の想ひを生じ涅槃に入ると雖も、而も彼の土に於て佛の智慧を求めて、是の經を聞くことを得ん。

 唯、佛乘を以て滅度を得、更に餘乘無し。

 諸の如來の方便の說法をば除く。

 諸の比丘、若し如來、自ら涅槃時到り、衆、又淸淨に、信解堅固にして空法を了達し、深く禪定に入れりと知りぬれば、便ち諸の菩薩、及び聲聞衆を集めて、爲に是の經を說く。

 世閒に二乘として滅度を得ること有ること無し。

 唯、一佛乘をもつて滅度を得るのみ。

 比丘、當に知るべし、如來の方便は深く衆生の性に入る。

 其の小法を志樂し深く五欲に著するを知つて、是れ等の爲の故に涅槃を說く。

 是の人、若し聞かば、則〔すな〕便〔は〕ち信受す。

 譬へば五百由旬の險難惡道の曠〔はる〕かに絕えて人無き、怖畏の處あらん。

 若し多くの衆有りて、此の道を過ぎて珍寶の處に至らんと欲せんに、一りの導師有り。

 聡慧明達にして、善く險道の通塞の相を知れり。

 衆人を將導して此の難を過ぎんと欲す。

 將ゐる所の人衆、中路に懈退して、導師に白して言さく、

 「我等、疲極にして復、怖畏す。

  復、進むこと能はず。

  前路、猶、遠し、

  今、退き還らんと欲す」と。

 導師、諸の方便多くして、是の念を作さく、

 「此れ等、愍れむ可し。

  云何んぞ大珍寶を捨てて、退き還らんと欲するや。」

 是の念を作し已つて、方便力を以て、險道の中に於て三百由旬を過ぎて、一城を化作す。

 衆人に告げて言はく、

 「汝等、怖るること勿れ。

  退き還ること得ること莫かれ。

  今、此の大城の中に於て、止まつて意の所作に隨ふ可し。

  若し是の城に入りなば、快く安穩なることを得ん。

  若し能く前(進)んで寶所に至らば、亦、去ることを得〔う〕可〔べ〕し。」

 是の時に疲極の衆、心、大いに歡喜して未曾有なりと嘆ず。

 「我等、今者、斯の惡道を免れて、快く安穩なることを得つ」と。

 是に衆人、前んで化城に入つて、已度の想ひを生じ安穩の想ひを生ず。

 爾の時に導師、此の人衆の已に止息することを得て、復、疲倦無きを知つて、即ち化城を滅して、衆人に語つて、

 「汝等、去〔い〕來〔ざ〕や、寶所は近きに在り。

  向〔さ〕きの大城は我が化作する所なり、

  止息の爲ならくのみ」と言はんが如し。

 諸の比丘、如來も亦復、是の如し。

 今、汝等が爲に大導師と作りて、諸の生死、煩惱の惡道、險難長遠にして去るべく度すべきを知れり。

 若し衆生、但、一佛乘を聞かば、即ち佛を見んと欲せず、親近せんと欲せじ。

 便ち是の念を作さく、

 「佛道は長遠なり。

  久しく勤苦を受けて乃し成ずることを得可し」と。

 佛、是の心の怯弱下劣なるを知つて、方便力を以て、中道に於て止息せんが爲の故に二涅槃を說く。

 若し衆生、二地に住すれば、如來、爾の時に即〔すな〕便〔は〕ち爲に說く、

 「汝等は所作、未だ辨ぜず。

  汝が所住の地は佛慧に近し。

  當に觀察し籌量すべし。

  所得の涅槃は眞實に非ず、

  但、是れ如來、方便の力をもつて一佛乘に於て分別して三と說く。」

 彼の導師の止息せしめんが爲の故に大城を化作し、既に息み已んぬと知つて、之れに告げて、

 「寶處は近きに在り、

  此の城は實に非ず、

  我が化作ならくのみ」と言はんが如し。」

爾の時に世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を說いて言たまはく、

『大通智勝佛、

 十劫道場に坐して、

 佛法、現前せず、

 佛道を成ずることを得たまわず。

 諸の天神、龍王、

 阿修羅衆等、

 常に天華を雨らして、

 以て彼の佛に供養したてまつる。

 諸天、天鼓を擊ち、

 幷びに諸の伎樂を作し、

 香風、萎める華を吹いて、

 更に新しき好き者を雨らす。

 十小劫を過ぎ已つて、

 乃し佛道を成ずることを得たまへり。

 諸天、及び世人、

 心に皆、踊躍を懷く。

 彼の佛の十六の子、

 皆、其の眷屬、

 千萬億の圍遶せると與に、

 俱に佛の所に行き至り、

 頭面に佛足を禮して、

 轉法輪を請ず。

 「聖師子、法雨をもつて、

  我、及び一切に充てたまへ。」

 世尊は甚だ値ひたてまつること難し、

 久遠に時に一たび現じ、

 羣生を覺悟せんが爲に、

 一切を震動したまふ。

 東方の諸の世界、

 五百萬億國の、

 梵の宮殿の光曜、

 昔より未だ曾て有らざる所なり。

 諸梵、此の相を見て、

 尋〔つい〕で佛所に來至し、

 華を散じて以て供養したてまつり、

 幷びに宮殿を奉上し、

 佛に轉法輪を請じ、

 偈を以て讚嘆したてまつる。

 佛は時、未だ至らずと知ろしめして、

 請を受けて默然として坐したまへり。

 三方、及び四維、

 上下、亦復、爾〔し〕かなり。

 華を散じ宮殿を奉り、

 佛に轉法輪を請じたてまつる。

 「世尊は甚だ値ひたてまつること難し、

  願はくは大慈悲を以て、

  廣く甘露の門を開き、

  無上の法輪を轉じたまへ。」

 無量慧の世尊、

 彼の衆人の請を受けて、

 爲に種種の法、

 四諦、十二緣を宣べたまふ。

 「無明より老死に至るまで、

  皆、生緣にゆつて有り。

  是の如き諸の過患、

  汝等、當に知るべし。」

 是の法を宣暢したまふ時、

 六百萬億姟〔がい〕、

 諸苦の際を盡くすを得て、

 皆、阿羅漢と成る。

 第二の說法の時、

 千萬恒沙の衆、

 諸法に於て受けずして、

 亦、阿羅漢を得。

 是れより後の得度、

 其の數、量り有ること無し。

 萬億劫に算數すとも、

 其の邊を得ること能はじ。

 時に十六王子、

 出家し沙彌と作り、

 皆共に彼の佛に、

 「大乘の法を演說したまへ」と請ず。

 「我等、及び營從、

  皆、當に佛道を成ずべし。

  願はくは世尊の如く、

  慧眼第一淨なることを得ん。」

 佛、童子の心、

 宿世の所行を知ろしめして、

 無量の因緣、

 種種の諸の譬喩を以て、

 六波羅蜜、

 及び諸の神通の事を說き、

 眞實の法、

 菩薩所行の道を分別して、

 是の法華經の、

 恒河沙の如き偈を說きたまひき。

 彼の佛、經を說きたまひ已つて、

 靜室にして禪定に入り、

 一心にして一處に坐したまふこと、

 八萬四千劫なり。

 是の諸の沙彌等、

 佛の禪より未だ出でたまはざるを知つて、

 無量億衆の爲に、

 佛の無上慧を說く。

 各各に法座に坐して、

 是の大乘經を說き、

 佛の宴寂の後に於て、

 宣揚して法化を助く。

 一一の沙彌等の、

 度する所の諸の衆生、

 六百萬億、

 恒河沙等の衆有り。

 彼の佛の滅度の後、

 是の諸の法を聞ける者、

 在在の諸佛の土に、

 常に師と與に俱に生ず。

 是の十六の沙彌、

 具足して佛道を行じて、

 今、現に十方に在りて、

 各、正覺を成ずることを得たまへり。

 爾の時の法を聞ける者、

 各、諸佛の所に在り。

 其の聲聞に住すること有るは、

 漸く敎ふるに佛道を以てす。

 我れ十六の數に在りて、

 曾て亦、汝が爲に說く。

 是の故に方便を以て、

 汝を引いて佛慧に趣かしむ。

 是の本の因緣を以て、

 今、法華經を說いて、

 汝をして佛道に入らしむ。

 愼んで、驚懼を懷くこと勿れ。

 譬へば險惡道の、

 迥〔はる〕かに絕えて毒獸、多く、

 又復、水草無く、

 人の怖畏する所の處あらん。

 無數千萬の衆、

 此の險道を過ぎんと欲す。

 其の路、甚だ曠遠にして、

 五百由旬を經。

 時に一りの導師有り、

 强識にして智慧有り。

 明了にして心、決定せり。

 險に在りて衆難を濟ふ。

 衆人、皆、疲倦して、

 導師に白して言さく、

 「我等、今、頓乏せり。

  此れより退き還らんと欲す」と。

 導師、是の念を作さく、

 「此の輩、甚だ愍れむべし。

  如何んぞ退き還つて、

  大珍寶を失はんと欲する。」

 尋いで時に方便を思はく、

 「當に神通力を設くべし」と。

 大城郭を化作して、

 諸の舍宅を莊嚴す。

 周匝して園林、

 渠流、及び浴池、

 重門、高樓閣有つて、

 男女、皆、充滿せり。

 即ち是の化を作し已つて、

 衆を慰めて言はく、

 「懼るること勿れ。

  汝等、此‘の城に入りなば、(原作を今意改)

  各、所樂に隨ふ可し。」

 諸人、既に城に入りて、

 心、皆、大いに歡喜し、

 皆、安穩の想ひを生じ、

 自ら已に度することを得つと謂〔おも〕へり。

 導師、息み已んぬと知つて、

 衆を集めて告げて、

 「汝等、當に前〔す〕進〔す〕むべし、

  此は是れ化城ならくのみ。

  我、汝が疲極して、

  中路に退き還らんと欲するを見る。

  故に方便力を以て、

  權〔かり〕に此の城を化作せり。

  汝、今、勤め精進して、

  當に共に寶所に至るべし」と言はんが如し。

 我も亦復、是の如し、

 是れ一切の導師なり。

 諸の道を求むる者、

 中路にして懈廢し、

 生死、煩惱の諸の險道を、

 度すること能はざるを見る。

 故に方便力を以て、

 息すめんが爲に涅槃を說いて、

 「汝等の苦、滅し、

  所作、皆、已に辨ぜり」と言ふ。

 既に涅槃に到り、

 皆、阿羅漢を得たりと知つて、

 爾〔しか〕して乃し大衆を集めて、

 爲に眞實の法を說く。

 諸佛は方便力をもつて、

 分別して三乘を說きたまふ。

 唯、一佛乘のみ有り、

 息處の故に二を說く。

 今、汝が爲に實を說く、

 汝が得る所は滅に非ず、

 佛の一切智の爲に、

 當に大精進を發こすべし。

 汝、一切智、

 十力等の佛法を證し、

 三十二相を具しなば、

 乃ち是れ眞實の滅ならん。

 諸佛の導師は、

 息めんが爲に涅槃を說きたまふ。

 既に是れ息み已んぬと知れば、

 佛慧に引入したまふ。』









Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

0コメント

  • 1000 / 1000