妙法蓮華經藥草喩品第五
底本、「國譯大藏經、經部第一卷」(但し改行施し難読以外の傍訓省略又、一部改変)
奥書云、
大正六年六月廿三日印刷、同廿六日發行。昭和十年二月二十四日四刷發行。
發行者、國民文庫刊行會
卷の第三
藥草喩品第五
爾の時に世尊、摩訶迦葉、及び諸の大弟子に告げたまはく、
「善哉、善哉。
迦葉、善く如來の眞實の功德を說く。
誠に所言の如し。
如來、復、無量無邊阿僧祇の功德有り。
汝等、若し無量億劫に於て說くとも盡くすこと能はじ。
迦葉、當に知るべし、如來は是れ諸法の王なり。
若し所說あるは皆、虛しからず。
一切の法に於て、智の方便を以て之れを演說す。
其の所說の法は、皆、悉く一切智地に到らしむ。
如來は一切諸法の歸趣する所を觀知し、亦、一切衆生の深心の所行を知つて、通達無礙なり。
又、諸法に於て究盡明了にして、諸の衆生に一切の智慧を示す。
迦葉、譬へば三千大千世界の山川、溪谷の土地に生ひたる所の卉木、叢林、及び諸の藥草、種類若干にして名色、各、異り、密雲彌布して徧(遍)く三千大千世界に覆ひ、一時に等しく灌ぐ。
其の澤(沾)ひ普く卉木、叢林、及び諸の藥草の小根、小莖、小枝、小葉、中根、中莖、中枝、中葉、大根、大莖、大枝、大葉に洽ふ。
諸樹の大小、上中下に隨つて各、受くる所有り。
一雲の雨らす所、其の種性に稱〔かな〕つて生長することを得て、華果、敷〔ひら〕け實る。
一地の所生、一雨の所潤なりと雖も、而も諸の草木、各、差別有るが如し。
迦葉、當に知るべし、如來も亦復、是の如し。
世に出現すること大雲の起こるが如く、大音聲を以て普く世界の天、人、阿修羅に徧ぜること、彼の大雲の徧く三千大千國土に覆ふが如し。
大衆の中に於て是の言を唱ふ、
「我は是れ如來、應供、正徧知、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、佛、世尊なり。
未だ度せざる者は度せしめ、未だ解せざる者は解せしめ、未だ安ぜざる者は安ぜしめ、未だ涅槃せざる者は涅槃を得せしむ。
今世、後世、實の如く之れを知る。
我は是れ一切知者、一切見者、知道者、開道者、設道者なり。
汝等、天、人、阿修羅衆、皆、應に此に到るべし。
法を聽かんが爲の故なり。」
爾の時に無數千萬億種の衆生、佛所に來至して法を聽く。
如來、時に是の衆生の諸根の利鈍、精進、懈怠を觀じて、其の堪ふる所に隨つて、爲に法を說くこと種種無量にして、皆、歡喜し快く善利を得せしむ。
此の諸の衆生、是の法を聞き已つて、現世安穩にして後に善處に生じ、道をもって樂を受け、亦、法を聞くことを得。
既に法を聞き已つて、諸の障礙を離れ、諸法の中に於て力の能ふる所に任せて、漸く道に入ることを得。
彼の大雲の一切の卉木、叢林、及び諸の藥草に雨るに、其の種性の如く具足して潤ひを蒙り、各、生長することを得るが如し。
如來の說法は一相一味なり。
謂はゆる解脫相、離相、滅相なり。
究竟して一切種智に至る。
其れ衆生有て如來の法を聞いて、若しは持ち讀誦し、說の如く修行せんに、得る所の功德、自ら覺知せず。
所以は何。
唯、如來のみ有つて、此の衆生の種、相、體、性、何の事を念じ、何の事を思し、何の事を修し、云何に念じ、云何に思し、云何に修し、何の法を以て念じ、何の法を以て思し、何の法を以て修し、何の法を以て何の法を得るといふことを知れり。
衆生の種種の地に住せるを、唯、如來のみ有つて如實に之れを見て、明了無礙なり。
彼の卉木、叢林、諸の藥草等の、而も自ら上中下の性を知らざるが如し。
如來は是れ一相一味の法なりと知れり。
所謂、解脫相、離相、滅相、究竟涅槃、常寂滅相にして終に空に歸す。
佛、是れを知り已れども、衆生の心欲を觀じて而も之れを將護す。
是の故に即ち爲に一切種智を說かず。
汝等、迦葉、甚だ爲れ希有なり。
能く如來の隨宜の說法を知つて、能く信じ能く受く。
所以は何。
諸佛世尊の隨宜の說法は、解り難く知り難ければなり。」
〇
爾の時に世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を說いて言たまはく、
『有を破する法王、
世間に出現して、
衆生の欲に隨つて、
種種に法を說く。
・
如來は尊重にして、
智慧深遠なり。
久しく此の要を默して、
務〔いそ〕いで速かに說かず。
・
智有るは若し聞いて、
則ち能く信解し、
智無きは疑悔して、
則ち永く失ふべし。
・
是の故に迦葉、
力に隨つて爲に說いて、
種種の緣を以て、
正見を得せしむ。
・
迦葉、當に知るべし、
譬へば大雲の、
世間に起こつて、
徧く一切を覆ふに、
・
慧雲、潤ひを含み、
電光、晃り曜き、
雷聲、遠く震ひて、
衆をして越豫せしめ、
・
日光、掩ひ蔽(隱)して、
地の上、淸涼に、
靉靆、垂布して、
承攬す可きが如し。
・
其の雨、普等にして、
四方俱に下り、
流〔る〕澍〔じゆ〕すること無量にして、
率土、充ち洽ふ。
・
山川、險谷の、
幽邃に生ひたる所の、
卉木、藥草、
大小の諸樹、
・
百穀苗稼、
甘蔗、葡萄、
雨の潤す所、
豐かにして足らざること無し。
・
乾地、普く洽ひ、
藥木、並びに茂り、
其の雲より出づる所の、
一味の水に、
・
草、木、叢林、
分に隨つて潤ひを受く。
一切の諸樹、
上中下、等しく、
・
其の大小に稱〔かな〕つて、
各、生長することを得。
根、莖、枝、葉、
華、果、光、色、
・
一雨の及ぼす所、
皆、鮮澤することを得。
其の體相、
性の大小に分れたるが如く、
・
潤す所、是れ一なれども、
而も各、滋茂るが如し。
佛も亦、是の如し、
世に出現すること、
・
譬へば大雲の、
普く一切に覆ふが如し。
既に世に出でぬれば、
諸の衆生の爲に、
・
諸法の實を、
分別し演說す。
大聖世尊、
諸の天、人、
・
一切衆の中に於て、
而も是の言を宣〔の〕ぶ、
「我は爲れ如來、
兩足の尊なり。
・
世間に出づること、
猶大雲の如し。
一切の、
枯槁の衆生に充潤して、
・
皆、苦を離れ、
安穩の樂、
世間の樂、
及び涅槃の樂を得せしむ。
・
諸の天、人衆、
一心に善く聽け。
皆、此に到りて、
無上尊を覲(見)るべし。
・
我は爲れ、世尊なり。
能く及ぶ者無し。
衆生を安穩ならしめんとして、
故〔ことさら〕に世に現じて、
・
大衆の爲に、
甘露の淨法を說く。
其の法は一味にして、
解脫、涅槃なり。
・
一の妙音を以て、
斯の義を演暢す。
常に大衆の爲に、
而も因緣を作す。
・
我、一切を觀ずるに
普く皆、平等なり。
彼此、
愛憎の心、有ること無し。
・
我、貪著無く、
亦、限礙無し。
恒に一切の爲に、
平等に法を說く。
・
一人の爲にするが如く、
衆多も亦、然かなり。
常に法を演說して、
曾て他事無し。
・
去來、坐立、
終に疲厭せず。
世間に充足すること、
雨の普く潤すが如し。
・
貴賤、上下、
持戒、毀戒、
威儀具足せる、
及び具足せざる、
・
正見、邪見、
利根、鈍根に、
等しく法雨を雨らして、
而も懈倦無し。
・
一切衆生の、
我が法を聞く者は、
力の受くる所に隨つて、
諸の地に住す。
・
或は人、天、
轉輪聖王、
釋、梵諸王に處するは、
是れ小の藥草なり。
・
無漏の法を知つて、
能く涅槃を得、
六神通を起こし、
及び三明を得、
・
獨り山林に處し、
常に禪定を行じて、
緣覺の證を得るは、
是れ中の藥草なり。
・
世尊の處を求めて、
我、當に作佛すべしと、
精進、定を行ずるは、
是れ上の藥草なり。
・
又、諸の佛子、
心を佛道に專らにして、
常に慈悲を行じ、
自ら作佛せんこと、
・
決定して疑ひ無しと知る、
是れを小樹と名づく。
神通に安住して、
不退の輪を轉じ、
・
無量億百千の、
衆生を度する、
是の如き菩薩を、
名づけて大樹と爲す。
・
佛の平等の說は、
一味の雨の如し。
衆生の性に隨つて、
受くる所、同じからず。
・
彼の草木の、
稟〔う〕くる所、各、異るが如し。
佛、此の喩へを以て、
方便して開示し、
・
種種の言辭をもつて、
一法を演說すれども、
佛の智慧に於ては、
海の一滴の如し。
・
我、法雨を雨らして、
世間に充滿す。
一味の法を、
力に隨つて修行すること、
・
彼の叢林、
藥草、諸樹、
其の大小に隨つて、
漸く增茂して好〔よ〕きが如し。
・
諸佛の法は、
常に一味を以て、
諸の世間をして、
普く具足することを得、
・
漸次に修行して、
皆、道果を得せしめたまふ。
聲聞、緣覺の、
山林に處し、
・
最後身に住して、
法を聞いて果を得る、
是れを藥草の、
各、增長することを得と名づく。
・
若し諸の菩薩、
智慧堅固にして、
三界を了達し、
最上乘を求むる、
・
是れを小樹の、
而も增長することを得と名づく。
復、禪に住して、
神通力を得、
・
諸法空を聞いて、
心、大いに歡喜し、
無數の光を放つて、
諸の衆生を度すること有る、
・
是れを大樹の、
增長することを得と名づく。」
是の如く迦葉、
佛の所說の法は、
・
譬へば大雲の、
一味の雨を以て、
人華を潤して、
各、實成ることを得せしむるが如し。
・
迦葉、當に知るべし、
諸の因緣、
種種の譬喩を以て、
佛道を開示す、
・
是れ我が方便なり。
諸佛も亦、然かなり。
今、汝等が爲に、
最實事を說く、
・
諸の聲聞衆は、
皆、滅度せるに非ず。
汝等が所行は、
是れ菩薩の道なり。
・
漸漸に修學して、
悉く當に成佛すべし。』
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