妙法蓮華經信解品第四
底本、「國譯大藏經、經部第一卷」(但し改行施し難読以外の傍訓省略又、一部改変)
奥書云、
大正六年六月廿三日印刷、同廿六日發行。昭和十年二月二十四日四刷發行。
發行者、國民文庫刊行會
信解品第四
爾の時に慧命須菩提、
摩訶迦旃延、摩訶迦葉、摩訶目犍連、佛に從ひたてまつりて聞ける所の未曾有の法と、世尊の舍利弗に阿耨多羅三藐三菩提の記を授けたまふとに、希有の心を發こし、歡喜踊躍す。
即ち座從〔よ〕り起つて衣服を整へ、偏へに右の肩を袒〔あらは〕にし、右の膝を地に著け、一心に合掌し、曲躬恭敬し、尊顔を瞻仰して佛に白して言さく、
「我等、僧の首〔はじ〕めに居し、年並びに朽邁せり。
自ら已に涅槃を得て堪忍する所無しと謂〔おも〕うて、復、阿耨多羅三藐三菩提を進み求めず。
世尊、往昔の說法、既に久し。
我、時に座に在りて、身體疲懈し、但、空、無相、無作を念じて、菩薩の法の神通に遊戲し、佛國土を淨め、衆生を成就するに於て、心、喜樂せざりき。
所以は何。
世尊、我等をして三界を出で、涅槃の證を得せしめたまへり。
又、今、我等、年已に朽邁して佛の菩薩を敎化したまふ阿耨多羅三藐三菩提に於て、一念の好樂の心を生ぜざりき。
我等、今、佛前に於て、聲聞に阿耨多羅三藐三菩提の記を授けたまふを聞いて、心、甚だ歡喜し、未曾有なることを得たり。
謂はざりき、今、忽然に希有の法を聞くことを得んとは。
深く自ら慶幸す、大善利を獲たりと。
無量の珍寶、求めざるに自から得たり。
世尊、我等、今、樂はくは譬喩を說いて、以て斯の義を明かさん。
〇
譬へば、人有つて、年既に幼稚にして、父を捨てて逃逝し、久しく他國に住して、或は十・二十より五十歳に至る。
年、既に長大して加〔ますま〕す復、窮困し、四方に馳〔く〕騁〔びやう〕して以て衣食を求め、漸漸に遊行して遇〔たまた〕ま本國に向ひぬ。
其の父、先より來〔このかた〕、子を求むるに得ずして一城に中止す。
其の家、大いに富んで財寶無量なり。
金銀、瑠璃、珊瑚、琥珀、頗黎珠等、其の諸の倉庫に悉く、皆、盈溢せり。
多く僮僕、臣佐、吏民有つて、象、馬、車乘、午、羊無數なり。
出入息利すること乃ち他國に徧〔あまね〕し。
商估、賈客、亦、甚だ衆多なり。
時に貧窮の子、諸の聚落に遊び、國邑に經歷して、遂に其の父の所止の城に到りぬ。
父、每(常)に子を念ふ。
子と離別して五十餘年、而も未だ曾て人に向つて、此の如き事を說かず。
但、自ら思惟して心に悔恨を懷く。
自ら念はく、
「老朽して多く財物あり。
金銀珍寶、倉庫に盈溢すれども、子息有ること無し。
一旦に終沒しなば、財物、散失して委付する所、無けん。」
是を以て慇懃に每に其の子を憶ふ。
復、是の念を作さく、
「我、若し子を得て財物を委付せば、坦然快樂にして、復、憂慮無けん。」
世尊、爾の時に窮子、傭賃展轉して父の舍に遇ま到りぬ。
門の側〔ほとり〕に住立して、遙かに其の父を見れば、師子の牀〔ゆか〕に踞して寶几足を承〔う〕け、諸の婆羅門、刹利、居士、皆、恭敬し圍遶せり。
眞珠瓔珞の價直千萬なるを以て其の身を莊嚴し、吏民、僮僕、手に白拂を執つて左右に侍立せり。
覆ふに寶帳を以てし、諸の華旛を垂れ、香水を地に灑ぎ、諸の名華を散じ、寶物を羅列して出内取與す。
是の如き等の種種の嚴飾有つて威德特尊なり。
窮子、父の大力勢有るを見て、即ち恐怖を懷いて、此に來至せることを悔ゆ。
竊かに是の念を作さく、
「此れ、或は是れ王か、
或は是れ王と等しきか。
我が傭力して物を得べきの處に非ず。
如かじ貧里に往至して、肆力に地、有つて衣食、得易からんには。
若し久しく此に住せば、或は逼迫せられ、
强ひて我をして作さしめん。」
是の念を作し已つて、疾く走つて去りぬ。
時に富める長者、師子の座に於て、子を見て便ち識りぬ。
心、大いに歡喜して、即ち是の念を作さく、
「我が財物、庫藏、今、付する所有り。
我、常に此の子を思念するに、之れを見るに由、無し。
而るを忽ちに自ら來れり。
甚だ我が願ひに適へり。
我、年朽ちたりと雖も、猶、貪惜す。」
即ち傍人を遣はして、急に追うて將ゐて還らしむ。
爾の時に使者、疾く走り往(行)いて捉らふ。
窮子、驚愕して、「怨〔あだ〕なり」と稱して大いに喚ばふ、
「我、相ひ犯さず。
何ぞ捉らへらるることを爲〔う〕る。」
使者、之れを執らふること、逾〔いよいよ〕急に、强ひて牽〔ひ〕將〔き〕ゐて還る。
時に窮子、自ら念はく、
「罪、無くして囚〔と〕執〔ら〕へらる。
此れ必定して死なん」と。
轉〔うた〕た更に惶怖し、悶絶して地に躄〔たふ〕る。
父、遙かに之れを見て使ひに語つて言はく、
「此の人を須〔もち〕ひじ。
强ひて將ゐて來ること勿れ。
冷水を以て面てに灑いで醒悟することを得せ令めよ。
復、與に語ること莫かれ」と。
所以は何。
父、其の子の志意下劣なるを知り、自ら豪貴にして子の爲に難からるるを知つて、審〔あきら〕かに是れ子なりと知れども、而も方便を以て‘他人に語つて、是れ我が子なりと云はず。(他字原作佗字今意改)
使者、之れに語らく、
「我、今、汝を放〔ゆ〕るす。
意の所趣に隨へ」と。
窮子、歡喜して未曾有なることを得て、地從り起つて貧里に往至して、以て衣食を求む。
爾の時に長者、將〔まさ〕に其の子を誘引せんと欲して、方便を設けて密かに二人の形色憔悴して威德無き者を遣はす。
「汝、彼〔かしこ〕に詣〔いた〕りて徐〔やうや〕く窮子に語るべし、
「此に作處有り、
倍〔ま〕して汝に直〔あたひ〕を與へん」と。
窮子、若し許さば、將ゐて來りて作さ使〔し〕めよ。
若し何の所作をか欲すると言はば、便ち之れに語るべし、
「汝を雇ふことは、糞を除〔は〕らはしめんとなり。
我等、二人、亦、汝と共に作さん」と。」
時に二りの使ひ、人、即ち窮子を求むるに、既に已に之れを得て具〔つぶ〕さに上の事を陳〔の〕ぶ。
爾の時に窮子、先づ其の價ひを取つて、尋〔つ〕いで與に糞〔あくた〕を除らふ。
其の父、子を見て愍れんで之れを怪しむ。
又、他日を以て、窗牖の中より遙かに子の身を見れば、羸痩憔悴して、糞土塵〔ぢん〕坌〔ぼん〕、汚穢不淨なり。
即ち瓔珞、細軟の上服、嚴飾の具を脫いで、更に麁弊垢膩の衣を著、塵土に身を坌〔けが〕し、右の手に除糞の器を執持して、畏るる所有るに狀(似)たり。
諸の作人に語らく、
「汝等、勤作して懈息すること得ること勿れ」と。
方便を以ての故に其の子に近づくことを得たり。
後に復、告げて言はく、
「咄〔つたな〕や男子、
汝、常に此〔ここ〕にして作せ、
復、餘〔ほか〕に去ること勿れ。
當に汝に價ひを加ふべし。
諸の所須有る盆器、米麺、鹽酢の屬ひあり、
自ら疑ひ難(憚)ること勿れ。
亦、老弊の使ひ人あり、
須〔もち〕ゐば相ひ給はん。
好く自ら意を安うせよ。
我は汝が父のごとし、
復、憂慮すること勿れ。
所以は何。
我、年、老大にして汝は小壯なり。
汝、常に作さん時、欺怠、瞋恨、怨言有ること無かれ。
都て汝が此の諸惡有らんを、餘の作人の如くに見じ。
今より已後、所生の子の如くせん。」
即時に長者、更に與〔た〕めに字を作つて、之れを名づけて兒と爲す。
爾の時に窮子、此の遇を欣ぶと雖も、猶〔な〕故〔ほ〕、自ら客作の賤人なりと謂〔おも〕へり。
是れに由るが故に、二十年の中に於て、常に糞を除らはしむ。
是れを過ぎて已後、心、相ひ體信して入出に難(憚)り無し。
然れども其の所止は猶、本處に在り。
世尊、爾の時に長者、疾ひ有つて、自ら將に死せんこと久しからじと知つて、窮子に語つて言はく、
「我、今、多く金銀珍寶有つて倉庫に盈溢せり。
其の中の多少、取與す應〔べ〕き所は、汝、悉く之れを知れ。
我が心、是の如し。
當に此の意を體〔さと〕るべし。
所以は何。
今、我と汝と便ち爲れ異ならず。
宜しく用心を加へて、漏失せしむること無かるべし。」
爾の時に窮子、即ち敎勅を受けて、衆物の金銀珍寶、及び諸の庫藏を領知すれども、而も一餐を希取するの意、無し。
然れども其の所止は故〔な〕ほ、本處に在りて、下劣の心、亦、未だ捨つること能はず。
復、少時を經て、父、子の意、漸くすでに通泰して、大志を成就し、自ら先きの心を鄙〔いやし〕んずと知つて、終はらんと欲する時に臨んで、其の子に命じ、並びに親族、國王、大臣、刹利、居士を會(集)むるに、皆、悉く已に集りぬ。
即ち自ら宣言すらく、
「諸君、當に知るべし、
此れは是れ我が子なり。
我が所生なり。
其れの城中に於て我を捨てて逃走して、伶〔りやう〕俜〔びやう〕辛苦すること五十餘年、
其の本の字(名)は某〔それがし〕、我が名は某〔それ〕甲〔がし〕、
昔、本城に在つて憂ひを懷いて推〔たづ〕ね覓(求)めき。
忽ちに此の間に於て遇ひ會うて之れを得たり。
此れ實に我が子なり。
我、實に其の父なり。
今、我が所有の一切の財物は皆、是れ子の有なり。
先きに出内する所は是れ、子の所知なり。」
世尊、是の時、窮子、父の此の言を聞いて、即ち大いに歡喜して、未曾有なることを得て、是の念を作さく、
「我、本心に希求する所、有ること無かりき。
今、此の寶蔵、自然にして至りぬ」といはんが如し。
世尊、大富長者は即ち是れ如來なり。
我等は皆、佛子に似たり。
如来、常に我等を爲れ子なりと說きたまへり。
世尊、我等、三苦を以ての故に、生死の中に於て、諸の熱惱を受け、迷惑無智にして小法に樂著せり。
今日、世尊、我等をして思惟して諸法の戲論の糞を捐除せしめたまふ。
我等、中に於て勤加精進して、涅槃に至る一日の價ひを得たり。
既に此れを得已つて、心、大いに歡喜して、自ら以て足りぬと爲し、便ち自ら謂つて言わく、
「佛法の中に於て、勤め精進するが故に、所得、弘多なり」と。
然るに世尊、先より我等が心、弊欲に著し小法を樂ふを知ろしめして、便ち縱〔ゆる〕し捨てられて、爲に汝等、當に如來の知見、寶蔵の分、有るべしと分別したまはず。
世尊、方便力を以て如來の智慧を說きたまふ。
我等、佛に從ひたてまつりて、涅槃一日の價ひを得て、以て大いに得たりと爲して、此の大乘に於て志求有ること無かりき。
我等、又、如來の智慧に因りて、諸の菩薩の爲に開示し演說せしかども、而も自らは此れに於て志願有ること無かりき。
所以は何。
佛、我等が心に小法を樂うを知ろしめして、方便力を以て我等に隨つて說きたまふ。
而も我等は眞に是れ佛子なりと知らず。
今、我等、方〔まさ〕に知んぬ、世尊は佛の智慧に於て悋惜したまふ所無し。
所以は何。
我等、昔より來〔このかた〕、眞に是れ佛子なれども、而も但、小法を樂ふ。
若し我等、大を樂ふの心有らましかば、佛、則ち我が爲に大乘の法を說きたまはん。
此の經の中に、唯一乘を說きたまふ。
而も昔、菩薩の前に於て、聲聞の小法を樂ふ者を毀呰したまへども、然かも佛、實には大乘を以て敎化したまへり。
此の故に我等、說く、
「本心に希求する所、有ること無かりしかども、今、法王の大寶、、自然にして至れり。
佛子の得べき所の者は皆、已に之れを得たり」と。」
〇
爾の時に摩訶迦葉、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を說いて言さく、
『我等、今日、
佛の音敎を聞いて、
歡喜踊躍して、
未曾有なることを得たり。
・
佛、聲聞、
當に作佛することを得べしと說きたまふ。
無上の寶聚、
求めざるに自ら得たり。
・
譬へば童子の、
幼稚無識にして、
父を捨てて逃逝して、
遠く他土に到りぬ。
・
諸國に周流すること、
五十餘年、
其の父、憂念して、
四方に推ね求む。
・
之れを求むるに既に疲れて、
一城に頓止す。
舍宅を造立して、
五欲、自ら娯しむ。
・
其の家、巨いに富んで、
諸の金、銀、
硨磲碼碯、
眞珠、瑠璃多く、
・
象、馬、午、羊、
輦輿、車乗、
田業僮僕、
人民、衆多なり。
・
出入息利すること、
乃ち他國に徧〔あまね〕く、
商估賈人、
處として有らざること無し。
・
千萬億の衆、
圍遶し恭敬し、
常に王者に、
愛念せらるることを爲(得)、
・
群臣豪族、
皆、共に宗重し、
諸の緣を以ての故に、
往來する者、衆(多)し。
・
豪富なること、是の如くにして、
大力勢有り、
而も年、巧邁して、
益〔ますます〕、子を憂念す。
・
夙夜に惟念すらく、
「死の時、將に至らんとす。
痴子、我を捨てて、
五十餘年、
・
庫藏の諸物、
當に之れを如何がすべき。」
爾の時に窮子、
衣食を求索して、
・
邑より邑に至り、
國より國に至る。
或は得る所有り、
或は得る所無し。
・
飢餓羸痩して、
體には瘡癬を生ぜり。
漸次に經歷して、
父の住せる城に到り、
・
傭賃展轉して、
遂に父の舍に至る。
爾の時に長者、
其の門の内に於て、
・
大寶帳を施して、
師子の座に處し、
眷屬圍遶し、
諸人、侍衞し、
・
或は金銀、
寶物を計算し、
財產を出内し、
注記券疏する有り。
・
窮子、父の、
豪貴尊嚴なるを見て、謂わく、
「是れ國王か、
若しは王と等しきか」と、
・
驚怖して自ら怪む、
「何が故ぞ、此に至れる。」
覆〔ひそ〕かに自ら念言すらく、
「我、若し久しく住せば、
・
或は逼迫せられ、
强ひて驅つて作さしめん。」
是れを思惟し已つて、
馳走して去りぬ。
・
貧里を借問して、
往いて傭作せんと欲す。
長者、是の時、
師子の座に在りて、
・
遙かに其の子を見て、
默して之れを識る。
即ち使者に勅して、
追ひ捉らえ將ゐいて來らしむ。
・
窮子、驚き喚ばはりて、
迷悶して地に躄〔たふ〕る。
「是の人、我れを執らふ。
必ず當に殺さるべし。
・
何ぞ衣食を用つて、
我れをして此に至らしむるや。」
長者、子の、
愚痴狹劣にして、
・
我が言を信ぜず、
是れ父なりと信ぜざるを知つて、
即ち方便を以て、
更に餘人の、
・
眇目、矬陋にして、
威德無き者を遣はす。
「汝、之れに語つて、
云ふべし、當に相ひ雇うて、
・
諸の糞穢を除はしむべし、
倍〔ま〕して汝に價ひを與へん、と」。
窮子、之れを聞いて、
歡喜し隨ひ來り、
・
爲に糞穢を除らひ、
諸の房舍を淨む。
長者、牖(窓)より、
常に其の子を見て、
・
子の愚劣にして、
樂つて鄙事を爲すを念ふ。
是に長者、
弊垢の衣を著、
・
除糞の器を執つて、
子の所に往き到り、
方便して附近し、
語らひて勤作せしむ。
・
「既に汝に價ひを益〔ま〕し、
幷びに足に油を塗り、
飮食充足し、
薦席厚暖ならしめん。」
・
是の如く苦言すらく、
「汝、當に勤作すべし」と。
又、以て輭語すらく、
「若〔なんぢ〕を我が子の如くせん」と。
・
長者、智有つて、
漸く入出せしめ、
二十年を經て、
家事を執作せしむ。
・
其れに金、銀、
眞珠、頗黎、
諸物の出入を示して、
皆、令知せしむ。
・
猶、門外に處し、
草庵に止宿して、
自ら貧事を念ふ。
「我には此の物、無し」と。
・
父、子の心、
漸く已に曠大なるを知つて、
財物を與へんと欲して、
即ち親族、
・
國王、大臣、
刹利、居士を聚めて、
此の大衆に於て、
說くらく、「是れ我が子なり。
・
我を捨てて他行して、
五十歳を經たり。
子を見てより來〔このかた〕、
已に二十年。
・
昔、某しの城に於て、
是の子を失ひき。
周行し求索して、
遂に此に來至せり。
・
凡そ我が所有の、
舍宅、人民、
悉く以て之れに付す、
其の所用を恣にすべし」と。
・
子、念わく、「昔は貧しくして、
志意、下劣なりき。
今は父の所に於て、
大いに珍寶、
・
幷びに舍宅、
一切の財物を獲たり」と。
甚だ大いに歡喜して、
未曾有なることを得るが如し。
・
佛も亦、是の如し、
我が小を樂ふを知ろしめして、
未だ曾て說いて、
「汝等、作佛すべし」と言たまはず。
・
而も我等をば、
「諸の無漏を得て、
小乘を成就する、
聲聞の弟子なり」と說きたまふ。
・
佛、我等に勅して、
最上の道を說かしめたまふ。
「此れを修習する者は、
當に成佛することを得べし」と。
・
我、佛の敕(をしへ)を承けて、
大菩薩の爲に、
諸の因緣、
種種の譬喩、
・
若干の言辭を以て、
無上道を說く
諸の佛子等、
我に從つて法を聞き、
・
日夜に思惟し、
精勤修習す。
是の時、諸佛、
即ち其れに記を授けたまふ、
・
「汝、來世に於て、
當に作佛することを得べし」と。
一切諸佛の、
祕藏の法をば、
・
但、菩薩の爲に、
其の實事を演べて、
我が爲には、
斯の眞要を說きたまはず。
・
彼の窮子の、
其の父に近づくことを得て、
諸物を知ると雖も、
心に希取せざるが如く、
・
我等、
佛法の寶藏を說くと雖も、
自ら志願無きこと、
亦復、是の如し。
・
我等、内の滅を、
自ら足ることを爲(得)たりと謂〔おも〕うて、
唯、此の事を了〔さと〕つて、
更に餘事無し。
・
我等、若し、
佛の國土を淨め、
衆生を敎化するを聞いては、
都て欣樂無かりき。
・
所以は何。
一切の諸法は、
皆、悉く空寂にして、
無生、無滅、
・
無大、無小、
無漏・無爲なり。
是の如く思惟して、
喜樂を生ぜず。
・
我等、長夜に、
佛の智慧に於て、
貪なく著なく、
復、志願無し。
・
而も自ら法に於て、
是れ究竟なりと謂ひき。
我等、長夜に、
空法を修習して、
・
三界の、
苦惱の患ひを脫がるることを得、
最後身、
有餘涅槃に住せり。
・
佛の敎化したまふ所は、
得道、虛しからず。
則ち已に、
佛の恩を報ずることを得たりと爲す。
・
我等、
諸の佛子等の爲に、
菩薩の法を說いて、
以て佛道を求めしむと雖も、
・
而も是の法に於て、
永く願樂無かりき。
導師、捨てられたることは、
我が心を觀じたまふが故に、
・
初め勸進して、
實の利有りと說きたまはず。
富める長者の子の、
志の劣なるを知つて、
・
方便力を以て、
其の心を柔伏して、
然る後、乃し、
一切の財寶を付するが如く、
・
佛も亦、是の如く、
希有の事を現じたまふ。
小を樂ふ者なりと知ろしめして、
方便力を以て、
・
其の心を調伏して、
乃し大智を敎へたまふ。
我等、今日、
未曾有なることを得たり。
・
先の所望に非ざるを、
而も今、自から得ること、
彼の窮子の、
無量の寶を得るが如し。
・
世尊、我、今、
道を得、果を得、
無漏の法に於て、
淸淨の眼を得たり。
・
我等、長夜に、
佛の浄戒を持ちて、
始めて今日に於て、
その果報を得。
・
法王の法の中に、
久しく梵行を修して、
今、無漏、
無上の大果を得。
・
我等、今〔い〕者〔ま〕、
眞に是れ聲聞なり。
佛道の声を以て、
一切をして聞かしむべし。
・
我等、今者、
眞に阿羅漢なり。
諸の世間、
天、人、魔、梵に於て、
・
普く其の中に於て、
應に供養を受くべし。
世尊は大恩まします、
希有の事を以て、
・
憐愍敎化して、
我等を利益したまふ。
無量億劫にも、
誰か能く報ずる者あらん。
・
手足をもつて供給し、
頭頂をもつて禮敬し、
一切をもつて供養すとも、
皆、報ずること能はじ。
・
若しは以て頂戴し、
兩肩に荷負して、
恒沙劫に於て、
心を盡くして恭敬し、
・
又、美膳、
無量の寶衣、
及び諸の臥具、
種種の湯藥を以てし、
・
午頭栴檀、
及び諸の珍寶、
これを以て塔廟を起て、
寶衣を地に布き、
・
斯の如き等の事、
以て用つて供養すること、
恒沙劫に於てすとも、
亦、報ずること能はじ。
・
諸佛は希有にして、
無量無邊、
不可思議の、
大神通力まします。
・
無漏、無爲にして、
諸法の王なり。
能く下劣の爲に、
斯の事を忍び、
・
取相の凡夫に、
宜しきに隨つて爲に說きたまふ。
諸佛は法に於て、
最自在を得たまへり。
・
諸の衆生の、
種種の欲樂、
及び其の志力を知ろしめして、
堪任する所に隨つて、
・
無量の喩へを以て、
而も爲に法を說きたまふ。
諸の衆生の、
宿世の善根に隨ひ、
・
又、成熟と、
未成熟の者を知ろしめし、
種種に籌量し、
分別し知ろしめし已つて、
・
一乘の道に於て、
宜しきに隨つて三と說きたまふ。』
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