妙法蓮華經方便品第二
底本、「國譯大藏經、經部第一卷」(但し改行施し難読以外の傍訓省略又、一部改変)
奥書云、
大正六年六月廿三日印刷、同廿六日發行。昭和十年二月二十四日四刷發行。
發行者、國民文庫刊行會
方便品第二
爾の時に世尊、三昧從〔よ〕り安詳として起つて、舍利弗に告げたまはく、
「諸佛の智慧は甚深無量なり。
其の智慧の門は難解難入なり。
一切の聲聞、辟支佛の知ること能はざる所なり。
所〔ゆ〕以〔ゑ〕は何〔いかん〕、佛、曾て百千萬億無數の諸佛に親近して、盡くして諸佛の無量の道法を行じ、勇猛精進して、名稱普く聞こえ、甚深未曾有の法を成就して、宜しきに隨つて說きたまふ所は、意趣、解り難し。
〇
舍利弗、吾(我)、成佛して從り以來、種種の因緣、種種の譬喩をもつて、廣く言敎を演べ、無數の方便をもつて、衆生を引導して、諸の著を離れしむ。
所以は何、如來は方便、知見波羅蜜、皆、已に具足せり。
舍利弗、如來の知見は廣大深遠なり。
無量、無礙、力、無所畏、禪定、解脫、三昧あつて深く無際に入り、一切未曾有の法を成就せり。
〇
舍利弗、如來は能く種種に分別して、巧に諸法を說き、言辭柔輭にして、衆の心を悅可す。
舍利弗、要を取つて之れを言はば、無量無邊未曾有の法を、佛悉く成就したまへり。
止みなん、舍利弗、復、說く須(可)からず。
所以は何、佛の成就したまへる所は、第一希有難解の法なり。
唯、佛と佛とのみ、乃し能く諸法の實相を究盡したまへり。
所謂、諸法の如是相、
如是性、
如是體、
如是力、
如是作、
如是因、
如是緣、
如是果、
如是報、
如是本末究竟等なり。」
爾の時に世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を說いて言たまはく、
『世雄は量る可からず、
諸天、及び世人、
一切衆生の類、
能く佛を知る所無し。
・
佛の力、無所畏、
解脫、諸の三昧、
及び佛の諸餘の法は、
能く測量する者無し。
・
本無數の佛に從つて、
具足して諸道を行じたまへり。
甚深微妙の法は、
見難く了す可きこと難し・
・
無量億劫に於て、
此の諸道を行じ已つて、
道場にして果を成ずることを得て、
我、已に悉く知見せり。
・
是の如き大果報、
種種の性相の義、
我、及び十方の佛、
乃し能く是の事を知しめせり。
・
是の法は示す可からず、
言辭の相、寂滅せり。
諸餘の衆生類は、
能く得解すること有ること無し。
・
諸の菩薩衆の、
信力堅固なる者をば除く。
諸佛の弟子衆の、
曾て諸佛を供養し、
・
一切の漏、已に盡くして、
是の最後身に住せる、
是の如き諸人等は、
其の力、堪へざる所なり。
・
假〔たと〕使〔ひ〕世間に滿てらん、
皆、舍利弗の如くにして、
思ひを盡くして共に度量すとも、
佛智を測ること能はじ。
・
正〔たと〕使〔ひ〕十方に滿てらん、
皆、舍利弗の如くにして、
及び餘の諸の弟子、
亦、十方の刹〔くに〕に滿てらん、
・
思ひを盡くして共に度量すとも、
亦復、知ること能はじ。
辟支佛の利智にして、
無漏の最後身なる、
・
亦十方界に滿ちて、
其の數竹林の如くならん。
斯れ等、共に一心に、
億無量劫に於て、
・
仏の實智を思はんと欲すとも、
能く少分をも知ること莫〔な〕けん。
新發意の菩薩の、
無數の佛を供養し、
・
諸の義趣を了達して、
又、能く法を說かんもの、
稻麻竹葦の如くにして、
十方の刹に充滿せん、
・
一心に妙智を以て、
恒河沙劫に於て、
咸く皆、共に思量すとも、
佛智を知ること能はじ。
・
不退の諸の菩薩、
其の數、恒沙の如くにして、
一心に共に思求すとも、
又復、知ること能はじ。
・
又、舍利弗に告ぐ、
「無漏不思議の、
甚深微妙の法を、
我、今、已に具え得たり。
・
唯、我、是の相を知れり、
十方の佛も亦、然り。
舍利弗、當に知るべし、
諸佛は語〔みこと〕異ること無し。
・
佛の所說の法に於て、
當に大信力を生ずべし。
世尊は法、久うして後、
要ず當に眞實を說きたまふべし。」
・
諸の聲聞衆、
及び緣覺乘を求むる者に告ぐ、
「我、苦縛を脫し、
涅槃を逮得せしめたることは、
・
佛、方便力を以て、
示すに三乘の敎を以てす。
衆生處處の著、
之れを引いて出ずることを得せしめんとなり。」』
〇
爾の時に大衆の中に、諸の聲聞、漏盡の阿羅漢、阿若憍陳如等の千二百人、及び聲聞・辟支佛の心を發せる比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷あり。
各、是の念を作さく、
「今、世尊、何が故ぞ慇懃に方便を稱嘆して、而も是の言を作したまふや。
佛の得たまへる所の法は甚深にして解り難く、言說したまふ所、有るは意趣知り難し。
一切の聲聞、辟支佛の及びこと能はざる所なり。
佛、一解脫の義を說きたまひしかば、我等も亦、此の法を得て涅槃に到れり。
而るに今、是の義の所趣を知らず。」
〇
爾の時に舍利弗、四衆の心の疑ひを知り、自らも亦、未だ了〔さと〕らずして、佛に白して言さく、
「世尊、何の因、何の緣あつてか、慇懃に諸佛第一の方便甚深微妙難解の法を稱嘆したまふや。
我、昔自〔よ〕り來〔このかた〕、未だ曾て佛に從つて、是の如き說を聞きたてまつらず。
今〔い〕者〔ま〕、四衆、咸く皆、疑ひ有り。
惟(唯)願はくは世尊、斯の事を敷演したまへ。
世尊、何が故ぞ慇懃に甚深微妙難解の法を稱嘆したまふや。」
〇
爾の時に舍利弗、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を說いて言さく、
『慧日大聖尊、
久しくあつて乃し是の法を說きたまふ。
自ら是の如き、
力、無畏、三昧、
・
禪定、解脫等の、
不可思議の法を得たりと說きたまふ。
道場所得の法は、
能く問を發す者無し。
・
我が意測る可きこと難し。
亦、能く問ふ者無し。
問ふこと無けれども而も自ら說いて、
所行の道を稱嘆したまふ。
・
智慧、甚だ微妙にして、
諸佛の得たまへる所なり。
無漏の諸の羅漢、
及び涅槃を求むる者、
・
今、皆、疑網に墮しぬ。
佛、何が故ぞ是れを說きたまふや。
其の緣覺を求むる者、
比丘、比丘尼、
・
諸の天、龍、鬼神、
及び乾闥婆等、
相ひ視て猶〔いう〕豫〔よ〕を懷き、
兩足尊を瞻仰す。
・
是の事、云何なる可き、
願はくは佛、爲に解說したまへ。
諸の聲聞衆に於て、
佛、我を第一なりと說きたまふ。
・
我、今、自ら智に於て、
疑惑して了ること能はず、
爲〔さだ〕めて是れ究竟の法なりや、
爲めて是れ所行の道なりや。
・
佛口所生の子、
合掌瞻仰して待ちたてまつる。
願はくは微妙の音を出だして、
時に爲に實の如く說きたまへ。
・
諸の天、龍神等、
其の數恒沙の如し。
佛を求むる諸の菩薩、
大數八萬あり。
・
又、諸の萬億國の、
轉輪聖王の至れる。
合掌し敬心を以て、
具足の道を聞きたてまつらんと欲す。』
〇
爾の時に佛、舍利弗にて告げたまわく、
「止みなん、止みなん。
復、說く可からず。
若し是の事を說かば、一切世閒の諸天、及び人、皆、當に驚疑すべし。」
〇
舍利弗、重ねて佛に白して言さく、
「世尊、惟、願はくは之れを說きたまへ。
惟願はくは之れを說きたまへ。
所以は何、是の會の無數百千萬億阿僧祇の衆生は、曾て諸佛を見たてまつり、諸根猛利にして、智慧明了なり。
佛の所說を聞きたてまつらば、則ち能く敬信せん。」
〇
爾の時に舍利弗、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を說いて言さく、
『法王無上尊、
惟、說きたまへ、願はくは慮〔うらおも〕ひしたまふこと勿れ。
是の會の無量の衆は、
能く敬信すべき者、有り。』
〇
佛、復、
「止みなん、舍利弗。
若し是の事を說かば、一切世間の天、人、阿修羅は、皆、當に驚疑すべし。
增上慢の比丘は、將〔まさ〕に大坑に墜つべし。」
〇
爾の時に世尊、重ねて偈を說いて言たまはく、
『止みなん、止みなん、說く須〔べ〕からず。
我が法は妙にして思ひ難し。
諸の増上慢の者は、
聞いて必ず敬信せじ。』
〇
爾の時に舍利弗、重ねて佛に白して言さく、
「世尊、惟、願はくは之れを說きたまへ。
惟、願はくは之れを說きたまへ。
今、此の會中の、我が如き等〔たぐ〕比〔ひ〕、百千萬億なるは、世世に已に曾て佛に從つて化を受けたり。
此の如き人等は、必ず能く敬信して、長夜安穩にして饒益する所、多からん。」
〇
爾の時に舍利弗、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を說いて言さく、
『無上兩足尊、
願はくは第一の法を說きたまへ。
我は爲〔こ〕れ佛の長子なり。
惟、分別して說くことを垂れたまへ。
・
是の會の無量の衆は、
能く此の法を敬信せん。
佛、已に曾て世世に、
是の如きらを敎化したまえり。
・
皆、一心に合掌して、
佛語を聽受せんと欲す。
我等、千二百、
及び餘の佛を求むる者あり。
・
願はくは此の衆の爲の故に、
惟、分別し說くことを垂れたまへ。
是れ等、此法を聞きたてまつらば、
則ち大歡喜を生ぜん。』
〇
爾の時に世尊、舍利弗に告げたまわく、
「汝、已に慇懃に三たび請じつ、豈に說かざることを得んや。
汝、今、諦かに聽き、善く之れを思念せよ。
吾、當に汝が爲に分別し解說すべし。」
〇
此の語を說きたまふ時、會中に比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷、五千人等有り。
即ち座より起つて佛を禮して退きぬ。
所以は何、此の輩は罪根深重に、及び增上慢にして、未だ得ざるを得たりと謂〔おも〕ひ、未だ證せざるを證せりと謂へり。
此の如き失、有り、是れを以て住せず。
世尊、黙然として制止したまはず。
〇
爾の時に佛、舍利弗に告げたまはく、
「我が今、此の衆は、復、枝葉なく、純〔もつぱ〕ら貞實のみ有り。
舍利弗、是の如き增上慢の人は、退くも亦、佳〔よ〕し。
汝、今、善く聽け、當に汝が爲に說くべし。」
舎利弗の言さく、
「唯〔ゆゐ〕然〔ねん〕、世尊、願樂はくは聞きたてまつらんと欲す。」
〇
佛、舍利弗に告げたまはく、
「是の如き妙法は、諸佛如來、時に乃し之れを說きたまふ。
優曇鉢華の如に一たび現ずるが如き耳〔の〕み。
舍利弗、汝等當に信ずべし、佛の所說は言虛妄ならず。
舍利弗、諸佛の隨宜の說法は意趣解り難し。
所以は何。
我、無數の方便、種種の因緣、譬喩、言辭を以て諸法を演說す。
是の法は思量分別の能く解する所に非ず。
唯、諸佛のみ有〔ましま〕して、乃し能く之を知ろしめせり。
所以は何。
諸佛世尊は、唯一大事の因緣を以ての故に世に出現したまふ。
舍利弗、云何なるをか、諸佛世尊は唯一大事の因緣を以ての故に世に出現したまふと名づくる。
諸佛世尊は、衆生をして佛知見を開かしめ、淸淨なることを得せしめんと欲するが故に、世に出現したまふ。
衆生をして佛知見を示さんと欲するが故に、世に出現したまふ。
衆生をして佛知見を悟らしめんと欲するが故に、世に出現したまふ。
衆生をして佛知見の道に入らしめんと欲するが故に、世に出現したまふ。
舍利弗、是れを諸佛は一大事の因緣を以ての故に世に出現したまふと爲〔な〕づく。」
佛、舍利弗に告げたまはく、
「諸佛如來は但〔ただ〕菩薩を敎化したまふ。
諸の所作有るは常に一事の爲なり。
唯、佛の知見を以て衆生に示悟したまはんとなり。
舍利弗、如來は但、一佛乘を以ての故に、衆生の爲に法を說きたまふ。
餘乘の、若しは二、若しは三有ること無し。
舍利弗、一切十方の諸佛の法も亦、是の如し。
舍利弗、過去の諸佛も、無量無數の方便、種種の因緣、譬喩、言辭を以て、衆生の爲に諸法を演說したまふ。
是の法も皆一佛乘の爲の故なり。
是の諸の衆生の、諸佛に從ひたてまつつて法を聞きしも、究竟して皆、一切種智を得たり。
舍利弗、未來の諸佛の、當に世に出でたまっふべきも、亦、無量無數の方便、種種の因緣、譬喩、言辭を以て、衆生の爲に諸法を演說したまはん。
是の法も皆一佛乘の爲の故なり。
是の諸の衆生の、佛に從ひたてまつつて法を聞かんも、究竟して皆、一切種智を得べし。
舍利弗、現在十方の無量百千萬億の佛土の中の諸佛世尊の、衆生を饒益し安樂ならしめたまふ所多き、是の諸佛も亦、無量無數の方便、種種の因緣、譬喩、言辭を以て、衆生の爲に諸法を演說したまふ。
是の法も皆一佛乘の爲の故なり。
是の諸の衆生の、佛に從ひたてまつつて法を聞けるも、究竟して皆、一切種智を得。
舍利弗、是の諸佛は但、菩薩を敎化したまふ。
佛の知見を以て衆生に示さんと欲するが故に、佛の知見を以て衆生に悟らしめんと欲するが故に、衆生をして佛の知見の道に入らしめんと欲するが故なり。
舍利弗、我も今、亦復、是の如し。
諸の衆生の種種の欲、深心の所著、有ることを知つて、其の本性に隨つて、種種の因緣、譬喩、言辭、方便力を以ての故に、而も爲に法を說く。
舍利弗、此の如きは皆、一佛乘の一切種智を得せしめんが爲の故なり。
舍利弗、十方世界の中には、尚、二乘無し。
何〔いか〕に況や三有らんや。
舍利弗、諸佛は五濁の惡世に出でたまふ。
所謂劫濁、煩惱濁、衆生濁、見濁、命濁なり。
是の如し、舍利弗。
劫の濁亂の時は、衆生、垢重く慳貪、嫉妬にして、諸の不善根を成就するが故に、諸佛、方便力を以て、一佛乘に於て分別して三と說きたまふ。
舍利弗、若し我が弟子、自ら阿羅漢、辟支佛なりと謂わん者、諸佛如來の、但、菩薩を敎化したまふ事を聞かず知らずんば、此れ佛弟子に非ず、阿羅漢に非ず、辟支仏に非ず。
又、舍利弗、是の諸の比丘、比丘尼、自ら已に阿羅漢を得たり、是れ最後身なり、究竟の涅槃なりと謂うて、便ち復、阿耨多羅三藐三菩提を志求せざらん。
當に知るべし、此の輩は皆、是れ增上慢の人なり。
所以は何。
若し比丘の實の阿羅漢を得たる有るて、若し此の法を信ぜずといはば、是の慮〔ことわ〕り有ること無けん。
佛の滅度の後、現前に佛無からんをば除く。
所以は何。
佛の滅度の後に、是の如き等の經を受持し讀誦し、其の義を解せん者、是の人、得難ければなり。
若し餘佛に遇はば、此の法の中に於て便ち決了することを得ん。
舍利弗、汝等、當に一心に信解し佛語を受持すべし。
諸佛如來は言、虛妄無し。
餘乘有ること無く唯、一佛乘のみなり。」
〇
爾の時に世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を說いて言たまはく、
『比丘、比丘尼の、
增上慢を懷くこと有る、
優婆塞の我慢なる、
優婆夷の不信なる、
・
是の如き四衆等、
其の數五千有り、
自ら其の過を見ず、
戒に於て欠漏あり、
・
其の瑕疵を護り惜む、
是の小智は已に出でぬ。
衆中の糟糠なり、
佛の威德の故に去りぬ。
・
是の人は福德、尠(少)くして、
是の法を受くるに堪えず。
此の衆は枝葉なし、
惟、諸の貞實のみ有り。
・
舍利弗、善く聽け、
諸佛所得の法は、
無量の方便力をもつて、
而も衆生の爲に說きたまふ。
・
衆生の心の所念、
種種の所行の道、
若干の諸の欲性、
先世の善惡の業、
・
佛、悉く是れを知ろしめし已つて、
諸の緣、譬喩、
言辭、方便力を以て、
一切をして歡喜せしめたまふ。
・
或は修多羅、
伽陀、及び本事、
本生未曾有を說き、
亦、因緣、
・
譬喩、幷に祇夜、
優婆提舍經を說きたまふ。
鈍根にして小法を樂ひ、
生死に貪著し、
・
諸の無量の佛に於て、
深妙の道を行ぜず、
衆苦に惱亂せらるるには、
是れが爲に涅槃を說きたまふ、
・
我、是の方便を設けて、
佛慧に入ることを得せしむ。
未だ曾て汝等、
當に佛道を成ずることを得べしと說かず。
・
未だ曾て說かざる所以は、
說時、未だ至らざるが故なり。
今、正しく是れ、其の時なり。
決定して大乘を說く。
・
我が此の九部の法は、
衆生に隨順して說く。
大乘に入るに爲〔こ〕れ本なり、
故を以て是の經を說く。
・
佛子の心、淨く、
柔輭に亦、利根にして、
無量の諸佛の所にして、
深妙の道を行ずる有り。
・
此の諸の佛子の爲に、
是の大乘經を說く。
我、是の如き人、
來世に佛道を成ぜんと記す。
・
深心に佛を念じ、
淨戒を修持するを以ての故に。
此れ等、佛を得べしと聞いて、
大喜身に充徧す。
・
佛、彼の心行を知れり。
故に爲に大乘を說く。
聲聞、若しは菩薩、
我が所說の法を聞くこと、
・
乃至一偈に於てもせば、
皆、成佛せんこと疑ひ無し。
十方佛土の中には、
唯、一乘の法のみ有り。
・
二も無く亦、三も無し。
佛の方便の說をば除く。
但、假の名字を以て、
衆生を引導したまふ。
・
佛の智慧を說かんが故に、
諸佛、世に出でたまふ。
唯、此の一事のみ實なり、
餘の二は則ち眞に非ず。
・
終に小乘を以て、
衆生を濟度したまはず。
佛は自ら大乘に住したまへり、
其の所得の法の如きは、
・
定慧の力、莊嚴せり、
此れを以て衆生を度したまふ。
自ら無上道、
大乘平等の法を證して、
・
若し小乘を以て化すること、
乃至一人に於てもせば、
我、則ち慳貪に墮せん、
此の事は爲〔さだ〕めて不可なり。
・
若し人、佛に信歸すれば、
如來、欺誑したまはず。
亦、貪嫉の意、無し、
諸法の中の惡を斷じたまへり。
・
故に佛は、十方に於て、
而も獨り畏るる所、無し。
我、相を以て身を嚴り、
光明、世間を照らす、
・
無量の衆に尊まれて、
爲に實相の印を說く。
舍利弗、當に知るべし、
我、本誓願を立てて、
・
一切の衆をして、
我が如く等しくして異ること無からしめんと欲しき。
我が昔の所願の如き、
今、已に滿足しぬ。
・
一切衆生を化して、
皆、佛道に入らしむ。
若し我、衆生に遇へば、
盡く敎ふるに佛道を以てす。
・
無智の者は錯亂し、
迷惑して敎へを受けず。
我、知んぬ、此の衆生は、
未だ曾て善本を修せず。
・
堅く五欲に著して、
癡愛の故に惱みを生ず。
諸欲の因緣を以て、
三惡道に墜墮し、
・
六趣の中に輪廻して、
備〔つぶ〕さに諸の苦毒を受く。
受胎の微形、
世世に常に增長し、
・
薄德少福の人として、
衆苦に逼迫せ所〔ら〕る。
邪見の稠〔ちう〕林〔りん〕、
若しは有、若しは無等に入り、
・
此の諸見に依止して、
六十二を具足す。
深く虛妄の法に著して、
堅く受けて捨つ可からず。
・
我慢にして自ら矜〔こう〕高〔こう〕し、
諂〔てん〕曲〔ごく〕にして心、不實なり。
千萬億劫に於て、
佛の名字を聞かず、
・
亦、正法を聞かず、
是の如き人は度し難し。
是の故に舍利弗、
我、爲に方便を設けて、
・
諸の盡苦の道を說き、
これに示すに涅槃を以てす。
我、涅槃を說くと雖も、
是れ亦、眞の滅に非ず。
・
諸法は本從〔よ〕り來〔このかた〕、
常に自ら寂滅の相なり。
佛子道を行じ已つて、
来世に作佛することを得ん。
・
我、方便力有つて、
三乘の法を開示す。
一切の諸の世尊も、
皆、一乘の道を說きたまふ。
・
今、此の諸の大衆、
皆、疑惑を除くべし。
諸佛は語、異ること無し、
唯、一にして二乘無し。
・
過去無數劫の、
無量の滅度の佛、
百千萬億種にして、
其の數、量る可からず。
・
是の如き諸の世尊、
種種の緣、
譬喩、無數の方便力を以て、
諸法の相を演說したまひき。
・
是の諸の世尊等も、
皆、一乘の法を說き、
無量の衆生を化して、
佛道に入らしめたまひき。
・
又、諸の大聖主、
一切世閒の、
天、人、群生類の、
深心の所欲を知ろしめして、
・
更に異の方便を以て、
第一義を助顯したまふ。
若し衆生類有つて、
諸の過去の佛に値ひたてまつりて、
・
若しは法を聞いて布施し、
或は持戒、忍辱、
精進、禪、智等、
種種に福德を修せし、
・
是の如き諸人等、
皆、已に佛道を成じき。
諸佛、滅度の後、
若し人、善輭の心ありし、
・
是の如き諸の衆生、
皆、已に佛道を成じき。
諸佛、滅度し已つて、
舍利を供養する者、
・
萬億種の塔を起て、
金、銀、及び頗黎、
硨磲、碼碯、
玫〔ばい〕瑰〔‘ゑ〕、瑠璃珠を以て、(ゑ訓儘)
・
淸淨に廣く嚴飾し、
諸の塔を莊校し、
或は石廟を起て、
栴檀および沈水、
・
木樒、幷びに餘の材、
甎〔せん〕瓦〔ぐわ〕、泥土等をもつてする有り、
若しは曠野の中に於て、
土を積んで佛廟を成し、
・
乃至、童子の戲れに、
沙を聚めて佛塔と爲せる、
是の如き諸人等、
皆已に佛道を成じき。
・
若し人、佛の爲の故に、
諸の形像を建立し、
刻雕(彫)して衆相を成せる、
皆已に佛道を成じき。
・
或は七寶を以て成し、
鍮〔ちう〕鉐〔しやく〕、赤白銅、
白鑞、及び鉛〔えん〕錫〔じやく〕、
鐵木、及び泥、
・
或は膠〔けう〕漆布を以て、
嚴飾して佛像を作せる、
是の如き諸人等、
皆已に佛道を成じき。
・
綵〔さえ〕畫〔ゑ〕して佛像の、
百福莊嚴の相を作すこと、
自らも作し、若しは人をしてもせる、
皆已に佛道を成じき。
・
乃至、童子の戲れに、
若しは草木、及び筆、
或は指の爪甲を以て、
畫いて佛像を作せる、
・
是の如き諸人等、
漸漸に功德を積み、
大悲心を具足して、
皆已に佛道を成じき。
・
但、諸の菩薩を化し、
無量の衆を度脫しき。
若し人、塔廟、
寶像、及び画像に於て、
・
華、香、旛蓋を以て、
敬心にして供養し、
若しは人をして樂を作さしめ、
鼓を擊ち角貝を吹き、
・
簫、笛、琴、箜〔くう〕篌〔ごう〕、
琵琶、鐃〔ねう〕銅鈸〔ばつ〕、
是の如き衆ろの妙音、
盡く持て以て供養し、
・
或は歡喜の心を以て、
歌唄して佛德を頌し、
乃至、一小音をもつてせし、
皆已に佛道を成じき。
・
若し人、散亂の心に、
乃至、一華を以て、
畫像に供養せし、
漸く無數の佛を見たてまつりき。
・
或は人有つて禮拜し、
或は復、但、合掌し、
乃至一手を擧げ、
或は復、少し頭を低〔た〕れ、
・
此れを以て像に供養せし、
漸く無量の佛を見たてまつりて、
自ら無上道を成じて、
廣く無數の衆を度し、
・
無餘涅槃に入ること、
薪、盡きて火の滅ゆるが如くなりき。
若し人、散亂の心に、
塔廟の中に入つて、
・
一たび南無佛と稱せし、
皆已に佛道を成じき。
諸の過去の佛の、
在世、或は滅後に於て、
・
若し是の法を聞くこと有りし、
皆已に佛道を成じき。
未來の諸の世尊、
其の數、量り有ること無けん。
・
是の諸の如來等も、
亦、方便して法を說きたまはん。
一切の諸の如來、
無量の方便を以て、
・
諸の衆生を度脫して、
佛の無漏智に入れたまはん。
若し法を聞くこと有らん者は、
一〔ひと〕りとして成佛せずといふこと無けん。
・
諸佛の本誓願は、
我が所行の佛道を、
普く衆生をして、
亦、同じく此の道を得せしめんと欲す。
・
未來世の諸佛、
百千億の、
無數の諸の法門を說きたまふと雖も、
其れ、實には一乘の爲なり。
・
諸佛兩足尊、
法は常に無性なり。
佛種は緣に從つて起こると知ろしめす。
是の故に一乘を說きたまふ。
・
是の法は法位に住して、
世間の相、常住なり。
道場に於て知ろしめし已つて、
導師、方便して說きたまはん。
・
天人の供養したてまつる所の、
現在十方の佛、
其の數恒沙の如く、
世閒に出現したまふも、
・
衆生を安穩ならしめんが故に、
亦、是の如き法を說きたまふ。
第一の寂滅を知ろしめして、
方便力を以ての故に、
・
種種の道を示すと雖も、
其れ、實には佛乘の爲なり。
衆生の諸行、
深心の所念、
・
過去所習の業、
欲性精進力、
及び諸根の利鈍を知ろしめして、
種種の因緣、
・
譬喩、亦、言辭を以て、
應に隨つて方便して說きたまふ。
今、我も亦、是の如し、
衆生を安穩ならしめんが故に、
・
種種の法門を以て、
佛道を宣示す。
我、智慧力を以て、
衆生の性欲を知つて、
・
方便して諸法を說いて、
皆、歡喜することを得せしむ。
舍利弗、當に知るべし、
我、佛眼を以て觀じて、
・
六道の衆生を見るに、
貧窮にして福慧無し。
生死の險道に入つて、
相續して苦、斷えず、
・
深く五欲に著すること、
犛〔めう〕牛〔ご〕の尾を愛するが如し。
貪愛を以て自ら蔽ひ、
盲瞑にして見る所無し、
・
大勢の佛、
及び斷苦の法を求めず。
深く諸の邪見に入つて、
苦を以て苦を捨てんと欲す、
・
是の衆生の爲の故に、
而も大悲心を起こしき。
我、始め道場に坐して、
樹を觀じ、亦、經行して、
・
三七日の中に於て、
是の如き事を思惟しき。
「我が所得の智慧は、
微妙にして最も第一なり。
・
衆生の諸根鈍にして、
樂に著し癡に盲ひられたり。
斯の如きの等〔たぐ〕類〔ひ〕を、
云何にして度す可き」と。
・
乃の時に諸の梵王、
及び諸の天帝釋、
護世四天王、
及び大自在天、
・
幷びに餘の諸の天衆、
眷屬百千萬、
恭敬合掌し禮して、
我に轉法輪を請す。
・
我、即ち自ら思惟すらく、
「若し但、佛乘を讚めば、
衆生、苦に沒在し、
是の法を信ずること能はず。
・
法を破して信ぜざるが故に、
三惡道に墜ちなん。
我、寧ろ法を說かずとも、
疾く涅槃にや入りなん。」
・
尋〔つい〕で過去の佛の、
所行の方便力を念ふに、
「我が今、得る所の道も、
亦、三乘と說く可し」と。
・
・
是の思惟を作す時、
十方の佛、皆、現じて、
梵音を以て我れを慰諭したまふ。
「善哉、釋迦文、
・
第一の導師、
是の無上の法を得たまへども、
諸の一切の佛に隨つて、
方便力を用ひたまふ。
・
我等も亦、皆、
最妙第一の法を得れども、
諸の衆生類の爲に、
分別して三乘と說く。
・
少智は小法を樂つて、
自ら作佛せんことを信ぜず、
是の故に方便を以て、
分別して諸果を說く。
・
復、三乘を說くと雖も、
但、菩薩を敎へんが爲なり」と。
舍利弗、當に知るべし、
我、聖師子の、
・
深浄微妙の音を聞いて、
喜んで「南無佛」と稱す。
復、是の如き念を作す、
「我、濁惡世に出でたり、
・
諸佛の所說の如く、
我も亦、隨順して行ぜん」と。
是の事を思惟し已つて、
即ち波羅奈に趣く。
・
諸法寂滅の相は、
言を以て宣ぶ可からず。
方便力を以ての故に、
五比丘の爲に說く。
・
是れを轉法輪と名づく。
便ち涅槃の音、
及〔お〕以〔よ〕び阿羅漢、
法僧差別の名有り。
・
久遠劫從り來〔このかた〕、
涅槃の法を讚示して
生死の苦、永く盡くすと、
我、常に是の如く說きき。
・
舍利弗、當に知るべし、
我、佛子等を見るに、
佛道を志求する者、
無量千萬億、
・
咸く恭敬の心を以て、
皆、佛所に來至せり。
曾て諸佛に從つて
方便所說の法を聞けり。
・
我、即ち是の念を作さく、
「如來、出でたる所以は、
佛慧を說かんが爲の故なり。
今、正しく是れ、其の德なり。」
・
舍利弗、當に知るべし、
鈍根小智の人、
著相憍慢の者は、
是の法を信ずること能はず。
・
今、我、喜んで畏れ無し、
諸の菩薩の中に於て、
正直に方便を捨てて、
但、無上道を說く。
・
菩薩、是の法を聞いて、
疑網、皆已に除く。
千二百の羅漢、
悉く亦、當に作佛すべし。
・
三世の諸佛の、
說法の儀式の如く、
我、今、亦、是の如く、
無分別の法を說く。
・
諸佛世に興出したまふことは、
懸〔はるか〕に遠くして値〔ち〕遇〔ぐう〕したてまつること難し。
正使ひ、世に出でたまへども、
是の法を說きたまふこと復、難し。
・
無量無數劫にも、
此の法を聞くこと亦、難し。
能く是の法を聴く者、
斯の人、亦復、難し。
・
譬へば優曇華の、
一切、皆、愛樂し、
天、人の希有とする所にして、
時時に乃し、一たび出ずるが如し。
・
法を聞いて歡喜し讚めて、
乃至、一言をも鈸すは、
即ち爲〔こ〕れ已に、
一切の三世の佛を供養するなり。
・
是の人、甚だ希有なること、
優曇華に過ぎたり。
汝等、疑ひ有ること勿れ、
我は爲れ諸法の王なり。
・
普く諸の大衆に告ぐ、
但、一乘の道を以て、
諸の菩薩を敎化して、
聲聞の弟子無し。
・
汝等、舍利弗、
聲聞、及び菩薩、
當に知るべし、是の妙法は、
諸‘佛の祕要なり。(原作物字今諸本改)
・
五濁の惡世には、
但、諸欲に樂著するを以て、
是の如き等の衆生は、
終に佛道を求めず。
・
當來世の惡人は、
佛說の一乘を聞いて、
迷惑して信受せず、
法を破して惡道に墮せん。
・
慚愧淸淨にして、
佛道を志求する者有らば、
當に是の如き等の爲に、
廣く一乘の道を讚むべし。
・
舍利弗、當に知るべし、
諸佛の法、是の如く、
萬億の方便を以て、
宜しきに隨つて法を說きたまふ。
・
其の習學せざる者は、
此れを曉了すること能はず。
汝等、既に已に、
諸佛世の師の、
・
隨宜方便の事を知れり、
復、諸の疑惑無く、
心に大歡喜を生じて、
自ら當に作佛すべしと知れ。』
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