妙法蓮華經序品第一
底本、「國譯大藏經、經部第一卷」(但し改行施し難読以外の傍訓省略又、一部改変)
奥書云、
大正六年六月廿三日印刷、同廿六日發行。昭和十年二月二十四日四刷發行。
發行者、國民文庫刊行會
妙法蓮華經
卷の第一
序品第一
是の如く我れ聞く、一時、佛、王舍城、耆闍崛山の中に住したまひき。
大比丘衆、萬二千人と倶なりき。
皆、是れ阿羅漢なり。
諸漏、已に盡くして、復、煩惱無く、己利を逮得し、諸の有結を盡くして、心に自在を得たり。
其の名を阿若憍陳如、
摩訶迦葉、
優樓頻螺迦葉、
伽耶迦葉、
那提迦葉、
舍利弗、
大目犍連、
摩訶迦旃延、
阿㝹樓駄、
劫賓那、
憍梵波提、
離波多、
畢陵伽婆蹉、
薄拘羅、
摩訶拘絺羅、
難陀、
孫陀羅難陀、
富樓那彌多羅尼子、
須菩提、
阿難、
羅睺羅と曰ふ。
是の如き衆に知識せられたる大阿羅漢等なり。
復、學、無學の二千人あり。
摩訶波闍波提比丘尼、眷屬六千人と倶なり。
羅睺羅の母、耶輸陀羅比丘尼、また眷屬と與〔とも〕に倶なり。
菩薩摩訶薩、八萬人あり。
皆、阿耨多羅三藐三菩提に於て、退轉せず。
皆、陀羅尼を得、樂說辯才あつて、不退轉の法輪を轉じ、無量百千の諸佛を供養し、諸佛の所に於て衆〔もろもろ〕の德本を植ゑ、常に諸佛に稱嘆せらるることを得、慈を以て身を修め、善く佛慧に入り、大智を通達し、彼岸に到り、名稱、普く無量の世界に聞こえて、能く無數百千の衆生を度す。
其の名を文殊師利菩薩、
觀世音菩薩、
得大勢菩薩、
常精進菩薩、
不休息菩薩、
寶掌菩薩、
藥王菩薩、
勇施菩薩、
寶月菩薩、
月光菩薩、
滿月菩薩、
大力菩薩、
無量力菩薩、
越三界菩薩、
跋陀婆羅菩薩、
彌勒菩薩、
寶積菩薩、
導師菩薩と曰ふ。
是の如き等の菩薩摩訶薩、八萬人と倶なり。
〇
爾の時に釋提桓因、其の眷屬、二萬の天子と與に倶なり。
復、名月天子、
普香天子、
寶光天子、
四大天王あり。
其の眷屬、萬の天子と與に倶なり。
自在天子、
大自在天子、其の眷屬、三萬の天子と與に倶なり。
〇
娑婆世界の主、梵天王、
尸棄大梵、
光明大梵等、其の眷屬、萬二千の天子と與に倶なり。
〇
八の龍王あり、難陀龍王、
跋難陀龍王、
娑伽羅龍王、
和修吉龍王、
徳叉迦龍王、
阿那婆達多龍王、
摩那斯龍王、
優鉢羅龍王等なり。
各〔おのおの〕若〔そこ〕干〔ばく〕百千の眷屬と與に倶なり。
〇
四の緊那羅王あり、法緊那羅王、
妙法緊那羅王、
大法緊那羅王、
持法緊那羅王なり。
各、若干、百千の眷屬と與に倶なり。
〇
四の乾闥婆王あり、樂乾闥婆王、
樂音乾闥婆王、
美乾闥婆王、
美音乾闥婆王なり。
各、若干、百千の眷屬と與に倶なり。
〇
四の阿修羅王あり、婆稚阿修羅王、
佉羅騫駄阿修羅王、
毘摩質多羅阿修羅王、
羅睺阿修羅王なり。
各、若干、百千の眷属と與に倶なり。
〇
四の迦樓羅王あり。
大威德迦樓羅王、
大身迦樓羅王、
大滿迦樓羅王、
如意迦樓羅王なり。
各、若干、百千の眷属と與に倶なり。
〇
韋提希の子、阿闍世王、各、若干、百千の眷属と與に倶なり。
〇
各、佛足を禮して、退いて一面に坐しぬ。
爾の時に世尊、四衆に圍遶せられ、供養、
恭敬、
尊重、
讚歎せられて、諸の菩薩の爲めに大乘經の無量義、
敎菩薩法、
佛所護念と名づくるを說きたまふ。
佛、此の經を說き已つて、結跏趺坐し、無量義処三昧に入つて、身心動じたまはず。
是の時に天より曼陀羅華、
摩訶曼陀羅華、
曼殊沙華、
摩訶曼殊沙華を雨(降)らして、佛の上、及び諸の大衆に散じ、普佛世界、六種に震動す。
爾の時に會中の比丘、
比丘尼、
優婆塞、
優婆夷、
天、
龍、
夜叉、
乾闥婆、
阿修羅、
迦樓羅、
緊那羅、
摩睺羅伽、
人、
非人、
及び諸の小王、
轉輪聖王、
是の諸の大衆、未曾有なることを得、歡喜し合掌して、一心に佛を觀たてまつる。
爾の時に佛、眉間白毫相の光りを放つて、東方、萬八千の世界を照したまふに周徧せざること無し。
下、阿鼻地獄に至り、上、阿迦尼吒天に至る。
此の世界に於て盡〔ことごと〕く彼の土の六趣の衆生を見、又、彼の土の現在の諸佛を見、及び諸佛の所說の經法を聞き、幷〔ならび〕に彼の諸の比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷の諸の修行し得道する者を見、復、諸の菩薩摩訶薩の種種の因緣、種種の信解、種種の相貌あつて菩薩の道を行ずるを見る。
復、諸佛の般涅槃したまふ者を見、復、諸佛の般涅槃の後、仏舍利を以て七寶塔を起〔たつ〕るを見る。
〇
爾の時に彌勒菩薩、是の念を作〔な〕さく、
「今〔い〕者〔ま〕、世尊、神變の相を現じたまふ。
何の因緣を以てか而も此の瑞〔ずゐ〕ある。
今、佛世尊は、三昧に入りたまへり。
是の不可思議なる現ぜる希有の事を、當〔まさ〕に以て誰にか問ふべき。
誰か能く答へん者なる。」
復、此の念を作さく、
「是の文殊師利法王子は、已に曾〔かつ〕て、過去無量の諸佛に親近し供養せり。
必ず應〔まさ〕に此の希有の相を見るべし。
我、今、當に問ふべし。」
〇
爾の時に比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷、及び諸の天、龍、鬼神等、咸〔ことごと〕く此の念を作さく、
「是の佛の光明神通の相を、今、當に誰にか問ふべき。」
〇
爾の時に彌勒菩薩、自ら疑ひを決せんと欲し、又、四衆の比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷、及び諸の天、龍、鬼神等の衆會の心を觀じて、文殊師利に問うて言はく、
「何の因緣を以て此の瑞神通の相有つて、大光明を放ちたまふや。
東方萬八千の土を照らしたまふに、悉く彼の佛の國界の莊嚴を見る。」
是〔ここ〕に彌勒菩薩、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を以て問うて曰く、
『文殊師利、
導師、何が故ぞ、
眉間白毫の、
大光、普く照したまふや。
・
曼陀羅、
曼殊沙華を雨らして、
栴檀の香ばしき風、
衆の心を悅可す。
・
是の因緣を以て、
地、皆、嚴淨なり、
而も此の世界、
六種に震動す。
・
時に四部の衆、
咸く皆、歡喜し、
身意快然として、
未曾有なることを得。
・
眉間の光明、
東方、
萬八千の土を照したもうに、
皆、金色の如し。
・
阿鼻獄より、
上、有頂に至るまで、
諸の世界の中の、
六道の衆生、
・
生死の所趣、
善惡の業緣、
受報の好醜、
此〔ここ〕に於て悉く見る。
・
又、諸佛、
聖主師子、
經典の、
微妙第一なるを演說したまふに、
・
其の聲、淸淨に、
柔輭(軟)の音を出だして、
諸の菩薩を敎へたまふこと、
無數億萬、
・
梵音深妙にして、
人をして聞かんと樂(願)はしめ、
各、世界に於て、
正法を講說して、
・
種種の因緣を以てし、
無量の喩へを以て、
佛法を照明し、
衆生を開悟せしめたまふを覩(見)る。
・
若し人、苦に遭うて、
老、病、死を厭ふには、
爲に涅槃を說いて、
諸苦の際を盡くさしめ、
・
若し人、福有りて、
曾て佛を供養し、
勝法を志求するには、
爲に緣覺を說き、
・
若し佛子有りて、
種種の行を修し、
無上慧を求むるには、
爲に淨道を說きたまふ。
・
文殊師利、
我、此に住して、
見聞すること斯の若(如)く、
千億の事に及べり。
是の如く衆多なる、
今、當に畧して說くべし。
・
我、彼の土の、
恒沙の菩薩、
種種の因緣をもつて、
而も佛道を求むるを見る。
・
或は施を行ずるに、
金銀珊瑚、
眞珠摩尼、
硨〔しや蝦)〕磲〔こ(蛄)〕碼〔め〕碯〔なう〕、
・
金剛諸珍、
奴婢車乘、
寶飾の輦輿を、
歡喜して布施し、
・
佛道に囘向して、
是の乘の、
三界第一にして、
諸佛の歎〔ほ〕めたまふ所なるを得んと願ふあり。
・
或は菩薩の、
駟馬の寶車、
欄楯華蓋あると、
軒飾を布施するあり。
・
復菩薩の、
身肉手足、
及び妻子を施して、
無上道を求むるを見る。
・
又菩薩の、
頭目身體を、
欣樂施與して、
佛の智慧を求むるを見る。
・
文殊師利、
我、諸王の、
佛所に往詣して、
無上道を問ひたてまつり、
・
便〔すなは〕ち樂土、
宮殿臣妾を捨てて、
鬚髪を剃除して、
法服を被〔き〕るを見る。
・
或は菩薩の、
而も比丘と作つて、
獨り閑靜に處し、
樂つて經典を誦するを見る。
・
又菩薩の、
勇猛精進し、
深山に入つて、
佛道を思惟するを見る。
・
又欲を離れ、
常に空閑に處し、
深く禪定を修して、
五神通を得るを見る。
・
又菩薩の、
禪に安んじて合掌し、
千萬の偈を以て、
諸法の王を讚めたてまつるを見る。
・
復菩薩の、
智深く、志固く、
能く諸佛に問ひたてまつり、
聞いて悉く受持するを見る。
・
又佛子の、
定慧具足して、
無量の喩へを以て、
衆の爲めに法を講じ、
・
欣樂說法して、
諸の菩薩を化し、
魔の兵衆を破して、
法鼓を擊つを見る。
・
又菩薩の、
寂然宴默にして、
天、龍、恭敬すれども、
爲〔こ〕れを以て喜びとせざるを見る。
・
又菩薩の、
林に處して光を放ち、
地獄の苦を濟〔すく〕ひて、
佛道に入らしむるを見る。
・
又佛子の、
未だ嘗て睡眠せず、
林中に經行して、
佛道を勤求するを見る。
・
又戒を具して、
威儀缺くること無く、
淨きこと寶珠の如くにして、
以て佛道を求むるを見る。
・
又佛子の、
忍辱の力に住して、
增上慢の人の、
惡罵捶打するを、
皆、悉く能く忍んで、
以て仏道を求むるを見る
・
又菩薩の、
諸の戯笑、
及び癡なる眷屬を離れ、
智者に親近し、
・
一心に亂を除き、
念を山林に攝〔をさ〕め、
億千萬歳、
以て佛道を求むるを見る。
・
或は菩薩の、
肴膳飮食、
百種の湯藥を、
佛、及び僧に施し、
・
名衣上服の、
價直千萬なる、
或は無價の衣を、
佛、及び僧に施し、
・
千萬億種の、
栴檀の寶舍、
諸の妙なる臥具を、
佛、及び僧に施し、
・
淸淨の園林、
華果、茂く盛んなると、
流泉浴池とを、
佛、及び僧に施し、
・
是の如き等の施の、
種種微妙なるを、
歡喜し厭くこと無くして、
無上道を求むるを見る。
・
或は菩薩の、
寂滅の法を說いて、
種種に、
無數の衆生を敎詔するあり。
・
或は菩薩の、
諸法の性は、
二相有ること無し、
猶ほ、虛空の如しと觀ずるを見る。
・
又佛子の、
心に所著無くして、
此の妙慧を以て、
無上道を求むるを見る。
・
文殊師利、
又菩薩の、
佛の滅度の後、
舍利を供養するあり。
・
又佛子の、
諸の塔廟を造ること、
無數恒沙にして、
國界を嚴飾し、
・
寶塔高妙にして、
五千由旬、
縱廣正等にして、
二千由旬、
・
一一の塔廟に、
各、千の幢幡あり、
珠を以て交露せる幔あつて、
寶鈴和鳴せり。
・
處の天、龍神、
人、及び非人、
香華伎樂を、
常に以て供養するを見る。
・
文殊師利、
諸の佛子等、
舍利を供せんが爲めに、
塔廟を嚴飾す、
・
國界自然に、
殊特妙好なること、
天の樹王の、
其の華、開敷せるが如し。
・
佛、一の光を放ちたまふに、
我、及び衆會、
此の國界の、
種種に殊妙なるを見る。
・
諸佛は神力、
智慧希有なり、
一の淨光を放つて、
無量の國を照したまふ。
・
我等、此れを見て、
未曾有なることを得。
佛子文殊、
願はくは衆の疑ひを決したまへ。
・
四衆欣仰して、
仁(君)、及び我を瞻(見)る。
世尊、何が故ぞ、
斯の光明を放ちたまふや。
・
佛子、時に答へて、
疑ひを決して、喜ばしめたまへ、
何の饒益する所あつてか、
斯の光明を演(延)べたまふ。
・
佛、道場に坐して、
得たまへる所の妙法、
爲〔さだ〕めて此れを說かんとや欲〔おぼ〕す、
爲めて當に授記したまふべしや。
・
諸の佛土の、
衆寶嚴淨なるを示し、
及び諸佛を見たてまつること、
此れ小〔おぼろ〕げの緣に非ず。
・
文殊、當に知るべし、
四衆龍神、
仁者を瞻察す、
爲めて何等をか說きたまはん。』
〇
爾の時に文殊師利、彌勒菩薩摩訶薩、及び諸の大士に語らく、
「善男子等、我が惟〔すゐ〕忖〔じゆん〕するが如きは、今、佛世尊、大法を說き、法の雨を雨らし、大法の螺を吹き、大法の鼓を撃ち、大法の義を演べんと欲するならん。
諸の善男子、我、過去の諸佛に於て、曾〔かつ〕て此の瑞を見たてまつりしに、斯の光りを放ち已つて、即ち大法を說きたまひき。
是の故に當に知るべし、今、佛の光を現じたまふも亦復、是の如く、衆生をして咸く一切世閒難信の法を聞知することを得せしめんと欲するが故に、斯の瑞を現じたまふならん。
諸の善男子、過去無量無邊不可思議阿僧祇劫の如き、爾の時に佛、有〔ゐ〕ます。
日月燈明如來、應供、正徧知、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、佛、世尊と號づけたてまつる。
正法を演說したまふに、初善、中善、後善なり。
其の義、深遠に、其の語、巧妙に、純一無雜にして、具足淸白、梵行の相なり。
聲聞を求むる者の爲には、應ぜる四諦の法を說いて、生、老、病、死を度し、涅槃を究竟せしめ、辟支佛を求むる者の爲には、應ぜる十二因緣の法を說き、諸の菩薩の爲には、應ぜる六波羅密を說いて、阿耨多羅三藐三菩提を得て、一切種智を成ぜしめたまふ。
次に復、佛有ます、亦、日月燈明と名づけたてまつる。
次に復、仏います、亦、日月燈明と名づけたてまつる。
是の如く二萬の佛、皆、同じく一字にして日月燈明と號づけたてまつる。
又、同じく一姓にして、頗〔は〕羅〔ら〕墮〔だ〕を姓としたまへり。
彌勒、當に知るべし、初佛、後佛、皆、同じく一字にして日月燈明と名づけ、十號具足したまへり、說きたまふ所の法、初、中、後善なり。
其の最後の佛、未だ出家したまはざりし時、八の王子あり、
一をば有意と名づけ、
二をば善意と名づけ、
三をば無量意と名づけ、
四をば寶意と名づけ、
五をば增意と名づけ、
六をば除疑意と名づけ、
七をば響意と名づけ、
八をば法意と名づく。
是の八の王子、威德自在にして、各、四天下を領す。
是の諸の王子、父の出家して阿耨多羅三藐三菩提を得たまへりと聞いて、悉く王位を捨てて、亦、隨ひ出家し、大乘の意(心)を發し、常に梵行を修して、皆、法師と爲れり。
已に千萬の佛の所に於て諸の善本を植ゑたり。
是の時に日月燈明佛、大乘経の無量義、敎菩薩法、佛所護念と名づくるを說きたまふ。
是の經を說き已つて、即ち大衆の中に於て結跏趺坐し、無量義處三昧に入つて、身心動じたまはず。
是の時に天より曼陀羅華、摩訶曼陀羅華、曼殊沙華、摩訶曼殊沙華を雨らして、佛の上、及び處の大衆に散じ、普佛世界、六種に震動す。
爾の時に會中の比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷、天、龍、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦樓羅、緊那羅、摩睺羅伽、人、非人、及び諸の小王、轉輪聖王等、是の諸の大衆、未曾有なることを得て、歡喜し合掌して一心に佛を觀たてまつる。
爾の時に如來、眉閒白毫相の光を放つて、東方萬八千の佛土を照らしたまふに、周徧せざること靡(無)し。
今の見る所の、是の諸の佛土の如し。
彌勒、當に知るべし、爾の時に會中に二十億の菩薩有つて、法を聽かんと樂欲す。
是の諸の菩薩、此の光明の普く佛土を照すを見て、未曾有なることを得て、此の光の所爲因緣を知らんと欲す。
時に菩薩有り、名を妙光と曰う。
八百の弟子有り。
是の時に日月燈明佛、三昧より起つて、妙光菩薩に因せて、大乘經の妙法蓮華、敎菩薩法、佛所護念と名づくるを說きたまふ。
六十小劫、座を起ちたまはず。
時の會の聽者も亦、一處に坐して、六十小劫、身心動ぜず。
佛の所說を聽くこと、食頃の如しと謂へり。
是の時に衆中に、一人の若しは身、若しは心に、懈倦を生ずるもの有ること無かりき。
日月燈明佛、六十小劫に於て是の經を說き已つて、即ち梵、魔、沙門、婆羅門、及び天、人、阿修羅衆の中に於て、此の言〔みこと〕を宣べたまはく、
「如來、今日の中夜に於て、當に無餘涅槃に入るべし。」
時に菩薩あり、名を德藏と曰ふ。
日月燈明佛、即ち其れに記を授け、處の比丘に告げたまはく、
「是の德藏菩薩、次に當に作佛すべし、
号を淨身多陀阿伽度、阿羅訶、三藐三佛陀と曰はん。」
佛、授記し已つて、便ち中夜に於て無餘涅槃に入りたまふ。
佛の滅度の後、妙光菩薩、妙法蓮華經を持つて、八十小劫を滿てて人の爲めに演說す。
日月燈明佛の八子、皆、妙光を師とす。
妙光敎化して、其れをして阿耨多羅三藐三菩提に堅固ならしむ。
是の諸の王子、無量百千萬億の佛を供養し已つて、皆、佛道を成ず。
其の最後に成佛したまふ者、名を燃燈と曰ふ。
八百の弟子の中に一人有り、號を求名と曰ふ。
利養に貪著せり。
復、衆經を讀誦すと雖も而も通利せず、忘失する所、多し。
ゆえに求名と號づく。
是の人亦、諸の善根を種(植)ゑたる因緣を以ての故に、無量百千萬億の諸佛に値〔あ〕ひたてまつることを得て、供養、恭敬、尊重、讃嘆せり。
彌勒、當に知るべし、爾の時の妙光菩薩は、豈に異人ならんや、我が身、是れなり。
求名菩薩は、汝が身、是れなり。
今、此の瑞を見るに、本と異ること無し。
是の故に惟忖するに、今日の如來も當に大乘經の妙法蓮華、敎菩薩法、佛所護念と名づくるを說きたまふべし。」
爾の時に文殊師利、大衆の中に於て、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を說いて言はく、
『我、過去世の、
無量無數劫を念ふに、
佛人中尊、有ましき、
日月燈明と號づけたてまつる。
・
世尊、法を演說して、
無量の衆生、
無數億の菩薩を度して、
佛の智慧に入らしめたまふ。
・
佛、未だ出家したまはざりし時の、
所生の八王子、
大聖の出家を見て、
亦、隨つて梵行を修す。
。
時に佛、
大乘経の無量義と名づくるを說いて、
諸の大衆の中に於て、
爲に廣く分別したまふ。
・
佛、此の經を說き已つて、
即ち法座の上に於て、
跏趺して三昧に坐したまふ、
無量義處と名づく。
・
天より曼陀華を雨らし、
天鼓、自然に鳴り、
諸の天、龍、鬼神、
人中尊を供養したてまつる。
・
一切の諸の佛土、
即時に大いに震動す。
佛眉閒の光を放つて、
諸の希有の事を現じたまふ、
・
此の光、東方、
萬八千の佛土を照らして、
一切衆生の、
生死の業報處を示したまふ。
・
諸の佛土の、
衆寶を以て莊嚴して、
瑠璃、頗〔は〕棃〔り〕の色なるを見ること有り、
斯れ佛の光の照らしたまふに由る。
・
及び諸の天、人、
龍神、夜叉衆、
乾闥、緊那羅、
各、其の佛を供養するを見る。
・
又、諸の如來の、
自然に佛道を成じて、
身の色、金山の如く、
端嚴にして甚だ微妙なること、
・
淨瑠璃の中、
内に眞金の像を現ずるが如くなるを見る。
世尊、大衆に在〔まし〕まして、
深法の義を敷演したまふ。
・
一一の諸の佛土、
聲聞衆、無數なり。
佛の光の所照に因つて、
悉く彼の大衆を見る。
・
或は諸の比丘の、
山林の中に在つて、
精進し淨戒を持つこと、
猶、明珠を護るが如くなる有り。
・
又、諸の菩薩の、
施、忍辱等を行ずること、
其の數、恒沙の如くなるを見る、
斯れ佛の光の照したまふに由る。
・
又、諸の菩薩の、
深く諸の禪定に入つて、
身心、寂かに動ぜずして、
以て無上道を求むを見る。
・
又、諸の菩薩、
法の寂滅の相を知って、
各、其の國土に於て、
法を說いて佛道を求むるを見る。
・
爾の時に四部の衆、
日月燈佛の、
大神通力を現じたまふを見て、
其の心、皆、歡喜して、
・
各各に自ら相ひ問はく、
「是の事、何の因緣ぞ。」
天、人、所奉の尊、
適〔はじめ〕て三昧處より起つて、
・
妙光菩薩を讚めたまはく、
「汝は爲〔こ〕れ世閒の眼なり。
一切に歸信せられて、
能く法藏を奉持す。
・
我が所說の法の如きは、
唯、汝のみ能く證知せり。」
世尊、既に讚嘆し、
妙光をして歡喜せしめて、
・
・
是の法華經を說きたまふに、
六十小劫を滿てて、
此の座を起ちたまはず。
說きたまふ所の上妙の法、
・
是の妙光法師、
悉く皆、能く受持す。
佛、是の法華を說いて、
衆をして歡喜せしめ已つて、
・
尋〔つ〕いで即ち是の日に於て、
天人衆に告げたまはく、
「諸法實相の義、
已に汝等が爲めに說く、
・
我、今、中夜に於て、
當に涅槃に入るべし。
汝、一心に精進し、
當に放逸を離るべし、
・
諸佛には甚だ値ひ難し、
億劫に時に一たび遇ひたてまつる。」
世尊の諸子等、
佛、涅槃に入りたまはんと聞きて、
・
各各に悲惱を懷く、
「佛、滅したまふこと、一〔いと〕何〔なん〕ぞ速やかなる」と。
聖主法の王、
無量の衆を安慰したまはく、
・
「我、若し滅度しなん時、
汝等、憂怖すること勿れ。
是の德藏菩薩は、
無漏實相に於て、
・
心、已に通達することを得たり、
其れ次に當に作佛すべし。
號を曰つて淨身と爲さん、
亦、無量の衆を度せん。」
・
佛、此の夜、滅度したまふこと、
薪、盡きて火の滅〔き〕ゆるが如し。
諸の舍利を分布して、
無量の塔を起つ。
・
比丘、比丘尼、
其の數、恒沙の如し。
倍〔ますま〕す復、精進を加へて、
以て無上道を求む。
・
此の妙光法師、
佛の法藏を奉持して、
八十小劫の中に、
廣く法華經を宣ぶ。
・
是の諸の八王子、
妙光に開化せられて、
無上道に堅固にして、
當に無數の佛を見たてまつるべし。
・
諸佛を供養し已つて、
隨順して大道を行じ、
相ひ繼いで成佛することを得て、
轉次に而も授記す。
・
最後の天中天をば、號を然燈佛と曰ふ。
諸仙の導師として、
無量の衆を度脫したまふ。
・
是の妙光法師、
時に一〔ひと〕りの弟子有り、
心、常に懈怠を懷いて、
名利に貪著せり。
・
名利を求むるに厭くこと無くして、
多く族姓の家に遊び、
習誦する所を棄捨し、
廢忘して通利せず。
・
是の因緣を以ての故に、
之れを號けて求名と爲す。
亦、諸の善業を行じ、
無數の佛を見たてまつることを得、
・
諸佛を供養し、
隨順して大道を行じ、
六波羅密を具して、
今、釋師子を見たてまつる。
・
其れ、後に當に作佛すべし、
號を名づけて彌勒と曰はん。
廣く諸の衆生を度すること、
其の數、量り有ること無けん。
・
彼の佛の滅度の後、
懈怠なりし者は汝、是れなり。
妙光法師は、
今、則ち我が身、是れなり。
・
我、燈明佛を見たてまつりしに、
本の光瑞、此の如し。
是を以て知りぬ、今の佛も、
法華經を脫かんと欲すならん。
・
今の相、本の瑞の如し、
是れ諸佛の方便なり。
今の佛の光明を放ちたまふも、
實相の義を助發せんとなり。
・
諸人、今當に知るべし、
合掌して一心に待ちたてまつれ。
佛、當に法雨を雨らして、
道を求むる者に充足したまふべし。
・
諸の三乘を求むる人、
若し疑悔有らば、
佛、當に爲に除斷して、
盡くして餘り有ること無からしめたまふべし。』
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