無量義經十功德品第三
底本、「國譯大藏經、經部第一卷」(但し改行施し難読以外の傍訓省略又、一部改変)
奥書云、
大正六年六月廿三日印刷、同廿六日發行。昭和十年二月二十四日四刷發行。
發行者、國民文庫刊行會
十功德品第三
爾の時に大莊嚴菩薩摩訶薩、復、佛に白して言さく、
「世尊、
世尊、是の微妙甚深の無上大乘無量義經を說きたまふ。
眞實、甚深なり。
甚深、甚深なり。
所以は何、此の衆の中に於ける、諸の菩薩摩訶薩、及び諸の四衆、天、龍、鬼神、國王、臣民、諸の有らゆる衆生、是の甚深の無上大乘無量義經を聞いて、陀羅尼門、三法、四果、菩提の心を獲得せずとふこと無し。
當に知るべし、此の法は文理眞正なり、尊にして過上無し、三世の諸仏の守護したまふ所なり、衆魔群道、得入すること有ること無し、一切の邪見生死に壞敗せられず。
所以は何、一たび聞けば、能く一切の法を持つが故になり。
若し衆生有つて、是の經を聞くことを得れば、則ち爲〔こ〕れ大利なり。
所以は何、若し能く修行すれば、必ず疾く無上菩提を成ずることを得ればなり。
其れ衆生有つて、聞くことを得ざる者は、當に知るべし、是等は爲れ大利を失へり。
無量無邊不可思議阿僧祇劫を過ぐれども、終に無上菩提を成ずることを得じ。
所以は何、菩提の大直道を知らざるが故なり。
險徑を行くに、留難多きが故なり。
世尊、是の經典は不可思議なり。
唯、願わくは世尊、廣く大衆の爲めに慈哀して、是の經の甚深不思議の事を敷演したまへ。
世尊、是の經典は何れの所よりか來り、去つて何れの所にか至り、住(留)まりて何れの所にか住まり、乃し是の如き無量の功德不思議の力有つて、衆をして疾く阿耨多羅三藐三菩提を成ぜしむるや。」
〇
爾の時に世尊、大莊嚴菩薩摩訶薩に告げて言たまはく、
「善哉、善哉。
善男子、是の如し、是の如し、汝が言ふ所の如し。
善男子、我、是の經を說くこと、甚深甚深なり、眞實甚深なり。
所以は何、衆をして疾く無上菩提を成ぜしむるが故なり、一たび聞けば能く一切の法を持つが故なり。
諸の衆生に於て大いに利益あるが故なり。
大直道を行くに、留難なきが故なり。
善男子、汝、是の經は何れの所よりか來り、去つて何れの所にか至り、住まつて何れの所にか住まると問ひしことは、當に善く諦かに聽くべし。
善男子、是の經は本〔もと〕、諸佛の室宅の中より來り、
去つて一切衆生の發菩提心に至り、
諸の菩薩の所行の處に住まる。
善男子、是の經は是の如く來り、
是の如く去り、
是の如く住まる。
是の故に此の經は能く是の如き無量の功德不思議の力有つて、衆をして疾く無上菩提を成ぜしむ。
善男子、汝、寧ろ是の經に復、十の不思議の功德の力有ることを聞かんと欲するや不や。」
〇
大莊嚴菩薩、言さく、
「願〔ね〕樂〔が〕はくは聞きたてまつらんと欲す。」
〇
佛、言たまはく、
「善男子、第一に是の經は、能く菩薩の未だ發心せざる者をして菩提心を發さしめ、
慈仁なき者には慈心を起こさしめ、
殺戮を好む者には大悲の心を起こさしめ、
嫉妬を生ずる者には隨喜の心を起こさしめ、
愛著ある者には能捨の心を起こさしめ、
處の慳貪の者には布施の心を起こさしめ、
憍慢多き者には持戒の心を起こさしめ、
瞋恚盛んなる者には忍辱の心を起こさしめ、
懈怠を生ずる者には精進の心を起こさしめ、
諸の散亂の者には禪定の心を起こさしめ、
愚痴多き者には智慧の心を起こさしめ、
未だ彼を度すること能はざる者には彼を度する心を起こさしめ、
十惡を行ずる者には十善の心を起こさしめ、
有爲を樂ふ者には無爲の心を志ざさしめ、
心に退心有る者には不退の心を作こさしめ、
有漏を爲す者には無漏の心を起こさしめ、
煩惱多き者には除滅の心を起こさしむ。
善男子、是れを是の經の第一の功德不思議の力と名づく。
〇
善男子、第二の是の經の不可思議の功德力とは、若し衆生有つて是の經を聞くことを得ん者、若しは一轉、若しは一偈、乃至一句もせば、則ち能く百千億の義に通達して、無量數劫にも受持する所の法を演說すること能はじ。
所以は何、其れ是の法は義無量なるを以ての故なり。
善男子、是の經は、譬へば、一の種子より百千萬を生じ、百千萬の中より一一に復、百千萬數を生じ、是の如く展轉して、乃至無量なるが如し。
是の經典も亦復、是の如し。
一法より百千の義を生じ、
百千の義の中より一一に復、百千萬數を生じ、
是の如く展轉して乃至無量無邊の義あり。
是の故に此の經を無量義と名づく。
善男子、是れを是の經の第二の功德不思議の力と名づく。
〇
善男子、第三の是の經の不可思議の功德力とは、若し衆生有つて是の經を聞くことを得て、若しは一轉、若しは一偈、乃至一句もせば、百千萬億の義に通達し已つて、煩惱有りと雖も煩惱無きが如く、生死に出入すとも怖畏の想ひ無けん。
諸の衆生に於て憐愍の心を生じ、一切の法に於て勇健の思ひを得ん。
壯(盛)んなる力士の、諸の有らゆる重き者を能く擔〔にな〕ひ、能く持つが如し。
是の持經の人も亦復、是の如し。
能く無上菩提の重き寶を荷い、
衆生を擔ひ負うて、生死の道を出だす。
未だ自ら度すること能はざれども、已に能く彼を度せん。
猶、船師の身、重病に嬰〔かか〕り、四體、御〔をさ〕まらずして、此の岸に安止すれども、好き堅牢の舟船あつて、常に諸の彼を度する者の具を辨ぜるを、給ひ與へて去らしむるが如し。
是の持經の者も亦復、是の如し。
五道諸有の身、百八の重病に嬰り、恒〔つ〕常〔ね〕に相ひ纒はれて、無明老死の此の岸に安止せりと雖も、而も堅牢なる此の大乘經の無量義には、能く衆生を度することを辨ずること有り。
說の如く行ずる者は、生死を度することを得。
善男子、是れを是の經の第三の功德不思議の力と名づく。
〇
善男子、第四の是の經の不可思議の功德力とは、若し衆生有つて、是の經を聞くことを得て、若しは一轉、若しは一偈、乃至一句もせば、勇健の想ひを得て、未だ自ら度せずと雖も、而も能く他を度せん。
諸の菩薩と與にして以て眷屬と爲し、諸佛如來、常に是の人に向つて而も法を演說したまはん。
是の人、聞き已つて悉く能く受持し、隨順して逆はず、轉〔また〕復、人の爲めに宜しきに隨つて廣く說かん。
善男子、是の人は譬へば國王と夫人と新たに王子を生まんに、
若しは一日、若しは二日、若しは七日に至り、
若しは一月、若しは二月、若しは七月に至り、
若しは一歳、若しは二歳、若しは七歳に至り、
復、國事を領理すること能はずと雖も、已に臣民に宗〔貴〕び敬はられ、諸の大王の子を以て伴侶と爲し、王、及び夫人、愛心、偏へに重くして、常に與に共に語らん。
所以は何、稚小なるを以ての故にといはんが如し。
善男子、是の持經の者も亦復、是の如し。
諸佛の國王と是の經の夫人と和合して、共に是の菩薩の子を生ず。
若し是の菩薩、是の經を聞くことを得て、若しは一句、
若しは一偈、
若しは一轉、
若しは二轉、
若しは十、
若しは百、
若しは千、
若しは萬、
若しは億萬恒河沙無量無數轉せんに、復、眞理の極を體〔さと〕ること能はずと雖も、復、三千大千の國土を震動し、雷奮梵音をもつて大法輪を轉ずること能はずと雖も、已に一切の四衆、八部に宗(貴)み仰がれ、諸の大菩薩を以て眷屬とせん。
深く諸佛の祕密の法に入つて、演說する所、違ふこと無く、失〔とが〕無く、常に諸佛に護念せられて、慈愛、偏へに覆はれん。
新學なるを以ての故なり。
善男子、是れを是の經の第四の功德不思議の力と名づく。
〇
善男子、第五の是の經の不可思議の功德力とは、若し善男子、善女人、若しは佛の在世にもあれ、若しは滅度の後にもあれ、其れ是の如き甚深の無上大乘無量義經を受持し讀誦し書寫すること有らんに、是の人、復、縛煩惱を具して、未だ諸の凡夫の事を遠離すること能はずと雖も、而も能く大菩薩の道を示現し、一日を延べて以て百劫と爲し、百劫を亦能く促(縮)めて一日と爲して、彼の衆生をして歡喜し信伏せしめん。
善男子、是の善男子、善女人、譬へば龍の子、始めて生れて七日にして、即ち能く雲を興し、亦能く雨を降らすが如し。
善男子、是れを是の經の第五の功德不思議の力と名づく。
〇
善男子、第六の是の經の不可思議の功德力とは、若し善男子、善女人、若しは佛の在世にもあれ、若しは滅度の後にもあれ、是の經典を受持し讀誦せば、煩惱を具すと雖も、而も衆生の爲めに法を說いて、煩惱生死を遠離し、一切の苦を斷ずることを得せしめん。
衆生、聞き已つて修行して、得法、得果、得道すること、佛如來と與に等しくして差別無けん。
譬へば、王子、復、稚小なりと雖も、若し王の巡遊し、乃〔お〕以〔よ〕び疾病するには、是の王子に委〔まか〕せて國事を領理せしむ。
王子、是の時に、大王の命に依つて、法の如く群僚百官を敎令し、正化を宣流するに、國土の人民、各、其の要に隨つて、大王の治するが如く、等しくして異ること有ること無きが如し。
持經の善男子、善女人も、亦復、是の如し。
若しは佛の在世にもあれ、若しは滅度の後にもあれ、是の善男子、未だ初不動地に住することを得ずと雖も、佛の是の如く敎法を用說したまふに依つて、而も之れを敷演せんに、衆生、聞き已つて一心に修行せば、煩惱を斷除して、得法、得果、乃至得道せん。
善男子、是れを是の經の第六の功德不思議の力と名づく。
〇
善男子、第七の是の經の不可思議の功德力とは、若し善男子、善女人、佛の在世に於てもあれ、若しは滅度の後にてもあれ、是の經を聞くことを得て、歡喜し信樂して希有の心を生じ、受持し讀誦し書寫し解說し說の如く修行し、菩提心を發し、諸の善根を起こし、大悲の意を興して、一切の苦惱の衆生を度せんと欲せば、未だ六波羅密を修行することを得ずと雖も、六波羅密、自然に在前し、即ち是の身に於て無生法忍を得、生死、煩惱一時に斷壞して、菩薩の第七の地に昇らん。
譬へば、健人の、王の爲めに怨を除くに、怨、既に滅び已れば、王、大いに歡喜し、半國の封を賞賜して、悉く以て之れを與へんが如し。
持經の善男子、善女人も、亦復、是の如し。
諸の行人に於て最も是れ勇健なり。
六度の法寶求めざるに自ら至ることを得、生死の怨敵、自然に散壞して、無生忍を證し、半佛國の寶、封賞安樂ならん。
善男子、是れを是の經の第七の功德不思議の力と名づく。
〇
善男子、第八の是の經の不可思議の功德力とは、若し善男子、善女人、若しは佛の在世にもあれ、若しは滅度の後にもあれ、人有つて能く是の經典を得ん者をば、敬信すること佛身を視たてまつるが如くにして、等しくして異ることなからしめ、是の經を愛樂して、受持し讀誦し書寫し頂戴し、法の如く奉行し、戒、忍を堅固にし、兼ねて檀度を行じ、深く慈悲を發して、此の無上大乘無量義經を以て、廣く人の爲めに說かん。
若し人の先より來〔このかた〕、都〔す〕べて罪福ありと信ぜざる者には、是の經を以て、之れに示して、種種の方便を設け、强て化して信ぜしめん。
經の威力を以ての故に、其の人の信心を發し、欻〔こつ〕然〔ねん〕として廻することを得ん。
信心既に發して、勇猛精進なるが故に、能く是の經の威德勢力を得て、得道、得果せん。
是の故に善男子、善女人、化の功徳を蒙るを以ての故に、男子にもあれ、女人にもあれ、即ち是の身に於て、無生法忍を得、上地に至ることを得て、諸の菩薩と與に以て眷屬と爲し、速かに能く衆生を成就し佛國土を淨め、久しからずして無上菩提を成ずることを得ん。
善男子、是れを是の經の第八の功德不思議の力と名づく。
〇
善男子、第九の是の經の不可思議の功德力とは、若し善男子、善女人、若しは佛の在世にもあれ、若しは滅度の後にもあれ、是の經を得ること有つて歡喜踊躍し、未曾有なることを得て、受持し讀誦し書寫し供養し、廣く衆人の爲めに是の經の義を分別し解說せん者は、即ち宿業の餘罪重障、一時に滅盡することを得て、便ち淸淨なることを得、大辯を逮得し、次第に諸波羅密を莊嚴し、諸の三昧、首楞嚴三昧を獲、大總持門に入り、勤精進力を得て、速かに上地に越ゆることを得、善能〔二字よ〕く分身散體して十方の國土に遍じ、一切二十五有の極苦の衆生を拔濟して、悉く解脫せしめん。
是の故に是の經は此〔かく〕の如きの力、有り。
善男子、是れを是の經の第九の功德不思議の力と名づく。
〇
善男子、第十の是の經の不可思議の功德力とは、若し善男子、善女人、若しは佛の在世にもあれ、若しは滅度の後にもあれ、若し是の經を得て大歡喜を發し、希有の心を生じ、既に自ら受持し讀誦し書寫し供養し說の如く修行し、復、能く廣く在家出家の人を勸めて、受持し讀誦し書寫し供養し、說の如く修行せしめん。
既に餘人をして是の經を修行せしむる力の故に、得道、得果せん。
皆、是の善男子、善女人の慈心をもつて、懃化するの力に由〔よ〕るが故なり。
是の善男子、善女人、即ち是の身に於て、即ち無量の諸の陀羅尼門を逮得し、凡夫地に於て、自然に、初時に、能く無數阿僧祇の弘誓の大願を發し、深く能く一切衆生を救ふことを發し、大悲を成就し、廣く能く諸の苦を拔き、厚く善根を集めて一切を饒益せん。
而も法の澤(沾)ひを演べて洪〔おほい〕に枯涸に潤し、能く法の藥を以て諸の衆生に施し、一切を安樂ならしめ、漸く超登して法雲地に住るを見ん。
恩澤、普く潤ひ、慈被、外〔ほか〕無く、苦の衆生を攝〔をさ〕めて、道跡に入らしめん。
是の故に此の人は、久しからずして阿耨多羅三菩提を成ずることを得ん。
善男子、是れを是の經の第十の功德不思議の力と名づく。
〇
善男子、是の如き無上大乘無量義經は、極めて大威神の力有り、
尊にして過上無し、
能く諸の凡夫をして、皆、聖果を成じ、
永く生死を離れて、皆、自在なることを得せしむ。
是の故に是の經を無量義と名づくるなり。
能く一切衆生をして、凡夫地に於て、諸の菩薩の道〔だう〕芽〔げ〕を生起せしめ、功德の樹をして鬱茂扶踈增長せしむ。
是の故に此の經をば、不可思議の功德力と號(名)づく。」
〇
時に大莊嚴菩薩摩訶薩、及び八萬の菩薩摩訶薩、聲を同じうして佛に白して言さく、
「世尊、仏の說きたまふ所の如き甚深微妙の無上大乘無量義經は、文理眞正なり。
尊にして過上無し。
三世の諸佛の共に守護したまふ所なり。
衆魔群道、得入すること有ること無し。
一切の邪見生死に壞敗せられず。
是の故に此の經は、乃し是の如き十の功德不思議の力、有るなり。
大いに無量の一切衆生を饒益し、
一切の諸の菩薩摩訶薩をして、各、無量義三昧を得、
或は百千の陀羅尼門を得せしめ、
或は菩薩の諸地、諸心を得せしめ、
或は緣覺、羅漢の四道果の證を得せしむ。
世尊、慈愍して、快く我等の爲めに是の如き法を說きたまひて、我をして大いに法利を獲せしめたまふ。
甚だ爲〔こ〕れ奇特にして未曾有なり。
世尊の慈恩、實に報ず可きこと難し。」
〇
是の語を作し已りし、爾の時に三千大千世界、六種に震動し、上空の中より復、種種の天華、
天優鉢羅華、
鉢曇摩華、
拘物頭華、
分陀利華を雨らし、
又、無數の種種の天香、
天衣、
天瓔珞、
天無價寶を雨らして、上空の中より旋轉來下し、佛、及び諸の菩薩、聲聞、大衆に供養す。
天厨の天鉢器には、天の百味、充滿盈溢し、色を見、香を聞(齅)ぐに自然に飽足す。
天幢、
天幡、
天軒蓋、
天妙樂具、處處に安置し、天の伎樂を作して佛を歌嘆したてまつる。
又復、六種に東方恒河沙等の諸佛の世界を振動す。
亦天華、天香、天衣、天瓔珞、天無價寶を雨らし、天厨の天鉢器には、天の百味あり。
色を見、香を聞ぐに自然に飽足す。
天幢、天幡、天軒蓋、天妙樂具、處處に安置し、天の伎樂を作して、彼の佛、及び諸の菩薩、聲聞、大衆を歌嘆す。
南、
西、
北方、
四維上下も亦復、是の如し。
〇
爾の時に佛、大莊嚴菩薩摩訶薩、及び八萬の菩薩摩訶薩に告げて言たまはく、
「汝等、當に此の經に於て深く敬心を起こし、
法の如く修行し、
廣く一切を化して、
懃心に流布せしむべし。
常に慇懃に、晝夜に守護して、諸の衆生をして、各、法利を獲せしむべし。
汝等、眞に是れ大慈大悲なり。
以て神通の願力を立てて、是の經を守護して、疑滯せしむること勿れ。
當來世に於て必ず廣く閻浮提に行ぜしめて、一切衆生をして、見聞し、讀誦し、書寫し、供養することを得せしめよ。
是れを以ての故に、亦、疾く汝等をして速かに阿耨多羅三藐三菩提を得せしめん。」
〇
是の時に大莊嚴菩薩摩訶薩、八萬の菩薩摩訶薩と與に、即ち座より起つて佛の所〔みもと〕に來詣して、頭面に足を禮し、遶ること百千匝して、即ち前(進)んで胡跪し、俱に聲を同うして佛に白して言さく、
「世尊、
我等、快く世尊の慈愍を蒙りぬ。
我等が爲めに是の甚深微妙の無上大乘無量義經を說きたまふ。
敬(謹)んで佛勅を受けて、
如來の滅後に於て、
當に廣く是の經典を流布せしめ、
普く一切をして受持し、
讀誦し、
書寫し、
供養せしむべし。
唯、願はくは憂慮を垂れたまふこと勿れ。
我等、當に願力を以て、
普く一切衆生をして、
此の經を得て、
見聞し讀誦し書寫し供養して、
是の經の威神の福を得せしむべし。」
〇
爾の時に佛、讚めて言たまはく、
「善哉、善哉。
諸の善男子、汝等、今、眞に是れ佛子なり。
弘き大慈大悲をもつて、深く能く苦を拔き厄を救ふ者なり。
一切衆生の良福田なり。
廣く一切の爲めに大良導師と作る。
一切衆生の大依止處なり。
一切衆生の大施主なり。
常に法利を以て廣く一切に施すべし。」
〇
爾の時に大會、皆、大いに歡喜して、佛の爲めに禮を作し、受持して而も去る。
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