摩訶般若波羅蜜經(小品般若波羅蜜經)卷第七


小品般若波羅蜜經卷第七

後秦龜茲國三藏鳩摩羅什譯

● 深功德品第十七

● 伽提婆品第十八

● 阿毗跋致覺魔品第十九



小品般若波羅蜜經卷第七

● 深功德品第十七

爾の時に須菩提白して佛に言さく、

「希有なり世尊。

 是の阿毗跋致菩薩、大功德を成就す。

 世尊。

 能く說きき、阿毗跋致菩薩を、恒河沙等の相貌を。

 是の相貌を說き則ち是れ深般若波羅蜜の相を說きき」と。

佛言たまはく、

「善哉、善哉、須菩提。

 汝、能く諸菩薩らが甚深の相を說きき。

 須菩提。

 甚深の相、是れ空の義なりて即ち是れ相無かりて、作無かりて、起無かなりて、生無かりて、滅無かりて、所有無かりて、染の寂滅も無かれば涅槃の義をも遠離す」と。

「世尊。

 但、是の空義のみなるや、乃ち涅槃義に至るまでなるや、一切法義に非ざるは。」

「須菩提。

 一切法も亦、是れ甚深なる義なり。

 何を以ての故に。須菩提。

 色は甚深なりて受想行識も甚深なり。

 云何が色甚深なりて≪その如き≫が如く(如如)甚深なるや。

 云何が受想行識甚深なりて≪その如き≫が如く(如如)甚深なるや。

 須菩提。

 色無くして是の色、甚深なれば。

 受想行識無くして是の識、甚深なれば。」

須菩提言さく、

「希有なり世尊。

 微妙なる方便を以て色を障じて涅槃を示し、受想行識を障じて涅槃を示したまひき。」

佛、須菩提に告げたまはく、

「菩薩、若し能く是れ深般若波羅蜜に於て思惟し觀察せば、般若波羅蜜の敎へに如く。

 我は應に是の學に如くべし、般若波羅蜜の說に如くべし、我は應に是の行に如くべし。

 是の菩薩、是の如く思惟修習し乃ち一日に至り、作せる功德は限量有ること無し。

 須菩提。

譬へて如くは多欲の人、欲して覺らんとするも亦多くして、他の端正なる女人と共に期したり。

 此の女、監礙し、期を失し至らざりき。

 須菩提。

 その意に於て云何。

 是の多欲の人、欲して覺らんとし何法と相應を爲すべきや」と。

「世尊。

 是の多欲の人、但、起ちて覺らんと欲し、此の女を憶想する念ひに相應したるのみ。

 當に久しからずして至らん、我當に之に坐臥を與へ、戲笑すべし。」

「須菩提。

 その意に於て云何。

 是の人一日一夜に起ちて幾ら念ひ欲しき。」

「世尊。

 是の人一日一夜に起ちて念ひ甚だ多き。」

「須菩提。

 若し菩薩、深般若波羅蜜の敎に如きて思惟し學習せば則ち退轉過惡には離れん。

 捨てたるは若干劫數生死の難をなり。

 是の菩薩一日の中に深般若波羅蜜に應じて作する功德、菩薩の深般若波羅蜜に遠離し恒河沙劫に於て布施する功德に於て勝れり。

 復、次に須菩提。

 若し菩薩、般若波羅蜜を離れ恒河沙劫に於て須陀洹、斯陀含、阿那含、阿羅漢、辟支佛、諸佛を供養せば、その意に於て云何。

 其の福多きや不や。」

須菩提言さく、

「甚だ多き、世尊。

 無量無邊なり、不可稱數なり。」

佛言たまはく、

「如らざる菩薩、深般若波羅蜜に於いて說の如く修行し乃ち一日に至り其の福、甚だ多し。

 何を以ての故に。

 菩薩の般若波羅蜜の行、能く聲聞、辟支佛地を過ぎ菩薩位に入り、阿耨多羅三藐三菩提を得たれば。

 復、次に須菩提。

 若し菩薩、恒河沙劫に於て般若波羅蜜を離れ、布施し持戒し忍辱し精進し智慧を禪定せば、その意に於て云何。

 其の福多きや不や。」

須菩提言さく、

「甚だ多き、世尊。」

佛言たまはく、

「如からざる菩薩、深般若波羅蜜に於て說の如く修行し乃ち一日に至る布施、持戒、忍辱、精進、禪定の智慧、其の福甚だ多し。

 復、次に須菩提。

 若し菩薩、恒河沙劫に於て般若波羅蜜を離れ衆生に法施せば、その意に於て云何。

 其の福多きや不や。」

須菩提言さく、

「甚だ多き、世尊。」

佛言たまはく、

「如からざる菩薩、深般若波羅蜜に於て說の如く修行し乃ち一日に至る衆生への法施、其の福甚だ多し。

 何を以ての故に。

 若し菩薩、般若波羅蜜を離れずして即ち是れ薩婆若を離れざれば。

 復、次に須菩提。

 若し菩薩、恒河沙劫に於て般若波羅蜜を離れ修行するは三十七品なれどもその意に於て云何。

 其の福多きや不や。」

須菩提言さく、

「甚だ多き、世尊。」

佛言たまはく、

「如からざる菩薩、般若波羅蜜の敎の如くに住して乃ち一日に至り修行したるは三十七品なれど其の福、甚だ多し。

 何を以ての故に。

 若し菩薩、般若波羅蜜を離れざらずば薩婆若を退失する是處の有ることは無けん。

 復、次に須菩提。

 若し菩薩、恒河沙劫に於て般若波羅蜜を離れ是の財施法施、禪定功德を以て阿耨多羅三藐三菩提廻向するにその意に於て云何。

 其の福多きや不や。」

須菩提言さく、

「甚だ多き、世尊」と。

佛言たまはく、

「如からざる菩薩、深般若波羅蜜に於て說の如く修行し乃ち一日に至り財施法施、禪定功德ありて阿耨多羅三藐三菩提に廻向する其の福、甚だ多し。

 何を以ての故に。

 是れ第一の廻向なり、所謂、深般若波羅蜜を離れざれば。」

須菩提白して佛に言さく、

「世尊。

 佛の所說の如くに一切の起法を作し皆是れ憶想分別せば、云何が菩薩の得る福甚だ多しと說く」と。

「須菩提。菩薩、般若波羅蜜を行ずる時に亦、能く觀察して是の作起する功德、空なりて所有も無し。

 虛誑不實にして堅牢相は無し。

 若し菩薩、能く觀ずる隨にして則ち深般若波羅蜜を離れざる隨に深般若波羅蜜に離れずば即ち無量阿僧祇の福德を得ん。」

「世尊。

 無量阿僧祇に何か差別有る」と。

「須菩提。

 阿僧祇は數ふ可からざる盡なり。

 無量は諸量數を過ぐ。」

「世尊。

 頗る因緣有りても色亦も無量なりて受想行識亦も無量なるや。」

佛言たまはく、

「有り、須菩提。

 色亦も無量なりて受想行識亦も無量なり」と。

「世尊。

 無量とは是れ何らの義なりや。」

「須菩提。

 無量とは即ち是れ空の義なりて即ち是れ相無く義を作すことも無きなり。」

「世尊。

 無量、但是れ空義なるのみや、餘の義非ずや。」

「須菩提。

 その意に於て云何。

 我が一切法空なりと說かざりきや。」

「世尊、說く耳み。」

「須菩提。

 若し空即ち是れ無盡なりて若し空即ち是れ無量なれば是の故に此の法義中に差別有ることは無し。

 須菩提。

≪その如きに來たれる(如來)≫が所說の無盡、無量、空、無相、無作、無起、無生、無滅、無所有、無染涅槃、但、名字を以てすのみなる方便なるが故に說きき。」

須菩提言さく、

「希有なり世尊。

 諸法の實相、說き得可からずして而も今、之れを說きき。

 世尊。

 我が佛の所說義を解く如くんば一切法皆、不可說なり」と。

「是の如し、是の如し須菩提。

 一切法皆、不可說なり。

 須菩提、一切法空相にして說き得可からず。」

「世尊。

 是れ不可說なる義なり、增す無く減る無くして若し爾らば、檀波羅蜜も亦、應に增す無く減るも無かるべし。

 尸羅波羅蜜、羼提波羅蜜、毗梨耶波羅蜜、禪波羅蜜も亦、應に增す無く減るも無かるべし。

 若し是れ諸波羅蜜、增す無く減るも無かれば菩薩、云何が是の無增無減なる波羅蜜を以て阿耨多羅三藐三菩提を得、阿耨多羅三藐三菩提に近づかんや。

 世尊。

 若し菩薩、諸波羅蜜增減せば則ち阿耨多羅三藐三菩提に近づく能はじ。」

「是の如し、是の如し須菩提。

 不可說なる義なり、增す無く減るも無し。

 善く方便を知れ。

 菩薩、般若波羅蜜を行じ般若波羅蜜を修する時に、是の念を作さず、『檀波羅蜜、若しは增し若しは減る』と。

 是の念を作す、『是れ檀波羅蜜、但、名字有るのみ』と。

 是の菩薩布施の時に是の念是の心及び諸善根に皆、如の阿耨多羅三藐三菩提の相に廻向せん。

 須菩提。

 善く方便を知れ。

 菩薩、般若波羅蜜を行じ般若波羅蜜を修する時、是の念を作さず、『尸羅波羅蜜、若しは增し若しは減り、羼提波羅蜜、毗梨耶波羅蜜、禪波羅蜜、若しは增し若しは減る』と。

 須菩提。

 善く方便を知れ。

 菩薩、般若波羅蜜を行じ般若波羅蜜を修する時に是の念を作さず、『般若波羅蜜、若しは增し若しは減る』と。

 是の念を作す、『般若波羅蜜、但、名字有るのみ』と。

 智慧を修す時に是の念ひに、是の心に、是の善根にその如きの阿耨多羅三藐三菩提の相に廻向せん。」

須菩提白して佛に言さく、

「世尊。

 何等か是れ阿耨多羅三藐三菩提なりとすや」と。

「須菩提。

 阿耨多羅三藐三菩提とは即ち是れ≪その如き≫が如く(如如)に增減無し。

 若しは菩薩ら常に行じ、應に念ずるが如くに即ち阿耨多羅三藐三菩提に近づくべし。

 是の如し、須菩提。

 不可說なる義なり、增しも減るも無きと雖も而も諸念は退かず、諸波羅蜜をは退かず。

 菩薩、是の行を以て則ち阿耨多羅三藐三菩提に近づき而して亦、菩薩の行をも退かず。

 是の念ひを作す者、近く阿耨多羅三藐三菩提を得ん。」

「世尊。

 菩薩ら前心に阿耨多羅三藐三菩提に近づき、後心に阿耨多羅三藐三菩提に近づきて、世尊。

 前心、後心に各各、俱ならず。

 後心、前心に亦各、俱ならず。

 世尊。

 若し前心、後心、俱ならざれば菩薩らが諸善根、云何が增長を得んや。」

「須菩提。

 その意に於て云何。

 如くは然燈の時なり。

 初めの焰の燒炷の爲に後の焰も爲に燒くるや。」

「世尊。

 初めの焰、燒くるに非ずして亦、初めの焰を離れず。

 後の焰、燒くるに非ずして亦、後の焰を離れず。」

「須菩提。

 その意に於て云何。

 是れ炷(燃)ゆるや。燃ゆるや不や。」

「世尊。

 是れ炷えたり。實に燃えたり。」

「須菩提。

 菩薩も亦、是の如し。

 初心に阿耨多羅三藐三菩提を得たるに非ずして亦、初心を離れず。

 後心に阿耨多羅三藐三菩提を得たるに非ずして亦、後心を離れず。

 そして得。」

「世尊。

 是の因緣法、甚深なり。

 菩薩ら初心に阿耨多羅三藐三菩提を得たるに非ずして亦、初心を離れずして得。

 後心に阿耨多羅三藐三菩提を得たるに非ずして亦、後心を離れず而も阿耨多羅三藐三菩提を得きとは。」

「須菩提。

 その意に於て云何。

 若し心已に滅して是の心、更に生ずるや不や。」

「不也、世尊。」

「須菩提。

 その意に於て云何。

 若し心生じて是れ滅相なりや不や。」

「世尊。

 是れ滅相なり。」

「須菩提。

 その意に於て云何。

 是の滅相の法、當に滅すべきや不や。」

「不也、世尊。」

「須菩提。

 その意に於て云何。

 亦、是の如き住、≪その如き≫が如く(如如)にして住すや不や。」

「世尊。

 亦、是の如き住、≪その如き≫が如く(如如)にして住せり。」

「須菩提。

 若し是の如く住して≪その如き≫が如く(如如)に住せば即ち是れ常なりや。」

「不也、世尊。」

「須菩提。

 その意に於て云何。

 是の≪その如き(如)≫、甚深なりや不や。」

「世尊。

 是の≪その如き(如)≫、甚深なり。」

「須菩提。

 その意に於て云何。

 是の≪その如き(如)≫即ち是れ心なりや不や。」

「不也、世尊。」

「須菩提。

≪その如き(如)≫を離れ是れ心なりや不や。」

「不也、世尊。」

「須菩提。

 汝、≪その如き(如)≫を見るや不や。」

「不也。世尊。」

「須菩提。

 その意に於て云何。

 若し人、是の如く行ぜば是れ甚深なる行なりや不や。」

「世尊。

 若し人、是の如く行ぜば是れ無處に行を爲すや。

 何を以ての故に。

 是の人、一切諸行を行ぜざれば。」

「須菩提。

 若し菩薩、般若波羅蜜を行じ何處に於てか行じん。」

「世尊。

 第一義中に於て行ず。」

「須菩提。

 その意に於て云何。

 若し菩薩、第一義中に於て行ぜば是の人の相も行ずるや不や。」

「不也、世尊。」

「須菩提。

 その意に於て云何。

 是の菩薩、諸相を壞するや不や。」

「不也、世尊。」

「須菩提。

 その意に於て云何。

 菩薩、云何が諸相を壞すと爲す。」

「世尊。

 是の菩薩、是の如からずして學し、我が菩薩道を行ずるに是の身に於て諸相を斷じき。

 若し是れら諸相を斷ずれば未だ佛道をは具足せずして當に聲聞を作すべき。

 世尊。

 是れ菩薩の大方便力なり。

 是れら諸相を過ぐるを知り而も相無きをも取らず。」

爾の時に舍利弗、須菩提に語らく、

「若し菩薩、夢中に三解脫門を修し、空なりて無相なりて無作なり。

 これ般若波羅蜜を增益する不や。」

「若し晝日に增益せば夢中にも亦、應に增益すべし。

 何を以ての故に。

 佛、晝夜夢中にも說きて等異無きが故に。

 舍利弗。

 若し菩薩、般若波羅蜜を修して即ち般若波羅蜜有らば是の故に夢中に亦、應に般若波羅蜜增益すべし。

 舍利弗。

 若し人、夢中に起業し是の業、果報有りや不や。

 佛、一切法を夢の如く說き、應に果報有るべからざるや。

 若し覺り分別し應に果報有るべきや。

 舍利弗。

 若し人、夢中に殺生し覺り已りて分別し我、是れを快く殺せりとせば是の業は云何。」

「須菩提。

 緣無かれば則ち業も無きなり。

 緣無くて思ひは生ぜず。」

「是の如し、舍利弗。

 緣無くして則ち業も無し、緣無き思ひをは生ぜず。

 緣有りて則ち業は有り、緣有りて則ち思ひをば生ず。

 若し心、行じて見聞に於て覺り法を知る中に、心有りて垢を受けし、心有りて淨らを受けてし是の故に舍利弗。

 因緣有りて業起こり、因緣無きに非ずして因緣の思ひ生ずる有り。

 因緣無きに非ず。」

舍利弗問ひて須菩提に言さく、

「若し菩薩、夢中に布施し阿耨多羅三藐三菩提に廻向せば是の布施、名づけて廻向と爲すや不や。」

「舍利弗。

 彌勒菩薩、今現在に座し佛の阿耨多羅三藐三菩提の記を授く、之れに問ひを以てす可し。

 彌勒當に答ふべけん。」

舍利弗即ち彌勒菩薩に問へらく、

「須菩提言さく、是の事、彌勒當に答ふべけんと」と。

彌勒菩薩、舍利弗に語らく、

「所言の彌勒の當に答ふべけんとは、舍利弗。

 今、彌勒の名字を以て答ふるや。

 若しは色を以て答ふるや。受想行識の答ふるや。

 若しは色空を以て答ふるや。受想行識空の答ふるや。

 是の色空、答ふ能はずして受想行識空も答ふ能はじ。

 舍利弗。

 我、都て是れら法の能く所答有るをは見ず。

 亦、答ふる者をも見ずして及ち所答の人、所用の答法、答ふ可き法をも。

 我、亦、是の法の阿耨多羅三藐三菩提の受記をも見ず。」

舍利弗、彌勒菩薩に語らく、

「說く法の如き、此の法證すや不や。」

彌勒言さく、

「我、說く法の隨ならずして證を得き。」

舍利弗、是の念を作さく、

「彌勒菩薩、智惠甚深なり。

 長夜に般若波羅蜜を行じきが故に」と。

爾の時に佛、舍利弗が心の所念を知りて語りて舍利弗に言たまはく、

「その意に於て云何。

 汝、是の法を見、是の法を以て阿羅漢を得きや不や」と。

「不也、世尊。」

「舍利弗。

 菩薩も亦、是の如く般若波羅蜜を行ず。

 方便有るが故に是の念を作さず、『是の法、阿耨多羅三藐三菩提の記を受く』とは。

『已に記を受けき、今に記を受く、當に記を受くべし』とは。

 若し菩薩、是の如くに行ぜば即ち是れ般若波羅蜜の行なりて畏れず、得もせず、阿耨多羅三藐三菩提をは。

 我、勤行精進し必ず當に阿耨多羅三藐三菩提を得べし。

 舍利弗、菩薩、應に常に驚かず、怖れず。

 若し惡獸の中に在りても應に驚き怖るべからず。

 何を以ての故に。

 菩薩、應に是の念を作すべかれば、『我今、若し惡獸の噉らふが爲に我、當に施し與ふべし』と。

『願はくは檀波羅蜜を具足すを以て當に阿耨多羅三藐三菩提に近づくべし』と。

『我、當に是の如くに勤行精進し阿耨多羅三藐三菩提を得べし』と。

 その時に世界の中に一切畜生道は無し。

 若し菩薩、怨賊中に在りても應に驚き怖るべからず。

 何を以ての故に。

 菩薩の法、應に身命を惜しむべからずして是の念を作すべかれば、『若し我が命を奪う者有らば是の中に應に瞋恚生ずべからず、』と。

『願はくは羼提波羅蜜の具足を以て當に阿耨多羅三藐三菩提に近づくべし』と。

『我、應に是の如く勤行精進し阿耨多羅三藐三菩提を得べし』と。

 その時に世界の中に怨賊及び諸寇惡の有ることは無し。

 若し菩薩、水無き處に有りても應に驚き怖るべからずして是の念を作すべし、『我應に一切衆生が爲に說法し渴を除くべし』と。

 若し我、渴乏し命終せんとせば應に是の念を作すべし、『是れら衆生の福德無きが故に此の水無きの處在らん』と。

『我、應に是の如くに勤行精進し阿耨多羅三藐三菩提を得べき』と。

 その時に世界の中の水無きの處にも亦、衆生をして勤行精進し諸福德を修さしめばその世界の中に自然にして而して八功德水有らん。

 復、次に舍利弗、若し菩薩、飢饉の中に在りても應に驚き怖るべからず。

 是の念を作さん、『我應に是の如く勤行精進し阿耨多羅三藐三菩提を得べし』と。

 その時世界の中に是の如き飢饉の患ひ有ることは無し。

 快樂を具足し須むるに隨意に應じ、念へば即ち至りてこれ忉利天上如し、念ふを皆得ん。

 若し菩薩、是の如く驚かず怖れざれば當に知るべし是の菩薩、能く阿耨多羅三藐三菩提を得んと。

 復、次に舍利弗。

 若し菩薩、疾疫處に在りても應に驚き怖るべからず。

 何を以ての故に。

 是の中に病ふ可き法の無きが故に。

 我應に是の如く勤行精進し、阿耨多羅三藐三菩提を得べし。

 その時に世界の中に一切衆生、三病有ること無し。

 我當に勤行精進し諸の佛所行を隨ふべし。

 復、次に舍利弗。

 菩薩、若し阿耨多羅三藐三菩提を念じて久しくして乃ち得可くとも應に驚き怖るべからず。

 何を以ての故に。

 世界の前際より已來、一念の頃(間)に如く。

 應に久遠の想を生ずべし、應に念ざるべし、前際是れ久遠なりとは。

 前際、久遠を爲すと雖も而もただ一念と相應す。

 是の如くに舍利弗。

 若し菩薩、久しくして乃ち阿耨多羅三藐三菩提を得ても應に驚き怖れ退沒すべからず。」

● 伽提婆品第十八

爾の時に會中に一女人有り、字は恒伽提婆なり。

座從り而して起ちき。

偏へに右肩を袒はし右膝を地に著け合掌し佛に向かひて白して佛に言さく、

「世尊。

 我、是の事に於て驚かず、怖れず。

 我、來世に於て亦、衆生が爲に斯くの要を演說せん。

 即ち持てる金華を佛に散らし當に佛の頂上、虛空が中に住すべし」と。

時に佛、微笑したまひき。

阿難、座從り起ち偏へに右肩を袒はし右膝を地に著け合掌し佛に向かひて白して佛に言さく、

「世尊。

 何の因、何の緣に而も微笑を發したまふ。

 諸佛らが常法、因緣無きを以ては而も笑みはぜず」と。

佛、阿難に告げたまはく、

「是れ恒伽提婆女人、當に來世星宿劫中に於て而も成佛を得べかれば。

 號を金花と曰さん。

 今、轉じたる女身も男子と爲るを得、阿閦佛土に生ず。

 彼の佛所に於て常に梵行を修し命終の後、一佛土從り一佛土に到り常に梵行を修し乃ち阿耨多羅三藐三菩提を得るに至るまでにも諸佛らを離れず。

 譬へば轉輪聖王の如く、一觀從り一觀に到り生從り終に到り足は地を蹈まずして阿難。

 此の女亦、是の如くに一佛土從り一佛土に到り常に梵行を修し乃ち阿耨多羅三藐三菩提を得るに至るまでにも常に佛を離れず。」

阿難、是の念を作さく、

「爾の時、菩薩の衆會、諸佛らが會の如くならん」と。

佛、即ち阿難の心の所念を知り告げて阿難に言たまはく、

「是の如し、是の如し當に知るべし爾の時の菩薩の衆會、諸佛らが會の如くなりと。

 阿難。

 是の金花佛、聲聞にして涅槃に入る者ら無量無邊にして計數す可からず。

 其の世界中に諸惡獸、怨賊の難無し、亦、飢饉、疾病の患ひも無し。

 阿難。

 是の金花佛、阿耨多羅三藐三菩提を得る時、是の如き等の怖畏の難は無し。」

阿難白して佛に言さく、

「世尊。

 是の女人、何處にか於て初めて阿耨多羅三藐三菩提の善根を種ゑきや」と。

「阿難。

 是の女人、燃燈佛所に於て初めの善根を種ゑき。

 是の善根を以て阿耨多羅三藐三菩提に廻向し亦、持てる金華を燃燈佛に散じたてまつりて阿耨多羅三藐三菩提を求めき。

 阿難。

 爾の時に我、五莖華を以て燃燈佛に散じて阿耨多羅三藐三菩提を求めき。

 燃燈佛、我が善根の淳淑を知りたまひ即ち我に授けたまひき、阿耨多羅三藐三菩提の記を。

 時に此の女人、我が受記を聞き即ち發して願言すらく、『我も亦、是の如くに未來世に於て當に受記を得べし』と。

 今、この如くして、是の人、阿耨多羅三藐三菩提の記受けき。

 阿難。

 是の人、燃燈佛所に於て初めの善根を種ゑ阿耨多羅三藐三菩提心を發しき。」

阿難白して佛に言さく、

「世尊。

 是の人、則ち久しく阿耨多羅三藐三菩提の行の習ひを爲したるや」と。

佛言たまはく、

「是の如し阿難。

 是の人、久しく阿耨多羅三藐三菩提の行を習しき。」

爾の時に須菩提白して佛に言さく、

「世尊。

 若し菩薩、般若波羅蜜を行じんと欲さば云何が應に空を習ふべき。

 云何が應に空の三昧に入るべき」と。

佛、須菩提に告げたまはく、

「菩薩、般若波羅蜜を行じて應に觀ずべし、色の空なるを。

 應に觀ずべし受想行識の空なるを。

 應に不散心を以て觀ずべし、法の所見無くして亦、證するも無きを。」

須菩提言さく、

「世尊。

 佛が所說の如き、菩薩の應に空を證すべからずとは、云何が菩薩、空三昧に入りて而も空を證せざるや」と。

「須菩提。

 若し菩薩、空を觀じこれを具足し本に已に心を生じたれば但、空を觀ずるのみなり。

 而して空を證ぜざれば、我は當に空を學したるべし。

 今是れを學する時にして是れを證ずる時に非らず。

 深く心を攝めず、緣中に於て繫す。

 爾の時に菩薩、助道の法を退せずして亦、漏を盡くしもせず。

 何を以ての故に。

 是の菩薩、大智慧、深き善根有るが故に能く是の念を作さく、『今は是れ學ぶ時なり』と。

『是れ證する時に非ず。

 我、般若波羅蜜を得んが爲の故に』と。

 須菩提。

 譬へて如くはある人、勇健多力なり、傾動す可きと雖も容儀端正にして人は愛敬したり。

 善く兵法を解し器仗精銳なりて六十四能く皆悉くに具足したり。

 餘の伎術に於ても鍊解せざること無し。

 人の爲に愛念して凡そ有る所作、皆、成辦を得き。

 是の利を以ての故に多所に饒益す。

 衆の咸く宗敬し復、歡喜を倍す。

 是の人、小因緣有り。父母を扶侍し妻子を攜將(携率)す。

 經て險道艱難の處を過ぎき。

 安隱に勸めて父母妻子を喩し恐怖無からしめんとし是の言を作さく、『此の路、險しくして多く怨賊有りと雖も必ず安隱を得ん』と。

『他に躓頓することも無からん』と。

 其の人の智力成就し前に敵無きが故に、能く父母妻子をしめ此の衆難を免らしむ。

 城邑聚落村舍に到り得て傷失するも無かりき。

 心、大歡喜せば諸怨賊に於く惡心をも生ぜず。

 何を以ての故に。

 是の人の一切伎術、鍊解せざるは無きなれば。

 險道中に於ても人衆を多なる怨賊に於て化作したれば。又、執持するの器仗の精銳をも。

 かるがゆゑに彼の諸怨賊ら皆、自らに退散したりき。

 是の故に此の人、敢て能く自ら必ず安隱なりて患ひ無かりき。

 是の如し、是の如くに須菩提。

 菩薩ら、一切衆生に緣し、心慈三昧に繫し、諸結使を過ぎ及ち結使を助け、法に諸魔及び魔を助くる者らを過ぎ、聲聞、辟支佛地をも過ぎ、住ずは空三昧なりて而も漏を盡くさず。

 須菩提。

 爾の時に菩薩、空の解脫門を行じて而も相無きをも證さず亦、相有るにも墮さず。

 譬へば鳥の虛空に飛んで而も墮落せざるが如し。

 虛空に於て行き而も空に住せず。

 須菩提。

 菩薩も亦、是の如し。

 若しは空を行じ空を學し、無相を行じ無相を學し、無作を行じ無作を學して未だ諸佛法を具足せずして而も空、無相、無作に墮さず。

 譬へて如くは工みに射るの人、射法に於て善くせば仰ぎて虛空に射たりき。

 箭と箭ら相ひ柱なりて隨意に久しく近くして能く墮さざらしめき。

 是の如し、須菩提。

 菩薩、般若波羅蜜を行じて方便の所護の故に第一の實際を證せずして阿耨多羅三藐三菩提の善根を成就を欲するが爲の故に、阿耨多羅三藐三菩提を成就する時乃ち第一實際を證す。

 是の故に須菩提。

 菩薩、般若波羅蜜を行じて應に是の如くに思惟すべし、諸法の實相、而も證をは取らず、と。」

須菩提白して佛に言さく、

「世尊。

 菩薩の所爲、甚だ難し。

 最も希有と爲す。

 能く是の如くに學び亦、證を取らず」と。

佛、須菩提に告げたまはく、

「是れ菩薩ら、一切衆生を捨てざるが故に是の如き大願を發す。

 須菩提。

 若し菩薩、是の如き心を生じきとす、『我應に一切衆生を捨てざるべし、應に當に之れを度すべし』と。

 即ち空三昧解脫門、無相無作三昧解脫門に入らん。

 是の時に菩薩、中道に實際を證さず。

 何を以ての故に。

 是の菩薩、方便の所護の爲の故に。

 復、次に須菩提。

 菩薩、若し是の如き深定、所謂、空三昧解脫門、無相無作三昧解脫門に入らんと欲さば是の菩薩、先づ應に是の念を作すべし、『衆生、長夜に衆生らが相に著したり』と。

『所得有るに著したり』と。

『我、阿耨多羅三藐三菩提を得て當に是れら諸見を斷ずべし、而して爲に說法せん』と。

 即ち空三昧解脫門に入らん。

 是の菩薩、是の心及び先の方便力を以ての故に、中道に實際を證せず亦、慈悲喜捨三昧をも失はず。

 何を以ての故に。

 是の菩薩、方便力を成就したるが故に。

 倍すに復、善法を增長させ、諸根通利し亦、菩薩諸力の諸覺を增益させん。

 復、次に須菩提。

 菩薩、是の念を作さく、『衆生、長夜に我相に於て行じたり』と。

『我、阿耨多羅三藐三菩提を得て當に是の相を斷ずべし、而して爲に說法せん』と。

 即ち無相三昧解脫門に入らん。

 是の菩薩、是の心及び先の方便力を以ての故に、中道に實際を證せず亦、慈悲喜捨三昧をも失はず。

 何を以ての故に。

 是の菩薩、方便力を成就したるが故に。

 倍すに復、善法を增長させ、諸根通利し亦、菩薩諸力の諸覺を增益させん。

 復、次に須菩提。

 菩薩、是の念を作さく、『衆生、長夜に常想、樂想、淨想、我想を行じたり』と。

『是の想の所作有るを以て我、阿耨多羅三藐三菩提を得、是れら常想、樂想、淨想、我想を斷じ、而して爲に說法せん』と。

『是れらの法、無常なるて是れ常に非ざれば。

 是れた苦なりて樂に非ざれば。

 不淨にしてに淨らに非ず、無我にして我に非ざれば』と。

 是の心及び先の方便力を以て未だ佛三昧を得ざりて未だ佛法を得ざりて未だ阿耨多羅三藐三菩提を證さずと雖も而も能く無作三昧解脫門に入り中道に實際をは證さず。

 復、次に須菩提。

 菩薩、是の如き念を作さく、『衆生、長夜に所得有るを行じ今も亦、所得有るを行じたり』と。

『先に有相を行じ今も亦、有相を行じたり』と。

『先に顚倒を行じ今も亦、顚倒を行じたり』と。

『先に和合相を行じ今も亦、和合相を行じたり』と。

『先に虛妄相を行じ今も亦、虛妄相を行じたり』と。

『先に邪見を行じ今も亦、邪見を行じたり』と。

『我當に勤行精進し阿耨多羅三藐三菩提を得べし、衆生が爲に是の如き諸相を斷ち而して爲に說法せん、此の諸過を過ぎさせん』と。

 須菩提。

 菩薩、是の如く一切衆生を念じて是れ心及び先の方便力を以ての故に觀ず、深く法の相を、若しは空をも、若しは相無きをも、作す無きをも、起つ無きをも、生ずる無きをも、所有無きをも。

 須菩提。

 菩薩是の如き智慧を成就じ、若しは三界に住し、若しは作して法を起こすに墮する者、是處有ることは無し。

 復、次に須菩提。

 菩薩、阿耨多羅三藐三菩提を得んと欲し應に餘の菩薩に問ふべし、『是れら諸法に於て、應に云何が學ぶべき』と。

『云何が生ぜしめん、心の空に入るを、しかも空を證せざるを、相も無きに、作すも無きに、起つも無きに、生ずるも無きに、所有も無きに入るを』と。

『所有無くして證せざるを』と。

『而して能く般若波羅蜜を修習せん』と。

 菩薩、若しは是の如くに答へん、『但、應に空を念ふべきのみ』と。

『相も無きと、作すも無きと、起つも無きと、生ずるも無きと、所有も無きと念ふべきのみ』と。

 先の心をは敎へず、先の心をは說かず、當に知るべし是れ菩薩、過去佛に於て未だ阿耨多羅三藐三菩提の記を受け得ず未だ阿毗跋致地に住せりと。

 何を以ての故に。

 是の菩薩、阿毗跋致菩薩の共ならざる相(不共相)を說く能はざれば。

 正しく示し正しく答ふ能はざれば。

 當に知るべし是の菩薩、未だ阿毗跋致地にも到らずと。」

「世尊。

 云何が是れ阿毗跋致なりと知る」

「須菩提。

 若し菩薩、若しは聞き若しは聞かずしても能く是の如くに正しく答へば當に知るべし是れ、阿毗跋致と爲すと。」

「世尊。

 是の因緣を以ての故に衆生、多く菩提を行じて能く是の如く正答する者、少なきや。」

「須菩提。

 菩薩有りて能く阿毗跋致の記を得る者は少なし。

 若し受記を得ば則ち能く是の如く正答せん。

 當に知るべし是の菩薩、善根明淨なりと。

 當に知るべし是の菩薩は、一切世間、天、人、阿修羅らが及ぶ能はざる所なりと。」

● 阿毗跋致覺魔品第十九

佛、須菩提に告げたまはく、

「若し菩薩摩訶薩、乃ち夢中に至るまでも三界、及聲び聞、辟支佛地にも貪著せざれば一切法夢の如きと觀じ而も證をも取らず。

 須菩提。

 當に知るべし是れ阿毗跋致菩薩が相なりと。

 復、次に須菩提。

 若しは菩薩が夢中に見るは佛處なり。

 それ大衆の高座上坐に在りて、無數なる百千萬比丘及び無數なる百千萬億大衆、恭敬圍遶し而して爲に說法せり。

 須菩提。

 當に知るべし是れ阿毗跋致菩薩が相なりと。

 復、次に須菩提。

 菩薩夢中に自ら見みたるは其の身をなり。

 それ虛空に於て在り大衆が爲に說法せり。

 その身に大光を見き。

 覺め已りて是の念を作さく、『我、三界夢の如しと知る』と。

『必ず當に應に阿耨多羅三藐三菩提を得べし、而して衆生が爲に是の如き法を說かん』と。

 須菩提。

 當に知るべし是れ阿毗跋致菩薩が相なりと。

 復、次に須菩提。

 云何が當に知るべきや、菩薩、阿耨多羅三藐三菩提を得たる時に其の世界中に一切皆、三惡道の名無きを。

 須菩提。

 若し菩薩が夢中に見て畜生の是の願を作さく、我當に勤行精進し阿耨多羅三藐三菩提を得ん時、其の世界中に一切皆、三惡道の名は無かるべしと。

 須菩提。

 當に知るべし是れ阿毗跋致菩薩が相なり。

 復、次に須菩提。

 菩薩、若し城郭に火の起こるを見、即ち是の念を作さく、『我が夢中に所見の如き相貌なり、菩薩は是の如き相貌を成就す』と。

 當に知るべし是れ阿毗跋致菩薩なり。

 若し我に是の相貌有らば阿毗跋致を作す者なり。

 此れ實語力を以ての故に。

 此の城郭の火、今當に滅盡せんとし若し火、滅盡せば當に知るべし是の菩薩、已に先佛に於て阿耨多羅三藐三菩提の記を受け得きと。

 若し火滅せずば當に知るべし是の菩薩、未だ受記を得ずと。

 若し是の火、一家を燒き、一家を置きて一里を燒き、一里をは置きて、須菩提。

 當に知るべし是の衆生、破法の重罪有り。

 是の破法の餘殃に今世に現受すと。

 須菩提。

 是の因緣を以て當に知るべし是れ阿毗跋致菩薩が相なりと。

 復、次に須菩提。

 今當に更に說くべし、阿毗跋致菩薩が相貌を。

 須菩提。

 若しは男、若しは女、鬼の所著と爲る。

 菩薩、此れに於て應に是の念を作すべし、『若し我、已に先佛に於て阿耨多羅三藐三菩提の記を受け得たれば深心に欲し阿耨多羅三藐三菩提を得ん』と。

『若し我が所行淸淨なれば、聲聞、辟支佛心をも離れ必ず當に應に阿耨多羅三藐三菩提を得べし。

 應に今現在十方無量阿僧祇佛に於て得ざるべきこと非じ』と。

『是れら諸佛ら知らざるは無し。

 見ざるは無く、得ざるも無く、證せざるも無し。

 若し諸佛ら、我が深心を知らば必ず當に阿耨多羅三藐三菩提を得ん。

 此の實語力を以ての故に。

 今、是の男女、非人が爲に所持されたれば非人、當に疾く去るべし』と。

 若し是の菩薩、是の語を說く時、非人去らざれば當に知るべし是の菩薩、先佛に未だ阿耨多羅三藐三菩提の記を授くを與へられざりきと。

 須菩提。

 若し菩薩、是の語を說く時、非人去らば當に知るべし是の菩薩、已に先佛に於て阿耨多羅三藐三菩提の記を受くを得きと。

 復、次に須菩提。

 有る菩薩、未だ受記を得ざりて而も作して誓願すらく、『若し我、已に先佛に於て受記を得たれば非人、今當に是の人を捨て去るべし』と。

 惡魔即ち便ち其所に來至し非人をして去らしむれば、何を以ての故に。

 惡魔が威力、非人に勝るが故に。

 非人は即ち去らん。

 菩薩、此れに於て便ち自ら念言すらく、『是れ我が力の故に非人遠去したりき』と。

 而して惡魔の力をは知る能はず。

 是の事を以ての故に惡賤なる諸餘菩薩らを輕蔑すらく、『我、先佛に於て已に受記を得き、是れら諸人等、先佛所に於て未だ阿耨多羅三藐三菩提の記を受けず』と。

 是の因緣を以て憍慢を增長さしめ、憍慢の因緣を以ての故に遠離す、薩婆若を、佛の無上なる智慧を。

 是の菩薩、少き因緣を以て憍慢に於て生じて當に知るべし是れ方便有ること無きが爲に必ず二地に、若しは聲聞地、若しは辟支佛地に墮さん。

 是の如し、須菩提。

 是の誓願の因緣の起こるを以てに於て魔事なり。

 菩薩、此れに於て若し善知識に親近せざれば魔が爲の所縛となる。

 轉じて更に牢固なり。

 須菩提。

 當に知るべし是れ菩薩が魔事と爲すと。

 復、次に須菩提。

 惡魔欲して名字の因緣を以て壞亂させんとしたり。

 菩薩に種種の形を作させんとし、菩薩所に到り而して是の言を作く、『汝、善男子。諸佛已に汝に阿耨多羅三藐三菩提の受記を與へり』と。

『汝、今の字は是れ、父母の字は是れ、兄弟姊妹、知識の字は是れ』と乃ち七世父母に至るまでも皆、其の名字をも說きき。『汝、生ずるは某國某城、某聚落、某家なり』と。

 若しは是の人、性行柔和ならば便ち說かん、『其の先世も性行柔和なり』と。

 若しは其の性急なれば亦復說かん、『其の先世も性急なり』と。

 若しは是の人、『阿練若(寂靜處)の法を受けたり』と。

 若しは『乞食』、若しは『衣を著納せり』と。

 若しは『食後に漿を飲まざり』て、若しは『一坐に食し、若しは節量して食したり』と。

 若しは『死屍の間を往』き、若しは『空地に坐』し、若しは『樹下に坐』し、若しは『常に坐して臥せ』ず、若しは『敷坐に隨ふ』と。

 若しは『少く欲して遠離を知るに足』り、若しは『脚に塗油を受けず』、若しは『樂ふこと少く語りて論も少なし』と。

 惡魔亦說きて其の先世も阿練若法乃ち樂少く語りて論少なきにまで至り、汝、今世に頭陀の功德有れば先世にも亦、『頭陀の功德有り』とまをしき。

 是の菩薩、上の如き名字を說き及び頭陀の功德をまで說くを聞き是の因緣を以ての故に憍慢心生じき。

 即時に惡魔復、是の言を作さく、『汝、過去に於て已に阿耨多羅三藐三菩提の記を受けき』と。

 何を以ての故に。

『まさに阿毗跋致の功德の相貌なれば。

 汝、今之れ有り』と。

 須菩提。

 我が所說の阿毗跋致菩薩が眞實相貌、是の人有ること無し。

 須菩提。

 當に知るべし是れ菩薩、魔が爲に所著さると。

 何を以ての故に。

 阿毗跋致菩薩が相貌、是の人有ること無くば。

 但、惡魔が所說の名字を聞くのみにして則ち便ち輕んじ賤めき、諸餘の菩薩らを。

 須菩提。

 當に知るべし是の菩薩、名字の因が故に魔事に於て起こすと。

 復、次に須菩提。

 復、有る菩薩、名字の因の故に魔事に於て起こしき。

 所謂、魔、其所に至り是の言を作さく、『汝、先佛に於て阿耨多羅三藐三菩提の記を受くを得き』と。

『汝、作佛の時、名號是の如し』と。

 是れ菩薩、本なる所願の名號、魔が所說に同じき。

 無智にして方便無きが故に便ち是の念を作さく、『我、阿耨多羅三藐三菩提を得たる時、所願の名號、是れ比丘が所說、我が本願に同じきならん』と。

 便ち惡魔が隨に所著さる。

 比丘、其の語を信受し但、名字の因緣の因のみの故に則ち便ち輕んじ賤めき、諸餘の菩薩らを。

 須菩提。

 我が所說の眞實なる阿毗跋致菩薩が相貌、是の人有ること無き。

 輕慢の因緣を以ての故に遠離せん、薩婆若を、佛の無上なる智慧をも。

 是の菩薩、若しは方便及び善知識を離れ、惡知識に遇ひ當に墮つべし、二地に。若しは聲聞地、若しは辟支佛地に。

 須菩提。

 若し是の菩薩、即ち此身に於て先の諸心を悔いなば遠離せん、聲聞、辟支佛地を。

 當に久しく生死に在し乃ち復、般若波羅蜜の因に還りて得べし、阿耨多羅三藐三菩提を。

 何を以ての故に。

 是の諸心が罪、重きが故に。

 譬へば比丘が四重禁を犯したるが如し、若しは一に、若しは二にも。

 則ち沙門には非ず、また非らじ、釋種子にも。

 是の菩薩、名字を以て餘の菩薩らを輕んじめたるが故に其所に罪を獲、四禁に於て重ねたれば。

 須菩提。

 是の四禁をは置きて是の如きの罪、五逆に於て重ねたれば。

 所謂、名字を以ての故に憍慢心を生じたれば。

 須菩提。

 是れ名字の因緣を以て此の微細の魔事は起きき。

 菩薩、應に當に之れを覺るべし。

 覺り已りて遠離せよ。

 復、次に須菩提。

 惡魔、菩薩の行を遠離す有るを見、便ち其所に至りて是の言を作さく、『善男子。行を遠離するは如來の常に稱讚する所なり』と。

 須菩提。

 我は說かず、菩薩に遠離をは、阿練若處に、空閑處に、山間樹下に、曠絕の處に於て在りても。」

「世尊。

 若し阿練若處、空閑處、山間樹下、曠絕の處に遠離せずと名づくるもの、更に何等か遠離有りや。」

「須菩提。

 若し菩薩、聲聞、辟支佛心を遠離し、是の如くに遠離し、若しは聚落に近づいても亦、遠離と名づく。

 若しは阿練若處、空閑處、山間樹下、曠絕之處に在りても亦、遠離と名づく。

 須菩提。

 是の如き遠離、我が聽き許したるなり。

 若し菩薩、晝夜に修行し是の如く遠離し、若しは聚落に近づいても亦、遠離と名づく。

 若し阿練若處、空閑處、山間樹下、曠絕之處に在りても亦、遠離と名づく。

 須菩提。

 若しは惡魔が稱讚の遠離、阿練若處、空閑處、山間樹下、曠絕の處、是の菩薩、是の如きを遠離す有りと雖も而も聲聞、辟支佛心をは遠離したらじ。

 般若波羅蜜を修さず、一切智慧の具足を爲さずして是れ則ち名づけて雜糅行者と爲す。

 是の菩薩、是の遠離を行じて則ち淸淨ならず。

 餘の菩薩、聚落の近くに住すを輕んじめき。

 心清淨なれば聲聞、辟支佛心の者、不雜惡、不善の法を遠離し、諸禪定背捨三昧、諸神通力を得ん。

 般若波羅蜜に通達せば是れ方便無し。

 若し菩薩、百由旬の空曠處に在りと雖も、但、鳥獸のみ、寇賊のみ、惡鬼のみ有りて所行する處に住す。

 若しは百千萬億歲に、若しは是の數を過ぎて而も知る能はず、眞なる遠離の相をは。

 眞なる遠離に遠ざかりて知らず、深心に發す阿耨多羅三藐三菩提心をも。

 是の如き菩薩亦名づけて憒鬧行者とす。

 若しは是の如き遠離に貪著し依止し是れ則ち我が心を喜がしむ能はず。

 何を以ての故に。

 我が聽き許したるの遠離行中には是の人をは見ず、是の人有ることは無し。

 是の如き遠離は、須菩提。

 復、有る惡魔、菩薩所に到り虛空中に住し是の言を作さく、『善哉、善哉、汝、所行の者』と。

『是れ眞なる遠離なり。佛が稱讚の所なり』と。

『是の遠離を以て汝當に疾く阿耨多羅三藐三菩提を得ん』と。

 是の菩薩、遠離所從りして聚落に來至し、餘の比丘求佛道者を見れば心性和柔なり。

 便ち輕慢を生じて『汝、是れ憒鬧行者よ』と。

 須菩提。

 是の菩薩、憒鬧なるを以て眞に遠離と爲す、眞なる遠離を以て憒鬧と爲す。

 是の如き說、其の過惡、恭敬心を生ぜず。

 應に恭敬して而して輕慢に反すべし。

 應に輕慢して而して恭敬に反すべし。

 是の念を作く、『我見たる非人、我を念ひて而も來たり、我を助て而も來たり、佛の聽き許す所なりて眞なる遠離の行なり、我、則ち之れを行ぜん』と。

 汝、聚落に近き、誰が當に汝を念ずべき、『誰が當に汝を助くべき』と。

 是の念を作し已りて餘の菩薩、この淸淨の行者らを輕んじめき。

 須菩提。

 當に知るべし是の人是れ、菩薩の旃陀羅(下等民)なりと。

 當に知るべし是の人、汚餘菩薩なり、臭穢不淨なりと。

 當に知るべし是の人是れ、菩薩が似像にすぎじと。

 當に知るべし是の人、一切世間天人の大賊なりて沙門が形賊なりと。

 須菩提。

 求佛道者は應に是の如きの人に親近ずべからず。

 何を以ての故に。

 是の如き人等、名づけて增上慢者と爲せば。

 須菩提。

 若し菩薩、薩婆若を愛惜し、阿耨多羅三藐三菩提を愛惜し、深心に欲して阿耨多羅三藐三菩提を得んとし、欲して一切衆生に利益さしめんとせば、應に是の如き等の人らに親近すべからず。

 求佛道者は常に己利を求む。

 常に應に厭離すべし、怖畏を、三界を。

 此の人中に於て當に生ずべし、慈悲喜捨の心を。

 我、當に是の如くに懃行精進すべし。

 阿耨多羅三藐三菩提を得ん時、是の如き惡は無し。

 若し其の起これば當に疾く除滅すべし。

 須菩提。

 是の如き行をば是れ菩薩智慧の力と爲す。」

小品般若波羅蜜經卷第七







Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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