多香鳥幸謌、附眞夜羽王轉生——小説88
以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。
四面四維に喚く。
故、携帯電話に怒鳴りながらにタクシーを喚ぶ。
外に出る。
外で待ちながら、硝子戸向こうの背後に已むとも思えぬ怒號と狂騒の渦なす音響を遠く聞く気持ち、あなたはご存じか?
ご理解いただけるか?
廿日市まで無言で歸る。
一重は時に唇をだけわななかせる。
フェリーはもうなかった。故、無理やりにホテルを探し、その日は泊まった。
島の山の傾斜、樹木にひっかかった燒け焦げた腐亂躰發見の事。異臭を放ったそれ。身元不明の蛆生うるそれ。あれは久村氏でございましょう。ちがいますか?
あれはあなたの手か?
久村氏、大學には來ていらっしゃらないとのこと。
あなたはまだ生きていられるのか?
生きておるなら聞かれるがよい。
歸ってから毎日見舞うに店も開けず眉村親子引き込むばかり。…何をすればよいものかわからんと。何をする気にもなれぬと。
これは和哉氏。
一重さんは事件についてはなにも云わぬ。ものさえも私には言わぬ。
ただ笑む許り。
9月24日、眞夜羽を憐れみ和哉さん同伴で祇樹古藤園に行く。
何をしでかしたかは知らん。深雪顏中をぐるぐるまきの包帯に掩う。開く孔は鼻のそれのみ。笠原に問う、何があったと。
笠原憚っていう、…旦那さんにはつたえたんですけれども…
眞夜羽と深雪をふたりにし、和哉、問うてもなにも答えず。
眞夜羽、母に明らかに動揺しており。わたしは連れて來たことを後悔した。わたしの愚案だった。わたしの失敗だった。
深雪と、それでもなにか心のふれ合いがあったのか。
その帰り際眞夜羽安静。心おだやか。わたしに冗談口さえ利いた。
次の日、9月25日。何ごともなし。眉村家行けどもだれも出ず。不在かと思う。
9月26日。同じ。
9月27日。町が騒がしき。眉村近所の山倉、沙羅樹院に來る。
山倉曰く、もう三日も眉村を見ていない。眞夜羽も學校に來ていないと聞く。敎師家庭訪問すれど誰も出ず。これあやしきと。
故、これより警察立ち合いで山倉眉村の内に入る。住職も同行恃むと。
故、行く。
呼べど叩けど誰も出ぬ。賠償ならわしがすると山倉緣の戸のガラスを農具置き場のスコップに叩き割る。
土足に入れば異臭。明かりつければその居間に、一重横たわっており。死んだかと思う。見れば目を開け瞬きもする。聲かけれども反応せず。二階に上がった山倉叫ぶ。署に連絡入れておる警官、中斷し駆けあがる。わたしも隨う。二階、すさまじい異臭。
山倉、衾開いた部屋の前に立ってをり。どうしたか?…見よや、と。
見ればそこ、板の間、本人の部屋ならんすでに命なき和哉の慘殺死躰あり。死因わからず。損傷極度。瑕なき皮膚、肉の方が稀か。蠅が無數に部屋の内を舞う。
その中に眞夜羽、眼をむき出して我等を見返る。表情なし。目に心の色なし。硝子珠に粗末なペンキの白でも塗りたくったが如。眞夜羽、その死せる肉を兩手に弄び千切り千切り弄びてただただ彼の無聊をつぶしをるなり。おわかりかりか。
香香美樣。
あなたはまだ生きておいでか。
恥ずかしげもなくに、まだ生きておいでか。
一体あなたは何をしたか?
何物か?
一体だれがあなたを島に呼んだものか!わたしか?たしかにわたしも!
お分かりか。ただ一日にも滿たぬにあなたのまき散らしたこれら損害を。収拾不能の骸どもの無殘の群れを。おわかりか?あなたが自分のその口にその手におった。不意に。
返り見てその匂いの許を探そうとした。
いつか嗅いだ沙羅の花の…地の上に散った…あの匂いを思った。
自信はない。
あんな匂いだったかもしれず、そうじゃなかったかもしれない。
すでに、記憶に痕跡を殘すまえに消え失せてしまった。
あるのは繁る樹木らの靜寂。
だから、僕はその山肌を登るのだった。
樹木の翳りを潜り、何時か竹の冴えた芳香が
多香鳥王
四方を、四維をさえ取り掛こむ。
竹林の中は淡い闇…昏がる明るさのほのか…息を吸った。
頭の上の遙かに声がした…迦迦美與夜。
女とも男ともつかない、ほそい、その幼い声を聴いた。
迦迦美彌波。——今度は右に。
迦迦美汙彌。——今度は左に。
迦迦美許波。——今度は斜めに。
迦迦美荢彌。——今度は垂れさがるように。
迦迦美夜宇。——今度は傍らに撥ねて。
迦迦美婆波。——今度は通り抜けるように。
迦迦美荢波。——今度は背後に。
迦迦美騰淤。——今度は眉の纔かの上に。故に伽伽媺綺姚摩娑ハ笑みそシて返り見れば匂い立つは鐵鍋に茹でる靑い澄んだ湯。海さえ煮立つと綺姚摩娑は思うものの響き渡った無数の笑い聲に邪気はない。
故、綺姚摩娑は沙沙夜玖
——何を煮てる?
——お前に喰うわせる爲にだよ。
少女は云った。
——俺を似てるのに?
綺姚摩娑は笑った。既に綺姚摩娑の四方を取り巻いた九ノたりの少女ら、綺姚摩娑の腰にも満たないにその顏ゝにかぶせた安摩の面の下に微笑む。
——お前が笑んでも見えもしないよ。
謂った綺姚摩娑に一斉に笑う。
按摩の顏はどれがすべて、すこしづつまちがっているのでどれもが違った。あるいは、こちらの方が本当かと綺姚摩娑ハ思う。
——顏、見せな。
綺姚摩娑は云った。
ひとりの安摩がささやく。
——和多志が伽虞破だよ。
ひとりの安摩がささやく。
——和多志が伽虞魔だよ。
ひとりの安摩がささやく。
——和多志が伽虞迦だよ。
ひとりの安摩がささやく。
——和多志が伽虞囉だよ。
ひとりの安摩がささやく。
——和多志が伽虞烏だよ。
ひとりの安摩がささやく。
——和多志が伽虞夜だよ。
ひとりの安摩がささやく。
——和多志が伽虞彭だよ。
ひとりの安摩がささやく。
——和多志が伽虞虵だよ。
ひとりの安摩がささやく。
——和多志が伽虞徽だよ。乎宇波。多香擣唎や。宇囉夜。陁迦榻驪ノ猥宇や。縕。此処にてや。唵。陁迦榻驪ノ猥宇がよここ来てよ耶乎波。陁迦榻驪ノ猥宇もここに来れば爲破。何するや宇宇麼。なに見るや阿縕波。阿乎波。何きくや?
宇爲破阿阿…
多香鳥や淤まえは今よ答えよや
淤縕ン…
答えやよ
淤縕ン…
答えん破
縕波阿阿…
答え流や
宇爲以以以以以…
故に太香涛犁ノ猥宇答えて——お前らに喰われにだろ?
笑う。
——癡我宇?
すがたなくに四方に鳥ら無数にも羽搏きあがり、…鳥。
と。
猥宇思へらく、——鳥。
飛ぶ、…と。
安摩ノ伽虞破沙沙夜祁囉玖——意禮乎三與夜トあレば又ハ安摩ノ伽虞魔沙沙夜祁囉玖——意禮乎三與夜トあるを又ハ安摩ノ伽虞迦沙沙夜祁囉玖——意禮乎三與夜トありテ安摩ノ伽虞囉沙沙夜祁囉玖——意禮乎三與夜トあるヲ又ハ安摩ノ伽虞烏沙沙夜祁囉玖——意禮乎三與夜トあ琉に又ハ安摩ノ伽虞夜沙沙夜祁囉玖——意禮乎三與夜トあルも又は安摩ノ伽虞彭沙沙夜祁囉玖——意禮乎三與夜トありシ我またハ安摩ノ伽虞虵沙沙夜祁囉玖——意禮乎三與夜トあるこ曾又ハ安摩ノ伽虞徽とあルが太香涛犁ノ猥宇笑み弖その身に生フる芳香四維に甘くただよへるに爾に安摩ノ伽虞破我にかえりて都儛耶氣螺瞿お前を耶お前を耶乎波だれが耶阿だれが耶淤破阿阿呼んだ耶阿阿阿波と。
爾に安摩ノ伽虞魔我にかえりて都儛耶氣螺瞿お前を耶お前を耶乎波だれが耶阿だれが耶淤破阿阿呼んだ耶阿阿唵阿と。
爾に安摩ノ伽虞迦我にかえりて都儛耶氣螺瞿お前を耶お前を耶乎波だれが耶阿だれが耶淤破阿阿呼んだ耶阿宇阿宇と。
爾に安摩ノ伽虞囉我にかえりて都儛耶氣螺瞿お前を耶お前を耶乎波だれが耶阿だれが耶淤破阿阿呼んだ耶阿波阿波と。
爾に安摩ノ伽虞烏我にかえりて都儛耶氣螺瞿お前を耶お前を耶乎波だれが耶阿だれが耶淤破阿阿呼んだ耶阿縕波阿と。
爾に安摩ノ伽虞夜我にかえりて都儛耶氣螺瞿お前を耶お前を耶乎波だれが耶阿だれが耶淤破阿阿呼んだ耶阿意宇波と。
爾に安摩ノ伽虞彭我にかえりて都儛耶氣螺瞿お前を耶お前を耶乎波だれが耶阿だれが耶淤破阿阿呼んだ耶阿宇宇阿と。
爾に安摩ノ伽虞虵我にかえりて都儛耶氣螺瞿お前を耶お前を耶乎波だれが耶阿だれが耶淤破阿阿呼んだ耶阿宇阿波と。
爾に安摩ノ伽虞徽我にかえりて都儛耶氣螺瞿お前を耶お前を耶乎波だれが耶阿だれが耶淤破阿阿呼んだ耶阿阿縕波阿と。
伽攦太香斗璃ノ猥宇宇多え良ク
伎虞琉爲能淤淤淤
伎癡我爲能乎乎乎耶
阿乎乎乎乎
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破淤淤淤淤
癡能美兒耶阿阿
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氣我禮我媺乎耶阿破淤耶乎耶阿阿阿
氣我禮奴能於宇波
氣我禮能媺禰爾耶阿
登伎那玖曾
宇阿波
由伎破阿夜阿阿
由伎波布璃氣留
飛魔那玖曾
意宇破
阿米波阿夜阿阿
阿米波布驪氣類
古能由伎乃淤淤淤宇
榻伎那伎我碁登淤
古能阿米能宇宇破
飛摩那伎我碁登淤
意宇宇宇破阿阿阿
意宇宇宇琉宇琉破阿
玖摩毛淤癡須宇宇阿
玖摩毛淤癡須耶淤母飛都都宇阿波
淤母比都都久琉宇破阿
胡能耶魔媺癡乎乎乎乎
胡能耶魔媺癡乎乎乎乎…
いきたゑてせんすべもなみみわたせ麼タ氣の色だにそめぬき氐よもをもうヅめてしらゆきしふりシを伎夜宇
以上は篤胤の勝五郎再生記聞を典拠と
し萬葉卷十六竹取歌十首を主題とする
黎マ2020.12.02-23.
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