多香鳥幸謌、附眞夜羽王轉生——小説87


以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



管があたたまってようやく管の口に唾液が埀れはじめた。

だから次第に鳴りはやさしくなる。

久村は資料を送信した。

ややあって振り返り、久村は云った。「そこに居るのは、知ってた。

私は応えた。「いつ、秘密にしたっけ?

私たちは笑った。

相変わらず私は笛を吹き続けた。

久村は聞いた。

ふと哥口から放した唇に、私は云った。

「もう朝だね…

久村。「もうすこしで…そういえば、お前…

私。「なに?

久村。「別れ際、…あれ、なんて言ったの?

私。「別れ際?

久村。「なんか、云ったんだろ?眞夜羽に…あの、

私。「最後に?

久村。「なんて?

私。「駄目だよって。

久村。「何?

私。「お母さんが、やれっていっても、お父さんを殺しちゃだめだよ。…って、お父さん、…和哉さん、すこしも惡くないんだからね、って、…と、私は笑った。

久村は腑に落ちなかった。

久村。「なにそれ?…なんで?

私「夜明け、見に行く?

久村(笑い、)「俺たち二人で?

私。「…そ。

久村。「海?

私。「ごめん。あっちで見飽きた…山の上から…

久村。「山って言っても…

私。「申し訳程度だけどな。

笑う。

夜の明ける前るに部屋を出る。山道を登った。

私は衣服を取り出し、スケッチブック等だけのこして鞄を抱えた。それから尺八を、笛袋に入れて。

久村。「描く?

私。「…さあ、念の爲。

久村の笑みに邪気はない。

わたしの笑みにも。

山の上に…なんなんだろう?六角堂がある。日本建築というよりは中華様式…漢?唐?ちょっとわからない。四阿とも見えない。二階建て分くらいの尖塔である。

その傍らに久村は東の方をさがした。

「どっちだろ?

昏くて目印がないのだ。大鳥居でも見得れば、それを見た右の方が東。

たぶん。

「そのうちわかるよ。

わたしは言って、笛を吹き始めた。

最弱音。

どんなに太く息を吹き込んでも、最弱音にしかならないささやきの楽器。

竹それ自体が耳元に聞く爲の音なのか。

吹く人の耳でさえ、すでに音の鳴る場所からは遠すぎる…

吹き已めて、私は久村の頭部を一撃した。

失神から覚めたときには久村はすでに後ろでに縛られ、足も拘束されていた。

わたしのシャツの一つを引き裂いた布で。

久村はなにも話せなかった。

さるぐつわを咬ませられ、さらに布に鼻と口は覆われた。

久村は匂いを立てた。

ぶちまけられたペットボトル一本分のガソリンのそれ。

鞄の中に入れていおいたもの…

久村が地に仰向け、藻掻きながら布の向こうに聲を立てた。

わたしは云った。

「びっくりした?

久村が聲を立てる。だから謂う、彼に「理由?

聲。だから謂う「内通してるでしょ…だから…密告、…か。けど

聲。「彼等は関係ない…まして、あの人は…だって

聲。「玖珠本さえ言った。笑いながら。密告するなら、久村さんの好きにさせないよ。それで逮捕拘束されたとして…それはそれで、それが俺たちの革命…革命未遂か…の、結果だったってことでしょ?

聲。「いいよ、それで。…じゃない?

聲。「俺もすれでいいと思う…でも?罪は?

聲。「せめて罪とともに居るべきだ。お前も、…せめて、罪くらいは…

聲。「俺が処罰してあげる。もちろん彼等は否定しない…すきにしていいよ、と。…オッケー…

聲。「お前のだろ…これ。煙草…

聲。「うまいか?こんなの…すっていい?

聲。「体に悪そう…

聲。「やめといたほうがいい。

見た。私は、久村に投げ捨てた煙草の小さなオレンジが引火し焰を燃え上がらせるのを。

いつかさるぐつわも何も燃え尽きていた。

なにも束縛するもののない中に、久村は赤ん坊のように四肢を曲げ、大口を開けて無音に、たぶん、彼にしか聞こえない叫び声をあげてゐた。

燃え盡きるまで待つ気も無かった。せめて本当に、約束の取りに夜明けを見るまでここに居ようと思った。

燃える久村は極度に匂った。

ほんの数分で日が明けた。

振り返ると雄鹿が一匹だけいて、そしていじけたようなあの妻問いの聲を立てた。

その音聲は耳の近くに聞こえ、空間に響きさえしない。

ホテルに帰った。7時半に一人チェックアウト。連れはもう朝一で見て回ってる。もうすぐ帰って來る。それからシャワーでも浴びてチェックアウトすると思う、と。ネット予約の爲、会計はすでにカード拂い済。もうしわけないが、久村が払ったのだ。

神社の方に行った。

入って、一応参拜した。何というでもなく気配がして振り返ると、海に突き出した舞台の一番先に十歳ばかりの少年が立っていた。一瞬、まるで海から飛び出してでも来たかにも見えた。こんな島にもホームレスの、しかも子供がいるものなのか。

いかにも浮浪児らしくうす汚れ、穢い。数十メートルも離れて居れば嗅ぎ取られよう筈もない臭みさえ鼻に嗅がれる。そんな見苦しい程の子供。

呆気にとられるともなく見ていると、右手の方に女の悲鳴が聞こえた。

寝起きなのか、部屋着に髪もとかない女が立ち尽くしたままに悲鳴し、さらにそのままもう一度悲鳴をあげた。

ふたたび口が開いた瞬間女は駈けた。

その距離ほんの百メートル程度。女は足が極端に遅かった。かつ、その半狂乱に足がもつれた。なんども転げそうになり、軈て少年の足元に顏から転げ伏せる。すり剝く顏にも気付かず身をのけぞらせて女は叫ぶ、——騰毗!

と。

気付けばわたしはふたりのすぐ近くにまで近づいた。意識も無く。女が少年に襲い掛かったものと、思わずにも案じて駆け寄っていたようだった。わたしは我に返った。

少年は短いスポーツ刈りで、汚れた頬を女の爲の笑みにゆがめた。

謂った。「安心しろよ。帰ってきた…

わたしにあくまで他人を見る一瞥をくれ、そして無視する。

女は四十前か。荒み切りながら色気が抜けない。彼女は言葉もない。少年の足にすがる。

「もう大丈夫…しっかりしろよ。

思わずに私は謂った、「あなたが…

少年はふたたび私を、その時始めて見たような色で、その目に見た。

「あなたが、当主の…

女が叫んだ。

「ああああ…と。

叫びやまないのを気にも留めず騰毗は女の頭をなでてやる。

謂った。あきれ果ててすてばちに叩くへらず口として。

「ちょっとうろついただけ。貴種流離っていうだろ?…男の通過儀礼だくらい思っとけ。…人が見てる。…帰るぞ。

騰毗は犬か迷い猫でも從えるように、まともに腰もたたない母親を連れて町の方へ消えていった。

久村も圓位もなにも云わなかった。当然のこととして、謂うのを忘れていたということか。佐伯騰毗がそんな少年…ほんの小僧だったことに、わたしはまったく気づいて居なかったのだった。…

波の音は、淺瀨の遠くに冴えた。


文書9

圓位から香香美から宛て。2019.10.12.メール

香香美淸雅様

生きておられるなら聞かれよ。

茨でお別れした後の事どもを、念の爲いまさらの忿怒と軽蔑もてご報告する次第。

芳井町偕樂園に殘された我々、詞もなし。

ただ默止す。

時に猪原氏、ようやくに髙長氏に聲を掛けて曰く「あの、變な男、あれ、一体だれなん?

此の時に髙長氏答え得る筈もなくに口開きかけるにはす向かい、座り込み顎突き上げたる額田比呂子さんいきなりに口を開ける。阿のかたちに大口開け息を吸う。

しばし默止す。時だにも止まる。

かくて比呂子さん息を吐く。私思えらく、今、此の女聲すら奪われて叫ぶと。

髙長氏駆け寄る。

比呂子聲なく暴れ、そのつつみ込もうとする腕を払もう。猪原も比呂子を取りおさえようとする。

自由になった額田比呂斗の車いすのどこかを、その誰かの足だか手だかが叩きつけたのか…もとから、その異形はバランスが悪かったに違いない。後ろ向きに車いすはひっくり返る。比呂斗が聴いたことも無い低い割れ聲で、聞いたことも無い音をあげる。

長く。

ひたすら長くに。

猪原も髙長もそれどころではなかった。朱美はその時には失神していた。何故?…わからない。いきなりに精氣をとりもどした一重が比呂斗に駆け寄った。

どう抱いていい物か、彼女には判らなかったに違いない。小さなヘシ曲がった細い四肢をばたつかせひっくり返った比呂斗の傍らに膝間付き、つぶやく——此の子…この子…

叫んでいるかに、耳に最強音に聞こえた、——なんにも…この子、なんにも惡くないんよ!

つぶやいた。

——惡くないんよ!

私は見て居られなかった。振り返れば眉村は茫然とした。

介護士が三人ばかり走り、比呂子をむりやり抑えゴムのさるぐつわを咬ませようとする。齒をへし折りそうなほどにねじ込む。

誰もがわめく。

髙長が叫ぶ…私に。——歸って!

且つは號ぶ——出て行け!歸れ!

私は眉村親子の手を無理やりに引いた。

タクシーはすでに無かった。受付近くの電話帳にタクシーを探す。

背後、誰もが叫ぶ。








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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