多香鳥幸謌、附眞夜羽王轉生——小説81


以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



故、あなたがたとえ私を恋人として愛したときであっても、わたしは單に一個のあなたの創造物だったに過ぎない。

母はあなただった。

それは事実だった。

今、僕は狂ってなどいない。わたしは今冷静な、醒めた事実だけを語る…)だれが狂っていた。…そのホテルの部屋の中に。蘭は狂人だった。タオは狂人だった。私こそは狂人だった。

我々は皆狂人なのだ。なにもかも。鳥も。鳥の皮膚の下に寄生した線虫も。羽根に付着したナノ・ヴィルスも…或は捕獲され拘束された鳥籠のプラスティック、その化学式、乃至網なす鐵さえも。

鐵はあきらかに狂気だった。

むきだしの…無垢なる…故にそれこそはイノチそのものだった。鐵は…

イノチが我々狂人どもの錯乱する例のイノチらしくある必然など無い。鐵こそ命だったのだと語ってやれ、むしろアインシュタインに。わたしは経済学者や法学者にはもはや語らない。まして哲學者になど。アインシュタインとシュレーディンガーに語ろう、鐵、それは命だったと。君等の理論を一度再考せよと。

なぜだろう?

わたしは今、ただ素直に悲しい。

 香香美

〇久村優人から安素野飛景あて(2019.09.20.メール)

(本文)

 香香美との嚴島(及び岡山茨市)に於ける一日。

 ご確認あれ。

  久村

(ファイル)

8時15分發ののぞみに乘る。新幹線の中で香香美は無口だった。寧ろスマホで音樂を。見たらヴィヴァルディだった。最近の趣味ということか。

東京を出る時は曇り。次第に晴れ間が多くなり、姫路を過ぎるころには完全な晴天だった。

広島駅で乘り換え、又逆行する形で山陽本線で廿日市駅に。そこでフェリーに乘る。

海と謂っても内海なので、すぐそこに宮島は見える。大鳥居も(尤も、現在修繕中である)。

ここまでで午後1時すぎ。

廿日市の波止場で圓位法師には連絡した。

ものの數分で宮島に着く。

さすがに圓位法師もまだついて居ないだろうと思ったら改札の向こうに法衣の人が立っている。風呂敷を下げた圓位法師そのひとである。聞くに下で檀家の方と食事をしてゐたのだと。

埠の仕掛け時計でちょうど蘭陵王の舞人の人形が出ていて見得を切った(…というのかなんというのか。そんな風に見えた)。鳴る音樂はもちろん蘭陵王本曲である(嘉鳥が時に笛でふくあれ)。

圓位と再會の挨拶。

後、圓位、私の背後なる香香美を見て詞をかけようとするに香香美(この日彼の精神狀態は良好だった)「お久しぶりです

そう云って笑う(初対面である)。圓位須臾詞なく私香香美の發作を疑う。

返り見るに香香美屈託なく笑んでをり曰く「そういった方がいいでしょう…いろいろ話したから…聲で話はしなかったけど…けれども…でしょう?すでによく知ってる人に逢ったみたい。…違います?

圓位は笑った。云った。「お疲れでしょう。いつ日本に?

「ついこの間…東京の方にも合うべき人が二三いて…

「それはそうでしょうね…どう?宮島は?…瀬戸内。はじめて?

「限りなくはじめてに近いですね…空が…

「空?

「やっぱり、此の國の空は霞んでる。纔かにね…光の成分が違うような…ここら全体が島だから、ということなのかな?台湾にも中國にもない…もっと、かすんである…

「何か、食べられた?

「お昼?

私「まだなんですよ。ずっと移動で。

圓「おいしい駅弁もあったのに…牡蠣とか寿司とかね、…じゃ、とりあえず、お昼を。

と、圓位の紹介で海鮮料理屋へ。燒き牡蠣に薄味のタレをかけた丼物。これはこれで旨い。

圓位はすでに済ましたと。又、精進メニュー菜食メニューも無ければ食べるものも無いということか。

食べながら報告をと思ったが圓位、ぜひお腹いっぱいにしてから、と。

命を戴くときには命に感謝しそれ以外に浮氣はしないこと、と。笑み乍らこれはお手馴れの法話のひとつか。

食後同じテーブルで圓位の報告を聞く。とは言え特に變わりなし。

佐伯の当主騰毗は家出中、眉村家は夫婦別居、そのまま。

圓位、風呂敷を解いて笛袋を出した。わたしに云った。

圓「佐伯のお母さんが、こちら、差し上げてくれと…

私「これは…

圓「尺八。あなたが前來られた時氣に入っておられたから、と。…騰毗もあんなことになったからせめても形見に、とね…

私「緣起でもない…

圓「そのとおり…いいのよ。困ったちゃんの歸って來たら、お祝いに返してやりゃいいのよ…

仍てあくまで假りにお預かりしておく。

圓「とりあえず、どうですか、初めてということで、神社にでもお參りに?

香「いや、…片付けてからにしましょうよ…ゆっくり、

圓「片付く?

香「眞夜羽の方…

と言って、そして改めるように圓位を見て云った。

香「お寺の方に、小坊主さんは何人?

圓「小坊主?

香「夭い、幼い少年修行者とか、いません?…いない?

圓「昨年まで、三十くらいのがおられたけれども、今、

香「じゃ、お淋しいでしょう?

圓「ええ、いまは、

香「住職、同性愛でいらっしゃるから…

そう事も無げに言った。わたしはすでにそういう告白でも受けているものと思った。圓位の顏を見た時そうでなかったことに氣付く。圓位、此の時須臾ことばなく、次、唖然の唇をへの字に堅め、一瞬目を見開き、香香美を見詰め、我に返って私を憚る一瞥をくれ、そしてやさしく笑って香香美に云った。

圓「なぜ、そんな?

香「違います?ちっちゃい子、お好きなんでしょう?若いのが…別に…

圓「俗の名とともにわすれたことも多うございます。

香「別に羞じる事じゃない。…羞じるってことは、それでそれで一種の差別ですよ。僕は如何なるものであれ差別を赦さない…ともかく、眞夜羽、今日は…木曜日か…いつも何時くらいに歸って來るんでしょう?

圓「學校?

此の時、圓位はそれなりに圖太い男と見得た。何こともなかったかに繕い、あくまで冷淡な程にやさしく香香美に話す。つまりは、彼は動搖していた。香香美は自分の見立の正しさを圓位に証明させていた…

香「夕方…

圓「四時か、半か、それくらいじゃない?

香「じゃ、まず例の…なに?古藤…

圓「祇樹古藤記念園?

香「そこへ、行く前に…眉村さんの所へ行って、親子連れ出して、それから古藤園に行きましょうか…よろしいですか?

圓「わたくしの方はなにも、

香「住職もご一緒戴けます?

圓「よろしいですよ。今日は、見えられるという連絡いただきましたもの、一日明けてありますから

香「OK。いいですね…じゃ、…

と、香香美は立ち上がった。会計はわたしが拂おうと謂うのを圓位が執拗に斷り、故、圓位が払う。香香美は我々の言い合いを捨て置く。会計口の日本的儀式、勝手にしろ、と?

步きながら圓位が眉村に連絡した。店の方に親子(和哉、一重)ゐるという。故、店に行く。

店への道すがら圓位がくれた警告として、眉村和哉のほう、特にわたしに惡感情を持っているらしいこと、くれぐれも注意してくれ、なにか暴言あってもそれは敎育の無い田舍者のたわごとと、くれぐれもお怒りなきよう云々。

參道の脇のそれなりの広さのある土産物屋である。

見せに行くと眉村和哉、むしろ奧に居たのが飛び出して笑って私に話しかける。

和「先生!…東京の…もう、お久しぶり、…何か月ぶり?…じゃないんか…何週間間?…そんなもんか…あれからいろいろあって…云々

遲れて出てくる一重さんは淡々と再會を喜んでくれる。

和「今日は、なんで?

圓「わたしが呼んだの。…佐伯さんの事とかね、わたしも…

一「そう…あっちもこっちも難儀で…いつ?

圓「來られたの?

一「今日?

私「ええ。さっき…

和「じゃあ、おつかれでしょう…じゃ、こっちへ、

と。店にはアルバイト?の中年の女性。三十過ぎか。乃至は友達か緣者か。

奧の事務室は五人も人が入ればかなり窮屈さを見せる。故、一重は外に店番を。客は時折入って一組二組。そんなものか。

お茶は和哉が私にそれからのことの樣々に語りながらに淹れてくれた。

話の息繼ぎを見計らって圓位が香香美を紹介しようとしたときに、

香「昔、スポーツされてました?

いきなり聞いた。和哉、誰ですかと問う間もなく、野球をな…ちょっと。

と。香香美おおげさに納得し、

香「それでか。やっぱり。うごきに、なんか、キレ、ありません?ご主人。…どこ?ポジション…ショート?サード?

和哉笑いながら答えてセカンドだと。

和「あれ、内野で一番下手な奴がやるの。

香「そんなことない。あれ、結構むずかしいよ。

和「やってられた?

香「ぼく、ライト。

香香美にそんな話はあろうはずなく、何を謀るか見て居ればしきりに話は高校の部活に終始。和哉棚から卒業アルバムを出してくる。

和「これね、時々お客さんに見せるの。

香「お客さん…買い物の?

和「いや、ガイド。土産物ばっかりじゃ、さすがに商賣擴がらないから。ガイドもやるの。ガイドってね、あれ、観光地案内、それはあたりまえ。大切なのは自分を売るの。

香「自分を?

和「そう。いろんな、あることないこと、淸盛がどうの安德天皇がどうの雅樂がどうのより、そんあもの、ガイドブックに書いてあるでしょ?ほんの二三年とか、十年とか、そんな手の届く昔…台風來て、神社、損害これこれあってね、そういう島のひとしか知らない話をね、されると喜ぶ…觀光地の紹介、それはもうあたりまえ。これからはあれ、AIの仕事よ。人の仕事は自分を売る、と。

香「野球やってたんやぞ、俺、とか。

和「そうそう、そういう…

香香美と和哉笑い合いながらアルバムを見る。和哉の話は盡きない。圓位が思わず苦笑したのを背中に感じた。時間にして十分ぐらいか。未だ話の途中に香香美、いきなりに斷ち切り云う。

香「お父様の心配、なさらない方がいい。

笑み乍ら。

和哉一瞬茫然とし、我にも返らぬうちにアルバムを返し、

香「これから、奧さんの處へ行きましょう。…眞夜羽くんの出生、はっきりするから。

和哉にいかにも自分勝手に目配せし答えも聞かずに香香美、振り向いて圓位に祇樹古藤園に連絡させ、一重にこれから園に行くと、あなたも來れないか?

一重迷うに例の三十女、人もよさげにどうぞ店なら一人で見れますから、と。

依って、有無を言わせず香香美、二人を連れ出す。

時に、二時半すぎくらいか。







Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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