多香鳥幸謌、附眞夜羽王轉生——小説74
以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。
——同情したの?
——この子に?
——憐れんだ?
——とも言える…すくなくとも緋川は同情を、…そして惜しみない慈愛を彼に…でも、
——でも?
——僕は、…
——違うの?
——どうだろう?それもあり、そうでありつつも、…綺麗じゃない?
——彼女?
——此の子…綺麗な顏してる。
——そんな能力もないのに?
——撲?
——なぐさみものにするような、そんな能力さえないのに、
——からこそ、愛は純粋に愛だ、…と。…それ、お前の言ったことだ。
——久村じゃなかった?
——そ?…同じよ。お前も、すくなくとも同意してた。
——面白いよね…
——何が?
——すくなとも性衝動をはなれ性繁殖の必然性も無く愛が存在しうるとお前が証明した。
——そうでなければ証明は不可能である、と…
——此の子…
——なに?
——だから阿虞邇なのか?
——加具土命の方がお好み?…でも、彼、あっちの人でしょ?ネパール人まで日本神話に肖る必然性はない…それに、殺されちゃうしね。お父さんに…あれ、最初の母親殺し且つ懲罰的な子殺しだよね?
——懲罰…衝動的な、じゃない?
——無限の喪失感の中の慟哭のうちに兆した一瞬の破戒衝動って?
——彼等、どうするの?
——彼等?
——白雪。
——破壊活動?
——テロ。
——いいんじゃない?お前も同意してるでしょ?玖珠本は行ってたよ。彼は賛同したって。
——賛同迄いかない、ただ…
——ただ?
——いいんじゃない?
——興味ある?事の結果に。
——興味は、かならずしも、ない。
——好きだったろ?そういうの。昔云ってた。君等の議論は在りもしない未来に立脚している時点で茶番だと。行動して見たら?と。
——ただの放言。
——そう?
——なに?
——お前は実は、渾沌が好きなんだよ。
——あなたは?
——撲?
——賛同してる?
——いまの窓口、誰だっけ?
——玖珠本。…それから、
——久村?
——彼、元気だよ。
——言っとけ。是は私の血、私の肉体、…と。
——私は復活、私はイノチ、と?
——僕は最初から賛同も否定もしない…彼等には彼等の物語がある…
——容認する、と。
——容認もしない。彼等はそれを求めてもいないだろう?だれが、時に咲く優曇華の花に容認を求める?佛陀の敎えをひろめてよろしいかと。だれでも知っている。優曇華は優曇華の必然においてしか咲きはしない。
——そして極楽鳥花も?
——白百合も櫻もなにもかにもね。まして降る白雪、なにをかいわん。
——此の子、どうするの?
——阿虞邇?
——このまま、あなたが育てるの?
——たぶんね。彼が自分で燃え尽きない限りは…
——あなたに戀してる…
そう思わずに独り言ちるように言った時に、まるで少女はその言葉の意味を理解していたかにも私を改めて見、首をもたれかかり、そして私の爲に笑んだ。
——此の子、あなたに。
——知ってる。
——どうするの?
——どうするって?
——その、…此の、幼い気持ちは?
——僕を愛するなら止はしない。だれにも、それを止める権利はない…違う?
波乎は笑った。
——片山さんには逢った?
思い出したように波乎はささやく。
——片山?
——軍曹、と。すくなくとも嘉鳥は読んでたね。…愛称だよ。たぶん。実際の階級名じゃない。
——誰?
——何年か前、白雪に…自衛隊の人。
——聞いたけど、逢ってない。
——彼と最近、始めて在ったのね。彼、此の六月に始て此処に来た時に、面食らってた…
——あなたに?
——僕の事はもう嘉鳥があることないこと話してるもん。いまさら…ただ、花の群れとこの子に…あるいは耽美と退廃が匂ったか?
——あなたに驚いたんだよ。
——そうかな?ともかく…
——自衛隊、…ね。
——自分の意思をもつなと教育され、自分の意志として決して自分の個人意思をは持たないともはやひとつの美学として決意した人たち…ともあれ、国家軍隊の必然だけどね。思えば国家とは飛んでもない狂気そのものと謂える…自衛隊なり軍隊なりの正常運営を正常にキープさせてる時点でね。すくなくとも民主主義国家ってのはね…いうまでもなく帝国主義の方が論理的にはつじつまが合ってる…いずれにせよ、歪んだ矛盾だからこそ生じる美学的な美しさの飽く迄錯乱した自分勝手の美に、溺れた人たちが正気付くわけ。そうしたら、…と、言いかけて波乎は聲を立てて笑った。
不思議そうに阿虞邇はそのゆららぐ顎と唇を至近に見上げた。
波乎は云った。
——彼等、まるで丸腰になった奴隷じみて僕の前に立っていた。あくまで決然と、あらたな決意と興奮を身に纏い、そして素っ裸の心細さと共に…彼等の若い子…その時に片山さんが連れてた…田村だっけな?…その子が云ってた。
——なに?
——最近、訓練で実弾発砲したんだって。転向以来何度目か、そして計画が実体化して初めての、…その時に、彼、感じたらしい。転向した当初にも感じたけれども、今あらたに鮮明に、始めて鐵の殺人兵器を発砲していると。その赤裸々さに怯えた、とね。…もっと、しどろもどろに、そのくせ胸張って明確に、…ね?言葉を、…すこしでも正確な言葉を必死で探りながら。終にはまともに要領を得ずに無駄に言葉を重ねつつ…
——哀れかもしれない…
——哀れ?
波乎は阿虞邇の額に唇をふれ、そして、私を見ずに行った。
——たしかに。終には、俺もあなたもね。
私の周囲に無数の極楽鳥花の匂いが籠っていた。その變種の。
その匂いの向こうに波乎の惡臭が、それでもはっきりと鼻に兆す。
手を伸ばして傍らの、そのストレリチア・ドゥルガの獅子の複雑な朱のしっぽに、わたしの指はふれた。
(香香美から久村へ)
2019.09.20.メール
(本文)
一度確認しておこう。事の経緯を。(云々以下畧)
(ファイル)
(承前)
2019.09.15.
午前。
ホテルに帰って來ると蘭がドアを開けた。何も身に着けて居なかった。そして、それを羞じても居ずに。寝台の上にタオは身を横たえて、其の儘に素肌を曝しつづけていた。
時間などまるで立って居なかった様に。
タオは倦怠を抱えるそぶりもなく、そしてわたしが不在にしていた事実すら認知しないかにも自然に、横たえた身の儘にわたしに兩手を伸ばした。
或は彼女の恋人の帰還を迎える、その妻の当然の身振りとして。
わたしは彼女の傍らに身を投げ、そのしがみつくのに任せた。
タオはしばらくしてささやいた。
——綺夜宇さん、匂う。
——匂う?
——香水の匂い?…誰に逢った?
——香水?…
——違う…
と。云って私の襟首を指先に触れた。
——これ、なんていう?
タオはささやく。
——なに?
——花の…と。ささやくタオにわたしは笑った。
——花粉…
駅前で立ち寄った花やで、なんというでも見て回った花のどれかが花粉と、そして香水にまがわせた香を撫でつけたに違いなかった。
——かふん?
タオが身を起こしそうになった。
——可哀想
そう云った。
——なに?
——日本人、可哀想。
——何が?
——これ、花の糞なの?
と、そしてわたしは笑み乍ら彼女の額を撫ぜた。
——可哀想だね。…彼等。
ささやくわたしに、
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