多香鳥幸謌、附眞夜羽王轉生——小説69


以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



「またどこかの王様になってるかと思った」

「ときどきなるね…でも、」

「ちょっとだけ、ちょっと前、あっちで、やばかったでしょ?」

「タオたちと?時々ね…でも、別に、王様って言っても、誰かを支配したい欲望の現れなんかじゃないよ。多分ね…あれは、」

「逆に、孤独になりたいじゃない?」

「孤独、なんだよ。孤独なとき、僕はひとりで王様になる…」

「見て」

「なに?」

「見てて」

「お前を?」

「忘れないように。…忘れて他でしょ?長い間。見て。それで、忘れないで」

「忘れてない」

「嘘」

「思い出せなかっただけ」

そう云って香香美氏は笑った。

香香美氏はそれからしばらく何も謂わなかった。ですから、私も沈黙した。わたしたちは見つめ合った。何を思うでもなく、それでも心のどこかで言葉を探していた。本気ではなかった。隙間を埋めるように、詞を探す心だけがあった。

気が付いたとき、思い出したことをわたしはつぶやいていた。

「会うんでしょ?」

「誰?」

「彼等…」

「白雪?」

彼は一瞬、なにか言いかけて、それから口を閉じた。

ややあって、香香美氏は云った。

「気にしなくていいよ」

「気になる」

「なぜ?」

「彼等、あなたを壞すことはできても、守れない」

「とっくに壞れてる…彼等に逢う前から…ひばり、俺の主治医だったろ?」

「直す気なんかなかった」

「僕を?…なぜ」

「どうして、そのままで美しいものを壞すひつようがあるの?」

「でも、ひばりは傷ついたろ?」

「美しいものって、結局は破壊的なの。ふれるもの全部、気付かないうちに毀してまわっちゃう」

「それは、」

「それで自分も傷つく」

「お前の妄想だよ…妄想…ちがうな。なんだろう…自分についてる嘘?」

「でも、事実じゃない?」

彼は笑った。

私は云った。

「なんで、此処に来たの?」

「僕?」

「わたしなんか、なんとも思ってないのに」

「思ってるよ」

「嘘」

「後悔してる」

「なぜ?」

「あなたを壊したから」

「わたしを?」

「結局、あなたは僕をしか愛せなかった。そうじゃない?それは残酷でしょ?」

「そうじゃない。わたしは後悔してない。これからも後悔しない…なんで?」

「なに?」

「なんでわたしに逢いに来たの?」

「まともな別れ方をしてなかった」

「それだけ?」

「それで、」

「せめてお別れを言いに?」

「かもしれない」

「遲い。もう遲い。お別れなら一杯言った。心の中で」

「夢の中でも?」と、香香美氏は笑った。

「たくさん云った。届かなくても」

「じゃ、なぜ、僕を中にいれたの?」

「いまだに、心は離れてないから」

「お別れ云ったのに?」

「時間が一つだけ、まっすぐ流れてる必然なんてない」

「無駄」と言って香香美氏はわたしの頬に触れた。

「無駄?」

「なにを云っても。何をしても。何も。もう、全部、」

「私が?わたしとのこと?あなたは本気でそう思ってない。それ」

「無駄」

「わたしにはわかる」

「愛しあったから。距離も無く。素手で。いちど重なって仕舞えば、逆に、だからこそ見るべき風景もささやく詞も心もなにも無駄になる。重なり合ったゼロの消失点だけが總てになって、なにを重ねてももう本等じゃない嘘かでたらめにしかならない…僕たちはもう、なにをやっても無駄。なにも…」

「それならそれでいい」

「来て」と香香美氏は私を腕に抱きあげた。

「やめて」

「なんで?」

「重いよ」

香香美氏はわたしを寝室に連れ、そしてベッドに寝かせると添い寝した。

「疲れた?」

「ぜんぜん?」

「そう?…」それは嘘だった。わたしはすでに自分が実際には必要以上の興奮状態にあったことに此の時に気付いた。

「眼を閉じて」香香美氏は云った。

私は從った。

額にいちどだけ香香美氏の唇が觸れたのを感じた。長いキスだった。

気が付けば、その目を閉じていたいつかに、微睡んでしまったに違いなかった。目を覚ますと香香美氏の気配はなかった。

わたしは飛び起きて部屋中をさがした。トイレの中までも。

洗濯機の中に彼の服はなく、テーブルに小銭はそのまま残っていた。

わたしは自分が眠り落ちた一瞬を後悔した。安心しきっていたに違いなかった。時間はわからない。まだ夜だった。それから夜が明けたの気付く迄、私はベッドの上で泣き続けた。

それ以来、彼にはあっていない。

連絡もない。

生死さえ定かではない。

だから彼の最後に関してわたしが知るのは以上である。

                  2019.12.21.片岡比羽犁

文書8(淸雅文書)

(香香美から久村へ)

2019.09.16.メール

(本文)

 一度確認しておこう。事の経緯を。

 あなたも。俺も。…あなたの爲、自分の爲、出国から入国迄まとめた。

 確認あれ。

                        淸雅

(ファイル)

私記。

レ、ヴァン、タオと蘭のビザが手に入ったのは11日だったか。

8月の終わりに日本へ行こうと謂った時にタオは喜んだ。曰く、本当に日本に歸れるのかな?ビザは?嬉しい、と。

その時には自分に一体何の目的があるのかも分かっていなかった。

本当は。

12日に、不意にベトナムに來た玖珠本穗埜果に逢って、それでようやくにそもそもの意図を思い出した。

或は、まるで思い出すように、気付いた。

いずれにせよ、ビザが届くまえから、それが間にあえば、最初から穗埜果と同じ日に歸るつもりだった。

13日。

玖珠本は早朝の飛行機で先に發った。ダナンから。

空港に見送りはしなかった。空港までバイクに載せて連れて行っただけだ。…朝じゃない。明けた深夜の0時すぎ。

私たちが乘るのは一日後の同じ時間帯の便。同日にとは行かなかったわけだ。

此の日の夜はタオたちは部屋で荷づくりにおわれたようだった。

タオが電話でそう言い、蘭を預けに来ることも無く、故、わたしは部屋に一人いた。ホテルには取り敢えず二か月分先に払っておいた。もし歸ってこなかった場合、荷物など彼らが処分すればいい。

夜の7時にタオたちが来た。飛行機は明けた0時35分。

一緒に食事し、それから空港に向かおうとタオは云う。

異存は何もない。好きにすればいい。

ベトナム人経営の韓国焼肉の店で食事。タオが選んだ。日本へ行く日だからという事なのだろう。これについてはあなたは思わず笑うだろうか。

食事の間中タオは蘭に日本の事を語って聞かせた。ベトナム語の会話であって、わたしにはその詳細はわからない。察するにもちろん褒めているのだ。すくなくとも彼女にとって先進國で、豐かで、そこにいること自体が彼女にプライドを与える國なのだろう。その実態がいかにあれ、彼女のとってまったき事実にすぎない。わたしに言うべきことはなにも無かった。

思うにベトナム人にとって日本が親しいのは本来単にベトナム自体の中国との関係の複雑さによる。中国、乃至所謂支那の諸帝国との緊張と対立が彼等の國の歴史であって、彼等は彼等の愛国心の必然によって日本に親しむに過ぎない。韓国はその用を足さず、台湾・香港はむしろむしろ彼等が共感する親しい境遇の友人にすぎない。後に残るのは所詮日本でしかない。事実、ここではドナルド・トランプが人気である。理由はひとつ、彼が中国嫌いだから、である。それが単に新興アジア勢力への嫌悪にすぎず、かつての日本に対するのとほぼ変わらない嫌悪に過ぎなくとも。又安倍晋三も人気がある。理由は一つ、大量のベトナム人労働者を受け入れたからである。ところで勿論二人の犯罪的な無能さは言うまでもない。トランプ氏の名の許にアメリカ急激に普通の國になり(尤も、それは結果的には「世界」にとってはいい事だったかも知れないが)安倍氏の名のもとに急速に一部の市民による全市民にかかる治安維持法は実態化した。今や芸能・芸術・文化・スポーツ等にかかわる人間の政治的発言さえ一部市民の治安維持法に糾弾される。ジョン・レノンもボブ・マーリーも犯罪者だろう。ピカソのゲルニカにも彼等は火を放つべきだろう。

空港でチャックインしながらレ、ヴァン、タオは誇らしげで、そして幸せそうだった。わたしにはそれが痛ましく思えた。なぜだろう?けれどもそれはすくなくとも今の彼女にとっては必要な感情で、自然な感情に他ならなかったとしても?タオの荷物は大量だった。二つのキャリーバッグの中のひとつはベトナムの土産ものに埋まった。もといた大阪府に行けるかどうかはわからなかった。しかし曰く、日本であった綺夜宇さんのお友達の日本人に、お土産渡さないといけない、と。彼女は素直にそういった。でも、日本人はベトナムが嫌いだから、たぶん喜ばないと思う、と。

飛行機は三十分ほど遅れた。

搭乗ロビーで待つ間に、ダナン市内では見かけることのほぼない日本人が疎らに周囲に点在した。それがタオを刺激したに違いなかった。何度かトイレに立った。ときに顏を洗ったように見えた。髪の先が時に濡れていた。

もうすぐ搭乗が始まるころに、タオは何度目かにトイレに立ってメイクした。出て来たときにタオはわたしに目を合わせなかった。羞じらったのだ。だから、わたしは云った。奇麗になったね、と。

綺麗じゃないよ、とタオ。

かわいくなった、と私。








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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