多香鳥幸謌、附眞夜羽王轉生——小説67


以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



「奥さんのほう?

「そう、お若い方の方いらっしゃられてね、それでなされるのことが…

なに?

まわりにおられたかたにも挨拶もなかったというてね。

なんでも寝起きみたいな顔して…ちょっとなに?朝から色っぽい匂いむらむらさせてな。

それでふらふら來られて。

お婆さんの前に立たれて。…な?

何て謂われたと思う?

「なんて?

「歸るよ、はやく、死にぞこない。…とな。

「あの方が。

「それだけならいいけれども…よくないけれども。そうしたらこう、いきなり横っ面、ぱしーん謂うて、引っぱたかれて。

あれ、いつもあんな感じなん?

それでお婆さんようやく奧さんの方見てね。あら、なに?みたいな。そういう眼でようやくみられたというてね。

それから奧さん、首根っこつかんで引きずるみたいにして家のほう歸えられたというてね。…それはもう。

ともかく、みんな謂うてるのは、老人が呆けるのはいい。それは仕様もないと。

そうでしょうよ。だれでもみんなそうなるよ。寄る年の呆けも年の功のうちで、と…あの佐伯さんまだそんな耄碌なさる年でもないのにな…

ま、呆けは当たり前、問題ない。わたしらもいつか呆けますからね…ところがそこで問題はあの奥さんよ、と。

それがみんなの謂うてまわることで。

朝からあんなお色気立てて、挙句おばあさん、…義理でもなんでも、亡き夫にたくされたお母さんなんじゃないの?それを呆けて判らない事をいいことに折檻する、しかも公然と、是は神罰でも下りよるよと。嚴島に浅間山でも噴火するか瀬戸内に四国跨いで大津波でも來るんじゃないか謂うくらいで。ま、そうなんですわ。

…知ってられた?

ここまで聞けば愚僧なんとも口の中の味おかしくなり、ただ惑う心は正体も知らず、適当に岡崎には云って山を寺に上ったのである。

(香香美から圓位へ、cc.久村)

2019.09.13.メール

住職。

ご心労お察しいたします。

混迷深める一方のようですが、なにごともなく綺麗に解決されるようお祈りするだけ。

ところで私は此の20日に日本に一時歸國する予定。

私如きに何ができるということでも御座いませんが、帰国しましたら一度宮島に詣でようと思っている次第で御座います。

日本に着きましたら又ご連絡申し上げます。

それまで、くれぐれもお大事に。

 香香美淸雅

(圓位から香香美へ、cc.久村)

2019.09.13.メール

香香美樣。

ご帰国の件、心づよく思う次第。

心待ち乍らも島の渾沌を憂うどちすこしばかりご報告を、先の長文の追記として。

本日あれから寺にあっても心安らがす、思い餘って昼過ぎに祇樹古藤記念園に詣でた次第。

受付に笠原一二三、奧から駆け寄って驚き「どうされました?

愚僧詫びて云「いささか心がおちつかなくて、深雪さんの様子でも伺いに。

一二三笑ってこちらへどうぞと案内す。

中庭に件のインド・サーラの双樹此の日もその白い花を上空に撒き散らし、風のむた地に白の色を轉ゝとさす。

見上げれば頭の上にかさなり合う枝を終に搦め連理の枝をかたちさすそれ、双樹の間を通り抜けながらに花はにおう。

時に聲聞こえ、圓位さん?…と。

耳にさわった瞬間に消え失せるような、やや髙い聲。耳馴れたはずのその聲、此の時ばかりは心ここにもなくて誰かと迷う。

省みれば樹の葉と花の翳り下に或る盲目の人あり。

この人、未だ這いもせぬ比から知る人、その名壬生淸雪という人。

女性である。

立ち止まり、圓位謂う。

「よくわかりましたね?…わたしだと。

その人謂う。

「匂い。…それから足音。

「足音?

「静かな…

「聞こえた?

「聞かないから聞こえない…どちらへ?

「あの、…

「眉村さん?

「ご存じ?

その人笑んで、そして云う。

「放っておいてあげれば?

「それは、…

「できないと。…でも、それ、あなたの自分勝手でしょう?

謂って、その人は笑った。

聲もなく。

ややあって圓位問う。

「あなたは、最近、どうですか?

「靜か。…それだけ。

謂って、邪気も無くに小さく笑った。

壬生の淸雪の胸元に擡げあって兩の腕の、その片方の指に蝶が一羽止まる。

安らぎ、翅をゆっくり上下さす。

蝶の羽根。色は白。白地に紫と黑の斑点すこし。

樹木の葉と花の繁みのどこかしら、鳥の一度羽搏いた音がした。

「それでは、すこし、急ぎます。

謂ったわたしに応えるともなく、その人はただ笑む。

館のどこか、上の方で誰かが立てた長い叫び聲がした。長い、引き伸ばされた、とくに何を訴えるでもないうつろな大聲。

我々はその人の前を辭した。

東棟の三階、深雪の入室した部屋の中に入ると、深雪さん寝台の上に座って壁の向いの若い女性の話を聞いていた。

この女、年の比四十ばかりにも見えた。やせ細り、そして執拗に深雪さんにその下着の色を聞きだしてゐる。

深雪さん笑いながら答え、答えても納得しない女、さらに聞き返す。

深雪又笑う。

二人部屋。我々に気付けば深雪さんその朗らかなる儘に返り見、あら?と。

「和尚様。お久しぶり…

謂って、聲に笑った。

「じゃ、ないですよね?…けど、なんか、もうお久しぶりみたい。

「わたしも…いま、貴女に逢って、懐かしい友達を見たような…

「嘘。…いや。忘れてたからでしょう?私の事も、和哉さんも、眞夜のことも…眞夜は?

「元気ですよ(と、知らないことを謂うのだった)。

「みんなは?

「ご家族?

「お母さんや…

「どうだろう?…逢いにいったげないといけないんだろうけれども、

「お忙しい?

「毎日、愚僧の顏ばかり見たもんでもないでしょう?…それでも明日あたりには一度。

「そうですか。…そう。…

「心配?

「されるのは私の方。…でしょう?…心が、本当に折れかけたんですね。…折れちゃった?

「煩わしくない?

「なに?

「此処。なにやかやと、…

と、深雪さんが目の前にさわぐ女を暗にほのめかすものの

「逆。

「逆?

「落ち着く。かえって…こっちにきて、まだ、一晩だけだけれど、逆に。…ご存じですか?

「何?

「あの方、…いま、わたしに…

「話しかけてる?

「パンツの色なにいろなん?何色なん?(と、口真似て笑む)あちら、まだ二十の半ば。

「そうなの?

「見えないでしょ。

笠原が云う「もともと摂食障害から、…

「いろいろあったみたいで。

「聞き役になってあげてるの?

「和尚様、思うんですけど。

「なに?

「たぶん私、これからずっとここにいるのね。

「まさか。

「ここから出られないわよ。

笠原「それはないから(故意に大げさに笑いながら)

「違う、…夢見たんです。

「夢?

「夢。

「いつ?

「さっき。…ついさっき、…この方の話、聞いてあげながら、見たの、夢、…

「どんな?

「花の上に寝てるの。大っきな花。…すごく柔かい…その花の上に

笠原「少女の夢だね(笑う)

「寝てると、もうこのまま駄目になっちゃうって…

「またそんな

「違う。じゃなくて、あまりに心地いいから。だから…もう、このままずっと、動けなくなって

「夢は夢だからね…

「このまま、いけないとは思うけど、負けちゃうんです、心が…これでいいかって。

「そう?

「これはこれでいいかなと。…起きなきゃっておもうけど、…だから、…

「だから?

「ね?

と、深雪は愚僧を省みて云った。

「明日眉村に逢ったら、傳えてくださいませんか?

「何と?

「大丈夫、心配しないで、と。

愚僧笑む。

「夫婦だから?やっぱり、心配なんですよ…心配。

…ね、と。深雪さん云い、愚僧は病室を辭した。

                     沙門圓位







Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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