多香鳥幸謌、附眞夜羽王轉生——小説64


以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



是が9時前か。

昼前、佐伯の母より電話あり。

会えないかと。

髙長の件か、と。

違うという。

昼は所用あり。故、四時過ぎには伺うと。

佐伯宅に行くに山を下りるに眉村夫妻、並んで犬を散歩する。

目が合うと屈託なく笑う。

加賀氏の話と思い合わせて、一体どちらを恠しむべきか迷う。

佐伯宅にて。

佐伯の母上が應對。玄関口出て來るなりに挨拶も無くこっちに來いと。後を追い客間に。焦りの色濃し。

曰く、騰毗の行方が知れずと。

「いつから?

「昨日から。

「昨日?

「夕方、歸ってこないものだから。…いま、私だけだし、一應九時にもなれば外に捜しに行ったけれども。

「お婆さまは?

「あの人は…(と口を濁し)倉田の先生に連絡しても夕方に普通に歸ったというし。

「警察には?

「ことが事だからなかなか言えることじゃないでしょう?宮島で神社の当主が家出しましたと?…まさか。

「お婆様に言って、あのひとも友達ならいくらでもいるんだから、

「頭おかしくなったのよ(と、爰で終に母上叫くのだった)。

「頭おかしく?

「(須臾默止し、息を附き、聲ひそめ早くに謂いけらく)アルツハイマー?…なに?あれは…

「だったら、…

「パーキンソン病?…知らないわよ。まだ病院にも連れて行ってない…

「外聞なんてこの際、

「そういうもの?…そうものじゃないでしょうよ。なったらなったで、…若すぎるけれども、…要するにぼけ。老人呆け。…まだそんな、でも。…ま、そう。病院くらい連れて行かないと、…それはそう。明日行くわよ。どこ?廿日市にある?祇樹園はいやよ。あそこはつまり廢人園でしょう?

「その言い方は、

「圓位さん身内がいないからよ。から、そう謂うのよ。から、そういう客観的な?…けれども、…わたしの身になってみてごらんなさいな、もう、こんな時に、どっちもどっちで、

「お婆樣そんなに悪いの?

「早い。進行が。…あんなもの?…昨日解ってたものも今日は判らない。一昨日わかってたことなんかもっとわからなく、…あんなもの?

「個人差が、…お会いしても無い。

「会って刺激しないでよ。昨日も今日も、…昨日はひょっとして騰毗のことさわいでるの聞いたんじゃない?わたしが、電話で倉田に…口裏合わせないといけないしね、あの人、…本当に無能。内密にねって。云ったら、それでも事が事だからと。いやことが事だから内密にしなきゃならないんでしょう?頭が悪い。…それで、あの人、お母さん、呆けた耳に聞いて捜しに言ったんじゃない?逆にわたしがあの人探し回る破目よ。…本当に、すぐ行方不明…なにもわからないもんだから。勝手に出ていくなってったら何て言った?ね、あの人、そいでも足ありゃ步けるからなと、本当に要領得なくて、

「順番に片付けよう。まず、お婆さん、彼女、明日古藤園でいいから連れて行ってみなさいよ。

「いやよ。あそこは他に行き場所なくて行くとこ…覚えてるでしょう?むかし。あそこで自分の眼くりぬいたなんて女がいた。

「それはそれよ。だったらそこの先生のだれか来させればいい…

「考えとく。

「自分ひとりじゃ手もたりないでしょう。

「だから圓位さんに連絡したんじゃない?

「わたしも老いぼれだから、なかなか役にたたないよ?

「騰毗は?

「彼は…

「うちの騰毗はどうするの?…どうすればいい?…どうしよう…あの子…ね。

「なに?

「なんて思う?

「なんて?

「なんで家なんか捨てたんだろう?

と、いい終わって須臾の沈黙の後におもむろに佐伯の母上泣き始める始末。

愚僧慰め言のひとつふたつ謂わんとするにかの女曰く

「わたしの何がいけないんだろう?…わたしのせい?わたししかいないよね?…ね、どう思う?

此の日はさしあたり自分も手を盡して探すから今日は一日家にいて待っていろと。そのうちひょっこり帰ってくるかもしれんと。

くれぐれも變な考えは起こすなと諫め辭す。その足で片山定夫の家に行き(おそらくはもっとも口の堅い男である。)その子息あわせて島をさがして回りもするが濃いのは月の影ばかり。騰毗の影だにささず。

片山云、島にはもういないで、と。こりゃ島から出たんじゃないか?

それは愚僧も此の時すでに思っていたこと。

佐伯宅尋ねて聞く、歸ってきたか。

答え否、故母上に一言す。今日は見つからなかった、と。あしたも探してみよう、と。

したらば曰く、「やっぱり?…あの子、島から出てったの?

愚僧それにはかくともしかとも答えず。

辭す。

夙夜深雪も騰毗も寺には來ず。

2019.09.12.

早朝、7時前佐伯の家に聲を掛けるが誰も出ず。未だ兩人とも眠るか。それならそれでよし。

昨日の片山定夫と子息二人と神社の前で待ち合わせて捜索。郁夫は60過ぎ、子息はその半分とすこし。子息二人は山に上がり我々は別れて下を探した。

二時間程度。

後所用の爲片山に託す。天気は曇りながらも雨の氣はなし。佐伯の母上が話のとおりなら失踪三日目。

案じられてならぬ。

九時には子息は仕事に戾る。故、片山曰く友人にも聲かけて探させるがいいか。

愚僧答えて、佐伯の母樣内密にと、それはともなく母上のその心情考慮の上ご協力願う、と。

片山云、もちろんの事、と。第一我々にとってあそこに醜聞などあってはならぬことである。

愚僧、然、と。

思えばこの事実も又騰毗にとっては心的負担多大なるか?

片山君と別れ、埠の前を通り過ぎようとするに閑散の広場、朝の傾斜す日差しの向こうに走り來る女の影あり。

叫び聲等なし。ただし頭の奧に鳴る。何故なら四肢の骨格すべて外れて出鱈目にのたうつににて走る。誰に向かうともどこに向かうともなし。ただただ出鱈目に走りをるのである。

何事かと思うにそれ眉村の深雪さんに他ならず。

後ろに人影、追いかける。それは和哉。

見る覩るうち追いつき押し倒すが如後ろから覆いかぶさり深雪を前のめりに転ばす。

聲はなし。

深雪默止し和哉も默止し荒れた麁い息を肩に。

愚僧、何や、と。

何の起るやと。

周囲の人の疎らも正気づかずて見まもる。

步く愚僧そのままに彼等の附近に近づいたが幸い、…何を、しておられるん?

実際に夢から覚めない心持だったのである。

和哉うつぶせの深雪に乘り地に押し付けた儘「こいつ、…本当にこいつ、本当に、こいつ…

愚僧話しかけてようやくに我に歸る。我に返れば我を忘れ、彼等の前に膝附き怒鳴るようにも和哉を諫めて曰く「のきなさい。この女のひと、…あんたの恋女房だろうよ。…なにを、…どきななさい。

「あんたもこいつの肩持つんですか?

「肩もなにも、あんた殺す気か?あんたの女房殺す気か?

「お前もこいつの男か?違うんか?

和哉血相変え猛り狂う猛獣に同じ。故、失礼ながら愚僧和哉の頬を張った。

「莫迦も休み休み言え。

謂い、和哉とにらみ合うに和哉ようやくに正気付き(乃至、諦めたように)深雪の上から身をずらし地に座り込んで天を仰いだ。

此の時、深雪初めて悲鳴らしい聲を地に顏をなすりながら上げたのである。

周囲のひとだかりできかけるのを倦んで愚僧夫婦を店にまで連れて行く。シャッターおろさせ店休とさす。これだけに三十分ばかりかかる。愚僧又眉村の知り合いかわりばんこに顏を見せたがここはそっとしておいてやって、と、愚僧斷る。

店につれこみシャッター下ろした時に、突き当りの事務の間のみ照明つけられず昏がる。そこに一重さんがひとり座っておられたのに気づく。そこは窓もない物置のような空間であって、座敷に座って斜めにデスクトップパソコンの画面の光にのみてらされておられる。

近づき、声をかけて曰く「どうされたの?

一重さんむしろ懷舊の念に憑かれた人のような、そんなやさしげな目に愚僧を見る許り。かくておだやかに言、朝からご迷惑おかけして。

愚僧「どうされましたの?

一重「朝から、さっきそこで、言い合いになって…もう、

愚僧「ご心配でしたでしょう、

一重「若い子ら、年よりの謂うことなんかもう、なんにも聞かんからね、…

と。

此の時に和哉氏店内の店舗床に胡坐し深雪さんはその離れた壁際の椅子に座り込み壁に背もたれす。

爾愚僧彼等に以下の如問うたのである。

愚僧(和哉に)「落ち着いた?

和哉答えず。

愚僧「一体、どうしたの?

和哉答えず。

愚僧「なにがどうなったの?どうしてこんな事になったの?

和哉答えず。

愚僧「さっきはあんないい方したけどな、わたし、あんた達を助けたいのよ。それはわかる?

和哉答えず。

愚僧「話せる?

和哉ようやくに答えけらく、黙ってくれませんか?…と。

愚僧聞く。和哉を視る。和哉已に落ち着き已に何をいきりたつともなく嘘のように靜まりをる。故、愚僧話してきかせてみて、とでも、そうとでも言おうと謂いかけるに和哉云いけらく「ぼくら、もう、死んだ方がいい。

愚僧「何を謂ってる?

和哉「もう、なにをやっても手遅れですよ。最初の比には戻れない、戻せない、全部、そもそも

愚僧「あなたがそういう、

和哉「さいしょから全部間違ってたから。

愚僧「何を云うの?

和哉「違います?

愚僧「今日一体何があったの?昨日は、こんな、こういう感じじゃなかったでしょうが?

和哉「昨日?

愚僧「ご近所…ばかりじゃなくてな、離れた處の誰さん彼さんみんな、それとなく心配してられる。…和哉くんね、ひょっとして、毎日こんなことしてるの?

和哉「毎日?…いつ?

愚僧「いつか、毎日…心配して、…あんたを、あなたたちをね、我が事、我が息子夫婦の事みたいにな、心配してくだされてる方おられて、その人がせんだってに寺にこられて、それであの子らなんとしてやってくれろや、毎日あの子等(と、爰で奥に一重さん聲あげて泣き崩れたのだった)

和哉「嘘。…それは

愚僧「嘘じゃない。人のやさしさもあんた、

和哉「嘘ですよ、ただの、…

愚僧「わからなくなったの?







Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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