多香鳥幸謌、附眞夜羽王轉生——小説63


以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



「深雪が妊娠してるの知ってますか?

「存じてます。お母さまから。…大変およろこびで。

「母とも時々相談するんですけど、

「お母さまとも?

「あれ、俺の子じゃないよと。

「なんで?

「眞夜羽も。

「なんでそう思うの。

「こんなふうになったからそう思うんじゃないんです。前から…

「前から?抑こんなふうにとはどんな風に?

「自分の子、すくなくとも取り敢えずはそう思おうとしてた子があんなふうに、怪物みたいになって、

「それでも、それは古藤園の山羽さんが、

「あれ、住職は納得します?

「あなたは?してないの?

「あれはこじつけ。部外者のこじつけでしょう?

「筋は通ってるじゃない?

「こじつけっていつでも筋は通ってる。

「じゃ、間違いだと。

「間違ってなかっとして、僕ら、どうなります?なんにも、解決できてない。

「眞夜羽くんは相変わらず。

「日に日に變になってく。

「今日も?朝、…

「昨日も一昨日も、たぶん明日もそうでしょう?…本当に、ただ、消耗する。

「あなたがしっかりしなきゃいけないんですよ。

「本当に父親ならね。けど、あの子含めて、腹の子含めて、あれは、違う。

「じゃ、誰の子?

「だんだん、妊婦の体になってくでしょう。それとなく。特に夏場薄着だから、それに、

「なに?

「あのつわり。あれ、聞くと、

「お吐きになる?…立派じゃないの。これから命をお生みになるお母さんの、

「無理。あの音。えづく、…

「あなたもそうやって生んでもらったんでしょう?

「日に日に見ず知らずの誰かの嘘がでっかくなってく

「だから心当たりはあるの?

「人の?

「誰の子?

「住職、実は知ってる?

「何で?

「住職、いろいろなひとの話聞くから。…僕には誰も云わないでしょう?たとえあいつの、そういう現場見てたとしても…なに?憚って?

「私は知らない。

「知ってても言えないでしょう?僕には。

「それは被害妄想よ。

「島の人間実は知ってるんじゃない?誰と出来てるのか。

「まさか。

「眞夜羽なんか、顏からして、

「面影は在るよ。

「母親には似てる。…男の子はだいたい母親に似るって言いますけどね、…ま、そうなんでしょう。残りは、

「面影はある。

「そんなものどうとでもいえる。面影なんて何となくの者でしょう?雲の形だって木の幹の模様だって顏みたいといえば顏みたいああ誰それの顔だね、そうだね面影あるね、そっくりだね、

「証拠もないのにそんなこと謂わない。

「第一、深雪だって時間ならいくらでも作れる。八方美人だから。奧さん付き合いあるから。店なんか実際母親ひとりで何とかなるしね。俺もいるし。時々抜ける。奧さん連中のお茶会だとかね。廿日市まで行ったりね。お土産はケーキ。誰と行ったってそんなもの買って帰れるでしょう?

「そんなもの疑いだしたらきりがないよ。

「あれは他人の子ですよ。

「それは妄想よ。あなた、このままそんな妄想ばっかり弄んでたら、そのうち本当に心まで駄目になるよ。病むよ。壞われるよ。ぜんぶ壞してしまうよ。

云々。

だましだまし諫め諫め励まし励まししかれども和哉氏生返事に心ここにあらざるは隱しようもなし。

此の時に聞いたのですが、和哉氏と深雪さん、高校時代の先輩後輩だった由。深雪さんは二年下。広島の福山市に或る盈進髙校という学校ですが。はからずも今不意に緣づいた茨の鄰り町の学校。

ここで逢ったものを、高校時代には顔見知り程度、後お互い二十歳越えた頃合いに島で再開されてそれで交際はじめられたとのこと。

深雪さんのご実家もその福山市。

深雪さん岡山の就実大学の経済学部に通われていた三年の夏休みに嚴島で巫女のアルバイトの募集を紹介されて渡ったのがそもそのもの緣。

そのあたり、交際時代の話でもして和らげようとするのは愚僧の愚案。思いだせば思い出すほど寧ろ針の筵か。

焦慮の翳り濃い儘話疲れるようにして和哉氏辭するを門まで見送ろうとするに、愚僧寺の庭背後に雀の鳴く聲を聞く。

庭は静かに冴える。

見上げるともなくに空は久しぶりの晴天に澄み渡る。

おおかた9時過ぎ、いまだ朝の光は斜めに影を鮮明にしかすがに淡く。

愚僧、ふと謂う。

「深雪さんも同じように苦しんでられる。

「何を?

「同じように、

「住職何を御存じなの?

「深雪さん、同じく妄想に取りつかれている。曰く、眞夜羽はあなたのお父様の、…眞砂さんの種だと。

「まさか。

「本人そういう、ただし、これは山羽が眞夜羽と話したのを聞いたのち。あのとき、あのこそんなことを口走ったでしょう?つまり、彼女の惑い迷う気持ちがその詞…みなさん、誰が何と言おうと彼が本当になにかの生まれ変わり、山羽の客観的な言い分はすべて虚妄、そうむしろ信じていられるから。違う?…から、みなさん神秘的な言、黄泉の言、あるいは神託の一つでも聞くように實の心に實には聞いておられるからね、から、そう妄想されたんでしょう。

…だから、そうおっしゃった。あの後の明けの早朝、いらっしゃって。ここに。今もうなにも隱さずいいますが。そうおっしゃった。あれは眞砂の父の子、と。けれどもこういう、腹の中のは彼のの、あなたの子である、と。

おわかりになる?わからない?

あなた、まさか眞砂さんがそんなことしたとお思い?

「まさか。

「なら、それは妄想。眞夜羽くんの言葉に飲み込まれた妄想。そんななかにも腹にはあなたなの子がという。…ことは、即ちそれはあなたの実子、と。…いうことは誰もあなた以外には居なかった。あなたはあなたの妄想に嫉妬しただ無垢の女を疑い石打たんとす、と。

…いう、ことにならない?

違う?

云って和哉を見たらば明らかに和哉氏の目に忿怒の色。

愚僧思惑の外れたのを知る。

「親父の?

と和哉氏。

「妄想よ。云ったでしょう?

「親父の?

思わずに目をそらし、再び見るに和哉氏、むしろつきものも落ちた顏色。

曰く

「ありがとうございます。…住職のおっしゃること、わかります。…ぼくが、しっかりしないと。

笑って、そして和哉氏は辭す。

車の中の人となる。

夙夜深雪さんの訪問なし。

2019.09.09.

騰毗のことがなにとなく気に懸かって、又その母に詰められた茨の髙長氏のことも含め、一度顏を見せに行こうかと山途を下りる。是は夕方の五時過ぎ。

一度下まで降りて神社の後ろをよこぎりかけるに背後に女の聲、住職、と。

見れば深雪さんであって、曰くいい天気ですね、と。

「よかったですね、ここのところぐずぐずで。お出かけ?

朗らかで翳りも無くいつかの夙夜の匂いだにもなし。

あやしみ、且つはそれでも安堵する。

「佐伯のところまで。奧さん、その後どう?

「なんとか。

「眞夜羽ちゃんは?

「相変わらず。

「そう。…大変だけれども、

「でも、もう大丈夫ですよ。

云々。

あくまで始終明るく。

故、あいさつ程度に分れる。

佐伯宅、ふたたび母が出てくる。

騰毗は不在。

騰毗母に問「ところで、髙長さんはどうなったの?

「髙長?茨の?

「そう。

「なにも云ってこないんだから。放って置きなさいな。

そう云って騰毗母、この日は笑った。

夙夜深雪さんの訪問なし。

2019.09.10.

午前十時過ぎ。

檀家からの帰りに下で、神社と埠の間くらいに佐伯の婆樣を見かけた。

向こうからこっちにゆっくりと歩いて來られる。

うつむき加減でなにか考え事か。

こっちの端とあっちの端と、それなりに離れたところを通られたので聲を掛けずにすぎる。

その夜も更け、軈ての夙夜、衾の向こう、緣に人の気配あり。それとなく起きてそっと開く。誰も見当たらず。

たしかに気配はあった。

此の日眉村氏等の噂聞かず。

2019.09.11.

午前中寺に来客あり。

加賀文昭さん。御年65。寺の裏に植えた韮をすこし戴けないかと。

故、いいですよ、お好きなだけ、と。

此の時に聞く。

眉村夫婦、最近口論絶えず、と。

加賀氏宅、眉村宅とは直線数百メートルも離れあるか。

この前なんか店の中でやっておったと。

なにを以て言い争うや聞けば、とにかく箸のもちかたも気に喰わないんじゃないか、と。








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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