多香鳥幸謌、附眞夜羽王轉生——小説58


以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



時々日本に帰ってきます。帰れば、そして彼の方で気が向けば会いますが。

私の知ってることは以上です。

追記、私も白雪集団にかかわってます、…いました、が、是は香香美氏の紹介によるものです。今の活動については正直なところあまり詳しくありません。時に例の浩然さんと茶を飲んだりするくらい…茶道華道諸書道、そのあたりなんでもこなす方なので。…

    久村優人

〇(久村から香香美に)

2019.09.10.メール

嚴島の坊さん、いろいろ嗅ぎまわるから。

やり取りを一応ながすよ。

添付見といて。

原文はメール。

では

 久村

(圓位から久村に2019.09.07.)

9月に入っても相変わらずの天候不順。いかがお過ごしでしょうか?

ひとつお伺いしたいことが御座います。

本日インターネットで見つけたのですが、なんでもカンボジアのプノンペンでポール・セザンヌの水浴画の未確認の大物が発見された云々。

鑑定に回されいま確認中だとか。

記事を読む限り絵のモティーフは一見眞筆に見得るが細部に関してあやしいところもあり多くの関心を集めている云々(私が拝見したのはAFPの記事です)。

ご確認いたただけませんでしょうか。記事に一応その絵の画像も張り付けてありました。

(※リンクあり)

是、愚僧思うに件の香香美氏の筆によるのではないかと思うのですが、彼をよく知るあなたの眼にいかがでしょう?

少し、興味が御座いました爲。

                     沙門圓位

(久村から圓位に2019.09.07.)

興味深く拝見させていただきました。

画像、何分粗いので…あれ、本物は相当大きいものなのでしょう?ですからはっきりとは断言できませんが、そうなのかも知れません。

彼がそんなふうな絵を(つまり、水浴画を、ということですが。セザンヌ風のとか贋作としてのとか、そういう話をは聞いて居ないのですが…)描いているのは事実です。

それがこれなのかもしれません。

彼は所謂「失踪」してからさかんにセザンヌの水浴画の模写まがいの試作を描き散らしていました。それにも似ているし、もとが…云っては彼に失礼ですが、それら一連の試作はすくなくとも理解不能な「作家的狂気」による哀れな「作家性の」脱線ないし頽廃としか我々の眼にはうつらないもので…ですから、…どうなのでしょう?

もともとセザンヌの模倣に過ぎないのでしたからセザンヌの贋作が現れて似てるか似てないかと云われれば似ているに違いありませんが…

又、戴いたリンクの記事もどうも素人すじの記者のペンなんじゃないですか?曰く顯らかに技法に関してセザンヌ本人とは思えないものがある、但し最晩年に新しい技法を使って試みた可能性も否定出来ない…これ、なんかの美術史家さんの意見として引いてますが、はっきりいってこのあたりの作家の作品に関してはもう既にカタログ化されていて、さすがに今更最晩年に新技法を使い始めたという新事実があかるみにでるなんていうことは普通考えられません…日本の古寫本のようなものしてから既にカタログ化され系統整理されています。まして20世紀のセザンヌのような世界的人気作家の一枚何億円の作品に対してなにをかいわん、と。

何にしても手の込んだ贋作商売というのが関の山か、単に愛好家が自分で作った趣味の一枚が曲がり間違って世を騒がせたのか、それとも香香美氏の筆なのか。ひっとして、贋作一味の片棒を担いでいることだって考えられなくもない。

どうなんでしょうね?

まとまりない文章、羞じ入ります。いずれにせよ、香香美がむかし書いていたのに似ている。けれど、元が模写なので贋作又は真作とも似ていて当たり前、と、そういう曖昧な結論しかだせません…

  久村優人

(圓位から久村に2019.09.08.)

たびたび失礼いたします。愚僧、終日ちいさな島の鄙の寺に引きこもっておりますので、どうも手持無沙汰で困ります。

昨日のセザンヌの件ですが、あれからいろいろと見たところもうすこし細部を移した画像が見つかりまして。

文章はおそらくフランス語なのでしょう、ですから恐らくは佛語圏のウェブサイトということなのでしょう、こちらなら或る程度の細部まで見る事が出来ます。

(※リンクあり)

愚僧個人的に想いますに、是は香香美氏の手による作なのだろうと。ここで気になるのが、ならばなんで又カンボジアなんぞで「発見」させたのだろうということですが。自分の作品として、ではなくて、です。

そもそも香香美氏、彼がいきなりにあなたの言う「セザンヌ模写の頽廃」に転向したのは一体なぜなのでしょう?

お忙しいとは思いますが、お教えいただければありがたく思う次第。

                     沙門圓位

(久村から圓位に2019.09.08.)

お尋ねの件。

むかし、20世紀クラシックの作曲家でジャチント・シェルシGiacinto Scelsiという人がいました。一部で非常に有名な人なので、あるいはご存じかも知れもせん。

此の作曲家、イタリアの方ですが、日本ではおもに80年代の末期あたりからその名を或る種のいかがわしいカリスマ性をもって弘めていた人だったように記憶します。

簡単に謂うと、20世紀初頭の生まれ。貴族の末裔だとか。シェーンベルク等の十二音技法に影響を受ける。これはイタリアでは珍しい事だったようです。オペラの国なので。十二音楽、基本的には器楽曲の作曲家の発想でしょう?わたしも専門ではないのであやしいですが、そういうことだと聞いたことがあります。ともあれ最初はなんとも難解で居心地の惡いピアノ・ソナタなど書いていたようです。これは、むかしある友人の手で(当時香香美と僕が参加していた言論サークルみたいなのがあって、それの友人なのですが)聞かされたことがあります。

香香美とピアニストだけは気に入っていましたが。

作曲はごく初期のころに「精神を病んで」と一般的にいわれていますが、ともかく作曲が出来なくなった、と。譜面を書くことが出来なくなったようです(最晩年のモーリス・ラヴェルもそれで非常に苦しんだとか…)。ところがある日ピアノの一音を執拗にならしつづけ聞き続けることによって癒された、と。これによって「シェルシ音楽」というのが生まれ始めます。

つまり、同じ音のロング・トーンがひたすら續くわけです。

音符の書けないシェルシの作曲法として筆記担当者座らせて自分は鍵盤叩いて口でなんにやら難しく詩的に説明して筆記者がそれとなくに筆記して…みたいな、そういう非常に不可解な方法で書かれたようです。

それが90年代あたりに一種のカリスマを持って遠く日本でも(尤もクラシックとブルースに関しては日本が倒錯的に今や最大のマーケットだという説もありますが)受け入れられたのは、その音楽の響きの神秘的・瞑想的な雰囲気によるのだろうと思います。本場では所謂スペクトル楽派のジェラール・グリゼーとトリスタン・ミュライユも一時影響を受けていたようです。いちいちシェルシのお城まで行って会見したとか。

ところが後に、…日本ではやり始めたとほぼ同時だった記憶があるのですが、これにはゴーストライターがいると。ゴーストライターが全部作曲して、シェルシは単に出来上がりのスコアにサインして金払っただけだと。

ヴィエーリ・トサッティVieri Tosattiという、これはこれで現代音楽好きなら知ってる作曲家ですが、此の人がそれを告白したんですね。雑誌に。シェルシの死後に。なんでもシェルシは私だ、というタイトルの暴露記事だったとか。トサッティはもっとまともな現代音楽をきちんと書いた人です。あまり評価されないし有名ではないし、これからも評価されることはあっても決して有名にはならないでしょう。そういう音楽です。

もっとも、シェルシのもともとの作曲法が作曲法なので、それを以て共同制作と解釈する向きも居たり詐欺師の化けの皮がはがれたと騒ぎ立てたり、喧々囂々そんなふうだったと思います。いまや完全に忘れられた作曲家になりましたが。尤もジョン・ケージすら既に忘れられているいま、シェルシなどなにをかいわん、ということでもあるでしょうか。

香香美が特にシェルシに興味を持ったのはゴーストライターつきの自稱作曲家にすぎないというとこが露見してからです。彼曰く、非常に面白いと。曰く、彼は描いた、描かなかった。

彼は聞いた、聞かなかった。

見た、見なかった。

知っていた、知らなかった。

仕掛けた、見い出した。

手を触れた、触れさえしなかった。…とかなんとか。

彼は笑いながら言いました。「すくなくともこうは云える、詐欺師シェルシはそれは自分の作品だと名づけた、とね。どう思う?俺もシェルシの音符のように色に色を見させてみようか?その自分の色を?俺の作品として?」

そういって始めたのがセザンヌの模写でした。

それ以外に何の切っ掛けがあたっという譯でもなかったように記憶します。本当に、活動的で現代的で批判的だったひとりの作家の、いきなりの頽廃を僕たちは見ただけなので。

ご参考になりますでしょうか?

香香美にはベトナムに連れがいるらしく、そっちのビザが下り次第帰国するようです。お会いしてみたらいかかですか?

    久村

以上。

他にもあるけど。大したことない。例えば坊主、白雪について聞いてきた。

なので、あるがまま話しておいた。問題ないだろう?何が後ろ暗いわけでなし。

又、こっちに歸る日取り決まったら連絡して。

 久村。

〇(片岡比羽犁‐香香美淸雅)

2019.09.10.Line文字

 もうすぐ日本へかえります

 たぶん

 たぶん?

 帰らないかもしれないの?

 かえります

 見た?

 なに?

 メール?

 送った?

 いつの?

 昨日ネットで

 セザンヌの絵が発見されたとか

 ネットのニュース

 セザンヌ?

 ごめん

 二日前かな?

 知らない

 見てみるけど

 どうしたの?

 検索して見て

 あなたの?








Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

ベトナム在住の覆面アマチュア作家《Lê Ma》による小説と批評、 音楽およびアートに関するエッセイ、そして、時に哲学的考察。… 好きな人たちは、ブライアン・ファーニホウ、モートン・フェルドマン、 J-L ゴダール、《裁かるるジャンヌ》、ジョン・ケージ、 ドゥルーズ、フーコー、ヤニス・クセナキスなど。 Web小説のサイトです。 純文学系・恋愛小説・実験的小説・詩、または詩と小説の融合…

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