多香鳥幸謌、附眞夜羽王轉生——小説55
以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。
ものの氣配あり。
目を開くと昏がり。
匂いあり。髪の香か。
開いた目に漸くに物覩る事に馴れた感覚兆し、視界の左を掩う翳りのあるのに気づく。
みれば翳りは翳りで誰とも見定め得ず。
夙夜故。
恐らくは女、かたわらに添い寢し就いた片肘に身をもたげ愚僧を覗き込み見るものか。
心あたりなくて惑うともなくに恠しむ内、耳、笑い声を聞く。
女のそれ。
軈て女の聲云いけらく、起きましたか?
愚僧答えけらく、どなた?
女の聲云いけらく、判らない?
愚僧默止
女の聲云いけらく、さっき、お会いした、…
愚僧默止
女の聲云いけらく、忘れる、ひどくないですか?と、女の聲にすでにそれ先の眉村深雪さんとは既く気付いており。しかれどもそれと信じられずに思いあぐね、しかれども終に愚僧、云いけらく、深雪さん。…眉村の…
女の聲云いけらく、判った?
女の聲に有歡びの色、有嘲弄の色、有無邪気の色)
愚僧問いけらく、何をしてられる?と、身を起こそうとして起こし得ず、時に気付くに女の片太もも愚僧の腹をまたいでかぶさり、それを自然、阻害した由。女、子供に添い寝する樣頭に胸脇あたりを位置させて場所取り、図体大きい子の體に足投げたる由。
愚僧問いけらく、今、何時?
女の聲答えけらく、まだ、あの子、起き出さない。
愚僧云けらく、あの子…
女の聲云いけらく、眞夜羽。
愚僧問いけらく、眞夜くんは、今日も?
女の聲云いけらく、たぶん、もうすぐ起き上がって、歩き出すんじゃない。
愚僧問いけらく、それで、あなたは
女の聲答えけらく、さきに、起きて、待ってるの。
愚僧問いけらく、でも、じゃ、なぜ、こんなところに…
かくて女の聲、語りて曰く、
言わなきゃいけない事あったら、…に気付いたら、…で、眠れない、…じゃ、ないけど。
やっぱり、相談しといて、して、それで、どうかしろって、謂って、で、まだ言わなきゃならない事あるの、…それ、
愚僧問。秘密?
女ノ聲曰、秘密って?
愚僧問、隠し事…あなたはまだ、
女笑う。
女ノ聲曰。ない。ないけど、思い出した。…秘密?、…では、ない。
愚僧問。なに?
女ノ聲曰。知ってます?
愚僧問。なにを?
女ノ聲曰。眞砂のお父さん、
愚僧問。おじい様
女ノ聲曰。だれ?
愚僧問。だから、眞砂の…眉村眞砂。あのこのおじい様。
女ノ聲曰。あれ、お父様。
愚僧問。和哉さんのお父様。
女ノ聲曰。眞夜羽のお父様。
愚僧問。あの子の?
女ノ聲曰。知らない?
愚僧問。なに?
女ノ聲曰。知らない…
愚僧問。なにを云ってられる?
女ノ聲曰。眞砂のお父さん、私に生ませたの。それ、眞夜羽
愚僧問。うそでしょう?あの方は…
女ノ聲曰。眞夜羽もそう云ったでしょう?
愚僧問。いつ、そんな
女ノ聲曰。昨日…
愚僧問。あの、会話?
女ノ聲曰。あれ、本当。
愚僧問。なにが、…何がどうなって、…あなたは…
女ノ聲曰。眞砂のお父さん、あの人、全部嘘。いい人で通ってたんでしょう?あれ、島でだけ。岡山にも女居たじゃない…たぶん。呼ばれもしないのに岡山の親戚の處行くとか、昔の同級生に逢うとか?それ、うそ。
愚僧問。なんで、知ってるの?
女ノ聲曰。私?
愚僧問。なんで?
女ノ聲曰。知らない。感づいた。たぶん奥さんも、一重のお母さんも知ってるのよ。で、あんなに僻んでるの。性格曲がってるでしょう?
愚僧問。必ずしも、それは一般的な印象じゃない。
女ノ聲曰。なにそれ?
愚僧問。あなたの個人的な…
女ノ聲曰。知ってるの?知らないじゃない…あれ。時々鼠煞すの。
愚僧問。鼠?
女ノ聲曰。虐めて弄んで。…山の中だから。自然野鼠いるでしょ。だから、ネズミ捕り、…昔から使ってる、なに、これ、戦前の?みたいなの…帝國害獸駆除會社とかさ、そんな名前の刻印でありそうなの。あれ、…捕まえたら。さんざんいたぶって…
愚僧問。そう見えるだけじゃなくて?
女ノ聲曰。見てないから。住職さん。…あのひと、歪んである…旦那がああだったから。
愚僧問。とまれ、あなたは…
女ノ聲曰。知りたい?
愚僧問。何を?
女ノ聲曰。敎えてあげる
愚僧問。何?
女ノ聲曰。六年前…違う、七年…八年前、結婚して。こっち来たでしょ…島。で。
最初は善かったけど。…あの人、…眞砂のお父さん。…知ってる?
最初は何でもなかったけど。…あの人、知ってる?
眞砂のおやじ。…あれ、六月。…雨。梅雨の。
その日、わたし、四時。夕方。歸ったんです。家に。食事の支度とか。雨だし。
だから、遅番、あの二人。和哉さんと、お母さん
愚僧問。一重さん…
女ノ聲曰。眞砂のお父さんと一緒に歸ってきて…足、いためてて。
愚僧問。足?
女ノ聲曰。山途で転んだの。本当に?嘘じゃない?あれ。…それも嘘だった?
愚僧問。それで?
女ノ聲曰。聞きたい?(と、女は鼻に笑)一緒に。かえって…で。わたし、忙しいじゃない?だから…
愚僧問。家事?
女ノ聲曰。最初、洗濯。和哉も眞砂の父も、店の仕事なんて何もしない…たまに、何?あれ。ガイド?游んでるだけ…
で。夜洗濯して、夜のうちに部屋干して、朝、外に…あれ、なんで?宗教?島にそういうのある?
お母さんの流儀。…無意味。…おかしいの?
そしたら、うしろから。
愚僧問。眞砂さんが?
女ノ聲曰。いきなり。
愚僧問。どこで?…そんなの、…どこ?
女ノ聲曰。リビング。あの、穢っない絨毯敷いてる…あれ何年前の絨毯、あれ、…
愚僧問。聲、出せば…
女ノ聲曰。聲?
愚僧問。山倉さんでもなんでも、すぐ聲、大声、だせば、聞こえて…
女ノ聲曰。無理。
愚僧問。無理?
女ノ聲曰。無理。
愚僧問。何で?
女ノ聲曰。無理。わかりません?父親でしょ。假にも。義理の父に襲い掛かられて、大聲たてるの?
助けて主人の父に、主人の父に…って?それからどうなるの?わたしたちどうなるの?
愚僧問。堪えた?だから、あなたは、堪えた、と?
女ノ聲曰。そこまで考えない。考えられない。だって…理解できない。…だって。ほら。
頭の中、真っ白ですよ。
綺麗に…完全に…
わかります?
眞っ白ですよ…
愚僧問。…堪えた。
女ノ聲曰。堪えはしない。逆らえなかった。
愚僧問。…義理の父だから?
女ノ聲曰。じゃなくて、暴れたら殺されそう…
愚僧問。怖かった。
女ノ聲曰。別に。…だってもう、そんなレベルじゃない。
愚僧問。じゃ、
女ノ聲曰。されるが儘…
愚僧問。それで、…
女ノ聲曰。一回だけじゃないのよ。何佪…いったい、…
愚僧問。そんなに?
女ノ聲曰。数えきれない。
愚僧問。よくばれずに…
女ノ聲曰。その日。…だいたい、歸ってくるの七時だから。店、6時に染めて…レジ閉めて…
その日、お母さんだけ返ってきた。七時過ぎ。…和哉飲みに言ったって。お母さんの顏みたときも泣きそう、けど
その話聞いて。…いや、別に。知らないからね。だから…
でも。和哉への愛情全部醒めた。かわりに、眞砂のお父さん、いとしくなった。
可愛くなって…なんで?
あれ。なんで?…わたしまでこの人裏切っちゃ可哀想って…なんで?
あれ。…
あいつ、犯罪者じゃない?違う?…あいつ何時に歸ってきたと思う?
愚僧問。何時?
女ノ聲曰。十時。べろべろ。佐久間の左官屋の家、あそこでお呼ばれ。…馬鹿だから。
でもたぶん、もし普通にあの日、普通に却って来てたら、たぶん、わたし、みんなの前で泣き崩れてましたよ。
心、せき止められなくて…けど
愚僧問。じゃ、それから、赦してたの?
女ノ聲曰。赦す?
愚僧問。眞砂さんを。
女ノ聲曰。まさか?
愚僧問。じゃ、
女ノ聲曰。愛しい。愛してない。主人じゃないあから。愛人?やめて。
そういう女じゃない…飢えてない…断れない。断る気も無い。惡いから。
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