多香鳥幸謌、附眞夜羽王轉生——小説21
以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。
我々はしらないのだ。心がまさに自分自身に一致し、さらに他人の心にだに貪り喰ったように(——喰い貪られたように)完全一致してもはや何物でさえもあり得なくなった時に、結局はまさに我々は何が起きているのか、まったく認識できなくなって仕舞うのだ。これは心情的な問題ではない。
ただ三次元的思考様式の三次元的限界なのである。故、同時に我々は四次元的乃至五次元的認識処理をまで同じき身同じき時にもて来たらせていることには間違いない(実は、私は蘭にはなしかけようとした。
事実、なんどもはなしかけもした。
日本語で。
行爲の終わったあとに。
彼女はベッドに横たわって、わたしに背を向けていた。
あるいは、窓の外を見ていた。
心の内に、彼女が私を見ながら窓の向こうを見たかった、と、それが本当の本等だったかも知れない。
なんどか、話しかけた。
子供に話す様に。そしてまた、事実こどもだったのだから。
彼女は何も答えなかった。
聞き取れなかったのか。
聞き取れない外国語に、私がひとりごとをささやくのだと思ったのか。
彼女は瞬いた。
恐るべきことに、彼女は今になっても私を戀してはいないのだと、わたしにはそう思われた。)。「行くの。」蘭は云ったのだった。行爲の間に。わたしの耳を咬むように「連れてって。」
どこに?
「行くの」と。目を血ばらせる?まさか。澄んだ、あまりにも澄んだ目で。息をだけ痛み、屈辱、喜び、所有欲の達成、それらさまざまな感情を、「行くの。」と彼女は冴えた聲で「行くの」と、褪めた聲で、さまざまに。
脉打ったはずの感情の群れをいま、むしろひとつのやわらかい充足に仮構してみせる。
どこに?
「日本に」
なんで?
耳元にささやく私の聲を聞き取れなかったはずはなかったが、あらい息の(まるで私が彼女を虐待しているかの)隠した絶え絶えの聲のこちらで蘭は笑んだ赦しといたわりの色を見せて無機物の眼球に——なにが?
わたしは思うのだった。
いま、なにが起きたの?
と、
なにが?
午後五時に蘭をレ、チャン、タオは連れて行った。
ドアを出る時、蘭は振り返りもしなかった。
タオはわたしの足元に心をへばりつかせたままだった。
それがすりつぶした紫陽花の花の臭気を立てた。
彼女は私しか愛せない。
私を彼女が占有することはできない。それは已に知っている。且つ、報われるとは思っていない。私への愛が、ではない。私を愛した時間の総体が。である。
夜、外出しなかった(雫は散る
散る。
散る。
何故?
晴れ上がる前に隱れるべき必然があったからただその自分勝手な)。
日本の玖瑠実と揚羽からLine。文字メッセージ。夕夏から着信。無視。ベトナム人のハン、ミー、ニーから電話の着信及びメッセージ。無視。故。あなたを想って(雲がわたしの口蓋を満たした)慰めることにした。
あなたが、まだ私に生き物としての興味を持っていた頃を思い出しながら、である。
十五日。
朝、あなたは太陽を見たか?同じとき、眞夜羽は太陽が存在する事さえ忘れたままだった。
白濁の空よ。
あなたにとってもわたしにとっても、そして眞夜羽にとってさえその日は木曜日だった。故にタオは今日も同じ九時に(あなたにとっては已に十一時だったのである。眞夜羽にとっては?同じ國にいるからといって、時には同じ場所にいたからといって、同じ時間がながれていた必然性等どこにもない…)蘭を預けに來た。
タオは云った。
此の子ね、綺余さんのことが(キ、ヨ、と——正確にはキョーさん(綺與宇さん)と、彼女は(時に伎夜ウと)私を喚ぶ。
なぜ?
香香美——迦加美も淸雅——伎與麻沙も彼女の舌にとっては長すぎるから。
タオはタオだけで一音なのだ。ニュン、も、ニアも、トゥインも、トゥーもなにも、ここで名前はかならず一音であって、キョーではじめて彼女は私を自分たちの慣例にしたしく名前に呼ぶことができたのである…)好きだよ。
タオはそういった。
蘭はいつかタオのかたわらに素直に怖気もなくに立ってそして私にすれ違えばベッドにそのまま倒れこむ(これは性行爲の暗示ではない。
ただ、安息をのみ意味して、そこに)
わたしは(いき遣うのだ)鼻に息を立てて笑った。
そうなの?
タオ。だって、綺ヤ宇のこと、好きなんだよ(と私を敢えてみずにベッドの上の頸筋を見、そしてやがて額を、そしてそのままずれて窓際の鉢の中に立つ緑の樹木…名前は忘れた。
グイン・ヴァン・ロンが持ってきたのだ。
わたしの爲に。
夏の——永遠の夏の。日差しの中に?
彼の筋肉に汗を匂わせて)
知ってる、と。
わたしがそういった時にタオは終に笑った。タオはささやいた——しかたないね、と(赦します)。タオは、みんな綺與宇さんのファンだからね(と、あえてそう云った。赦す、と。
その希薄な許しの気配の中に、諦めがにおうのに彼女は気付かない。むしろ、彼女が知っていたのは今、自分が、あなたを愛していますと、その告白をだけ繰り返していた事実だったのである)
タオが出て行ったあとにも私は蘭を抱かなかった。
蘭はひたすらスマートホンで音楽を聞いていた。ストリーミングと、Youtubeと。それら、月並みな趣味。たとえばbillieilish。あとは、正直なところが私には判らない。此処十五年同じ音をしか馴らさないからだ。
わたしは、彼女が英語の勉強をして居る気がした。
そらに御前、鳥が飛んだ。
あれはかもめなのか。
逆光の中、形は終にさらされない。
・小亂聲
その午後ドー・ティ・ヴィンがホテルに來た(いきなりじゃない。
決して。わたしも已に知っていた。前日かれはメッセージをくれていた。ただわたしがそれに気づかなかっただけなのだった)。
ヴィンは驚かなかった。
わたつしが彼の爲だけにドアを開いてやったその向こう、部屋の中にヴィン以外の人間がいる事実に(ヴィンはなれていたろう。已に。
或は彼を私が驚かすことなど出来ないのかもしれない。
最早(例えば私が水星に支えられながら太陽を飲み込みでもしない限りは。
宇宙の存在という、このすさまじい現実よ…)。
ヴィンは笑った。
誰?
私は彼が彼が笑うより先に微笑んでいた。
知らない?
私はそういった。
故、ヴィンは(29歳。未婚。長身。筋肉隆々(趣味がジム通いだから…このあたりでは一般的)。日本滞在は7年。現クアン・ナム在住。男。無職。あるいはなんらかの片手間の仕事?)答えて——教えてよ。
私は謂う——やだ。
ヴィン、——なんで?
爾ようやくにヴィンの存在に気付いた蘭は——やさしい、無根拠にもやさしい目の色。ヴィンを見て、そして私をさえも見、もう一度ヴィンを見、そして目を伏せた。
背を向け、スマートホン画面を見る。
同じくに、ベッドに横たわった儘に。
私は歯ぎしりした(何故…我々の存在のことごくがそこには實には存在しないという留保なき解決をさらしたからだ)。齒はきしらせはしなかった。
あくまでも心の状態の比喩。
ヴィンが(聞け)笑った(そのふるえる気配)。——かわいいじゃない?
淸雅。——そう?
ヴィンが笑った。——ああいうの、好きなの?
淸雅。——あのこは、好きだね。…おれが?
ヴィンは笑った。——香香美さんは?
淸雅。——好きだろうね。お前と一緒。
ヴィンは笑った。——俺と一緒?
淸雅。——焼いてるの?
ヴィンは笑った。——楽しくないよね。
淸雅。——だったら死ねば?
ヴィンの唇は淸雅に奪われた(どうせこの後交通事故で壞れるのである。もうすこし彼は切迫してわたしを求めるべきだった。
出来損ないの豚肉のように。
あるいは、せめてもの人の人たる尊厳を矜恃して。
路上にはらわたを曝した鼠と同じくに。
阿波禮)。我々は(ヴィンはことさらに少女を意識していた。
淸雅は彼女のことなど忘れていた。
ヴィンのことさえも。
何を思うべきだったろう?
それはついにわからずにいる…)貪り合った。
唇をだけ。
そしてはだけた乳首と。
頸筋と。
それ以上はヴィンは出來なかったのだった。そもそも我々がそうした下等なる行爲に重きをおきていないのも事実だった(とはいえ、それらは未だにすばらしいもので在るべきなのである。それは人の存在証明のごときものか)。
いま私の心は混乱してる。
故、この時に(まばたく間にも。だから見上げた天井の光の陽炎にも)淸雅の心も混乱していたのである。
淸雅と美しい肉体のヴィンは心をだに部屋に殘すことなく(どこにその手立てがあったろう?
なすすべもなくそれは掻き消えざるを得なかったのだ)海に行った——近くの。
君も知る。
ホテルを出てまっすぐにあるけばそこに否応も無く海は存在するのだ(海に、私たちはなんらかの特権的な意味など与えて居なかったことなど言うまでもない。
海が故郷だと?
まさか。
海が美しいと?
まさか。
穢い、汚濁の、臭気を纏う生きられない鹽のかたまり。
へばりつく汚水のさざなみ立ち。
唯むごたらしい、)蘭はひとりで残された。
海に人は群れた。
観光客。
外国から来た。
何を求めて?
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